じゃじゃ本ならし

2000年4月に読んだ古本雑感文

ウランバーナの森・奥田英朗(講談社)

 夏の間、軽井沢で過ごしているジョン、ケイコ、そして息子のジュニア、家政婦のタオさん。ある日ジョンは「橋が笑う」のを聞いて眩暈を感じ、かねてからの体調不良もあって病院へ行くが──。
 リバプール出身のもと世界的スターで、日本人女性と結婚して、名前がジョン……と言えば、あああの人がモデルなのね、とすぐに気がつく。ってゆーか、表紙のイラストがそのまんまだ。それなのに最後に「実在の人物(かつて実在した人物)とは関係ありません」というのが笑えるぞ。まあ勿論フィクションなのは分かってるんだけどね。
 人間は過去に捕らわれるもの。何故か強烈な便秘に悩む主人公は、病院に通うウチに、「捕らわれていた過去」に直接出会うようになる。謝りたかった人、消息が心配だった人、後悔していること──既に死んだ人が彼の前に出てきて、彼は恐怖しながらも解放されていく──日本では「お盆」の季節──ウランバーナとは盂蘭盆絵の事だ。
 便秘の描写や、家政婦のタオさんとの軽妙な会話が面白いし、彼が直面する不思議な出来事の裏には何かありそうな匂いもするし、エンターティメントとしてのサービス精神はタップリだ。しかし真骨頂はそこではない。《過去からの解放》である。人間は誰だって、過去に捕らわれ縛られている。意識するしないに拘わらず、過去からは逃れられない。でも、あの人に言えなかった一言を、もしも今言えたら。自分を縛っているものから解放されるには、その縛っているものに直面しなくてはならない。それは恐怖だけれども、恐怖と対峙する力こそが大事なのだ。しかし必要以上に力むのではなく、自然にいること。恐怖と対峙するということはつまり《従容として受け入れる》こと。この物語は、そういう主題を切なく、そしてどことなくコミカルに語っている。だからこそ解放後の彼に感動するし、読後感はことのほか爽やかだ。
 日本の盂蘭盆絵という風習は、もしかしたら言えなかった一言をもう一度言うために、あるのかもしれない。 (00.4.1)   

森博嗣のミステリィ工作室・森博嗣(メディアファクトリー)

 筆者が選んだミステリ100冊の紹介、自作についての作者本人の弁、建築学科助教授として書いたエッセイ、ミステリ作家として書いたエッセイ、自作のマンガ、対談──森作品のファンというより森博嗣という作家自身のファンにはタマラナイ本なのではないだろうか。
 あたしは森氏に限らず、本さえ面白ければそれを書いたのがどんな人物であろうとあまり気にしないので、「あのFを書いた人が……」という読み方ではなく、ただ単なるエッセイ集として読んだ。ら。とても面白いものもあったし、全然意味の分からないものもあった、と(笑)。特に建築関係とマンガの項は分からなかったぞ。当たり前だ。もともと興味も知識も薄い分野についての文章を読んでも、そもそも素養がないのだから。しかし、それでも何だか読ませてしまうあたりは、やはり文章の巧みさなのだろう。だもんだから、興味のある分野に関しては、これはもうメモしておきたい箇所のテンコ盛りである。こんなこと言うのも何だけど、目次を見て、興味あるところから(或いは興味あるところだけ)拾い読みをするのに、これほど適した本はないぞ(笑)。
 特に興味深く読んだのは、ミステリ100選。なにぶん翻訳ミステリを読まない大矢なので、外国モノは殆ど未読(笑)。挙げられていた国内物は大概読んでたけど(土屋賢二が出てきたのには爆笑したぜ)、国内モノ自体のシェアが小さく、翻訳モノに挑戦したいと十数年思い続けている身には非常に参考になった。あ、これ読んでみたいな、と思わせる紹介の仕方で、これぞ《紹介》である。一生に読める本の数は決まってるんだから、こういう紹介というのはホントに助かるのだ。思わずメモった本が数冊。ひょっとしたら、これからこのサイトに書評が出るかもね。 (00.4.1)   

幻色江戸ごよみ・宮部みゆき(新人物往来社)

 時代小説の短編集。ノンシリーズで、どちらかというと怪異だとか幻想だとか、そっち方面の物語が半分以上を占める。つっても宮部氏の時代小説ってのはその系統が多いんだけどもね。ただ、「本所深川ふしぎ草紙」「かまいたち」「初ものがたり」に比べると、一編一編が短いせいか、ちょっと全体にアッサリしてる感が強い。では個別に。
【鬼子母火】いい話だなぁ。親子の情を当人ではなく、女中頭の目を通して描いたのが巧い。
【紅の玉】うわああ、こんなエンディング、嫌だぁぁっ! 辛すぎるぞ(;_;)
【春花秋燈】行灯にまつわる不思議な話。語り口が落語を思わせる。
【器量のぞみ】これは女の身からすれば、かなり切ない話。でも前向きで読後感は最高。
【庄助の夜着】幽霊に惚れてしまった男の話。最後にああいう理がつくとは思わなかった。
【まひごのしるべ】拾った迷子は三年前から歳をとっていなかった──切ない母の思いの話。
【だるま猫】何かを得るための代償が如何に大きいか。ちょっと薄ら寒くなる。
【小袖の手】母が娘に語ってきかせる昔の話。「今」に戻ったラストが怖い。
【首吊り御本尊】ちょっと教訓めいてるかな。「小僧の神様」ならぬ「丁稚の神様」だ。
【神無月】これ、イチオシ! 何と言っても終わり方が秀逸!
【詫助の花】現代の話にしても通用しそう。娘の「あたしにはわかりません」が胸に迫る。
【紙吹雪】これも現代の話にできる。「あの娘、笑ってましたよ」というのが切なくて泣ける。
(00.4.2)   

腐蝕の街・我孫子武丸(双葉社)

 近未来の日本。とにかく時代背景の説明が抜群に巧い。「20××年の東京──」みたいに始める事だって可能なのに、そうはせず、例えばIDカードが個体認識の手段になっている事や新宿のスラム化を描くことで未来の話だと分からせ、「赤羽署」だの「地下鉄」だので、今の組織が続いている程度には身近な時代だと悟らせる。このあたりの手管は舞台背景を無理なく読者に浸透させるに充分且つ効果的だ。
 さて、主人公は刑事・溝口。別管内での猟奇殺人捜査に呼び出される。なぜなら、彼が数年前に逮捕し、死刑が執行された筈の殺人者「ドク」の署名がそこに残されていたからだ。死刑になった筈なのに、どうして──?
 個性的で魅力的な脇役陣にサポートされ、溝口の孤軍奮闘が始まるわけだが、近未来SFでありハードボイルドの体裁はとっているものの、筋立てのキッチリ計算されたミステリである。一つずつ現れていく手がかり、その手がかりが積み重なった時に出てくる真相。まぁ、その手がかりの現れ方がチョイご都合主義な気がしないでもないけど、そこんとこは話運びの巧さと相殺ってことで。クライマックスなんかもう、きゃぁ、どーなるのどーなるの、という感じで目が離せない。東野圭吾とか五十嵐均とか貫井徳郎とかの某作品をちょっと彷彿とさせるようなシーンなんだけど、ドキドキ度という点では、これがピカイチでしょう。
 主人公・溝口もなかなかに魅力的なヒーローではあるんだけど、何がいいってシンバがいい。最初のギラギラした雰囲気がだんだん柔らかくなっていく過程がたまりませんわ(笑)。キャラとしては多分にマンガちっくで、深みやリアリティには欠けるんだけど、だいたいがそういうものを追求する設定の物語でもなし、「物語への効果」というのを考えると、これはもう抜群の配置である。
 最後まで読んだら、すぐに続編
「死蝋の街」に手が伸びること請け合いである。実際には「死蝋の街」が上梓されるまで4年?の開きがあったようだが、物語の連続性から見て、これは下手に時間をおくよりも続けて読んだ方が楽しめるのではないだろうか。 (00.4.6)      

雨の檻・菅浩江(ハヤカワ文庫)

 著者初期の(と言ってもデビュー作の【ブルー・フライト】とその他の作品群の間には10年の開きがあるんだけど)短編集。「鬼女の都」で幻想的な本格推理を味わわせてくれた著者の、本来のフィールドであるSF短編集だ。総じてジュブナイルと言うか、高校生あたりの年代で読むと影響を受けそうな(笑)作風。全体に通じる、透明感溢れる切ない物語世界が魅力的である。
【雨の檻】全編の中ではこれがイチオシ。だんだん切なくなり、ラストでダメ押し。新井素子の「チグリスとユーフラテス」を思い出した。
【カーマイン・レッド】ラストは衝撃的だなぁ。ピィの感情が映像として迫って来る。
【セピアの迷彩】クローンを扱った話だけど、真のテーマは違うところにあるのだろう。
【そばかすのフィギュア】フィギュアに自己投影する少女が悲しい。オンナノコにはたまらない話だ。
【カトレアの真実】これ、語り口調じゃなくて普通の一人称小説にすると面白そう。
【お夏 清十郎】時遡能力を持った踊りの家元。毛色の違う一編で好きだけど、SF設定じゃなくても。
【ブルー・フライト】自我の存在と二律背反──というふうに捉えたのだけど、違うかな。ちょっと空回りしてる感じ。 (00.4.11)      

フォー・ディア・ライフ・柴田よしき(講談社)

 花咲慎一郎は、新宿二丁目にある24時間営業の無認可保育所の園長。しかし経営は苦しく、その穴を埋めるために私立探偵も営んでいた。今回、彼の所に舞い込んできたのは、ヤクザにつかまった少年を助けることと、家出娘を探すこと。その間にも保育所は問題が山積みで──。
 読んでる間じゅう、一つの言葉が頭の中をぐるぐる駆け回り続けた。「花咲、とりあえず、寝ろ」──何時間寝てないか、途中で数えちまったい。「踊る大捜査線 THE MOVIE」みたい(笑)。とにかく眠れない探偵なのだ。この探偵像は、東直己描く探偵・畝原(
「渇き」「流れる砂」)を彷彿とさせる。少年の救出も家出娘の捜索も、無論それだけで終わる筈はなく、上手に餌を巻きながら読者を物語り世界へと連れ込むわけだ。脇役も魅力的で、役割分担がキッチリしていながら、ちゃんと一人一人に深みを出している。誰を主人公にしても小説が一本書けそうな、そこまでのキャラクターだ。
 バラバラに見えた事件がひとつにまとまる──というのはミステリの常道だけれど、そこに無理がない。細かい手がかりが収束するカタルシスも味わえる。同時に、無認可保育所が抱える社会的問題も、もっと掘り下げて欲しいと思わせるほど心に迫る。登場人物達の思いはヒューマニズムに溢れるし、大人の恋愛小説としても胸キュンもののシーンがたくさんある。そして主人公はハードボイルド。なんて贅沢なんだろう。
 一行空きの多用がこの著者の特徴なんだけども、アレにはちょっと馴染めない。それから、とりようによっては「詰め込みすぎ」という感がないではない。しかしまぁ、物語の面白さの前には、そのあたりは瑕疵にはならないよな。
 血も流れるしセックスシーンもあるが、それでいて暖かい物語。読み終わると、タイトルが心に染みる。For Dear Life. 皆の生活のために、皆の命のために──花咲慎一郎の眠れない日々は、そのためにあるのだ、と。 (00.4.12)      

光の帝国〜常野物語・恩田陸(集英社)

 《常野》一族は、さまざまな能力を持った人々だった。遠耳(遠くの出来事が聞こえる)、遠目(遠くの出来事が見える)、超人的な記憶力、人の将来が見えたり、二百年以上も生きたり──そんな人々が集まって暮らしていた《常野》。しかし、現代では日本各地に散らばっており──この物語は、そんな《常野》の人々が出会った物語。
 連作短編の形式をとっている。複数の短編に共通して出てくる人物もいるし、一回きりの人物もいる。現代の話もあるし、過去の話もある。ホラーっぽい雰囲気の作品もあれば、感動物語もある。しかし、その底辺に流れるものはどれも同じだ。
 前向きではあるけれど、切ないファンタジー。悲しくはあるけれど、元気も出てくる物語。全編を読んでも《常野物語》は完結していない。続編、もしくはサイドストーリーが早く読みたいものだ。
【大きな引き出し】超人的な記憶力を持つ一家。幼い息子はその能力が制御できず……涙を誘う。
【二つの茶碗】茶碗の中に人の将来を見る娘。あとへと続く気配のある物語。
【達磨山への道】この山に登ると、幻を見るという。切ない話だけど、どこか爽やか。
【オセロ・ゲーム】ホラー。かなりグロで、かなり怖い。対抗する家族のパワーにワクワクする。
【手紙】あとに続く物語。《常野》を調べた男の書簡集。
【光の帝国】イチオシ! もう悲しいの切ないのって(;_;)。泣けた泣けた。これだけでも読んで。
【歴史の時間】これもあとに続く話。【大きな引き出し】に出てきた娘が再登場。
【草取り】町中で草取りをする男。シュールな設定だけど、わが身を考えるとすごく怖い。
【黒い塔】こんなことが本当にできたら──と思わせてくれる話。話が繋がり出す。
【国道を降りて…】最後に「ああっ!」と膝を打った。前出の物語と併せて、新たな感動。
(00.4.13)      

安楽病棟・帚木蓬生(集英社)

 痴呆老人を収容する病棟の物語。最初は延々と、収容される老人たちの独白が続く。ここまでは登場人物の紹介にも似た感じ。途中から、その病棟に勤務する新人看護婦の一人称になり、病棟での生活が綴られていく。
 老人達の独白はやはり胸に迫るものがあるし、病棟の生活というのも(誰もが避けられない問題だけに)ページをめくらせる吸引力がある。ただ。それはいずれも《題材》によるものであって、《物語》による吸引力ではないのだ。この手の話を面白い面白くないで表現するのは、なんだか不真面目な気がして、「痴呆老人の問題を小説が面白かったかどうかで捉えるな、もっと大事な問題なんだ」と言われそうな気がして、どうもちょっと腰が引けてしまうのだけれど、それでもあくまでこれは「小説」であり「新潮書き下ろしエンターティメント」なんだから、そういう観点で言わせて貰う。確かに、大事なテーマを扱っている。が、大事なテーマだからこそ、もっと《物語性》を前面に出した方がよかったのではないか。この書き方では、なんだか老人病棟に関する文集を読んでるような気分だ。そしてそれは、大事な問題というのは分かっていても、帚木蓬生の小説の読み手が期待しているものとは、いささか違うアプローチのように思える。
 最後の最後、最終章でひとつの《ミステリ》が語られる。うううううう、もったいない。どうしてこういう出し方にしたのかなぁ。これをもっと前から出しててもよかったんじゃないだろうか。いや、最終章を読めば、それまでの章が伏線に満ちていたというのは分かるんだけど、最終章までいかないとこれが社会派ミステリだってことが分からないってのはどうかと思うぞ。この最終章で出てくる《疑惑》の欠片を前もって読者に提示してくれれば──著者が読者に考えて欲しかったひとつの問題について、読者は読書中に考える機会を得られたのではないか。最後の最後で「実はこういう問題をはらんでいたのです」と言われても、考えるチャンスを逸してしまったように思えるのである。 (00.4.15)      

衣装戸棚の女・ピーター・アントニィ著・永井淳訳(創元推理文庫)

 名探偵ヴェリティはある朝、ホテルの窓から中に入ろうとしている男を発見する。支配人のミス・フレイマーに知らせに行ったところへ、当の不審人物が現れ、人が死んでいると言ってへたりこんだ──。
 密室モノだ。これはもう、完全にパズル、クイズとして楽しむ作品である。それにしても、いろんな密室モノをこれまで読んだけど、この真相はスゴイなぁ(笑)。正直、考えもしなかった。個人的にはかなり好きな部類のトリック。人によっては「んなもん、ありかいっ!」と怒るかもしれんが、あたしは好きだぞ。今の鑑識技術なら簡単に分かってしまいそうな真相ではあるけれど、驚きとカタルシスを求めるには最高だ。一回しか使えない手ではあるけどもね。密室トリックが好きな人にはお薦め。ただし、怒っても責任は負いませんことよ。
 本筋とは関係ないけど、登場人物が全部イラストで紹介されてるのがいいね。ムーミンとかマガーク探偵団とかを思い出してしまった(笑)。こういうの、日本の作品ではあんまり見ないけど、シリーズ作品に固定の挿し絵画家がつくなら、かなり魅力的な試みだと思う。(00.4.15)      

ミレニアム・永井するみ(双葉社)

 昨年、まさに世はミレニアムフィーバーの真っ直中、Y2K問題の真っ直中にあった時に上梓された本だが、Y2K騒ぎの後で読んでも楽しめるものなのかどうか、アウトオブデイトになってしまってはいないかと思い、1年間寝かせてみてから読んだ。結果としては──満足!
 2000年まで1年余りに迫った1998年、馨の勤めるソフトハウスは多くの企業のY2K対応を受注し、作業に忙殺されていた。そんな中、馨の上司でもあり、不倫相手でもあった男が殺される──
 正直言って、コンピュータ自体に疎い読者には、単語自体の意味が汲めずに理解できない部分があるかもしれない。しかし、そこさえクリアできれば(そしてそれはそんなに高いハードルではない。少なくとも、このサイトを読んでるような読者にとっては)、これが非常に緻密に練られたミステリだということが分かるだろう。
 Y2Kと殺人事件が、リンクしそうでなかなかしない焦れったさ。細かくさり気ない伏線がひとつにまとまる心地よさ。Y2K問題が、ただセンセーショナルな撒き餌として使われているのではなく、ミステリの根幹部分にも登場人物の背景にも、がっしりと結びついていることへの驚嘆。コンピュータを扱った小説は、年月が経ってから読むとあまりの古さに笑ってしまうことがあるが、これはその心配もない。あの千年期の始まりには、確かにこういう社会情勢だったのだという臨場感が伝わるだろう。
 ところで、この著者は時々ドキっとするような巧い表現を使う。例えば、

     「さてと」
     馨は自分自身に声をかけて立ち上がる。最近、こうやって自分で自分を促すようにしないと、
     仕事にかかれなくなってしまったような気がする。(p264)

「ような」がだぶってるのが気になるけれど、巧い。馨の変化がこの一文に凝縮されていると同時に、読者が自らの体験に照らし合わせて納得できる表現だ。レトリックに走ることなく、まさに「こう言うしかない」というツボをついてくる。そういう点でも注目株だ。 (00.4.19)      


書評リストに戻る