ジェンダー城の虜・松尾由美(ハヤカワ文庫)
地園田団地は「旧来の家族制度に挑戦する家庭」が集まった団地。妻が働き夫が家事をする家庭や、ゲイの夫婦、契約家族などが住んでいる。そこへ越してきたのはマッドサイエンティストとその娘。ところが、そのサイエンティストが誘拐された──。
毒笑小説・東野圭吾(集英社文庫)
東野圭吾の「おバカなコメディ」シリーズ。ただ無心に笑える小説って、上質なのは少ないよね。そんな中で、これはナカナカである。中途半端なユーモア小説ではなく、正真正銘のコメディだ。巻末の京極夏彦との対談は一読の価値あり。しかし対談ページの写真のひがぴょんは、どことなく江頭2:50に似てる気が……(笑)
長英逃亡(上下巻)・吉村昭(新潮文庫)
幕末、シーボルト事件に関わって以来、海軍備について書いた自著が時の役人の目にとまって入牢していた蘭学医・高野長英。医者という立場が囚人達の間で認められ、牢名主として比較的不自由無く暮らせてはいたが、やはり学問の道を極めたいと思い、脱獄を決意する。そして──。
土佐の漁師・万次郎は、15才の時に時化に巻き込まれて、今の鳥島に漂流する。そこでアメリカの捕鯨船に救出され、アメリカへ。アメリカで数学や天文学、測量術などを学び、28才の時に日本へ戻ってきた。日本はおりしも黒船が来航し、開国論議に揺れていた──。
堪忍箱・宮部みゆき(新人物往来社)
宮部氏がこうして時代物を書き続けてくれれば、このジャンルも大丈夫──という気になるから不思議だ。時代小説読者の裾野を広げるという点では、この人の功績は実に大きい。司馬遼太郎や津村陽のような《歴史モノ》ではなく、池波正太郎や平岩弓枝の流れね。捕物帖とか時代小説とかの。それに最近は直木賞候補にもなった宇江佐真理もいるし、大丈夫、決して時代物は廃れはしないぞ、と、ちょっと握り拳に力が入ったりして。
崖の縁に建つ館には、叔母が一人で住んでいる。そこに集まる甥や姪。この館では以前、哀しい出来事があった。叔母の養女であり、皆のイトコだった千波が死んだのである。その悲しみを旨に抱きながら、今年もまた甥や姪たちが集まってきた──。
水に描かれた館・佐々木丸美(講談社文庫)
「崖の館」の続編にあたる。内容がかなり深くリンクしているため、まず「崖の館」を読んでからこちらを手に取ることをお薦めします。でないと、ワケわかめになるぞ。
作家・服部真澄夫妻が「家を買おう」と思い立ってから完成するまでの話──しかし、普通の家とはちょっと違う。それは何と、骨董市で買った家だった。つまり、田舎で売りに出ている古民家を、東京の自分の土地に移築してしまおうという話。理想だけでは家造りができる筈もなく、これがなかなか大変で──。
祝言を間近に控えた娘・おあきが神隠しに会った。しかし同心や岡っ引きは彼女の父親が娘を殺したものとして追及し、父親は首をくくってしまう。人には見えないものが見え、聞こえないものが聞こえるという能力を持ったお初が、この怪異にどう立ち向かうのか──。
シャーロック・ホームズ リオ連続殺人事件・J・ツアレス著・武者圭子訳(講談社)
世にあまたあるシャーロック・ホームズの偽作のひとつで、98年出版だからかなり新しい部類と言える。まだまだこういう偽作・パロディの類っていうのは生まれてるんだなぁ。これだけ愛されてる名探偵は類を見ない。
まず、この設定に一票、だ。こういう団地という設定にしてるもんだから、出てくる人は皆、笑っちゃうくらい個性的である。個性的すぎて類型的になっちゃってる程だ(分かる?)。メンバー一人一人に特技を持たせ、それを巧く利用しながらチームワークで事件を解決というのも、まぁありがちと言えばありがちなんだけど、楽しめることには間違いない。真面目に考えるとかなり無理はあるんだけど、ジュブナイルだと思って読むと、面白いわけだ。
残念なのは、せっかくの地円田団地の設定が今ひとつ生きてないような気がする事なのよね。ジェンダーそのものにダイレクトに絡めたテーマを、前面に押し出してもよかったんじゃないだろうか。ま、それをやるとジュブナイルにはならないんだろうけどさ。でも、登場人物たちの「特技」は必ずしも「個性」と一致しないし、真犯人にしてもちょっと「いきなり」って感じは拭えないし。地園田団地そのものの特異性をもっと出してくれるとよかったのにな。
(00.5.3)
【誘拐天国】もともと長編のアイディアだそうで、さもありなん。金にあかした誘拐犯ってのもかなりドタバタの話になりそうで、長編も読んでみたい
【手作りマダム】似たようなケースってのは、宮仕えをしてるとたくさんあるような気が……オチは面白いと共に溜飲が下がって気持ちイイ。しかし、何か自衛手段はなかったのか(笑)。
【マニュアル警察】これはイチオシ! フジテレビ系でドラマにもなりましたね。マニュアルに過剰に則った警察の話。些細な会話が笑えて笑えて仕方がない。
【殺意取扱説明書】これもかなり好き。清水義範が書きそうな世界だけど、後半の展開のさせかたが秀逸。投げ出しちゃう気持ちがよくわかるぞ。
【つぐない】ずっと笑って読んでる中で、急に切ないところを攻撃された。著者の長編「変身」或いは「秘密」を思い出した人も多いのでは。ヤケに泣ける話。
【本格推理グッズ鑑定ショー】バカバカしさに笑いながら読んでたら、最後になって立派な本格推理だったことが判明。これだけの短編集になると、その話の並び自体が伏線になってたりするんだよなあ。
その他、【エンジェル】【ホームアローンじいさん】【女流作家】【花婿人形】【栄光の証言】【誘拐電話網】を収録。
(00.5.3)
正直言ってこの著者の文体というのは、決してドラマチックなものでもなく、人物を深く掘り下げるものでもない。ただ、あったことを順に淡々と書いているだけで、なんだか資料を読んでるような味気なさがある。先代の侠客や、長英を慕っていた清吉、罪を承知でかくまった友人、そして妻。このあたりって、いくらでもドラマチックに書けそうなものなのに、そこを敢えて淡々と描くのである。おまけに、あと2ヶ月我慢していたら釈放されていたかもしれないという、運命のいたずら。その2ヶ月を待てなかったばかりに、一生お尋ね者になってしまった長英の気持ちはどんなだったろう。そういうことを、あまり深く描いてないのだ。個人的な好みに照らして言えば「もったいないっ!」と叫んでしまうのだが、まぁそれが吉村氏の作風なんだろうな。
それだけ味気ない文章なのに思わず引き込まれてしまうのは、これはもうはやり長英が辿った数奇な運命のせいである。写真がなくて人相書きだけの手配だったとはいえ、よく逃げたなぁ。江戸に戻り、周囲の目をごまかすために顔を焼くシーンは圧巻である。これほどまでに彼を駆り立てたもの──蘭学と、要所の和解──があった、ということ自体が凄い。150年前、それは確かにそこにあった《情熱》なのである。
(00.5.7)
椿と花水木〜万次郎の生涯(上下巻)・津本陽(新潮文庫)
御存知ジョン・万次郎の生涯である。とにかく凄い。何がすごいって、万次郎の才覚である。当時、田舎の貧乏な子供なんて、日本語の読み書きすらできなかった時代だ。それがアメリカで(いい養父に恵まれ、いい隣人に恵まれたとはいえ)英語はもちろん、数学やら天文学やらを学んで、レベルの高い学校を主席で卒業って……もしも万次郎が漂流してなかったら、彼は一生、魚を捕ってたのである。いや、それだって大事な仕事だし幸せな一生かもしれないけど、しかしチャンスが与えられるのとそうでないのって、ホントに雲泥の差があるんだなぁ、と痛感。そして万次郎は、そのチャンスを掴まえたどころか、はがいじめにした人物なのである。
いったんはアメリカで結婚し、このまま永住するつもりになった万次郎。でも、妻の死をきっかけに日本に戻る。戻ったときに、日本がいかに立ち後れているかを実感した、その時の気持ちとはどんなだっただろう。アメリカの合理主義に馴染んだ彼にとって、幕閣たちの小田原評定はホントにバカみたいに思えただろうなぁ。ただ、一目母親に会いたいという理由で帰国したのに、幕府の開国論議に巻き込まれていく万次郎。彼をめぐる周囲の人々の思惑も、興味深い。
そして開国の後。咸臨丸では嫌な思いもたくさんしたろうが、ニューイングランドの養父一家との再会シーンは涙を誘う。万次郎ってば、あのままアメリカにいればよかったのよ(でもそれじゃぁ、開国は更に遅れてたかもしれん)。そして、カメラとミシンを土産に日本に帰り、ひっそりと、でも幸せに暮らす晩年。晩年になってようやく万次郎の漂流は終わったのかもしれない。
(00.5.8)
【堪忍箱】火事の中から母が命がけで持ち出した堪忍箱。最後まで開けないところがいい。
【かどわかし】人情話。シンプルだけど人情と理の両方があって、けっこう好きな作品。
【敵待ち】これ、けっこうコメディだよなー。バカな悪者ってのは無条件に笑える。
【十六夜髑髏】少し冗漫な気もするけど、下働きの女の子を書かせたら天下一品。
【お墓の下まで】イチオシ。人情話というには切なすぎ、そして暖かすぎる話。
【謀りごと】これもかなりドタバタだぞ(笑)。長屋の雰囲気がよく伝わってくる。
【てんびんばかり】主人公の心情は現代にも通じる。ささやかでも前を向いて歩ける幸せ。
【砂村新田】この母親の気持ちが、何にも増して切ない。長編にもできそう。
(00.5.15)
崖の館・佐々木丸美(講談社文庫)
今から四半世紀前の作品だ。出版時に読まないでよかった。何故なら、これを少女の頃に(あたしにだってあったのよ少女の頃はっ)読んだりしたら、かなりハマってしまったような気がするからなのよね。悪く言えば、ものすごく少女趣味。それも大時代的な少女趣味。当たり前だ四半世紀前のものなんだから。若草物語とか小公女とか、そういうところから一歩だけ抜け出たところにあるような少女趣味。登場人物(特に女性)も絵に描いたような役割分担がなされてるし。
しかし、だからこそ、多感な時期に触れてしまうと後先考えずにのめり込みかねない、そんな道具建てが出来上がっているのだ。逆に、殺伐としすぎきてる現代の子供にこそ触れて欲しい世界とも言える。とにかく、叙情的なのだ。読んでると年齢を忘れる。
と同時に(個人的にはこちらの方はどうでもいい気分になってるが)本格パズラーとしてもしっかりしてる。消えた絵のトリックは膝を打ったし、リリカルなストーリーの中にしっかり伏線も張り巡らされてるし。なんだかよく出来た舞台劇を見てる感じ。
そうそう、なんだか恩田陸を彷彿とさせるのよね。つっても佐々木氏の方がかなり先達なんだけどもさ。
(00.5.16)
さて、再び崖の館に集まった甥や姪。館の美術品の鑑定をして財産目録を作っておくということなんだが、呼ばれた鑑定士は4人、来たのは5人。余分の一人は誰で、その目的は? おりしも館は孤立し、妙な事件が起き始める──。
「崖の館」よりも更に幻想味が強くなってる感あり。様々な事件のトリックを真面目に解きあかそうとすると、ちょっと肩すかしを食いそう。でも、他の人がやると「んなアホな」となりそうな真相なのに、この人が書くと何ともファンタジックに見えるっつーのは、やはり独特の世界を作り上げるのが巧いっていうことなんだろうなぁ。謎解きだって、これくらいの論理はいくらでも反証できるぞと思うんだけど、読み進むにつれて「ま、いっか」となるのである。「ま、いっか。謎解きパズラーじゃないんだし」と。それ以上に、少女のリリカルな(言い換えればあまりに幼い)思慕と、彼女を見守る周囲の大人の優しさ、そういったものを描く方に主眼が置かれてるのは自明で、そしてそれは見事に成功してるんだよな、今回も。四半世紀前には、少女小説の中でもこういう物語ってのが、確かに一ジャンルを築いていたのである。
ストーリーとしての美しさは、個人的な好みで言えば「崖の館」の方が上。だけど、涼子への感情移入は、今回の方が切なかった。
(00.5.16)
ハットリ邸古民家新築プロジェクト〜骨董市で家を買う・服部真澄(中央公論社)
いやぁ、興味深い! あたし自身が田舎の出で、こういう古い家に住んでた経験があるせいかもしれないけれど、玄関を開けたら広い土間があって、上がり口は広い板張りで、大黒柱は太くって磨かれてて……という家には、ただひたすら郷愁を覚えるのだ。いや、郷愁だけではなく、積極的に「住みたい!」「建てるならそんな家!」と考えている。
同じことを考えた服部夫妻は、実際に田舎へ行って家を決め、それを東京に移築するわけだが、もちろん古い家は傷んでて使えない箇所も多いし、土間のお勝手で竈炊きなんか出来ないから台所はシステムキッチンだし、もちろん冷暖房も考えるし、書斎は欲しいし、東京には東京の土地の広さや建坪率があるしってわけで、そっくりそのまま移せるわけではない。バラして手入れをしなおして新しい設計で建て直すんだから、思ったようにいくわけがない。
それでも最終章、できあがってからの文章を読むと「ああ、あたしもこんな家に住みたい!」と思う。冒頭の土間の写真は「ああ、まさに理想!」と叫んでしまう。やっぱ日本古来の家って、マンションなんかよりずーっと素晴らしいぞ。建物が好きな人、家を買おうと思ってる人には、ぜひお薦めの本だ。
(00.5.23)
天狗風〜霊験お初捕物控《二》・宮部みゆき(新人物往来社)
筆者の描く時代物のシリーズである。「震える岩」や、「かまいたち」に収録されている【迷い鳩】【騒ぐ刀】などで活躍した超能力者・お初の物語である。これは江戸・町娘版の「龍は眠る」と言ったところか。もう文章だのストーリーテリングだのキャラクタだの、何もいうことはない。ここまで手練れてくれると安心して物語世界に没頭できるというものだ。
岡っ引きが戦う現実の謎と、お初が戦うもののけ。理に落ちる部分と落ちない部分が絶妙に絡み合っている。これのバランスや展開をミスると「捕物帖かと思ったらホラーだった」みたいな、着地場所の分からない話になりかねないんだけど、もちろん本書はそんな心配もない。理に落ちる部分はキッチリ謎を解いてみせ、落ちない部分は充分に幻想的でエキサイティングだ。このバランス感覚は、もう、《技》と言うよりない。
登場人物の根底に《明るさ》があるのも、いい。右京之介とお初の今後は楽しみだし、車屋のお美代も一話限りではもったいない。猫の鉄にいたってはもう! 今回出番の少なかった右京之介の父親もいい味してるんだよねぇ。謎解きだの、悪鬼との対決だのだけじゃなくて、ちゃんと《江戸の人情》を描いてくれてるのがいい。それも、とってつけたような演出じゃなくて、物語のベースにそれがある。だからこそ、哀しい物語でも読後感は爽やかでいられるのだ。
(00.5.25)
さて、場所はブラジル。時のブラジル皇帝・ペドロ二世が女友達にプレゼントしたストラティバリウスが盗まれてしまう。そこで呼ばれたのが御存知ホームズとワトソン。おりしもリオデジャネイロでは、猟奇的な連続殺人が幕を開けた──。
いや、面白いわ、これ。ただでさえカタカナ名前に弱い大矢にとって、ブラジル人の名前なんて暗号を聞いてるに等しく、誰が誰だか分からないままに読み続けたが、それでも充分楽しめたぞ。人間関係が分かってないので(おいおい)真犯人の正体も比較的冷静に受けとめたが、それでも「なるほどっ、それで××だったのかぁ!」と膝を打ったくらいだから、カタカナ名前に強い人が読めば相当楽しめるのではないかしら。ちょっと(いや、かなり)動機は弱い気がするんだけど、そこは《シリアル・キラー》なんだから動機は要らないってなもんで。特に、真犯人の独白と──何より最後の最後で「そう来たか!」と唸らせる妙味がある。犯人を示す伏線が少ないので謎解きの面白さが薄いのと、ちょっと盛り込みすぎてテーマが散漫になっちゃった感があるのが惜しい。あまり深く考えずにミステリを楽しみたい、でもそれなりのインパクトは欲しい、という人にはお薦めだ(それとカタカナ名前に強い人ね)。
そこここにホームズならでは・ワトソンならではの描写があって、クスリと笑ったりワハハと爆笑したりできるのも魅力。ただ、これって単独の物語として充分面白く成立してるんだから、何もホームズものにしなくてもよかった気がするんだけど。ブラジル皇帝に招かれたロンドンの探偵、というだけで充分じゃないかな。勿論、ホームズのキャラクタが物語に貢献してるのは確かなんだけどもさ。
(00.5.25)
書評リストに戻る