文芸作品を下敷きにしたミステリの短編集。著者本人はパロディという言葉を使ってるけど、今の感覚で言うとパロディってのとはちょっと違うかな。物語のサイドストーリーという感じ。下敷きになった文芸作品は、読んでいなくても問題はない(ストーリーを説明してくれる)が、読んでる方が更に面白いのは言うまでもない。幸いにして、全部読んだ作品ばかりだったので、とても楽しめた。
團十郎切腹事件・戸板康二(講談社文庫)
中村雅楽シリーズの短編集。表題作は直木賞受賞作である。後編の雅楽シリーズはあまり「犯罪」を扱わなくなるのだが、この頃はもうバリバリの犯罪ばかりだ。雅楽シリーズに関しては、何故かこれら初期の犯罪モノの方があたしの肌に合う。
読者は踊る・斎藤美奈子(マガジンハウス)
話題になってる本を斎藤美奈子が斬りまくる。書評の仕方ってのは色々あって、当たり前だが褒めるだけが能じゃない。ひらたく言えば《味わい方》を伝えるのも書評の意義である。この本は、「おお、こんな味わい方もあるのか」ということを教えてくれる書評本だ。ただ、「あたし、人の悪口は嫌いなの」という人は読まない方がいいかも。毒が強いのは著者の魅力なんだけど、俎上にあげられてる作品を好きな人が読んだら、ちょっとカチンと来るかもしれないので(笑)。
死体の冷めないうちに・芦辺拓(双葉社)
××××年。大阪府知事になった維康豹一は、従来の警察権力からフリーな「自治体警察局」を設立した。これは、その自治体警察局特殊捜査室が関わった事件の短編集である。
罪深き緑の夏・服部まゆみ(角川文庫)
幼い夏の日、一度だけ訪れたことのある古い洋館で、僕は彼女と逢った。その夏のことはずっと忘れずにいたが、長じて再会を果たしたとき、彼女は兄の恋人になっていた。そして、僕が巻き込まれた悪意ある事件の数々──
『ロマンのない謎だけというのは、いただけず、クロスワード・パズルに"です""ます"を付け
まったくその通りで、読み終わった時には、謎の真相に驚くだけではなく、『小説世界に遊ぶ』という充実感が味わえるのである。巧いというのは、こういうことを言う。
(00.8.12)
ある街で起こった連続殺害時件。一見、バラバラに見えた複数の事件には、実は共通項があった。ミッシングリンクを中心に据えたパズラーである。
昭和48年度、第19回江戸川乱歩賞受賞作である。あたしが初めてこれを読んだのは中学3年の時だったから、昭和53年頃のことだ。この作品をきっかけに、あたしはミステリへはまりこむことになる。
浪子のハンカチ・戸板康二(河出文庫)
それと、さすが芝居に造詣の深い著者だけあって、実際にあった芝居の話をする時には実在の俳優さんの名前が出てくるのも興味深い。へぇ、波乃久里子ってのは新派の女優さんだったのか、とか、水谷八重子がそんな役を、とか、妙に感心してしまう。明らかにミステリの読み方じゃないな(笑)。
では個別に。カッコの中が下敷きの文芸作品。
【浪子のハンカチ】(徳富廬花「不如帰」)作り話だっていうオチにしなくてもよかったのに。ところで、《作家》ってのは、明らかにA吉S和子だよな?
【坂井妙子のリボン】(泉鏡花「婦系図」)「湯島の白梅」や「別れろ切れろは芸者の時に……」てのは有名だけど、その原作が「婦系図」だってのは、もしかしたら意外と知られてないかも。
【「坊ちゃん」の教訓】(夏目漱石「坊ちゃん」)これ、戸板康二唯一の叙述トリックなんじゃないのか?! 最後の一行でぶっとんだぞ。
【お玉の家にいた女】(森鴎外「雁」)これも作り話にしないでもいいのに……と思ったんだけど、最後まで読んで、その処理の仕方が巧いのに舌を巻いた。
【お宮の松】(尾崎紅葉「金色夜叉」)これは「過去の出来事を推理する」というあたりが、「淀君の謎」ぽくて興味深い。
【テーブル稽古】(菊池寛「父帰る」)他のとアプローチが違う一編。最後が何だかスッキリせず。
【大学祭の美登利】(樋口一葉「たけくらべ」)これも変わったアプローチ。それにしても、あまり魅力的には思えないゾ、この美登利は(笑)。
【モデル考】(谷崎潤一郎「痴人の愛」)女のイヤな部分がよく出てるなぁ、この主人公は(笑)。最後の一文の持っている衝撃はナカナカのもの。
(00.8.2)
【車引殺人事件】いかにも探偵小説である。何より文章に雰囲気があるのがいい。
【尊像紛失事件】犯行時刻の割り出し方が、東野圭吾「天使の耳」の昔版って感じでイイ。
【立女形失踪事件】手慣れた読者なら見当がつくオチだけど、細かい伏線がキレイ。
【等々力座殺人事件】おお、これはエラリー・クィーンのアレではないか! それにしても後味悪い。
【松王丸変死事件】てりふり人形の使い方にゾクリとする。
【盲女殺人事件】これだけ歌舞伎じゃない。しかしこの手がかりは運任せだなぁ(笑)
【團十郎切腹事件】おお、これはジョセフィン・ティのアレではないか! どんでん返しも見事。
【奈落殺人事件】この手がかりはいいなぁ。巧くいくかどうかは別にして、すごく本格っぽい。
(00.8.2)
さて、ここで扱われてる本はなんと253冊! 最近廃れてきた《私小説》の流れを唐沢寿明の「ふたり」や石原慎太郎の「弟」に見出したり、芥川賞候補作を読んで誰も気付かなかった選考基準を見つけたり、小学校の《読書感想文課題図書》を読んで感想文を書いてみたり。やりたい放題いいたい放題なのだが、根底にあるのはやはり斎藤美奈子流の小気味いい視点である。新たなものの見方を提示するってのは、やはり頭がよくなくちゃできない。
ただ、この著者はこういう短くまとめたエッセイ風のものよりも、「妊娠小説」や「紅一点論」のような、ひとつのテーマを追及する論文の方が数段読みごたえがあると思う。この「読者は踊る」は、「あほらし屋の鐘が鳴る」同様に「流行ものを斎藤美奈子が斬る!」というだけってな面が明らかに存在するのだ。無論、そこで展開される論理は鋭いし痛快だし、読んでて面白いのは確かなんだけども、やはりもっと深く切り込んで欲しいなぁという思いは捨てきれない。これは新聞だか雑誌だかに載ったコラムを集めたわけだから短いのは仕方ないんだけど、次はじっくり腰を据えた長いのを頼むぜ!
(00.8.7)
なるほどこういうフィクショナルな設定にすれば、「おいおい、そんな捜査方法は警察はとらないだろう」というような読者のツッコミは回避できるわな。短編ひとつひとつをとってみても、そこに散りばめられたアイディアや仕掛けはサスガに本格の旗手と言えるようなものばかり。「ああっ」と叫んだり「やられた!」と唸ったりで、騙される快感を充分に味わえる。
ただ、本来の警察機構がメチャクチャ悪役(それもかなり典型的な敵役)になってるのには、読んでてちょっとうんざり。いや、実際に警察の体質に様々な問題があるのは事実なんだけども、なんか妙に「悪の象徴」みたいに描かれてないか? 警察の理不尽な妨害と戦いながらも正義を貫く「自治警特捜」戦士──といったような。現実の縛りからフリーにするために作った「自治警特捜」なら、別に警察と協力して事件を追ってもいいんじゃないのかなあ。では個別に。
【忘れられた誘拐】犯人を落とす決めてとなる仕掛けには「やられた!」と叫んだ。こういうの大好き!
【存在しない殺人鬼】果たしてここまでの事が現実にできるのかどうか──?
【死体の冷めないうちに】こういうトリックは苦手なんだけど、伏線が上手で思わず膝を打った。
【世にも切実な動機】え、それが切実? と思ったが最後まで読むと──うん、これは切実だわ。
【不完全な処刑台】仕掛けは知識がないと分からないんだけど、サスペンスフルな展開で読ませる。
【最もアンフェアな密室】これも、こういう処理がどこまで現実的なのかがひっかかる。
【仮想現実の暗殺者】これはテレビドラマなんかの映像でやると面白そうだなあ。
(00.8.7)
初期の作品というせいもあるのかもしれないが、ちょっと文章に修飾過多の感がある。でも、そうは言っても抽んでた文章力を持っているのは確かで、物語世界の雰囲気作りは抜群に巧い。謎解きのカタルシスは勿論だけど、終わり方もいいなあ。全てを明らかに説明するのではなく、こういう終わり方があるんだ、と溜息をついてしまう。ただ、このエンディングは人によっては「え、これで終わり? どういう意味?」と思われるかもしれない。いや、かく言うあたしも3度読み直したんですけど(笑)。
これは本編同様、仁賀克雄氏の解説も読んで欲しいんだよな。そこに記された仁賀氏と、そして著者・服部氏の考えには諸手を挙げて賛成する。曰く。
ただけのようなものには付き合う気になれないし、"A点からB点まで五分で行くのは不可能
だ"などということを知るために一冊の本を読む気はおきない』という著者の意見には賛成で
ある。トリックさえよければ下手な小説でもよしとするのは、パズルゲーム小説でしかない。
小説にはもっと豊かな幻想の世界があってよい。小説たるもの、まずそれを支える訓練
された文章力と、豊かなロマンが必要である。筆者はその両方を備えている。(文庫p.272)
消失!・中西智明(講談社文庫)
ノベルズは1990年発行、文庫は1993年発行である。新本格と名付けられた気鋭の作家たちが、続々と力作を発表して、「新本格ムーブメント」が一大潮流になりかけた頃の作品。当時、どうして読み損ねていたのか自分でも分からないくらいなのだが、今回初めて手に取り……ぶわっはっはっは! 大爆笑である。いや、決してアホバカミステリだとか、しょーもないとか、そういう笑いではないのだ。こう来たか! うわあ、してやられたぜ! という驚き。よくこんなこと考えついたなあ、それをよくここまでのモノに仕上げたなあ、という感嘆。その驚きと感嘆の発露が、溜息だとか鳥肌だとかではなく、《爆笑》になってしまうような、そんな物語なのだ。
こういう、パズルだけの話ってのは決して好みではないんだけど、それでも、ここまで見事に背負い投げを喰らってしまうと、これはもう脱帽する以外にない。正直言ってエンディングの処理の仕方は余分だった気もするし、細かいトリックや伏線については、ちょっと無理があったりするのだけれど、そんなこたぁどうでもいいのだ。メインとなる仕掛けだけで、このミステリは充分過ぎるほどにパワーを持つ。
騙される快感が本格ミステリの醍醐味だとするなら、これはその醍醐味を存分に味わえる。いや、存分過ぎるほどに味わえる。あたしなんか、読んでる最中に「ええっ!」と声を出してしまったくらいだ。会話の妙や、ちょっとした描写なんかにもセンスを感じる。新本格好きは落としちゃならない一冊。この作者ってこれしか出してないので、そういう意味でも押さえておきたい。
(00.8.14)
アルキメデスは手を汚さない・小峰元(講談社文庫)
一人の女子高校生が死亡する。病死とされたが、実は妊娠中絶手術の予後が悪く、死に至ったのだった。彼女の父親は、娘を陵辱し死に至らしめた犯人を捜そうとし、担任教師に協力を求めるが──当時の高校生の風俗を描いたとして話題になり、《青春悪漢ミステリ》と銘打たれた著者のデビュー作である。
ミステリとしての仕掛けや工夫もさることながら、本書(とその他の小峰作品も)が評判になったのはひとえに高校生の描写にある。今の子には分かりにくいかもしれないが、大学紛争や全共闘の頃から見ると一世代下にあたるあたしたちには、その《反動》があった。それを、かなり大袈裟にしたものが、ここに出てくる高校生たちである。「こんなヤツいねーよ」という批判も出るだろうが、まさしくその世代だったあたしは、「ここまでのヤツは確かにいないけど、あたしたちの中のある部分を拡大したものが、ここにある」という、一種ヒーローを見るような目つきで、柳生隆保や延命美由紀を見つめたものだ。
ここから、あたしのミステリ好きが始まり、彼の作品を追いかけた。(大体彼の作品の書評は、一つ書けば使いまわせる。だから、ここに書いた話は、彼のほぼ全作の感想に等しい。)そのうち、彼は高校生向きの雑誌連載なども手がけ、そちらは《ポップで明るいオレたちのユーモア青春ミステリ》に仕上がっていく。彼の作品群は、この二つのタイプに分かれる。三人称で描かれたものが社会派風本格推理、一人称で描かれたものがユーモア青春ミステリと考えればいいと思う。
あたしは特に、三人称の社会派風本格推理を推したい。一人称のものは、若者向けで楽しいのだけれど、読みごたえという点ではやはり三人称の作品群だ。いずれもミステリとしての謎の構築と意外な論理的結末は一流である。しかし、決して謎解きだけではない《人間と社会を描いた》ミステリたちだ。本書の他にも、「ピタゴラス豆畑に死す」「ソクラテス最後の弁明」「イソップの首に鈴をつけろ」(以上、講談社文庫)「ソロンの鬼っ子たち」(文春文庫)あたりが、特にお薦め。一人称の中でも「ディオゲネスは午前3時に笑う」(講談社文庫)は、ズシリと来る読みごたえがある。軽めの青春ミステリを、という向きには「パンドラの恋愛能力共通一次テスト」(講談社文庫)が、現代にも通用する仕掛けの連作ミステリである。是非一読を。さて、20年後の今の若者は、小峰元をどう読むのかな?
(00.8.20)
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