じゃじゃ本ならし


「黒い箱」の館・本岡類(カッパノベルス)

 若きプロ棋士・水流瀬は夏休みを過ごすために熊野の旧家へやってくる。山中の旧家ということで横溝ばりの世界を期待して水流瀬だったが、実際は新築された和洋折衷家屋にエレベータまであるオーディオルーム、エアコンにフローリングの家。お迎えはエンジンと電気で走るハイブリッドカーという状況で、速くも横溝の夢は破れたのだが──。
 旧家で起こる因習に絡んだ連続殺人ってえのは、まさに横溝ばりである。しかしこちらの探偵はさすがに現代的だ。横溝正史のあの世界が現代にスライドしてくれば、こうなるんだろなぁ、という感じの世界。おまけにきっちり「旅情トラベルミステリ」として、熊野古道や川湯温泉などの描写も入ったりして(笑)。
 とにかく容疑者がどんどん絞られていくので、誰が犯人でも《意外な犯人》にはなりえないってくらい。心優しい養女の紀子に残された遺産ってのも、最初に話が出てきた時点で「きっとこれは、実はアレで、こうなってるんだぞぉ」と見当がつく。推理してそう思うのではなく、こういうパターンならこれでしょう、という見当のつけかたなのだ。これは犯人にしても同じなんだけど、そういうパターン分類をしていった結果「その通りかいっ!」と思わず叫んでしまうほど王道(笑)。いや、それが悪いってんじゃないのよ。トリックなんか、物理的なものにしろ心理的なものにしろ、すごくよく考えてあって、思わず唸ってしまうくらい。伏線も、思わず膝を打ったってくらい。それだけ凝ってるのに、真相は王道なのよ。だから、ある意味すごく安心して読めた。おまけにこの筆者、ストーリーテリングの巧さには定評があるので、本をめくる手は止まらずにサクサク読んでしまえるのだ。話は見え見えなのに面白いってどゆこと?(^^;)
 このプロ棋士探偵のシリーズは他にも出てるようなので、ちょっと読んでみたくなったぞ。 (00.11.7)     

ユニオン・クラブ綺談・アイザック・アシモフ著・池央耿訳(創元推理文庫)

 「黒後家蜘蛛の会」と同工異曲とでも言うかな、同じ様な謎解きの掌編集。謎を解く役柄が違うだけで、それ意外は殆ど一緒って言ってもいいくらいだから、「黒後家蜘蛛の会」が好きな人にはお薦めだ。
 中身はというと、掌編がなんと30編! お好きなところから拾い読み可能。あたしは毎晩眠る前に一編ずつ読んだけど、これって考えてみたらトイレット・リーディングに最適なんではなかろうか(笑)。話の方は、正直言ってツッコミを入れたくなるものが多いし、すっきり解決!というのは少ない。それが正解だったんなら、運が良かったんだよグリズウォルド、と言ってあげたくなる。また、英語やアメリカ文化に通じてないと意味の分からないものも多いので、まぁ謎解きに挑戦しようなどと思わずに軽い気持ちで読んだ方が楽しめるかな。
 あたしが気に入ったのは【十二歳】【知能テスト】のような言葉遊び的なもの。【ドルとセント】の膝を打つ真相、【高温 低温】の皮肉な結末。
 逆になんぼなんでもそりゃないぜと思ったのは【逃げ場なし】【宝さがし】【二人の女】ってところかな。だけど、謎解きとしてではなく、風刺や「ちょっと気の利いた話」として読めば充分楽しめる。 (00.11.7)     

勝利投手・梅田香子(河出文庫)

 夏の甲子園を熱狂させた、無名高校の天才ピッチャー。ところがインタビューは受けないしマスコミからは逃げまくる。実はこのピッチャー、女の子だったのだ! そしてその年の秋、ドラフト会議で中日ドラゴンズは、この女子高校生を指名した──。
 プロ野球のチームや選手が実名でバンバン出てくる。フィクションである女子高校生に直接関わる部分は架空の球団や人物が使われてるとはいうものの、三星クラウンズってのがフィクションだけど、明らかに西武ライオンズがモデルだし、広島出身のキャッチャー及川達也ってのは誰がどう見ても達川だと分かるし、三星の監督である国政道朗は広岡達郎そのまんまである。で、くだんの天才ピッチャーである女子高生ってのは、この国政監督の娘なのだという話。【野球狂の詩】【あぶさん】だと考えて頂ければ、雰囲気が伝わるのではないかしら。
 何が凄いって、この本が書かれたのは1986年なのに、その2年後のドラゴンズの優勝をズバリ予言してるのよね。ま、偶然なんだろうけど、星野監督がドラゴンズの監督となって優勝し、日本シリーズで三星(西武)とあたる──うわぁ、この話の通りじゃないか。ただ違うのは日本シリーズで……まぁ、そこは読んで下さい。とにかく当時の選手の名前がバンバン出てきて、面白いやら懐かしいやら。おお、宇野! 大島! み、都裕次郎! うわははは、ブコビッチ(笑)。
 女の子が主人公なんだから、もちろん恋愛もありだ。むしろ後半はそれが中心になった感もあるが、まぁそれも当然か。むろん、出来すぎの感は否めないが、野球ファン(特にドラゴンズファンとアンチ巨人ファン)は間違いなく楽しめる一冊。 (00.11.9)     

倒錯の死角・折原一(創元推理文庫)

 叔母と二人暮らしの翻訳家・大沢。彼の家のとなりにあるアパートに、清水という女性が引っ越してきた。彼女の部屋は大沢の部屋から丸見え。大沢は覗きの誘惑に耐えきれず……。
 あまり細かく感想を言うとネタが割れてしまうので、曖昧な表現しかできないんだけども、この仕掛けは流石だねー。この分野での第一人者だけのことはある。鮮やか! おお、なるほど、ああ、ここかぁ、くぅーっ、てなもんである。いやもう、素直に賛辞。
 ただ、これは個人的な趣味の問題で、決して著者のせいではないんだけども、性的な描写が何ともオヤジ的というか品がないというか……女のあたしが読んでいて、どうにも不快に感じられて仕方ない箇所が多いのよ。あたしはシモネタやエロチックな描写にはまったく抵抗はないんだけども、それでもセクハラを受けてるような、なんだかイヤな気分になってしまった。
 加えて、出てくる登場人物の大半が気が狂ってるか、クセの強すぎるイヤなヤツだってのは、読んでて辛い。楽しくないし。読み終わった時の驚きとカタルシスは充分だったんだけど、登場人物に対しての不快感がそれを凌駕してしまって……しくしく(;_;)。だいたい、事件を臭わせておいて、それは気の狂った彼の妄想でしたってのは、ちょっとアンマリじゃなかろか(笑)と思ったんだけど、どっかに伏線があったのを見落としてるんだろな、多分。
 そうそう、それと、真弓の日記がひっかかった。小説の展開上、ある程度は仕方がないとは言え、あまりに日記にしては不自然な描写が多いと思うんだけど。例えば「午後十一時、チャイムの音がして、我に返る。高野さんだわ、きっと」という文章が日記に出てくるのだけれど──これってヘンでしょ? 日記を一日の終わりにつけるなら誰が訪れたのか彼女は既に分かってるはずだし、リアルタイムで書いてるんだとしたら、チャイムが鳴ってるのに無視して日記を書き続けてたことになる。この著者だけに、こういうのも何かの伏線かなと考えてしまうから、こういう部分はチトな。 (00.11.16)     

倒錯のロンド・折原一(講談社文庫)

 「月間推理」の新人賞を狙っている作家志望の山本。彼は苦労の末に書き上げた「幻の女」をワープロ打ちしてもらうために、親友に預けた。ところが親友がその原稿をなくしてしまい……。
 読後感としては
「倒錯の死角」と寸分違わず同じなので、そっちを読んで貰った方が手間が省けていいくらいだ(笑)。とにかく仕掛けはさすが。全部を読み終わってみると、細かいところまで実に緻密に計算されてるのが分かる。巧いなぁ。
 だけどやっぱり主たる登場人物がいずれも気が狂ってましたってのは、読んでて辛い。特にこの場合は(こういうジャンルだから当たり前なんだけど)何らかの病理的社会的原因を追求していくというテーマの話ではなくて、ただ、仕掛けのためトリックのために、そういうふうにしちゃってるワケだ。そこが何ともやり切れないんだよなあ。いやもう、まったく個人的嗜好の話なので恐縮ですが。
 それにしても、これを読んだ編集者がベタ褒めするシーンには笑ったぜ(笑)。あと、「倒錯の死角」もそうだったんだけど、最後の種明かしがモロに「種あかし的説明」だったのが残念。仕掛けのネタを、こういうふうにいかにも説明って感じで説明するんじゃなくて、物語の中で昇華させられれば文句無しなんだけど。いやはや、読者ってのはワガママね。自分じゃ書けもしないくせに(笑)。 (00.11.17)     

血食〜系図屋奔走セリ・物集高音(講談社ノベルス)

 時は昭和初期──だったか大正だったか(笑)。すみません、あちこちに出てはきてた筈なんだけど、読み終わった今となっては詳細を確認するために再度ページを開くのもタイヘンってくらいに、濃い話なのよ。言い訳になってないぞ>あたし。
 とまれ、時代はそのあたり。三田の魚藍坂に「系図屋」の看板を掲げる忌部言人(いんべ・ことんど)は、自分の祖先が知りたいという人のために、出自を調べて系図を作ってあげるという仕事をしている。家紋と苗字から、どの地方のどんな身分だったか分かるってくらいの博覧強記。そこに、仕事をなくしておまんま食い上げの友人(のちに作家になる)物集高音が顔を出し、忌部の仕事を手伝うことになったのだが──。
 いやぁ、よく調べたなぁというのが第一印象。時代背景や語彙、小道具なんかもすごくよく調べて、上手に当時の雰囲気を出してるなあ。苗字や家紋の蘊蓄はそれなりに楽しく読めたんだけど、どうも小説の登場人物のセリフを読んでるというよりは、何かの資料を読んでるような気分になった。全体に(特に前半、ノ号の顛末のあたりまで)はそういう箇所が多くて、やや辟易。
 でも、後半に入って、「手帳の人々」を順次当たり、長野に飛ぶに至っては俄然面白くなる。もっと早い段階からこうして動いてくれるとよかったのにぃ、というのは物語の展開が遅いと我慢できないという根気のない読者のワガママか(笑)。ラストもなるほど、と膝を打った。
 ただ、最近、この系統の話って増えてきてません? 明治から昭和初期にかけてを舞台にして、ものすごく知識があってヤタラと蘊蓄を傾ける探偵役と、ひとなみ以上に鈍くさい相棒ってヤツ。ひとつのパターンというか、分野になっちゃった感がある。でも、京極夏彦っていう開祖(?)がいる限り、著者がどういうつもりで書いた話であれ、イヤでも比べられちゃうよなあ。それを避けるためにも、従来のパターンを打ち破るプラスαが欲しかったところ。 (00.11.24)     

メビウスの時の刻・船戸与一(中公文庫)

 おおおお、船戸与一が叙述トリックのミステリを書いてるッ! びっくり!
 いやぁ、ホントにびっくりした。まさかこんな話だとは。「おれ」「私」「おいら」「あたし」「わし」によって語られる断章。ニューヨークのステーキ店で働く日本人。外国に行ってしまった運動家(スポーツマンじゃなくて政治運動の方よ)の恋人を追ってきた日本人女性。ケガでボクシングが続けられなくなり、恩人のためにヤバイ仕事に手を染めようとする元ボクサー、などなど。断章ではあるが、それが一つの場に向かって行くのが分かる。
 そして、その場面──えええええっっ?! どゆこと? ねぇ、どゆこと? ……おおお、そうかぁ。くうーーー、気づかなかったぜちくしょう! とまぁ、ミステリのダマされる快感充分だ。それもダマされただけではなく、そこに現れた真相は、あまりにも切なくて悲しい。辛すぎる。それもまた、この物語の白眉である。
 普通、この手の話だと、仕掛けのために物語が作られるために、どうにも不自然だったり、リアリティがなかったり、物語としてのテーマや感動を犠牲にするのが常なのだけれど、これはそのあたりが問題なく生きている。無論、他の船戸作品に比べると、ちょっとキビシイのは事実だけど(笑)、さすがである。仕掛けに驚くと同時に、登場人物の辿った悲しい運命に胸が締め付けられる。
 うーん、ハードボイルドでもできるんだなぁ、こういうの。ハードボイルドや冒険小説のテイストを損なうことなく、みごとにアクロバティックな着地を決めているあたり、見事である。しかし何より読者がダマされるのは、著者が船戸与一ってとこだよな(笑)。 (00.11.25)     

松風の記憶・戸板康二(講談社文庫)

 とても珍しい、中村雅楽ものの長編。もしかしたら長編ってこれひとつだけじゃないのかな?(うろ覚えなので、違ってたらゴメン)
 女子校の修学旅行先の山寺で発見された死体。それは巡業中の梨園の老優・浅尾当次だった。浅尾当次の身内や、彼を発見した女子高生はその後──複雑に入り組んだ人間関係の綾を解きほぐす中村雅楽の目。
 いやぁ、読みごたえがあるなぁ。当次の隠し子の問題と、女子高生ふみ子の話が並行して語られるわけだが、この二つの話がクロスしてからの展開はもう、何というか──女のどろどろした醜い部分が浮き彫りになっているにも関わらず、一種の様式美を感じさせるような何かがある。
 謎を解くのは雅楽だし、謎の中心にいるのは死んでしまった当次だが、これはやはり、ふみ子とゆき子(田鶴子)の二人の女の話である。聡明だがプライドの高い女子高生・ふみ子が自分の弱さ・醜さに気づいてからの変化。ゆき子が自らの出生にどう立ち向かい、その気持ちがどこへ向かって流れていくか。当太郎という毒にもクスリにもならないような男を間におくことで、この二人の女性の強い輪郭が浮き彫りになる。「弱き者よ、汝の名は女なり」というが、ここでは「強き者よ、激しき者よ、美しき者よ、そして悲しき者よ、汝の名は女なり」といったところか。
 殺人事件も起きるし、トリックもあるんだけれど、なんだかもうそういうのはどうでもいいって気にさせられるのよね。ものすごく質のいい舞台劇を見たような、そんな読後感の一冊。  (00.11.28)     

朱漆の壁に血がしたたる・都筑道夫(角川文庫)

 物部太郎・片岡直次郎シリーズの3作め。今回の舞台は石川県。読者から募った不可能状況をもとにミステリを書くという企画をやっている作家・紬。ところが、彼の選んだ読者投稿の状況とそっくり同じ状況で、30年ほど前に人が死んだことがあるという。何か参考になるのではないか、その事件を調べて欲しいという依頼。めんどうくさがって動こうとしない太郎を後目に、直次郎は一人で石川県へ飛ぶが──。
 なんせ、いきなり直次郎が逮捕されてしまうのである。ま、もちろんそのままという事はないのだけれど、今回の太郎は完璧にアームチェア・ディテクティブだ。二人の電話のすれ違いなんか、思わず笑ってしまう。
 道具建てもばっちりで、密室は出るし旧家の秘密はあるし、そのあたり横溝ばりなんだけれどもコミカルな作風のせいで全然怖くない(笑)。それもこのシリーズの魅力である。その魅力に引きずられてたら、肝心の橋の上の死体が何だったのか細かいことなんてどうでもよくなるんだけど(おいおい)、ただ、30年前の事件でどうして橋の上でなければならなかったのか、という理由には「あっ」と叫んだ。なるほど、笑ってばかりいると背負い投げを食う。
 しかし、何といっても本作で楽しいのは遊びの部分だ。まずは、推理作家・紬氏の主義主張の部分。密室談義をする探偵は辟易するくらいいるが、紬氏は作家としての姿勢を説く。こういうのは一歩間違うと、小説の流れを無視して作家が自分の趣味を満たすためだけ・自分の言い分を主張するためだけに見えてしまうのだけれど、今回はプレゼンの仕方が巧いのと、彼の解く姿勢に諸手を上げて賛成だったために面白く読めた。
 もうひとつの楽しみは、やはり名前だよな。片岡直次郎は自明だが、今回のその他の登場人物が牛野松吉、森田清、金子一郎、千登世……わははは、遊んでる遊んでる。片岡直次郎はそのまんま、それ以外も、くらやみの丑松・森田屋清蔵・金子市之丞・三千歳じゃないか。藤沢周平が読んだら爆笑するぞ、河内山宗俊はどこだ等と笑っていたら、いつの間にか誤誘導されてたりするから侮れない。意味が分からない人は、藤沢周平氏の「天保悪党伝」を読みましょう。  (00.11.29)     


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