ねぎ坊主畑の妖精たちの物語・天沢退二郎(筑摩書房)
ジュブナイルである。多分。多分としか言いようがない。だって、ジュブナイルにしては非常に幻想的で、ファンタジックなんだけどダークで、何とも言えない世界なのだ。ずずーーっと引き込まれてしまう。不安を前面に押し出したようなテーマが多く、出てくる妖精も、妖精というより夢魔と言った方が相応しいような。そんな不思議な世界。
蘭方医・長崎浩斎 大江戸謎解き帳・永井義男(祥伝社)
越中高岡の医者の家に生まれた長崎浩斎は、大槻玄沢に師事して江戸に出てくる。そこでひょんなことから変死体を見る羽目になり、そのまま謎解きをすることに……。
敗戦の傷も癒えない昭和二十一年。芸術とも言える刺青を持つ女が、惨劇の主役となった。刺青コレクターの教授を始め、妖しくも美しい刺青の虜になった人々。凄惨な事件現場から消えた刺青。アリバイも密室も、耽美も妖艶も、そして名探偵の推理も!
ささやく河〜彫り師伊之助捕り物覚え・藤沢周平(新潮文庫)
伊之助は元岡っ引き。今はお役目を辞めて、彫り師としてカタギの職人になっている──筈だったのだが、何かと便利に使われてしまう始末。今回は伊之助が面倒を見ていた身元不明の老人が殺されたというので、否応なく調べを手伝うことになったのだが……
準急"ながら"・鮎川哲也(角川文庫)
北海道で雪の中、真理子が事故に遭って倒れていた時に助けてくれた女性。しかし連絡先が分からずお礼ができないまま十六年が過ぎた時に、偶然その女性と再会できる機会があった。しかし、その相手・海里昭子は……。
ドン・キホーテの「論争」・笙野頼子(講談社)
発端は、とある大新聞の文芸時評だった。そこに書かれた文章は口当たりのいい表現が使われてはいるものの、つまりは純文学非難であり、純文学不要論であった。怒った「純文学作家・新難解派」の笙野頼子が論争をしかける。私はピエロじゃない。巨大風車に一人で立ち向かうドン・キホーテなのだ!
六道ヶ辻〜死者たちの謝肉祭・栗本薫(角川書店)
終戦直後、北支から復員してきた西郷は、ヤクザ(?)の事務所からピストルを盗んで逃げる少年・未知夫と出会う。そのままなし崩し的に未知夫と、それから彼の保護者である踊り子・朱里と一緒に暮らし始めた西郷。当時、東京は女性をバラバラに切り刻んで肉を削ぐという「人食い鬼」の噂に震撼していた……。
銀の檻を溶かして・高里椎奈(講談社ノベルス)
「どんな薬でも症状に合わせてお出しします」という薬屋を営む3人の妖怪(見た目は少年)が主人公。秋、リベザル、座木の妖怪薬屋を訪れたのは、悪魔と契約を交わしてしまったという男だった──妖怪薬屋探偵の3人組が活躍するメフィスト賞受賞作。
夜よ鼠たちのために・連城三紀彦(新潮文庫)
【二つの顔】妻がホテルで死んだと警察から電話が入った。そんな筈はない、何故なら──とてもトリッキィな作品。それも凝ったトリックではなく、心理描写でひっかけるタイプの話。こういうのを書かせると巧いねえ。
殺人協奏曲ホ短調・由良三郎(文春文庫)
殺人事件の唯一の目撃者は、重病の夫人だった。彼女は目も見えず口もきけず全身不随。何かを感じていたとしても、伝える術を持たない。いや、それ以前に彼女は何か知っているのか?──「運命協奏曲殺人事件」に続いて、白河警視と鉄平のコンビが謎に挑む。
【「ねぎ坊主ばなし」から】ショウガ畑とニンジン畑の物語。ネーミングが何となく宮沢賢治っぼいせいもあって、暖かい田舎の話かと思ったら……こんなエンディングって!
【びわとヒヨドリ】たわわに実る枇杷を、どうしてヒヨドリは食べないのか。その真相より、真相を知った後が悲しい。
【夜の道】汽車をみる為に夜の道をひた走る少年。えーん、怖いよぉ(;_;)
【土神の夢】ひええ、何なんだこの重く悲しい世界はっ。【びわとヒヨドリ】とのリンクも気になる。
【杉の梢に火がともるとき】少年が迷い込んだ不思議な世界。「光車よ、まわれ!」を彷彿とさせせる物語。郵便局のあたりはシュールだなぁ。
【人形川】「あちら」から戻ってきた級友は、いつの間にか藁人形になっていた……なんとも不思議で、そして怖い味わい。
【グーンの黒い地図】小学生の男の子が突然巻き込まれた不思議な世界。これも「光車よ、まわれ!」に通じる。
(01.5.27)
長崎に謎解きをさせようとするのは、彼に片思い中の大店のワガママ娘・お喜代である。こういうキャラは時代を超えて存在するんだなぁ(溜息)。現代に生きてたら、大学では絶対にミステリ研に入って、事件の度に自分の恋愛を絡めて張り切るタイプだ(笑)。まぁいいんですけど。
しかし、医者を主人公にするだけあって、捕物帳としては破格に科学的である。そこに捕物帳ならではの親分がいい味を出して、これはなかなか面白いシリーズになりそうだぞ。この3本で長崎は越中に帰ってしまうのだけど、田舎に許嫁がいることだし、お喜代の出ないところでもう少しシリーズを続けて欲しいものである。もしも続編が出てるようなら読んでみたいが、出てるのかな?
【両国・麦藁蛇の怪】女の腐乱死体が見つかった。死体の様子から死亡推定時刻を割り出す浩斎。しかし最有力容疑者の彼女の夫にはアリバイがあって……今なら「法医学教室の事件簿」みたいなシリーズで扱われそうなネタ。これを江戸時代の科学でやってるあたりが面白い。
【神田・男女身二つの怪】長屋の空き部屋で見つかった死体は、上半身が男、下半身が女だった……キャラの性格が固まってきて、いい感じになってきた。武家との立場の差を、も少し前面に出してもよかったかな。
【本所・猩猩音呼の怪】大金を持ったまま消えた商家の旦那。生死が分からなかったが、骨が出たという……うわ、トリッキー! 捕物帳でもここまでの本格ミステリができるんだなぁという好例だ。そこから先の推理にはチト無理があるけど、科学捜査のできない時代ならではの本格。浩斎の許嫁の話に対するお喜代の反応にも好感が持てて、ちょっと見直したぞ(笑)。
(01.5.29)
刺青殺人事件・高木彬光(光文社文庫)
「戦後本格ミステリの礎は、確かにここにあった!」と声を大にして言いたい気分だ。乱歩よりは横溝に連なる系譜。とにかく、おどろおどろしい中にも静謐さと妖艶さがあり、それに対抗する名探偵がいる。現代ともなれば、今さらこの程度のトリックでは正直驚いたりはしないのだけれど(笑)、それでも、この時代にこの作品が世に出ていたのかという、まさに「今さらながら」の驚きと感動である。
いや、何もノスタルジーだけで言っているのではない。確かにトリックそれ自体は、今となってはたいしたことはないのだが、たとえネタの割れたトリックであっても、それが物語の中でどう生かされているのか、それが物語にどのような彩りを添えているのか、そこが大事なのである。トリックだけならものすごい話はたくさんある。しかし、それらが名作と呼ばれずに消えていくのは、トリックだけの話だからだ。物語との相乗効果を生み出していないからだ。トリックが物語に与える効果とは、トリックが生み出す雰囲気と物語の持つ雰囲気がキレイにマッチした時の快感とは、即ちこのような作品を言うのではなかろうか。
やはり、基本と言われる作品は読まねば損なのである。
(01.5.29)
藤沢周平と言えば、言わずと知れた時代小説の大家である。藤沢周平と言えば、押しも押されもせぬ大御所である。そのイメージで読んだのだけれど──うわぁ、これは現代を舞台にしてもそのまま通用しそうな、大江戸ハードボイルドではないか。現代を舞台にして、刑務所帰りの男と昔の仲間という設定でも充分通用する話。賭場はカジノにして、鉄火者たちはヤクザにして。主人公は元刑事だ。わはは、出来る出来る。
島帰り(島流しになっていた人が刑期を終えて戻ってくること)の男が殺された。ところがその懐には、昨日までは持っていなかった筈の大金が入っている。そこから伊之助は男の過去を洗い出すのだが、これがなかなかに読みごたえがある。彫り師の親方や仲間には昔岡っ引きだったことを内緒にしているため、なんだかんだと言い訳をして調べに出なくちゃならない伊之助も可愛いし(笑)、親分はしたたかで、おまさは明るくて、これぞ捕物帳──なんだけども、それでもストーリー展開があまりにも今風だからか、どうも江戸情緒が薄い気がするんだよなあ。
真相は意外で、悲しくて、切ない。犯人が分かった時には「あっ」と言ってしまった。でも、犯人が分かってからはいきなり犯人の目から見た思い出話になってしまうために、カタルシスがないのだ。まぁ、伏線があってフェアプレイをする類の話じゃないから仕方ないんだけどね。
(01.5.30)
鬼貫警部モノだが、鬼貫警部は最終章直前に出てくるだけである。それまでは、事件の様子と、それを地道に追う刑事たちの姿が描かれる。舞台(愛知県犬山市)が地元に近いということもあって、とても楽しく読めた。ちょっと昔の交通手段の描写も興味深い。
容疑者が次々とシロになり、ようやくホンボシかと思った相手には鉄壁のアリバイが。後半はこのアリバイ崩しが眼目になる。うわははは、似たようなものを使ったアリバイトリックは多いけれど、これはシンプルで面白いなあ。
ただ、前半は事件が起こりながら背景がちょっとずつ繋がっていくという体裁で、どうもまどろっこしい。いや、逆だ。その「ちょっとずつ繋がっていく」過程がとてもワクワクさせるんだけど、後半になってから話がアリバイ崩しに集約されてしまって、細かい事象が一つに繋がる快感が途中で途切れてしまうのだ。何だか、物語の前半と後半で違う話を読んでいるかのような印象すらある。この構成はどうにかならないものか。確かに複雑な背景なんだけど、それが刑事の捜査で「こういうことが分かりました」というよりも、やはり本格好きとしては、あちこちに伏線をばらまいておいて「あああ、そうだったのか、ちょっと考えれば分かった筈なのにどうして気づかなかったのかしら、バカバカあたしのバカ!」という快感を味わいたいところなのだが、その快感は前半で尻すぼみに終わってしまい、後半は時刻表やネガとにらめっこになってしまう。どうにも散漫な印象が拭えないのだが。
(01.5.31)
そんな時期の笙野頼子が、あちこちに「エッセイ」として書いた「論争・反論」を一冊にまとめた本。こういう文学の一ジャンルについての「論争」というのは、例えば70年代の「直木賞はSFには冷たい」だの、80年代の「新本格は人間が描けていない」だの、それこそ枚挙に暇がないっつーくらい常にあちこちで行われているもので、今回も「またその一つか」という認識しか持っていなかった。マスコミが何を書こうが、特定の記者が何をホザこうが、そのジャンルを好きな読者は確固として存在するのだから、そういう読者のために論争をしてる暇があったら作品を書いてくれよ、誰からも文句の出ないような傑作を著してそいつらを見返せばいいじゃないか──と、ずっと思っていたのだ。実際今でも、数ある論争のうちの幾つかについては、そういう感想を抱いている。
しかし、これは。読んでいく内に、だんだん自分が恥ずかしくなってきたのだ。読者のために論争より作品を、というのは、確かにそれはそれで正論なのだけれど、文学に携わる者としての矜持が強ければ強いほど、看過していい問題ではない、という事に遅蒔きながら気づいたのである。「そんな言いぐさは無視して、作品を書いてよ」というのは一読者の一作家に対する感想でしかない。しかし、問題は未来なのだ。これから日本語を使って何かを著そうとする世代に、これから日本語を使って何かを得ようとする世代に、健全な形で選択肢を残しておかねばならない。芥川龍之介・志賀直哉から連綿と続いてきた「純文学の森」を、住んでる者が守らねば誰が守るのだ?
まぁ、何というか、こういう「論争」にはつきものの、意見攻撃ではなく人格攻撃になってしまうという箇所が多く見受けられて、それは何だか読んでてイヤ〜な気持ちになるんだけども、この論争が幸か不幸か相手から公的には一度の反論もなく「笙野頼子の不戦勝」で集結したため、他のジャンルの論争で見られるような泥沼的展開まで読まされずに済んだのは幸いだ。それに何といっても、著者の純文学に対する愛情がそこかしこに透けて見えるのがいい。読後感が悪くないってのは、「論争本」としては希有なのではなかろうか。
(01.6.7)
お馴染み、大導寺一族を描く六道ヶ辻シリーズである。バラバラ死体も、猟奇的な殺人も、たおやかな少年と彼を守ろうとする従兄も、ああ栗本薫の世界だわ。薫を胡蝶にして、犯人をシリウスにしたって同じじゃないの、ってくらい栗本薫の世界である。長年、栗本薫の本を読んでいると、「こういう場合はこいつが犯人!」というパターンまで読めてしまうくらいなのだけれど(笑)、そしてそこはさすがに一流のストーリーテラーだ。予想通りの犯人であり予想通りの展開であるにも関わらず、しっかりと読者を取り込んでしまう。犯人は予想通りなのに、それが分かった時には「ええっ!」と思い、はたと我に返って「ちょっと待てよ、こいつが犯人ってあたし予想してたじゃないか、どうして驚くんだよオイ」と自問自答してしまうという(笑)、そこまで読者を取り込むことのできるのは、やはり「語りべ」栗本薫の真骨頂なのである。
今回も大導寺家のあの人が登場して、これまでの作品を一通り読んでる読者には「あ、これはあの話だ」とピンと来るものも多いのだけれど、そういう前知識無しに読んでも充分堪能できる、独立性の強い話。終戦直後、復員といったような時代を充分に生かして、栗本ワールドを構築している。やはり、この人の話は安心して読めるというものだ。
(01.6.8)
例えばミステリ的醍醐味がどうだのとか、謎解きがどうだとか、そういうレベルよりもキャラクタで読む方が楽しい小説である。本格ミステリというよりも、やはりヤングアダルトのキャラ小説というイメージの方が強い。うん、女の子の熱狂的なファンがつくのも分かる気がする。なんせメインキャラの3人が、美男でシニカル、美男でやさしい、可愛くて元気という、「ハズレなし」の設定である。普通町でも3人で歩いてたら一人はハズレがいるだろうがよ、と思ってしまうこのご時世に、まるでジャニーズ事務所のようにハズレなしの男の子たち。こりゃ女性読者にはタマリマセンって(笑)。
ただ、キャラで読むとは言っても、そうなるとやや書き込みが薄い気がする。3人ともそれなりに個性があってステキでファンもつきそうだけれど、いずれも「ありがち」なキャラクタなのよね。せっかく「妖怪」なんだし、突き抜けた部分があるとぐっと魅力的になると思うんだけど。シリーズになってるようだし、今後の変化に期待しましょう。
(01.6.12)
【過去からの声】刑事を辞めて田舎に帰ることにした若者の独白で話は進む。ああ、これいいなあ。前知識無しで読んで欲しい。同様のネタは他の人の作品でも多く目にしたけど、話の展開のさせかたはピカイチだな。この短編集の中ではイチオシ。
【化石の鍵】鍵のかかったアパートの一室で、車椅子の少女が首をしめられた──舞台設定そのものが連城氏のイメージにはそぐわない下町っぽい雰囲気で、ちょっと戸惑った。トリックといい舞台といい、ちょっと仁木悦子っぽいかな(笑)。しかし話の中身はさすが。
【奇妙な依頼】互いの浮気を疑い合ってる夫婦から持ち込まれた気妙な依頼とは? 連城氏にはちょっと珍しい、ハードボイルド風味の話。でも実はかなり巧妙な作りになっていて、意外な真相に膝を打つ。
【夜よ鼠たちのために】ものの見事にダマされたんだけど、この種類のトリックの処理の仕方としてはあまりスマートじゃない。アンフェア気味でもあるしね。動機や背景はとても切なくて大好きなんだけど、もう少しスッキリとした作りにはならなかったものか。
【二重生活】ああ、これはダマされた。うん、キレイに騙されたぞ。ここまで読んでやっと「そうかこの短編集は××トリックの作品が中心に編まれてるんだ」という事に気づいたあたしはバカです。
(01.6.20)
第一の興味が「全身不随の夫人は、どうやって、何を伝えようとしているのか」という点である。一種の暗号のようなものなのだが、それが「音階」であり「声」である以上、読者が一緒になって考えるのは不可能だ。となれば、探偵役がそれを読み解いていく過程で《読ませる》ことが必要になるわけで、これはかなり難しい。何を書いても「あ、そう」で終わってしまう可能性があるから。しかし、この著者の処理の仕方は巧い。真相に気づくきっかけにドラマ性を持たせることで、読者をすんなり取り込んでしまう。
ただ、それ以外の──特に薬関係・病気関係のことになると、少々読者不在の感は否めない。いや、面白いし感心もしたんだけど、何分専門知識ということになると「ご高説承ります」としか感じようがないのである。「なるほど、これがポイントだったのね!」と読者が膝を打つような伏線やヒントが、もうちょっとあるとよかったかなあ。いや、これは頭の悪い読者の手前勝手な注文に過ぎないんですけどね。
「運命協奏曲殺人事件」で大活躍だった鉄平君も、今回はちょっと不調。代わって現れた新探偵(?)には拍手喝采だ。
(01.6.23)
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