じゃじゃ本ならし


悪意・東野圭吾(講談社文庫)

 人気作家が殺された。発見したのは彼の妻と、尋ねて来た友人の童話作家・野々口だった。その野々口が書き綴った手記と、お馴染み加賀恭一郎の独白が交互に語られるタイプのミステリ。果たして犯人は誰なのか──いや、犯人は意外と早く割れるのだ。しかし「ミステリ」はそこから始まる……。
 東野圭吾のテクニカルな面が炸裂している作品。巧いよなあ、やっぱ。読みながら、「これは多分こうではないか」と描いた絵が音を建てて崩れる瞬間は、むしろ快感ですらある。ミスディレクションだけで構成された作品と言ってもいいくらいだ。
 そのせいなのかどうなのか、技巧的な面が前面に出てしまって、せっかく人間の《悪意》を掘り下げているのに、そちらのインパクトが少々霞んでしまったと思うのはファンのワガママか。無論、ディーテイルがきちんと構築さて、登場人物のひとりひとりにまで目の行き届いた文章は充分過ぎるほど鑑賞に耐えるものだが、だからこそ、「ああ騙された」「ああひっかかった」という本格ミステリのカタルシスが前面に出ているのが、なんだかもったいなく思えてしまう。これも「もっともっと」と上をねだる、ファンのワガママなんだろうなあ。
 繰り返しになるが、この物語の白眉は、何といってもミスディレクションの妙にある。見切った、と思ったつもりが、著者の手のひらで遊ばされていたという「チクショー」感が堪能で見る。しかし、どうかそこだけに囚われず、野々口や日高の過去、そしてその過去がどう現在へと反映しているのか、犯人がどうしてわざわざこういう方法を取らねばならなかったのか、犯人が本当に望んでいたことは何なのか、人間というのはどこまで業の深いものなのかを味わって頂きたい作品なのである。 (01.11.25)
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『巨人の星』に必要なことはすべて人生から学んだ。あ。逆だ。・堀井憲一郎(双葉社)

 タイトルを見ればわかるように、人気マンガをテーマに据えて、妙な箇所にツッコミを入れたり、知られざる秘密などに言及したりする、いわゆる《人気マンガ研究本》の一種である。が。決してそれだけではない。サザエさんだの、ドラえもんだの、似たような種類の本はたくさん出ているけれど、これはちょっとそれらとは一線を画しているのだ。その違いとは何か。ズバリ、爆笑ものの文章である。
 たとえば、「星一徹は実は一度も卓袱台をひっくり返したことはない。一度、飛雄馬を殴ったはずみに卓袱台の上のものが飛んだことがあったが、それだけである。しかし、その絵がアニメのオープニングで毎回流れたために、視聴者に《一徹=卓袱台返し》の刷り込みが行われたのである」とか「花形が飛雄馬と出会った時の年齢差と、彼らが高校野球で相対した時の年齢差の矛盾」とか。そういう、イカニモな情報が満載。でも、それを説明してくれる堀井氏の文章が、並はずれてフザケテいるというか、とにかく笑えるのだ。もう、ツッコミまくりである。原作の細かい台詞を拾って「んなこと、あるわきゃねーだろバカ」というノリである。けれど、ツッコミながらも「巨人の星」に対する愛が満ちていて、まったくイヤな感じがしないのだ。何というか、あたしがものすごく好きなタイプのバカ、という感じの文章なのである。わかりませんかそうですか。こればっかりは読んで貰うしかないんだよなあ。なまもの日記の五十億倍はバカである。褒めてるのよ、これ。
 巨人の星について話している筈が、いつのまにか自分の小学生時代の思い出話になってたりして、それがまたバカで笑えて、そしたらいつの間にかまたちゃんと「巨人の星」に戻ってたりする。とにかく、バカというかフザケ倒した文章なんだけれど、これはかなりのセンスを要する書き方だよなあ。文章の面白さを伝えきれない自分がもどかしいっ。とにかく読みながら「うわははははーー、ばかーーー」と転げ回るような、そんな楽しいオタク本なのだ。「巨人の星」世代は必読よ。 (01.12.1)   

プラナリア・山本文緒(文藝春秋)

 直木賞受賞作。年齢も環境も違う五人を主人公に据えた短編集である。《不幸》に対峙する人々が主人公なのだが、いずれも幸不幸の尺度を自分で決めていることに気づいた瞬間、世界が変わる。或いは、気付きかけるところで物語は終わる。 淡々と描かれた中にも、我が身に置き換えて考えたくなる示唆が多く含まれている。
【プラナリア】乳癌で乳房を切除し、再建手術を行った25才の春香。健康なあたしに、大病を患った人を批評する資格はない。けれど、どんな病気であれ、それを《言い訳》にされたら周囲は困る。そんな自分を知りながら、しかし辛い副作用に荒れ、どんどん嫌な自分になっていく春香。彼女は贈られてきた《善意》に何を見たのだろうか。
【ネイキッド】離婚し、仕事も辞めて、無為な生活を送る泉水。友人は心配するが……。他者との関わりなしに暮らすのは安楽だが、それは逃避ではないのか。彼女が友人の家で流した涙は何だったのか。しかし、この友人がいれば大丈夫だと思わせるあたり、爽やかで暖かい読後感になっている。
【どこかではないここ】大学生の息子と高校生の娘を持つ「私」は夫がリストラで給料が減ってからパートに出始めた……。娘から本音を突きつけられた後の、息子に対する「私」の行動が爽快。
【囚われ人のジレンマ】大学院生の恋人からプロポーズされた美都。しかし彼女は収入のない彼との結婚には踏み切れない……。自分が他人に求めているものが何なのか分からずに戸惑う主人公。実際は、他人に求めるのではなく自分に求めることがある筈なのに。
【あいあるあした】これだけは主人公は男性である。しかしあたしはどうしても、すみ江の物語として読んでしまう。「いやなことはいっぱいある、だけどそれが気にならない」「あたしのこと、可哀想だとか思わないでくれる?」……幸不幸の尺度など、普遍的なものは何もないのだ。
(01.12.13)
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またたび浴びたタマ・村上春樹(文藝春秋)

 「な、なんでこんな本を村上春樹が」と思わず脱力してしまった、《回文》の本である。ま、回文なのはタイトル見れば分かりますわな。
 「この正月は仕事をしないぞ」と決心した村上氏、しかし仕事をしないと暇で、仕方なく回文を作って遊んでいたのだという。それを、五十音のカルタにしてしまおう、カルタだから絵をつけよう、と思って出来たのがこの本だそうだ。村上氏の回文と、その解説──なのか茶々入れなのか──がついて、イラストは友沢ミミヨ氏。そっか、友沢ミミヨさんだったのか。言われてみれば。いや、実は最初パラパラとめくった時に「あ、吉田戦車だ」と思ったもので(笑)。
 収録されている回文はどうかというと……う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。いや、ミステリ好きとしてはさ、当然、泡坂妻夫氏の作品なんて数多く読んでるワケよ。例えば
「喜劇悲奇劇」とか。最近だと、森博嗣氏の短編のシリーズにも、お見事な回文が怒涛のように出てくるのがあるでしょ。そういうのに触れてきた身としては、どうにも食い足りないというか、今ひとつ美しくないというか、こなれていないというか。いや、あたし自身に回文作れと言われても、そんなに美しいのは作れないから、アレコレ批評する資格はないんですけどね。
 それにしても、苦し紛れとは言いつつ、中には「ぷっ」と吹いてしまうものもある。長いのはタイヘンだったろうなぁと思いこそすれ、あまり琴線には触れないのよね。むしろ、あたしのお気に入りは──「A型がええ」「スダチだす」の二つなのだ(笑)。 (01.12.14) 《この本の詳細情報&注文画面へ》  

天使の傷痕・西村京太郎(講談社文庫)

 第11回乱歩賞受賞作。第11回と言えば昭和40年だ。あたしがまだ1才である。当然、読んだのはずっと後年になってからなのだが、あたしが「乱歩賞未読潰し」を始めるきっかけになった作品であると共に、乱歩賞作品の中で五指に入る傑作だと思っている。最近の、十津川警部が日本中を旅行して名物を食べて温泉に入る話しか知らない人は、是非読んで下さい。こんな時代があったのです西村氏には。
 新聞記者の田島は、休日に恋人の昌子とハイキングに出かける。ところが、郊外にある小さな山を二人で登っている最中に、ナイフで刺された男に出くわした。男はすぐに息を引き取ったが死ぬ間際に「テン……」と言い残す。田島と昌子は第一発見者として通報したのだが……。
 細かい手がかりが結びついた時の爽快感、散りばめられた伏線が一箇所に向かって収束していく時の昂揚感は、まさに本格ミステリの醍醐味である。発見者である新聞記者・田島の視線で語られる章と、捜査に携わる中村警部補の視線で語られる章とがあり、読者の前にはすべての手がかりがフェアに並べられる。物語は本格推理と社会派の両面を合わせ持っているが、パズラーとしての醍醐味を損なうことなく、非常に強い社会的問題提起をしていることは賞賛に値するだろう。動機が明らかになるのは、犯人が捕まった後である。しかし、社会派と言われる所以の肝心要の動機についても、あとで読み返せば至るところにヒントがあったのである。──昭和40年という時代背景も含めて。
 繰り返すが、昭和40年の作品である。多くは語れないが、その年代がとても重要なのだ。小道具やエピソードが四十年近い前のものなので、若い読者にはちょっとピンと来ない部分もあるだろう。沖縄へ行くのに外務省の旅券(パスポート)が必要だったり、電話番号の局番の代わりに地名が使われてたり。今は沖縄にはフリーパスで行けるし、携帯電話、いや、メールの時代である。しかし、そういう部分は変わっても、厳然として変わらないものがある。あたしはこの作品はこれまで何度となく読み返しているが、動機に関わる部分は数年前に起こった似たような事例を思い出すまでもなく、まったくと言っていいほど変わっていないのである。 (01.12.14)
 
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 《この本の詳細情報&注文画面へ》(講談社文庫「乱歩賞全集6 天使の傷痕・殺人の棋譜」) 

馬鹿が止まらない・堀井憲一郎(双葉文庫)

 エッセイ集。やたらと調査モノばかりやらされている著者が、たまにはテーマ無しのエッセイを書きたいと思って書いたものだという。う〜ん、でも調査モノの方が面白いよ(笑)。
 しかしもちろん普通のエッセイだって、この著者の文章にかかれば爆笑モノになるわけで。脱肛になって(うわははは)、それも症状が進んだ「大脱肛」で、スティーブ・マックイーンがドイツ捕虜収容所から逃げたのが「大脱走」という、しょーもない(でも思わず笑ってしまうような)ネタ満載である。あ〜、このあたりがあたしと似てると言われる所以なのかな。そんなこと言っちゃあホリイ氏に失礼だけど、でもやはり、そこはかとなく感性の類似を感じてしまうのだ。同じ穴に居るというか。類似と穴でルイジアナ。<ほら、このあたりが。
 熱海でストリップをみたら、踊り子がおもいきりオバサンだった話。荻原と萩原の区別がつかない話。閉店する吉野家の最後の客になった話。コインランドリーで他人の洗濯物と混ざってしまった話。ひとつひとつは小さな出来事なんだが、それを大笑いのエッセイに仕立て上げるところはさすがである。ひとりボケ・ひとりツッコミの技も健在だ。っつ〜か、その「ひとりボケ・ひとりツッコミ」だけで出来上がったエッセイ集と言っても過言ではないくらい。褒めてるのかコレ。
 エッセイのひとつひとつが短いので、サクサク読める。トイレ向きってやつかな。大きい方をしてる時なら2〜3編は読めるかも。でもトイレの中から「ふははははは」という笑い声が響いてくると外にいるひとがビックリするから、家のトイレで読んでね。 (01.12.15)
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ホリイの調査・堀井憲一郎(扶桑社文庫)

 ぶわっはっはっは\(^o^)/
 いやあ、馬鹿だねー。もう、こういう馬鹿は大好きよ。とにかく、調べてるのだ。数えてるのだ。調べて数えて結論を出す、そういう本なのだけれど、それがあーた、こんなもん調べてどうすんの、というものばかり調べているのである。
 川崎球場(当時のロッテのフランチャイズです)へ行って、観客数を数える。それを翌日の新聞の公式発表を比べてみて、その違いがどこから来るのかロッテ球団に電話取材する。そこから全チームのホームゲームの「公称」観客数を調べて比較検討する。その結果分かったことは──巨人の客が多いとかそういうことじゃないのだ。なんと、発表される観客数には4という数字は使われない、という結論を出したりするのである。
 また、東京23区の区役所に電話をして、区のマークの成り立ちと区のキャッチフレーズを尋ねる。その会話をそのまま載せて、対応の言い区のランキングを作る。葛飾区のマークが単なる駄洒落だって知ってました? カタカナの「カ」を角張らせた形なんだけど、カツシカクの「シカク」にひっかけて角張らせてるんだった。ぶわははは。いいぞ葛飾区。さすが寅さんを生んだ区だ。
 その他、スキー場に熊は出るかを電話取材したり、デパートの屋上には何があるかを電話取材したり、ものすごくマイナーで小さなスキー場にセールスポイントを聞いたり、山手線全駅で別の路線への駅の行き方を尋ねたり。そういう取材の会話をそのまま載せてるのだ。大笑いである。不二家のペコちゃんの頭を叩く人数を数えてるオトナなんて、初めて見たぞあたしは(笑)。
 一歩間違えれば、揚げ足取りや嫌がらせになりかねないこの企画、救っているのは著者の爆笑モノの文体だ。つっこみまくってるんだけど、ちゃんと最後には自分を下げて、調査対象に不利益にならないようにしている。いや、なってるのもあるけど(笑)。とにかく大笑いできる調査エッセイ集である。 (01.12.17)  

この役立たず!〜ホリイのずんずん調査・堀井憲一郎(文藝春秋)

 「ホリイの調査」の続編である。うはははは、パワー衰えず。いや、寧ろアップしてるか? あいも変わらず、そんなもん調べてどうすんねん、の真骨頂だ。
 SMAP(当時はまだ今ほどブレイクしてなかった)のメンバーを全員言えるか、都市別ヘソ出し娘の割合、複数の消費者金融の無人窓口でカードを作ったり、二時間ドラマのタイトルの長さを比べたり、朝のワイドショーの中での星占いはどこが当たるか比較したり。ホントにもう、そんなこと知らなくても生活には何の不便もないわい、とつっこみたくなるようなことばかり調べてるのだ。それも膨大な時間と手間暇をかけて。
 中でも笑ったのは、都市別ヘソ出し娘の割合である。六本木で腹出しヘソ出しの女の子を多く目撃してウハウハとなったホリイは、暖かい場所へ行けばもっとヘソ出し女がいるだろうと思い、新幹線で、静岡・名古屋・大阪・岡山・広島・福岡とヘソを求めて放浪するのだ。その都市の繁華街に行って、何人腹を出してるかヘソを出してるか数えるためだけの大旅行である。その顛末がホリイの大笑いできる文章で書かれてるわけで、もう腹が捩れるぞ。ってゆ〜か、名古屋の娘さんたち、もうちょっと頑張りましょうね。でもホリイも名古屋で調査するのに地上にいてはいかん。地下街に入らなくちゃ。
 また、ユーミンはデニーズで若者の会話を聞いて歌詞のヒントにしてるらしいという話を聞き、それに挑戦してみたりもする。デニーズで粘って周囲の会話を盗み聞きし、それをホリイが詩に取り入れるのである。しかしそういう時に限って、イスラム教徒が「これブタ入ってませんか」なんていう会話が聞こえてきたりするんだよな(笑)。
 とにかく笑えるエッセイ集。ああ、すっかりはまってしまった。ただテーマ無しにエッセイを書いたものより、こういう調査モノの方が面白いな。 (01.12.17)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

ひょっとして馬鹿?・堀井憲一郎(世界文化社)

 お笑いエッセイ集。何かひとつのテーマがあるわけではなく、いろんな媒体に書いたモノを集めた形式。
 しかし、いきなりしょっぱなから、キリスト教系幼稚園でシスターから「うんこ食べなさい」と叱られた話を持ってくるあたりがホリイである。これでもう、この本の指針は決まったようなものだ。その「うんこ食べなさい」事件に始まる少年時代の思い出話や、貧乏だった学生時代の話。世代が近いせいか(今の二十代には、ちょっと分からない話が多いかもね)うわはは、そうそうそう、と手を叩いて読んだ。
 調査めいたこともやってるんだけど──コンビニおにぎりの海苔の大きさを比べたり、立ち食い天ぷら蕎麦の値段を比べたりね──枚数が少ないせいか、そこはイマイチ。それよりも日常のなんでもないことを、おもしろおかしく書いた章の方が面白い。う〜ん、なまもの日記もこのレベルを目指さねば。あ、目指さなくていいですかそうですか。
 笑ったのは、岐阜県出身の後輩の結婚式に出た話。菓子巻き初体験だったホリイの呆然とする様子が書かれてるのだが、そうだよなあ、普通は驚くよなあ。金を撒いてるわけじゃなくて、ふつうのカッパエビセンとかコアラのマーチなんかを二階から巻いて、それを先を争うようにして近所の人が拾うのだ。なにごとだこれは、と思うよなあ、やっぱ(笑)。そうして予想通り、ヤケにかさばる引き出物を持ってホリイは帰るのである。ご苦労さま。
 しかしまぁ、こういうお笑いエッセイってのは、何を書くかじゃないんだよね。どう書くか、だ。一つの事象をどう紹介してみせれば笑えるか、ってのはもう、才能だよなあ。 (01.12.18)
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ホリイのスキー便利帖・堀井憲一郎(扶桑社文庫)

 先駆けて出版された「スキー便利帖」「新スキー便利帖」を合わせて削って書き加えた一冊。底本となった2冊には具体的なスキー場情報のような「お役立ち情報」もあったようなのだが、それをカットして読み物だけにしたという体裁。んでも、この読み物が面白いんだよね。
 あたしはスキーをまったくしない。これまでにしたこともなければ、これから先スキーを履くことは一生無い、ってくらいスキーには縁がない。付き合いでスキー場に行ったことはあるが、皆が滑ってる間ひとりで部屋で本を読んでたってくらいスキーはやらないのだ。だから専門用語はまったく分からないし、道具の名前も「板」と「ストック」の二つしか知らない。後は何だ。リフトか。うん、リフトは知ってるぞ。それから雪も知ってる。ま、その程度なのだ。
 しかし、そんなあたしでも思わず「ぐわははは」と笑ってしまうのである。これまでの著作にも見られた、「そんなこと数えて調べてどうすんの」という「調査」がテンコモリだからだ。可愛い子の多いゲレンデはどこか。無鉄砲なスキーヤーの多いゲレンデはどこか。ゲレンデの食堂のカレーの肉の数を比べたり、ホテルの更衣室の狭さを比べたり。
 何が笑えるって、まったく個人的な調査なので、その対象によってデータのばらつきがすごいのだ。可愛い子の多いゲレンデという調査項目では雫石が最下位だったのだが、女の子が4人しかいない上に、その中に可愛い子がいなかったから可愛い子率0%なのである。その4人で「雫石は可愛くない」という烙印を押してるのだ。んな無茶な。また、上級者の多いのは尾瀬岩倉だそうなのだが、それは調査した日にどっかの体育会系のチームが団体で練習していたせいなのだ。アホか。
 自分が中級者か上級者かの自己診断とか、いい板とはどういう板か都か、素人のあたしが読んでも笑えるんだから、知ってる人が読むと相当面白いんじゃないかな。ただ、底本が10年以上前のものなので、情報は古いです。 (01.12.19) 


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