恋したら危機(クライシス)!・野原野枝実(Moe文庫)
あたし、北風薫。女の子なのに、なぜか全寮制の男子校に入るハメになっちゃった。でも、ちょっと興味あるし、男の子のフリをすることにしたの。さて、うまくみんなを騙すことができるかしら……?
恋したら危機(クライシス)! PART2・野原野枝実(Moe文庫)
成丸とちゃんとした恋愛をするため、女子校に入り直そうとした薫。ところが何故か男子校に逆戻りするハメに。おまけに成丸には新しいルームメイトが決まっており、薫は何とホモの噂のある怖い硬派の先輩と同室になってしまう。おまけにもうすぐ修学旅行が! こうなったら、仲良しグループのメンバーにだけは薫が女だということを告白して、バレないように協力してもらうしかない! かくしてカオル・プロジェクトがスタートした……。
恋したら危機(クライシス)! PART3・野原野枝実(Moe文庫)
冬休み、いつものメンバーで成丸の実家に行くことになった。彼の実家は長野で、薫は生まれて初めてのスキーもさることながら、事情を知ってるメンバーの中で女の子に戻れるのが楽しみ。ところが、スキー場で成丸の幼なじみである三姉妹に出会ってしまってから、どうも雲行きがおかしくなって……。
スティームタイガーの死走・霞流一(ケイブンシャノベルス)
うわあ、びっくりした。
傷害致死で服役していた純一は、仮釈放となり家族のもとに戻ってきた。自分の起こした事件の賠償のために、生活が一変した家族の様子を見て、改めて悔いる純一。そんな彼のもとを、純一が服役していた刑務所の刑務官・南郷が訪れた。記憶を失った死刑囚の冤罪を晴らす手伝いをして欲しいという。期限は3ヶ月、報酬は1千万。純一はその話に乗って、その死刑囚・樹原が起こしたとされる殺人事件を調べ始める──。2001年の乱歩賞受賞作。
極め道・三浦しをん(光文社知恵の森文庫)
ウェブマガジンに連載されたエッセイを集めたもので、エッセイ集としてはこれが最初。この後に出た2冊「妄想炸裂」「しをんのしおり」に比べると、まだ芸風の確立されていない部分もあって、逆にこのあとどんどん洗練されていくのだなぁ、と逆行性の感動を覚えてしまった。
平和の芽〜語りつぐ原爆・沼田鈴子ものがたり・横山秀夫(講談社)
「半落ち」で一気にブレイクした感のある横山秀夫氏、なんと1995年にこんな本を出してたのねえ。小学校中学年向きのノンフィクションっていうのかな、広島で原爆を体験した女性の伝記。
きみにしか聞こえない〜CALLING YOU・乙一(角川スニーカー文庫)
切なさの達人、なんて呼ばれてる著者の短編集。これを読むといずれも、「切ない」というより「巧いなぁ……」という感想の方が先に立った。「巧いなぁ……」というのは、ちょっと離れたところから冷静に見ている証拠であって、これがどっぷりと物語の中に入ってしまうと「巧いなぁ……」ではなく「切ない」「きゅん」「うるうる」になるのだと思う。ということは、どっか醒めた目で読んでたってことなのかな、あたしは。
ああでもなくこうでもなく・橋本治(マドラ出版)
雑誌「広告批評」に連載されている、橋本治の「時評」を単行本にしたものの、第1巻。これには1997年1月号から1999年9月号まで(つまり、1996年の12月から1999年8月までの時評)が収められている。
雑誌「広告批評」に連載されている、橋本治の「時評」を単行本にしたものの、第2巻。これには1999年10月号から2001年1月号まで(つまり、1999年の9月から20世紀の終わりまでの時評)が収められている。
桐野夏生が別名義で発表していたヤングアダルト。男子校を舞台に、恋あり友情ありの100%少女小説。後に「ルームメイト薫くん」とタイトルを変えて、3部作すべて出版しなおされてます(でも絶版)。生活にくたびれたパート主婦が死体を切り刻むなんて話でブレイクした直木賞作家が、こ、こんな少女小説を……。
いやあ、「この年になってヤングアダルトって、桐野夏生じゃなかったら絶対読まねえぞ」と思いながら読んだのだけれど、ビックリするくらい楽しんでしまった(笑)。コバルト文庫を読んでた中高生の頃を思い出しちゃったわよ。薫を男と信じ込んだまま友人になるメンバーは、単純だけど正義感の強いヤツ、女にもてる二枚目、穏やかでオトナの賢いクラスメート、女の子に間違われそうなプリティな少年などなど、絵に描いたようなラインナップ。《ヤングアダルト戦隊・ダンシコージャー》なんていう超戦隊ものが作れそうなくらい定番の顔ぶれ。しかしこの定番ってのが、ステレオタイプを通り過ぎて《なくてはならないもの》になってしまってるのがヤングアダルトなんだろうなあ。いや、さすがにコッパズカシイんですけどね。
交流のある女子校との集団デートのくだりはオミゴト。ああ、コーコーセーの初々しい恋愛に、思わず笑みがこぼれてしまうわ。ちゃんと女性陣にもそれぞれのキャラを持たせて、薫との関わりを作っていくあたりは、さすがに構成とストーリーテリングの両面に秀でた桐野夏生ならでは。ラストも初々しくてもう、嬉し恥ずかしって感じですことよ。ヤングアダルトとしては奇をてらわずストレートで、レベル高いんじゃないかな。
因みに薫のルームメイトになるのは佐々成丸クン。歴史好きにはニヤリとする名前だけど、さすが北陸出身の著者だけのことはある。
(03.3.10)《詳細情報&注文画面へ》(絶版)
こうしてみると、学校ってところは黙っててもドラマの舞台になるんだなあ。寮の部屋割りに修学旅行。戦う相手がいて、守ってくれる仲間がいて。おお、青春!
この2冊め、実は読んでて「おっ」と思ってしまった。ちょっとした《謎解き》があるのだ。ミステリの観点からは全然たいしたことない、ホントにちょっとしたことなんだけど、桐野夏生のヤングアダルトにそういうのが出てくると、やっぱりなんだか嬉しくなっちゃうじゃないですか。薫も、読者も、同じところで「あれ? おかしいな?」と思ってるんだけど、それがちゃんとあかされるあたり。それも《謎解き》と《勧善懲悪》がドッキングしてるので、読んでて気持ちいいし。
今回は何といっても、《ホモの噂のある怖い硬派の先輩》・小田さんでしょ。発売当時、絶対にファンがついたと思うなあ。ただでさえキャラを揃えているのに、そこへこんなカッコイイのを加えますか、ってなもんだ。ぽわ〜ん。
まあ、実際の男子校はこんなもんじゃなくて、もっと汚くて臭いんだろうし、そこに女の子が入った日にゃ、下手したらトンデモナイ事件になりかねないわけだが(その前に絶対バレるって!)、そこはそれ、ヤングアダルト小説ってのは《女の子の夢》ですから。現実のリアリティ溢れる男子寮なんて、見たくないもんね。そこにはやっぱ臑毛のない、カッコイイ男の子たちが、爽やかに暮らしてこそナンボだもん!
(03.3.10)《詳細情報&注文画面へ》(絶版)
2巻で、薫をはさんで成丸と小田先輩のやり合いがあったので、公平を期して今度は薫が誰かと成丸を争う話にしたのだそうだ(後書きより)。なるほど、公平だ。そして3巻にして、ついに薫に感情移入しちゃいましたわよ。うわははは。涼子の登場で男のふりを余儀なくされる薫。涼子の姉妹はみな女らしくて魅力的で、男はみんな夢中になる。これは薫としては辛いよねえ。自分だって女の子なのに、周囲の男は自分には男のフリをするよう押し付けて、目の前の《女》にフラフラしてるんだから。もうキレちゃえ薫!と、思わず握り拳。ああ、完全にハマってるじゃないか(笑)。
ただ、これが女性作家の顕著な特徴だと思うのだけれど、ライバルとして登場する涼子が、悪役じゃないのね。すっごくいい子なのだ。男性作家だと(まぁ男性作家がこういうヤングアダルトを書くかどうかは別にして)、女性キャラをキッチリ役割分担させそうな気がする。涼子は美人だけど鼻持ちならないイヤなやつ、みたいに。でもこの話はそうじゃない。なんて爽やかでいいヤツなんだ涼子〜〜〜! 細かいところだけど、こういう役割の配慮って、物語全体の印象を左右するんじゃないだろうか。
今回は更に小田先輩がカッコイイ(笑)。これも実際の男同士はこんなこたぁしないだろと思うが、《女の子が夢見る男同士の友情》としてはサイコーなんじゃなかろうか。自分のために彼氏を殴ってくれる頼れる先輩……しかもホモ……ぽわ〜ん。
それにしても、せっかくの《吹雪の山荘》だったのに、誰も死なないんでやんの。<当たり前です。
(03.3.10)《詳細情報&注文画面へ》(絶版)
いや、ホントに。まさかこう来るとは予想もしてなかった。伏線はあったんだけど、まったく想像もしてなかった(でもかなり分かりにくい伏線だよね)。
とあるオモチャメーカーが贅を尽くして機関車C62を製作。実際に路線を走らせるイベントを行う。刑事のカータは鍼灸師のキラリと共に客として乗り込むが、列車は意外な事件に巻き込まれる──。
霞流一といえばバカミスの大家だが、この物語はいつものギャグがかなり少ない。あたしは氏のギャグがどうも合わないので、それはそれで歓迎すべきことだったのだけれど、そうなると今度は微妙に残っているお笑いの描写が気になるんだよなあ。こういう作品にするなら、爺やがオムツの中におしっこ漏らすだの、刑事と鍼灸師のデフォルメされたコミカルな関係だの、そういうのも一切廃して、徹頭徹尾シリアスにしても良かったんじゃないかなあ。せっかくトリックも、仕掛けも、とてもよく出来てるのに、中途半端なお笑いネタがせっかくのトリックの盛り上がりを削いでるように思えるんだけど。まあ、好みの問題ですね。この方がいい、ってファンも多いんだろうし。
トリックも「あ、なるほど」と思わせてくれたし、もうひとつの仕掛けにも驚いた。こういうの嫌いじゃない。いや、寧ろかなり好きな部類の仕掛け。だけど、それならそれで、もうちょっと伏線をキレイに張ってくれたらカタルシスも大きかったのになあ。謎解き部分で「ああ、そうか!」というのも多々あったのだけれど、どうせなら(反転)もっとハズれた予言を上手に組み入れて欲しかった。携帯用電話だの阪神かタイガースかだの、お茶に砂糖とミルクを入れるだの、そんなどちらでもとれるようなものじゃなくて、戦時中に書いてるという設定なんだから、どう逆立ちしても《戦時中の発想》でしかないものを入れて欲しかったなあ。そうでないと、驚きはするけれど、「なるほど!」と膝を打つ快感に繋がらないのよね。「気付きにくいとは思うが、でもここに気付けば推理できる」という伏線がいくつかあると、真相を開かされたときの感動は倍加するもの。ああ、もったいない。
(03.3.14)《詳細情報&注文画面へ》(絶版)
13階段・高野和明(講談社)
ああ、これは面白い。まぁ、「はたして被告に記憶がない事件で、死刑という判決が出せるものか?」という前提条件に関する疑問と、「こんな素人が調べて真相がわかるような事件を、当時の警察や弁護士に調べられない筈はなかろう」という疑問はあるのだけれど、そこさえ飲み込んでしまえば、あとはもう一気読みだ。逆に言えば、そこを飲み込むことができなければ物語がリアリティを失ってしまうので、ちょっと辛いかも。
過去の事件を調べ始めた南郷と純一。ただ事件を遡って調査するというだけなのに、退屈させずに読ませるのはさすが。それと並行して、罪を犯してしまった者のぶつかる様々な出来事や心情、刑務所という機構のはらんでいる問題点などが描かれ、考えさせられることも多い。それが決して説明くさくなく説教くさくなく、物語の中で上手に描かれる。中でも死刑問題と、刑務所は懲罰のためのものか更生のためのものかという議論は、とても興味深く読んだ。
結末もオミゴト。うわっ、こう持って来たか、とノケゾってしまった。巧い。実に巧い。と同時に、謎が解ける快感云々と同時に、純一や南郷の背負ってきた色々なものが読者の前にどっと押し寄せて来る。著者が読者に対して伝えたいものが、登場人物ひとりひとりの感情や行動となって胸にダイレクトに届く。これは重く、そして衝撃的で、読み終わってからもしばらくはじっと考えさせられてしまう。それだけの力を持った物語だ。
ミステリとしてのテクニックという面では、実は読んでいて、途中何度も「あれ?」と思うことがあった。それはもうあからさまに「これ、めちゃくちゃ怪しいじゃん」と思わせる箇所が何度も出てくるのである。読者を一定方向に導こうとしているのがありありで、その描き方が、「ミスディレクションというより著者が下手なために真相がバレちゃう」というふうに見えてしまうのである。無論、最後にはちゃんと「えええええっっっっっっ!」と思わせてくれるのだけれど、この書き方は計算だったのかなあ……。これがなきゃ、もっと驚けたと思うんだけど。
(03.3.20)《この本の詳細情報&注文画面へ》
しかし決して面白くないというわけではなく、充分笑えるのだぞ。ただ、これより更に面白いエッセイ集を先に読んでしまったというのがアンラッキーだった。妄想は炸裂直前で寸止めされてる感があるし、ネタの広げ方もどこか無難。う〜ん、でもそれも「後の作品に比べれば」ってことであって、出版順に読んでればお薦めマークがついたかもしれんなあ、これ。宮沢章夫のエッセイ集を何冊か経験したあとで「牛への道」を初めて読んだときの感想に似てるな、これ。
やはり面白いのは妄想系。特に「予知夢」の章には笑ったぞ。単なる夢の話なのだけれど、それが大笑いするようなスチャラカ・ミステリ仕立て。この章だけでお薦めマークをつけたくなるほどの出来だ。後年の三浦しをん(のエッセイ)を彷彿とさせる「よく、そんなとこまで考えるなぁ」というノリが楽しい。同様に、庭に来るカラスに勝手にアテレコする話や、「大草原の小さな家」にツッコミまくる話などがお気に入り。ローラにとって父親たるチャールズと、夫のアルマンゾ。この二人の比較をするのだけれど──正鵠を射ているようでいて、最後はそんなオチかよ!みたいな。ぶわははは。
ところで、まえがきの3行目にいきなり「はぁ? この本って近未来SFだったのか? それとも単なる誤植か? 或いはジョークか?」と目を疑う記述があるのだが──。えっとね、「(このエッセイは)毎週一回の連載として一九九八年十一月に始まり、さしたるコンセプトもないままにダラダラと五十年ばかり続き、さすがに私ももうネタがないなあと(以下略)」──ね? 誤植なのかジョークなのか微妙だと思いませんこと? 誰か真相を教えて。
(03.3.21)《この本の詳細情報&注文画面へ》
広島に住んでいた沼田鈴子さんは、二十歳で被爆。それも、戦場から一時的に戻って来る婚約者との結婚式を二日後に控えた日のことだった。勤め先で被爆した鈴子は、命こそとりとめたものの、片足を失うことになる。
この物語は、鈴子の子供時代から始まる。微笑ましいエピソードの中にも、次第に子供たちまで軍国思想に染まっていく過程が少しだけ入っているのが印象的。即ち、子供向けとはいえ、主人公の女の子に感情移入させるだけではなく、客観的な目で社会の孕む問題をきちんと書いてるんだなぁという印象。そこが、なんだか普通の子供向け戦争物語とは大きく違っている。
この傾向は他にも見られて、原爆が落ちた直後には、有名な「人間ヲカエセ」の詩を引用していたり、原爆関連の写真も挿入されてたり、原子爆弾の仕組みが図入りで説明されたりしてるのだ。鈴子の、婚約者に対する甘い思いを恋愛小説風に綴ったかと思うと、いきなり中性子だの核分裂だのの話である。ノンフィクションとして確かに大事な情報だし、お涙頂戴の単なる感動物語として終わらせないのは評価できるが、どうも読んでる最中の印象がちぐはぐなんだよなあ。子供が読むと、どうなんだろう。
最も驚いたのは、アメリカが日本に原爆を落とした経緯をしっかり説明していることだ。戦争とはどういうものなのか、アメリカの言い分は何だったか、なぜ広島が選ばれたのか──こういうことをなおざりにせず、子供にはちょっと難しいんじゃないかと思えるような《国家の理屈》まで、児童書にもきちんと書く。この姿勢は、すごい。読み物として子供が興味を持ってくれるかどうかはわからないが、これはとても大事なことだ。と同時に、これまではあまり顧みられなかったことでもある。ここにすべてが凝縮されてるような気がする。
ただ、どうにも気になったことがひとつ。著者の筆が乗ってきた証拠かもしれないが、最初の数章と後半では、同じ年代を対象にしてるとは思えないほど、文章も語彙も内容も高度になってきている。最初が平易過ぎるのかな。
蛇足ながら。最後に近くなってきて、鈴子さんが高校生たちと出会うシーンには、思わず涙が出た。児童モノで泣いてるオバサンってのもどうかと思うが、なんだかんだ言いつつ、しっかり読まされちゃったってことだよね。
(03.3.26)《この本の詳細情報&注文画面へ》
無論それは、この短編集が「イマイチ入り込めない」ということでは決してない。あたしが冷静に読んでしまったのは、ひとえに自分の年齢のせいだなうわはははは<笑い事か。40才を前にしたオバちゃんは、さすがにこの世界に頭まで浸かっちゃうのは無理でしたのよ。どっかで「うんうん、こういう時代があったわねぇ(遠い目)」になっちゃったりするのだ。だから、こういう時代の真っ直中にいる読者にとっては、そりゃもう「切ない」「きゅん」「うるうる」となってしまうことは想像に難くない。
中でも、表題作は秀逸。携帯電話という今風なアイテムをメインの小道具にして、頭の中に携帯電話を持ってしまう淋しい少年少女たち。一歩間違えれば「はぁ?」と思ってしまうような設定を、みごとな切ないジュブナイルSFに仕上げている。3人(?)のメインキャラの関わりも素晴らしい。この主人公はかなり自己完結・自己陶酔型なんだけど、これってイコール若さであり思春期だよね。
ただ、この結末まで読んでしまうと。「ユミ」は、もっとどうにかやりようはなかったのか、と思わずにはいられない。(反転)これから電話の向こうで何が起こるか分かってるんだから、なにか阻止するようなことを教えてあげられないものかと考えてしまうのだ。ま、それをやってしまっては、この話の主題は成り立たないのだけれど。
他に収録されているのは【傷──KIZ/KIDS】【華歌】の2編。表題作を含めた3編に共通するのは、いずれも描かれているテーマや登場人物の心情、読者へ訴えかけるものというのは、決して目新しいものではないということ。ただ、それを成立させる設定が斬新だ。だからこそ、あたしのような世代の読者でも、どこかに懐かしさを感じてしまうのだろう。
(03.3.27)《この本の詳細情報&注文画面へ》
なんかねえ……既に「懐かしい」と思ってしまうのはなんでかな。確かに当時は大騒ぎしたのに、もう忘れてる。いきなり第2回で「松田聖子離婚」なんて出てくる。歯医者との離婚じゃないのよ、神田正輝との離婚なのよ。すっごい古い話のように思えるんだけど、そうかこれって1996年だったのか。
その他の話題は、長野オリンピックとか、ダイアナ妃とか、官僚とか、タイタニックとか、サッチー・ミッチー論争とか……続刊の「さらに、ああでもなくこうでもなく」や「ああでもなくこうでもなく(3)〜「日本が変わっていく」の論」から逆順に読み始めたのだが、続刊の方は政治経済社会の話が多かったので、この巻はいやにソフトに思える。松田聖子に野村沙知代にタイタニックかあ……興味ないっていうか、どうもでもいいなぁ……という印象が先に立ってしまうのよね。これは逆に、政治や経済や軍事や社会や、そういった問題に橋本治が興味を持たなかった──持つような事件が起こらなかった年代とも言えるかもしれない。
もちろん、何も起こらなかったわけではなく、金融不安や神戸の児童殺傷事件や北朝鮮やユーゴ問題に触れており、そこはさすがに読みごたえがあった。いや、単に好みの問題なんだけど。ユーゴ状勢を、こんなに分かりやすく説明してくれたコラムは他にないんじゃないかってくらい。
無論、数年後の今、これを読むと「あ、違う」という箇所も多いのだけれど、それを指摘することは無意味だ。この時点でこの分析をしている、そしてその分析の根底にある論理、その思考の流れをこそ刺戟として受けとめたい。なるほど、こういう見方があるのか、こう考えることもできるのか、いやこれはちょっと違うぞ──そういう本来の「時評を読む意味」を、この論集は読者に思い出させてくれるのである。
(03.3.30)《この本の詳細情報&注文画面へ》
さらに、ああでもなくこうでもなく・橋本治(マドラ出版)
扱われているテーマは、東ティモール独立抗争、東海村臨界事故、9年間に及んだ新潟の女児監禁事件、「てるくはのる」、17歳の少年犯罪、桶川ストーカー殺人、小渕元首相の急死と森総理就任、「専業主婦」とは何か、アジアの諸問題などなど、1巻に比べると、俄然社会問題が多くなる。橋本治自身も「ほんとに世紀末なんだなーと、「野村沙知代」だけですんでいた一九九九年の今頃を懐かしく思い出すわけですな」と書いてるくらい。
しかし、重い社会問題を扱ってるだけあって、読む方も思わず正座してしまうほどの論調の鋭さがある。橋本治の文章ってのはとっても特徴的で、決して大上段からものを言わない。「でもさあ……」「うーん……」「だって……」と、それこそ桃尻娘の源ちゃんを彷彿とさせるような雰囲気なのだ。そんなフワフワした語り口調で、話はあっちに行きこっちに飛ぶ。自分の仕事を嘆いてみたり、サブカルチャーに軽く触れてみたりする。でもいつの間にか、この時の社会が鋭く斬られていることに気付かされるのだ。
中でも目から鱗だったのは、森氏が首相になったときの【密室で決められた新首相】のくだり。どうして一国の首長を、数人の密室談義で決めることが可能なのか。それについての考察が、歴史という観点から語られるのだけれど、おおおなるほど、と膝を打つことしきり。17歳の犯罪についても、ついぞマスコミで語られることのなかった観点からの思考が展開され、刮目させられる。これは一読の価値あり。そして一読しただけでは「わがもの」にはできない深さがある。何度も何度も読み返してしまう。
なんでもかんでもバブルのせいにする、ってのは確かにこの評論の特徴のひとつであり、「そうなんでもバブルに繋げるのはなぁ……」という気もするのだけど、説得力はある。1巻の感想にも書いたが、この時点でこの分析をしている、そしてその分析の根底にある論理、その思考の流れをこそ受けとめることに醍醐味がある。見方を学ぶのである。「興味ない」と言いながらもここまでの分析と思考、ただただオミゴト。そして何より肝心なのは、「なるほどねぇ」と鵜呑みにするのではなく「ホントかなぁ」と自分の頭で考えることなのだ。これを怠ると、時評を読んだ意味がないのだから。
(03.3.29)《この本の詳細情報&注文画面へ》
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