小説推理新人賞受賞作を含む、時代ミステリの短編集。いやあ、いいわ、これ。色と匂いのある時代小説。しかし捕物帳ではなく、また時代描写に埋没することなく、仕掛けはけっこうトリッキーなミステリばかり。ちょっと連城三紀彦に近い味わいがあるかも。しっとりとしていて、濃密で、心が震えるような作品集。その上、意外な真相で謎解きの醍醐味はばっちり。これはお薦め。
水に埋もれる墓・小野正嗣(朝日新聞社)
「浦」で暮らすカヅコ婆のもとには、世話をしてくれるフミと、「小さくて黒い人」がときどきやって来る。カヅコ婆は足が悪いが、歩行器代わりに石灰の出るラインマーカーを使っている。だからカヅコ婆が歩いたあとには、白い線が伸びるのだ──。「浦」の人々の、奇妙で幻想的な日々がねっとりとした文章で綴られる。朝日新人文学賞受賞作。
にぎやかな湾に背負われた船・小野正嗣(朝日新聞社)
私は中学生。「浦」の駐在の娘だ。警察官は「浦」に1人しかいないので、いろんな人が駐在所を訪れる。今「浦」は、選挙の話でもちきり。立候補してるうちの二人が義理の兄弟で、なおかつ過去に何かあったらしく、村じゅうの評判になっているのだ。私は私で、オトナの話を横目で見ながら、社会の吉田先生との恋愛を楽しんでいる。そんなある日、湾に一隻の船が現れた──。
1945年8月15日正午。昭和天皇による玉音放送が、敗戦を告げた。混乱、虚脱、安堵──そしてマッカーサーを司令官とする占領軍がやってくる。占領軍の仕事は「日本を民主化する」こと。有史以来「民主主義」の経験がなかった日本に、いったいどのように民主主義は広まっていったのか。そのときの、政府の、国民の、そして占領軍の反応はどうだったのか。ピュリッツアー賞受賞作。
不屈のプレイボール〜元プロ野球選手16人、球場去りし後の「負けない人生」・森哲志(河出書房新社)
プロ野球に入り、そして辞めていった16人の、当時から今をまとめたノンフィクション。中にはメジャーな選手もいるが、半分以上はマニアしか知らないような(マニアでも知らないかも)マイナーな選手だ。彼らがどうしてプロに入り、プロでどんな活躍をし、或いは活躍せず(泣)、やめていったかが綴られている。
【注意】これは2000年5月に出た単行本を読んでの感想です。内容は殺人事件の裁判に関するルポルタージュで、単行本では、一審で無罪判決を得るまでが描かれています。しかしこの裁判はその後、二審で逆転有罪となり、2003年11月、最高裁が上告棄却に対する異議申し立てを退けたため、被告の有罪・無期懲役が確定しました。その2ヶ月前、2003年9月にこの本は新潮文庫に入りましたが、そちらは読んでいません。そのため、もしかしたら文庫版では、控訴審以降について加筆されているかもしれませんし、或いは、加筆されず単行本のままかもしれません。なので、この書評を読んで興味を持たれた方は、単行本ではなく文庫版を読まれることをお薦めします。
1997年3月、東京都渋谷区のアパートの一室で、東京電力の女性社員(当時39)が殺されているのが見つかった。彼女は一流企業のOLであると同時に、毎夜、渋谷で不特定の男性を相手に売春していたことがわかり、世間を騒がせた。後日、強盗殺人罪で起訴されたのは、ネパール人のゴビンダ・プラサド・マイナリ被告。しかし、事件発生から調査していた著者は、この逮捕が冤罪ではないかとの疑念を持ち、裁判を傍聴したりネパールにまで行ったりして、自分なりの調査を進める。
時のかたち・服部まゆみ(東京創元社)
服部まゆみ初期の短編集。ゴシックというかバロックというか耽美というか優雅というか(自分で書いててよく分からないが)、とにもかくにも服部まゆみワールド全開の4編。どれもトリッキーな本格ミステリなんだけど、それ以上に、物語世界の構築の素晴らしさに目を奪われる。
2001年、ルーマニアのマリウス・シュナイダーによって「本の虫」が発見された。電子顕微鏡で発見されたその虫は、活字のQのベロのところにおり、こちらに向かって手を振ったという。この虫の発見により、人はなぜ本を読みたがるのか、本を書きたがるのかといった積年の疑問が、ついに明かされようとしているのだ──!
昭和36年。神奈川県の相模川沿いの山林で、若い女性の刺殺死体が発見された。被害者はこの町の出身で、厚木町でスナックを営むハツ子だった。事件のあった日の夕刻、19才の工員・宏が現場近くで目撃されたが、宏は、ハツ子の妹であるヨシ子と駆け落ちしていた。数日後、警察は宏を逮捕。宏はハツ子の殺害を認め、裁判が始まったが──。1978年、日本推理作家協会賞を受賞した大岡昇平のベストセラーである。
15秒・安東能明(幻冬舎)
2月10日、午前5時。JR関東の運転士の時計が15秒遅れた。ケーブルテレビの放送が15秒遅れた。精密機械工場のタイマーが15秒遅れた。そして2人が死んだ。何の繋がりもない三箇所の時計が、なぜ同時に遅れたのか。犯人はどうやって、何のために時間を遅らせたのか──?
影踏み鬼・翔田寛(双葉社)
【影踏み鬼】乞食男の身の上話。男は昔、大店の手代として働いていた。ところが、その店の一人息子が拐かしに遭う。身代金を持って父親が出かけたが、いつの間にか金は鉛に変わっていた──。衝撃的な動機に驚かされる。人の心の淵を静謐に描ききった佳作。
【藁屋の怪】一座にいる謎の男・ヨシは、鳴り物芸の腕は素晴らしいのだが目が不自由で、頭からすっぽり頭巾を被っている。そんなヨシが泊まった藁屋には、幽霊の噂があった……。幽霊騒動もさることながら、それが解決したあと、ラストで明かされたオチには、ただただ驚愕。そして戦慄。うわあ、そう来たか! ヒントはたくさん会ったのに。これは、すごい。まいった。本当にぞっとした。
【虫酸】母親が家でみつけた朱塗りの独楽。うちのじゃない……はたしてその独楽は、八歳の娘・加代が盗んできたものだと白状した。叱ったものの、それからも加代の盗癖は増すばかりで……。くるりと世界が反転する様は見事。それだけではなく、心根の描写がなんとも熱く、濃い。
【血みどろ絵】時代は明治。お雪は仕事の帰りに、ある錦絵に出逢う。それは15年前に世間を騒がせた落語家毒殺事件の様子が描かれたものだった。その絵に描かれている被害者や容疑者、そして姉やに背負われてその様子を見ている子ども──その子どもが、お雪なのだった……。ああ、なんてトリッキーな。真相のサプライズもさることながら、そこに至るお雪の生き方がなんとも切ない。
【奈落闇恋道行】歌舞伎の人気役者・坂東彦助は、ある日、舞台で大しくじりをする。あまりの失敗に、彼は舞台の後で、失敗のもとになった小道具の手紙を焼き捨て、自害してしまった。しかし、彦助ほどの名優があんな失敗をなぜしたのか──。これも動機の妙味が冴え渡る一編。濃密にして、妖艶で、そして悲しい。文句なし。
(03.10.8)《詳細情報&注文画面へ》
著者が大分県出身で、舞台が大分県(おそらくは県南の蒲江あたり)で、登場人物が大分弁で喋る、それでもバリバリの純文学と聞けば、もう手にとらずにはいられない。大分で純文学。大分弁で純文学。「不可能だろそれは」と地元出身者ならではの妙な自信を持ってページをめくった。
おお、純文学だよ! 純文学になってるよ! 大分弁なのに! 「金玉が冷ゆると気持ちいいんど」って! 具体的な発音・イントネーションがわかるだけに、情景がめちゃくちゃ伝わってくるよ(泣)。
そんな地元の話題はさておき。
いかようにでも読み解ける物語。ただ、前半は時間軸も流れもはっきりしない描写がひたすら続く上に文章が実にねっとりしているので、この前半を読み切れるかどうかが、「ハマるか」否かの境目になりそう。ダメな人は3ページでダメだろうな、と思わせる文章。足は地についているのに、上半身は半分ちぎれて宙に浮いてるみたいな文章だ。<わかる? あたしは結構好きだったが、万人受けするものではないだろうな。
「小さな黒い人」って何の象徴よ、というベーシックな疑問を抱きつつも、その「小さな黒い人」がカヅコ婆のところへ蜂蜜を持ってくるくだりから話は動き始める。ラインマーカーの石灰が切れてしまうと歩けなくなるカヅコ婆。その石灰を調達してやるフミや「小さな黒い人」。そして石灰がなくなったとき──このクライマックス(と呼ぶにはなだらかだけど)は、なかなかに滲み入るものがあるなあ。
カヅコ婆のところへ向かう少女のエピソードや、ショッピングモールでの石灰引きなど、なんともエピソードの座りが悪いのも特徴。というより、複数のエピソードが並べられて、それぞれのつながりを敢えて希薄にしているところが、魅力でもあり分かりにくさでもあるんだな。ストーリーを追うための小説ではなく、その世界に漂うことを味わう小説だ。簡単にいえば、「わかりにくい話」ってことなんだけど。
(03.10.10)《詳細情報&注文画面へ》
「水に埋もれる墓」で朝日新人文学賞を受賞した著者の、2作目にして三島由紀夫賞受賞作。へえ。すごく評価されてるんだあ。舞台は「水に埋もれる墓」と同じ「浦」。しかし前作に比べると、ストーリーがかなりわかりやすくなっている。初めて小野正嗣を読む人は、こちらから読んだ方がいいかもしれない。
「浦」で起こっている様々な事を、4人組の老人が昔語りで駐在に聞かせる。この話が脱線に継ぐ脱線で、その脱線するエピソードのひとつひとつがとてもねっとりしていて、何とも言えない味わい。帯には筒井康隆による「ガルシア・マルケス+中上健次」という宣伝文句が書かれていたが、その二人よりも、もっとねっとりしていて、でもねっとりしているのに透明な、なんかそういうゲル状の小説なのよね。中には気泡もあったりするような。
4人によって語られる、「浦」の歴史。九州の漁村なら、昔、どこでも見られたようなとぼけたエピソード。ツッコミ上手の母親と情けない駐在。そんなほのぼのの一方で、戦時中、逃走してきた朝鮮人労働者を村ぐるみでかくまおうした話や、トシコや川野先生が満州に渡って経験したおそろしい日々の話、塩月くんの家庭で二代に渡って行われてきた家庭内暴力の話など、けっこう恐ろしい話が語られる。それらが「現在」へと収束していく話なんだけど──そんな話を書きながらも、透明なゲル状の文体がそれらを包み込んで、薄皮一枚通して映像を見ているような浮遊感とおかしみがある。いい持ち味だなあ、これ。
「水に埋もれる墓」に比べると、少々「理」の部分が前面に出過ぎたきらいはあるけれど、そのおかげでストーリーがはっきりしたため、読者も入り込みやすい。何をたぐって読んでいけばいいかが分かる。その上で、文章や舞台の魅力はそのまま。うん、この作家はちょっと追いかけてみたい。
(03.10.11)《詳細情報&注文画面へ》
敗北を抱きしめて〜第二次大戦後の日本人(上下巻)・ジョン・ダワー(岩波書店)
これは実に興味深く、且つ、驚きを隠せないノンフィクションだ。日本側から見た占領政策関連の本はたくさんある。例えば代表的なのは江藤淳の数多くの史論がそれだ。しかし、アメリカ側から見た──それも原爆を正当化するような政治的プロパガンダのための文章ではなく、ジャーナリストであり歴史家でもある人物によるノンフィクションとして上梓された例は、極めて少ない。
上巻ではまず、終戦直後から占領下の日本がどういう状況にあったのか、膨大な例を挙げて詳しく述べられる。政治、社会、風俗、サブカルチャーなどの側面から、さまざまに語られるその占領下の日本は、どうも思っていたものと少々趣が違う。特に海外にいた日本兵の引き上げの状況など、驚くようなことがたくさん出てきた。
2巻では、特に新憲法制定までの話と、天皇制、東京裁判、そして検閲制度が詳しく述べられている。天皇をめぐる駆け引きや、新憲法を日本政府に受け入れさせるにあたっての、様々なエピソードは実に興味深い。
ここで驚いたのは、まず、(考えてみればあたりまえのことなのだけれど)日本には有史以来「民主主義」というものがなかった、という事実だ。自由民権運動や大正デモクラシーはあったが、それも皆、一部の権力者による施政(明治以降の場合は天皇)の中での話である。日本人は常に、上からもたらされる社会の中にあった。占領軍が驚いたことに、国民は占領軍を、敗者の卑屈や憎悪ではなく、平和な世界と改革への希望で迎えた。このようなことが、なぜおこり得たのか。「上からもたらされる社会」に慣れていた日本人は、軍国主義も民主主義も同じだったから。前は徳川将軍から、明治から昨日までは天皇からもたらされていたものが、今日からは占領軍に変わっただけ。右と言われたから右を向いているだけ。……うわあ、なんか納得しちゃったよ。
そして憲法制定に至っては、明治の大日本帝国憲法の基本を変えようとしない日本政府と、まったく新しい憲法を作らせようとする占領軍のかけひきがすごい。当時、吉田茂はこう考えていたという。「今は言う通りにしておいて、占領が済んだらまたもとに戻せばいい」と──うわあ、そんなこと思ってたのか。
とにかく、刺戟的な1冊。この大きさ、深さは、とてもここでは紹介しきれない。日本人が書いた占領論と読み比べてみるのもお薦め。
(03.10.15)《上巻の詳細情報&注文画面へ》《下巻の詳細情報&注文画面へ》
いやあ、これはけっこう感動したなあ。とりあえず、16人の名前をどどっと挙げましょう。
柴田保光(西武〜日本ハム):入社したノンプロが廃部。漬け物の行商をしながらプロ入り。
長田博幸(日本ハム):ブルペンキャッチャーからの這いあがりがすごい。全編の中でも出色の1人。
郭源治(中日):気持ちが優しくて抑えは不向きと思われた彼を、抑えに抜てきした星野監督の理由がすごい。
定岡徹久(広島):定岡正二の弟。昔、定岡正二のつきあってた女優ってのにビックリ。
坂口慶三郎(阪神):子どもの頃、妹を亡くした話は無条件に泣ける。切なすぎ。
安仁屋宗八(広島〜阪神):うわあ、近鉄との日本シリーズは今でも覚えてるよ。
有沢賢持(ヤクルト):打撃投手を経て試合のマウンドに復帰した男。これも感動。
太田卓司(西鉄〜太平洋〜クラウン〜西武):何もいうことはない。このチーム歴はトレードなどの結果ではなく、一球団にずっといた結果だということだけ分かってください。
その他、森田正義(阪神〜ロッテ)、永渕洋三、大羽進(広島〜東映)、(近鉄〜日本ハム)、横山忠夫(巨人〜ロッテ)、市川和正(大洋〜横浜)、石井雅博(巨人〜阪神)、前泊哲朗(大洋)、香川伸行(南海〜ダイエー)が紹介されている。感動するし泣けるし元気もでる、マニアックではなくファンでなくとも「こんな生き方がある」と素直に世界に入れる、とてもいいノンフクションだ。
お薦めマークがつかない理由はただひとつ。プロローグである。長嶋のセリフ「巨人軍は永久に不滅です」を「永遠に」と誤って書いてるのはよくあるミスだからいい。でも、マスターズリーグの名古屋80デイザース(エイティデイザース)のチーム名を「名古屋デイザース」と間違ってるのが腹が立つ。80デイザースは「80日目」=「やっとかめ」の意味なのだ。デイザースだけでは意味が通じんがや。
小さいことかもしれないけれど、こんな基本的な間違いに著者や校正が気づいてないということは、本文中の大事な部分にも誤りがあるのではないかと思えてしまうのだ。重版時には訂正されるといいんだけど。
(03.10.30)《この本の詳細情報&注文画面へ》
東電OL殺人事件・佐野眞一(新潮社)
その一方で著者は(こちらがルポの当初の目的だったわけだが)、東京電力という大企業の総合職として就職し、多くの経済論文を発表しているような才媛が、なぜ、会社が終わってから毎日渋谷で売春をしていたのか、その心の闇に迫っている。
被害者がなぜ売春という行為を日常的に行うようになったのかという問題もとても考えさせられたが、あたしは寧ろ、この本の主眼を『冤罪事件』に置いて読んだ。そして、読めば読むほど(そういう主旨で書いているのだから当然なのだけれど)これは冤罪じゃないか、ってゆ〜か、よくこれで検察は起訴したなあという思いを強くする。個々の証拠の曖昧さ、暴力を厭わない警察の取り調べ、これが全部ホントのことだったらもう警察は信用できねえ、という気にすらさせられた。
当然、一審では無罪になる。ルポはここで終わっている。ところがその後二審では逆転有罪、そしてついに先日、最高裁が上告棄却に対する異議申し立てを退けて有罪が確定してしまった。一審と二審では何が違ったのか。今はそれが知りたくて仕方ない。
足を使った調査も、緻密な証拠吟味も、なかなかに読みごたえと迫力のある一冊。ただ、検察や警察をハナっから悪役として描いているのが、読者にバイアスをかけるようで気になった。それと、情景を描写するのに古い演歌の歌詞をそのまま引用したり、小動物の目を見て被害者の母親の目と重ね合わしたりというような、過剰なセンチメンタリズムもかえってシラけてしまう。あくまでフェアに、ドラマ性や感情表現を排除して事実のみを論じて欲しかった。
(03.11.5)《文庫版の詳細情報&注文画面へ》
【「怪奇クラブの殺人」】大学入学を機に、祖父の家に同居することになった僕。祖父の元に集まる奇妙な友人達。そんな中、事件の芽が──。繊細で文学趣味で頭でっかちで自意識過剰な18才の男の子を狂言回しに据えてるせいで、もう読んでる最中からイライラして「ええいっ、とりあえず一回自衛隊に体験入隊してこい!」と叫びたくなってしまったりもするのだが、こういうキャラがお好きな人にはタマラナイ萌え萌えなのではないか、と想像する。しかし、このキャラがまた物語に合ってるんだよなあ。ガーデンパーティの章など、なんともしゃれている。庄司薫が福田章司の名前で書きそうな一編。
【葡萄酒の色】アパートを追い出された友人を、別荘に招き入れた僕。画家の彼は物置を改造してそこに住むようになったが──。こう表現してしまうとせっかくの雰囲気がダイナシになりそうな気もするが、「ムード満点の避暑地のラブ・ミステリ」である。ひんやりとした空気を体感できるような、恐ろしくも美しい物語。「自閉症」を「自分の殻に閉じこもる心の病気」だと誤解した表現が気になったが、著者が間違っているのではなく、そのセリフを言った外山夫人が間違っているだけかもしれない。
【時のかたち】作家である私は、忙しい日々をなんとか調整し、久しぶりに旧友に会いにいった。その旧友とは因縁浅からぬ仲なのだが──。これね、はっきり言って、トリックとしては医学的に成立しないのよ。そりゃもうハッキリと、確実に、成立しないのよ。でも、なんかもう、そういう穴がどうでもよくなっちゃうのよねえ。それほどまでに、「世界の描写」が素晴らしい。いっそ幻想文学に近い味わいがあるほど。
【桜】桜が好きだった叔母。その叔母の埋葬の日に、親戚が集まった。その場で、叔母の夫である一郎叔父は、自分の愛人と息子を紹介したのだった──。なんとも生臭い設定なのに、この人が書くとどうしてこうも美しくなるのか。静謐と俗悪、美と醜がはっきりチーム分けされているもの、この著者の特徴かもしれない。
(03.11.6)《詳細情報&注文画面へ》
本の虫 その生態と病理〜絶滅から守るために・スティーブン・ヤング/薄井ゆうじ(アートン)
というのは勿論冗談。ちなみに、スティーブン・ヤングというのも架空の人物で、訳者づらをしている薄井ゆうじの手による冗談本である。いかにも翻訳モノの体裁で作っているのであたしも騙されかけたが、ある箇所で「あれ?」と思ったのだ。それがどんな箇所かは後述。
人が本を読みたがったり書きたがったりするのは、ひとえにこの「本の虫」に感染しているせいである。どのような種類の虫がおり、どのような症状を呈すかというのが、事細かに分類・説明されている。小説読み虫の中にも、大長編読み虫、分冊読み虫、むしろ読むより収集に凝ってしまう本買い虫、中でも古書店に棲息する古文書買い虫。書く方も、小説書き虫のみならず、日記書き虫、同人誌虫、自分史書き虫、応募虫まで網羅される。そこから枝分かれした辛口評論虫もいる。本のあるところにいるのが好きになる図書館虫と書肆虫。その流れに「アオキマリコシンドローム」も観測される。<「あれ?」と思ったのはここよ。なんでスティーブン・ヤングなる外国人が「青木まり子現象」を知ってるんだっつーの! あー、騙された。わはは。
これらひとつひとつの虫について、そのイラストまでつけて(!)性質や症状、対処法などが書かれている、凝りに凝ったお遊び本である。タイトルが「読み虫感染者への看護と介護」とか、「遅読とショッピング療法」とか、「同人誌での臨床例」とか、うわははは。それだけでなく、「本の虫の飼育法」まで載っている。いいなあ、これ。大好きよ、こういうの。
それぞれの項目ごとに、洒落てて、皮肉が効いてて、でも、そういう「本の虫」に罹患してしまった人たちへの愛が溢れている。本好きにはたまらない(そして相当身につまされる、或いは耳の痛い)クスリと苦笑いしてしまうような冗談本なのである。
(03.11.14)《詳細情報&注文画面へ》
事件・大岡昇平(新潮文庫)
大岡昇平といえば代表作「野火」「俘虜記」「レイテ戦記」でもわかるように、ミステリ畑の人ではない。歴史物、戦争物の印象が先に立つ。その作者による長編が推理作家協会賞受賞というので興味を持っていた。なるほど、事件が起こり、裁判の渦中でその事件の輪郭が次第に露になっていくという点では、法廷ミステリの面白さは充分だ。特に検察側の証人が、弁護人の巧みな尋問によって、隠していたことが暴露されたり、思いこみが指摘されたりするあたりは、リーガルサスペンスそのものである。
しかしながら、真相は動かない。宏はハツ子を殺した事は認めているし、それは最後まで変わらないのだ。他に犯人がいるという推理は出てくるが、それは事態をひっくり返すようなものではない。では何が主眼となるかといえば、殺意があったのかどうかという点だ。計画殺人だったのか、衝動殺人なのか、傷害致死なのか、正当防衛なのか。「頭が真っ白になって、何があったかよく覚えていない」という被告。検察も弁護士も、それぞれが証人を揃え、証拠を探し、「何が起こったか」を明らかにしていくその様は、全員が探偵のミステリでもある。
裁かれる側、訴える側、弁護する側、裁く側。被害者の家族、加害者の家族。加害者の内縁の妻であり、被害者の妹でもあるヨシ子。旧弊の残る田舎の、同じ村内から加害者と被害者が出るという事態。そういったことのひとつひとつの重みが、裁判のシーンからじわじわと染み出て来る。検察の書いたシナリオを打破するために、弁護人が証人に尋ねる意外な質問。目撃者の何気ない情報が招く新たな展開。淡々と裁判の様子が描かれ、物語は静かに進むが、そこには圧倒的な何かがある。
裁判の中に組み込まれたドラマ。しかしドラマは、読者をアキさせないための策だったのではないかという気がしている。著者が描きたかったのは、あくまでも、裁判そのものだったのではないだろうか。
(03.11.16)《新潮文庫版の詳細情報&注文画面へ》《双葉文庫版の詳細情報&注文画面へ》
と書くと、なんだかとてつもない《不可能状況》で、ミステリ者としてはワクワクである。が。あれ? 鉄道での《時間》やケーブルテレビでの《時間》の遅れがどれほどシビアなことで、それによって何が起こったかというのは、社会派もかくやというくらいの説得力とリアリティに溢れた描写がなされ、ぐいぐい引き込まれる。しかし、この描き方というのが、それが人間によって引き起こされた何らかのトリックによるものなのか、それともホラー・オカルトな展開になるのか、どうにもハッキリしないのである。それがハッキリしないことには、読んでて気持ちの準備ができないじゃないか。 帯には「犯人は何のために、どうやって時間を動かしたのか?」といかにも人為的なトリックのように書いているが、同時に推薦文は「タイム・パラドックス・ホラー」だし、「時間とは何か? そして時間を自由に操作できる『絶対時計』とは?」なんていうSFともとれる惹句が書かれているのだ。きぃ。
登場人物も文章も、きちんと地に足のついた堅実さとリアリティがあるので、ここでいきなりSFになられても困るなあ、かといって話がここまで進んじゃうと、オカルト味が一切なしで解決できるもんなのかなあ、などと、物語の本筋とはかけ離れたところが気になってしまい、物語そのものにワクワクするゆとりがなかったよ(泣)。
最後まで読むと、「ああ、そうだったのか!」というカタルシスはあるんだけど、そこまで心理的に寄り道しているために、驚きも半減してしまった。ああもったいない。もちょっと、話のジャンルを明確にしておいてもいいんじゃないかな。いや、著者にとっては明確だったのかもしれないけど、どうにも帯に邪魔された観がある。
それにしても、この鉄道会社の描写は……これが一番ホラーだったかも。JR関東っていう架空の会社にしてはいるものの、運転士とかの世界ってホントにこうなの? ホントにこうだったら……「ぼくはおおきくなったら、でんしゃのうんてんしになりたいです」っていう子どもを見かけたら、あたしゃ全身全霊で引き留めるぞっ。
(03.11.20)《詳細情報&注文画面へ》
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