じゃじゃ本ならし


名門魂〜日立バレーボール部、最後の戦い・田中康弘(廣済堂出版)

 日本リーグ時代の女子バレーボールの名門、日立。中田久美、大林素子、吉原知子、多治見麻子、江藤直美などの錚々たるメンバーを擁し、「そのまんま全日本」と呼んでもいいほどの布陣で女子バレー界に君臨していた。しかし、経営陣とチームのゴタゴタが多くなり、大林・吉原という看板選手を解雇するなど、次第に問題が続出。そして日本リーグが新たにVリーグと名を変え再スタートを切ったとき、日立にはもう往年の輝きはなかった。不景気で企業スポーツが次々と閉鎖・廃部に追い込まれる中、名門・日立も廃部が決定。なぜ、あの名門・日立が、廃部に追い込まれたのか。そのとき選手達と監督は何を考えたのか──。
 本書は、この日立の「末期」に入社し、全日本にも選ばれたプレイヤー・田中姿子の実兄が書いたノンフィクションである。つまり、かなり近いところで、でも中には巻き込まれない場所で、日立の最期を看取った人物なのだ。しかし、決して身内云々ではなく、実に冷静に、且つ、多くのデータの裏付けをもって、日立とはどんなチームだったのかをレポートしてくれている。
 かなり親切に解説してくれており、バレーのルールやリーグのシステムを知らない人にも、状況がよく分かるように書かれている。且つ、バレーに詳しい人でも充分に満足できるくらい、ある意味マニアックなデータもふんだんに用意され、最初から最後までかなりの読みごたえを感じた。一番感心したのは、時期ごとのレギュラーフォーメイションの図である。ああ、この時期はこの選手がいたのか、この時期はこの選手をセンターで使ったのか、と、それだけで「黄金期の栄光」と「末期の苦慮」が浮かび上がってくるほどなのだ。
 そして、あの「騒動」の実情が描かれる。正直、既にバレーというスポーツがあまり注目されなくなった時代のことであり、大林・吉原の解雇事件も、廃部も、その報道は一ファンにしてみればあまりに突然のことだった。何が起こったのか、それが選手にどんな影響を与えたのか、これを読んで初めて認識できたことも多い。
 所属選手の実兄という、心情的に「日立には文句をいいたい」位置にいるはずの著者が、結論を振り回さず、あくまでフェアにレポートしている点に、実に感心した。だからこその説得力がある。バレーに興味を持っている人には、お薦めの一冊だ。
 日立は、当時のバレー少女たちにとって、憧れの集団だった。少女たちは、あのオレンジのユニフォームを着た自分を夢見て、ボールを追っていた。そんな日立の「一生」を克明に記録した本がこうして出版されていることを、嬉しく思う。 (04.4.26)
《詳細情報&注文画面へ》 

間取りの手帖・佐藤和歌子(リトルモア)

 うわはははは\(^o^)/ く、く、く、くだらねええ〜〜。でも大好きさ、こういうの。
 いろんな住宅の、間取り図が延々と並んだ本。特に解説はされてないが、著者が「間取り図収集家」という肩書きになっているということは、実在する間取りばかりってことだよなあ。チラシとかからの収集なのかな。
 いやあ、世の中にはこんな面白い(というかオカシイ)住宅が実在するのか、と笑いながら仰け反ってしまう。建築物の写真とか、説明書きとかは一切ないのだ。ただ、間取り図だけ。それに、著者による、短い短い「一言コメント」がついている。これがまた笑えるのである。間取り図だけをボーっと見て、「別に普通の家じゃん?」と思っても、その一言コメントを読むと「あっ!」と思ったり噴き出したりする。
 これは実際に見て貰って、それでこの面白味を分かってもらうしかないのが残念。いくらここで、「こういうコメントが、こういうふうに面白いんだよ!」と説明しても、その間取り図を見なくちゃ何もならないんだもの。いや、ホント笑った。ホントに売って(貸して)るのか、こんな部屋を。誰が住んでるんだ。見せてくれ。
 ただ、万人には薦めにくい。まず、これを見て楽しめる・笑える人というのは、そっち方面の「趣味」がある人に限られると思うんだよね。この世には、新聞に挟まってくるモデルハウスやマンションのチラシを見て、その間取り図を(買うわけでもないのに)じっくり見てしまう人と、何の興味も持たずに捨ててしまう人の2種類がある。あなたが前者なら、これはすっごく面白いと思うよ。お薦め。
 もうひとつの難点は、950円という値段かな。このボリュームにしては高い。
 対談がいくつかと、一つの間取り図を俎上に上げた短いエッセイがいくつか、インターミッションのように挿入されている。これもなかなか楽しい。こういう「間取り」って、普通に見てれば「それだけ」なんだけど、こうして誰かと一緒に「この間取りって、生活しにくくない?」「俺はこういうの好きだけどなあ」「だってこんなところに窓があるんだよ?」なんて間取り図に突っ込むのは、なかなか楽しい娯楽のような気がする。明日からマンションの広告を見る目が変わるかも。 (04.4.29)
《詳細情報&注文画面へ》  

殺される理由・雨宮町子(徳間書店)

 図書館の臨時職員、CDショップの雇われDJ、それだけでは食べていけず、ときたま興信所でバイトをする三十男の亮介が主人公のシリーズである。ちょっとコミカルで、でもポイントはしっかり抑えたミステリの連作短編集。
【なぞなぞ】図書館のカウンターに座っている亮介には、ときどき本を借りにやってくる憧れの女性がいる。ところが、今日は彼女の様子がおかしい。ひょんなことから、彼女が脅迫を受けていることを知った亮介は──。もちっと伏線が欲しかったかな。驚きは充分だけどカタルシスが薄いというか。
【殺される理由】毛利家に集まった8人の男女。誰かが誰かを恨んでるという、ちょっと厄介な状況。そんな中、1人が殺された。その理由は? そして犯人は? ──う〜ん、ここまでの2編を読んでふと思ったんだけど、この作者って、あまり「フェアプレイ」は意識してないのかな。話は面白いんだけど、手がかりが出るのが遅すぎる気がする。
【猫田夫人はしゃべり過ぎ】亮介が始めた仕事は、家庭教師。その家庭は再婚で、長男は父親の連れ子、長女は再婚後にできた夫婦の子供だった。つまり長男と母親は義理の関係だ。この二人が巧くいっていない、と近所では専らの噂なのだが──。これも伏線が薄いのが残念だけど、謎解きの手法はエレガント。
【911】人気占い師が殺されるという事件が起こった。問題になったのは容疑者のアリバイだが、そのアリバイを証言したのは亮介の試合だった──。有栖川有栖の【比類のない神々しいような瞬間】
「白い兎が逃げる」所収)を思い出した。いや、全然違う話なんだけどね。証言者が意図していたのとは別のことで真相が分かる、というくだりが似てるかな、と。これは流行り廃りのあるトリックだけど、でもこの作品集の中ではイチオシ。
【六の字屋敷】六の字の形をした屋敷の中で、二人の死体が見つかった。その家では、幼い子供が「食い倒れ人形が喋った」とワケのわからない証言をするのだが──。おお、最終話になって、ようやく「手がかりを見せてくれる」タイプの謎解きモノになったよ! 物理的なことよりも、関係者を巧く利用したトリックが実に秀逸。
(04.4.28)《詳細情報&注文画面へ》 

夕陽の球団・阿部牧郎(角川文庫)

 プロ野球チーム、大阪フェニックスは、相次ぐ不祥事に頭を悩ませていた。事件の始まりは、バッティングコーチの杉原のところへかかってきた謎の電話だ。フェニックスの中に八百長をしている選手がいるという。一笑に伏した杉原だったが、調べてみるうちに気になることが出てきた。おまけに正捕手が女性がらみのスキャンダルを起こしてしまう。ただでさえ弱いチームなのに、どうしてこんなに問題が続くのか。そこには意外な思惑があった。そして事件は殺人にまで発展し──。
 おお、面白い! ひとつひとつの事件を巡って球団関係者が調査するくだりもさることながら、真相が次第に分かっていく経緯、そして何よりこの真相! 井上ひさし
「野球盲導犬チビの告白」と、川上健一「監督と野郎ども」と、天藤真「鈍い球音」を足して混ぜて丸めて裏から見たような物語だよ!<分かりにくい。
 殺人事件の真相にも膝を打った。細かい手がかりが積み重なっていく過程、そしてそれが1人の人物を指し示したときの驚き、実にサスペンスフルだ。ただ謎を解き、真相を明らかにするのみならず、フェニックスの関係者がその敵と戦い、自らのチームを守ろうとするところなど、実に手に汗握る。
 プロ野球界全体に関わる「思惑」と、それに対抗するフェニックスという図式が物語のメインなのだが、そこに実在球団を絡める手法がなんともあくどい(笑)。近鉄やロッテが「弱小球団」としてその思惑に絡んでくだりなど、「おいおい、いいのか」と心配になりながらも、でものめり込んでしまうんだよなあ。実在の球団を出しながらも、スリリング且つ気持ちよく読めるのは、ひとえに作者のプロ野球に対する愛情と、愛するがゆえに今のプロ野球に抱いている不満が、ストレートに伝わってくるせいだと思う。野球ミステリが好きな人は、きっと気にいるよ。 (04.5.2)《詳細情報&注文画面へ》 

八月の濡れたボール・軒上泊(双葉文庫)

 少年院に収監中の秋本剛は、ある朝突然呼び出しを受けた。他の更生施設に移送だという。わけもわからず、手錠をかけられ車に乗せられる剛。ところが彼が移された更生学園には、同じように全国の少年院から、何人かの少年が移送されてきていた。彼らが集められたところで、院長が移送の目的を発表する。それはなんと、更生学園として野球チームを結成し、甲子園を目指すというものだった──。
 なんとも荒唐無稽な──少年漫画になりそうな設定ではないか(後で知ったが、ドラマになったらしい)。目的は「少年院のPR」って! あはははは。おまけに、彼らは少年法のもと、本名や顔をマスコミに出すことが禁じられている。だから予選を勝ち進み、甲子園に出ることになっても、目には横線が入れられるし名前は仮名になるのだ! あはははは。
 だがしかし。あははははと笑っている場合ではない。なぜならこの物語は、決してそういう奇をてらったコメディとしてではなく、至極真面目に展開するからである。集められた少年たちが、どんな犯罪を犯して少年院にいるのか。甲子園を目指す、と言われ、塀の内と外に隔てられた恋人や家族を思いだす。一人一人の少年に物語がある。
 ただ、いかんせん、「ちょっと巧く運びすぎ」なのが興ざめ。もちろん巧く運んでくれなくちゃ話が成立しないんだけど、でも、全国にこれだけ強豪校のひしめく高校野球なのよ? 急造チームがこんなに巧くいくわけない。これがいっそのこと、モロに劇画風の物語なら「そういうもんだ」と思って読めるんだけど、なまじシリアスな話だけに──。
 個々の少年の、「野球歴」みたいなものや、野球にかける思いみたいなものを、もっと描いてくれれば説得力が出たのかな。いや、でも、それだけではないだろう。著者は野球というスポーツを描くことよりも、「少年院の少年たち」を描きたかったんだと思う。少年たちの、それぞれの事情や思いを書きたかったんだと思う。野球というのは、彼らを描くための道具であり、舞台なんだな。あまり野球に拘って読んではイケナイのかもしれない。
 尚、これを読んだら、同じ著者の
「ウェルター/サード」も是非読んでみて欲しい。むしろ、そっちの方がお薦めなんだな。 (04.5.2)《詳細情報&注文画面へ》 

ウェルター/サード・軒上泊(集英社文庫)

【ウェルター】傷害事件を起こして鑑別所に収監されていたマシバは、少年院に移送されることになった。少年院での生活に慣れ始めた頃、マシバは院長に呼ばれる。ボクシングをやって欲しい、そしてこの院の代表としてインターハイに出て欲しい、と。
 ──っておい! 種目が違うだけで、そのまんま
「八月の濡れたボール」と一緒じゃないか。彼が起こした傷害事件の内容も、インターハイに出ることによって恋人に呼びかけたいという経緯も、「八月の濡れたボール」に出てくる剛のケースと、まるで同じである。顔や氏名を出せないということでマスコミが戸惑うのも同じだ。ラストシーンも一緒じゃん。
 あ、ってゆ〜か、こっちが先なのか。そうか。これが「八月の濡れたボール」の元ネタなのね。おお、だとしたら、数段こっちの方がいいぞ。1人の少年にフォーカスしたが故に、物語がスッキリした上、太い骨が通っている。感情移入もしやすい。うん、あたしなら、こっちを薦めるね。
【サード】原題は「九月の町」だったそうだ。デビュー作。少年院へ入った若者の、生活を描いた物語である。罪を犯し、収監された少年は、悔いるでもなく、ヤケになるでもなく、ただ淡々と日々を過ごす。彼の気持ちの中にあるのは、「ここを出たら、電車の窓から見えたあの町で暮らそう」という思いだけだ。あの母親のいる、故郷の町には戻らない。ここへ移送されてくる途中に見えた、あの町に行こう──。
 少年の思いが、院での生活を通して静かに語られる。彼の生来持っている激しさは、かれの犯罪のシーンを読めば分かる。しかし彼は少年院の中では、自らの核を包み隠し、静かに暮らすのだ。彼は、少年院に入っても、何も変わらないのである。著者には、少年院の教官として働いた経験があるという。なるほど、描写のディーテイルやリアリティには舌を巻く。
 尚、この少年のニックネームが「サード」であること、彼の共犯となった友人のニックネームが「IIB」であることは、記憶に留めておきたい。その上で「八月の濡れたボール」を読むと、この院を出たあとの少年に意外な形で出会えるから。 (04.5.2)《詳細情報&注文画面へ》 

ららのいた夏・川上健一(集英社文庫)

 小杉純也はプロを目指す高校球児だ。マラソンは大の得意で、校内のマラソン大会でも好調にトップを独走していた。ところが、後ろから追い上げてきた者がいる。なんと女生徒ではないか。彼女は「坂本らら」と名乗り、走りながらくったくなく彼に話しかけてきた。この出会いの瞬間から、二人は惹かれあう。そして、ららは駅伝、マラソンと、次々と記録を塗り替えるランナーとなり、純也は野球で頭角を表すのだが──。
 な、ななな、なんだこれは?!
 えーっとね、カバー折り返しの惹句には「涼風のようなふたりの恋。青春長編ラブストーリー」なんて書かれてあるんだけど……。涼風、ねえ……。うーん。確かに、頭の風通しは良さそうだけどなあ……。
 と、なんとも歯切れの悪いコメントになってしまったのは理由があって、これって初出は1989年なわけよ。ぎりぎり80年代ってことで、まぁ、こういうキャラ描写も「あり」なのかな、とも思うわけだ。或いはもしかしたら、最初から高校生くらいを対象に書かれたのかもしれないしなあ。それならやはり、こういうキャラもありかな、と。でもなあ……。
 ええい、はっきり書いてしまおう。この「坂本らら」のキャラがね、30年くらい前の漫画なのだ。だってさ、「キャハハハ!」と笑うんだよう。「デハハハ」と笑うんだよう。「デハハハハ、わたし、うれしくて、丸尾さんにおしゃべりしすぎちゃったんだ。デハハハハ」なんてセリフばかりなんだよう。そればかりか、レースの途中で恋人に会って「キャハハハハ、どうやってここまで来たの?」って、そのセリフにキャハハハは要らんだろう! 「どうやってここまで来たの?」」だけで充分じゃないか。ってゆ〜か、ただ頭が悪いだけだろうおまえ。
 確かにね、爽やかな青春ストーリーでは、あるわよ。まあ、この坂本ららのランニング能力は殆どサイボーグのレベルだっつ〜くらいリアリティがないし、いきなりラストでこの「恋愛モノのお約束」の展開になるってのも安易だけど、それでもストーリーはまだ良いわいな。やっぱ、この、ららのキャラだよなあ。「キャハハハ」「デハハハハ」がないだけで、数百倍読みやすくなると思うんだけどなあ。試しに、「キャハハハ」「デハハハハ」を全部塗りつぶしてみるがよい。きっとその方が、話の魅力も、ららの魅力も、ストレートに伝わることであろうよ。 (04.5.2)
《詳細情報&注文画面へ》 

九十九点の犯罪〜あなたも探偵士になれる・土屋隆夫(光文社文庫)

 土屋隆夫による、「犯人当て」のクイズ形式のミステリ。厳密には、犯人は既に分かっていて、そのトリックを当てるとか、どこにミスがあったかを当てるとかという趣向です。問題編と解答編に分かれており、「ここまでに手がかりは全部出てます」という形式だ。とはいえ、殆どの話はちゃんとストーリーも読んでて面白いので、あまり考えず気楽に楽しむのもOK。というか、その方が良いかも。
【夫か妻か】予備テスト。殺人コンサルタントのもとに、偶然、妻と夫が別々に現れた。互いに相手を殺したがっているのだ。コンサルタントは二人に同じ方法の殺し方を伝授。さて、殺人に成功したのはどっち? ──これは理詰めで考えれば解けるというタイプの問題じゃないね。皮肉な結末のついたショートショートと考えた方がいい。
【開いて、飛んだ】2級探偵士編。夜の学校。宿直の教師と小使いさんが二人で校内を見回っていると、不審な物音が。果たしてそこには──。これは手慣れたミステリ読みなら、似たようなトリックの作品をすぐに思いつくんじゃないかな。
【九十九点の犯罪】2級探偵士編。妻を殺した夫。彼は完璧な偽装計画を施した──つもりだった。しかしある決定的なミスを犯したのだった。そのミスとは? あ、これ、良くできてる。確かにこれはフェアだし、「あ、そうか!」と納得のいく答。
【見えない手】2級探偵士編。酒場の洗面所で女優が殺された。しかし、出ていく犯人を見たものはいない──。うん、まさしく「推理可能」な手がかり。しかし、これは犯人が間抜けだろ(笑)。
【民主主義殺人事件】2級探偵士編。舞台は昭和24年。田舎のバスの中で殺された男。その殺害方法とは? この犯罪の実効性も気になるけど、それより仕込まれた「お遊び」が楽しい。
【わがままな死体】1級探偵士編。演劇コンクールの舞台上で、俳優が毒殺された。いったい毒はいつ仕込まれたのか? おお、いかにも「推理クイズ」っぽい話! その分、物語の魅力はちょっと薄いかな。
【Xの被害者】1級探偵士編。ある殺人事件を計画した男。彼は、自分にそっくりなイトコを犯人にしたてようとするが──。これはちょっと推理は難しい。むしろ一編の小説として読みたい。
(04.5.7)
《詳細情報&注文画面へ》 

Fuckin' Blue Film(ファッキン ブルーフィルム)・藤森直子(ヒヨコ舎)

 SMの風俗店でSの女王様として働く直(なお)。彼女はバイセクシュアルで、同性の恋人も、《ヤリ友》用の男性もいる。そんな彼女が、自分のサイトに綴っていた日記が本になった。
 ホームページの日記が本になる、というのはいくつもの例がある。が、しかし、最初の一文からこれほど引きずり込まれたものは他にない。初っぱなから、こうだ。
 「まさか、この右肩に下げた大きな鞄の中に、バイブレーター、浣腸器、ロープ、鞭、アナル拡張スティック……などなどのSM道具がぎっしり詰まっているとは、道行く人は誰も思わないだろうなあ」
 どっしゃー、である。しかし、決して「キワモノ」でも「イロモノ」でもない。バイセクシュアルのSM嬢が書いた日記、というだけで、なんだかアダルト系イロモノ扱いされてしまいそうな気がするんだけど、読んでみれば、そうじゃないことがわかる。なんというか──世界を作るのが実に巧いんだよあな。エッチなんだけど、でもどこかキッチュだったり、もの悲しかったり、かと思えば滑稽だったり。日記とはいっても、極めて上質な短編小説の連載を読んでいる気分だ。
 お店にやってくるM男さんたちの話。一緒に住んでいる恋人(同性)の話。生活の中で、ふと感じたこと。家族のこと。あまりに自分のいる世界と違いすぎて、ただただ圧倒される。それも「すげえなあ、こういう世界があるのかあ」という圧倒では決してなくて、この著者の持っている世界観に圧倒されるのだ。
 具体的なSMのワザ(?)なども頻繁に登場するもんだから、つい「へえ」と面白く読んでしまうんだけど、軽い気分で楽しんでいるといきなり横っ面を張られるような、油断のできないところに満ちている。笑わせ、「そうそう!」と納得させ、「へえ!」と驚かせ、ホロリと泣かせ、しみじみさせる──それを全て編み込んだ一枚の布のような、光を当てる角度で七色に輝く布のような、そんな日記。まぶしいピンクもあれば、その裏には陰になったモノクロの部分もある。そしてそれを「日記」でやってのける。すごいなあ。長編小説を書いてみて欲しいなあ。なんかトンデモナイものが書けそうな気がするんだけど。
 まあ、これはつべこべ言わずに読んでみてくれ。
 あ、それと、ネットの日記には必ず出てくる「お約束」の話題もある。失礼なメール、失礼な読者への鉄拳だ。これが気持ちいいったら! 見知らぬサイトオーナーに気軽にタメ口メールを出しちゃうあなた、一度ナオさんの鉄拳を受けるが良いわッ。 (04.5.10)《詳細情報&注文画面へ》 

漱石先生とスポーツ・出久根達郎(朝日新聞社)

 文豪と言えば、神経質で体が弱くて、常に室内にこもっているイメージがあった。ところがところが、夏目漱石、正岡子規などなど、明治・大正・昭和の文豪は意外とスポーツマンだったのだ。これは、そういう文豪たちがスポーツについて書いた文章をもとに、文豪とスポーツの関わりに焦点をしぼったエッセイ集である。
 内容は3部に分かれている。【漱石先生とスポーツ】では、タイトル通り、漱石一門にまつわるスポーツ話。正岡子規が大のベースボール好きだったのは有名な話。野球殿堂入りしてるくらいだもの。自分の本名「昇」にひっかけて、雅号を「能球(のボール)」としていたし。ダジャレじゃん(笑)。漱石も大学時代は器械体操の名手だったんだそうな。へえ。観戦するのは相撲が好きで、一門の若者と議論したりもしている。その様子が、実に臨場感溢れる筆致で書かれている。楽しいなあ。高浜虚子と相撲観戦にいき、「筋肉が美しい」ってなことを書き残したりもしてるのである。日本で書かれた野球小説第一号は、正岡子規の「山吹の一枝」なのだそうだ。おお、読みたいっ。
 第2部は【スポーツのさわり】。小説、エッセイに出てくるスポーツの話を紹介しつつ、短いエッセイにまとめたもの。といってもそこは出久根氏なので、昔の本ばかりだ。船戸与一の
「蝕みの果実」(この本は面白いよ!)が入ってるが、この一冊だけが妙に新しく思われる。そんな具合。あとは、それこそ漱石の時代かその前後が中心だ。しかし小説のみならず、久保田万太郎のエッセイ、柳家金吾楼の落語、児玉花外の詩などなど、その出典は実に幅広い。これほど昔から、スポーツについてあれこれ書いてるものがあったんだなあ。
 そして最後は、中編【オリンピックと二人の作家】である。これは読みごたえがあった。オリンピック出場経験を持つ作家・田中英光の「オリムポスの果実」を取り上げ、その主人公が田中自身であるのは勿論のこと、他のモデル探しをしているのである。田中(小説内では坂本)はボートの選手だったが、競技自体の描写は殆どないという。物語は、その往復の旅程が中心だ。なんせ時代は戦前。アメリカまで船で行くわけで、その船上でほのかな恋が芽生えたりする、そんな話。時代の香りも豊かだが、さすが出久根氏、目の付け所が違う。彼が最初に気にしたのは、「主人公が旅のお供にと古本屋で購入した啄木の『悲しき玩具』は、初版だったんだろうか。だとしたら随分高価なはずだが」──やっぱ古本屋だねえ(笑)。 (04.5.14)《詳細情報&注文画面へ》 


書評リストに戻る