「それでも、警官は微笑う」のあのコンビが帰ってきた! 前作に描かれた事件がきっかけで蒲田署刑事課に異動になったキチクこと武本。彼は警察署の受付で「隣から変な声が聞こえる」と訴えてきた女性の話を聞く。男性の一人暮らしのはずなのに、幼い少女の助けを呼ぶ声がするというのだ。相棒の和田とともに現状に向かった武本がそこで見たものは──。
珍プレー殺人事件・川上健一(集英社文庫)
プロ野球チーム、東京ビーバーズの調子はイマイチ。負けた翌日、試合前にワンマンオーナーがロッカールームに現れ、首脳陣や選手に怒りをぶちまけた。中でも5人はオーナーじきじきに部屋に呼ばれ、それぞれに叱責を受ける。そして試合開始。ところがオーナーの死体がロッカールームで発見された。容疑者は叱責を受けた5人に絞られたが──。
深川駕籠・山本一力(祥伝社)
深川の駕籠かき・新太郎と尚平。新太郎はもともと大店の息子だが勘当され、尚平は房総で相撲をとっていた事情があって江戸に出てきた。そんなワケありの二人が、長屋の差配のつてで始めた駕籠かき仕事。その仕事のさなかに、いろんな出来事があって──という連作人情話。主人公二人は武骨なんだけど、周囲を固めるメンバーがイキな江戸っ子なんだよね。この連作の主人公は新太郎と尚平じゃなく、周囲の人なんじゃないかしら。
四国は讃岐の風見藩。2万5千石という吹けば飛ぶよなこの小藩に、江戸から幇間の一八がやってきた。何気なく城下町を歩いていると、すれ違う人がみなビックリしたような顔でこちらを見る。田舎だから余所者が珍しいのかと思いきや、彼が目立っていたのにはある突飛な理由があった。ひょんなことから知り合った冷や飯食いの数馬と一緒に、一八はなんとも呑気なお家騒動に巻き込まれることに──。
四国は讃岐の風見藩。2万5千石という吹けば飛ぶよなこの小藩に、陸奥磐梯藩五十万石から姫君がお輿入れすることになった。この釣り合わない縁組みは何のため? 聞いたこともない小藩に嫁いできたのは、おちゃめでやんちゃなめだか姫。ところが風見藩の江戸上屋敷は何かと窮屈で、ついにめだか姫は腰元にばけて屋敷を抜け出す。それがはからずも風見藩江戸上屋敷の隠された謎を解く第一歩になった──。
面影小町伝・米村圭伍(新潮文庫)
小さい頃から色黒のやんちゃ娘だった谷中の茶汲み娘・お仙は、年ごろになると見違えるほどの美女へ成長した。絵師・春信により錦絵にも描かれて評判になったお仙だが、しかしお仙の正体はくのいち。顔が有名になっては困るのだ。そんな中、江戸にもうひとり、評判の美女が現れる。ところがこの美女、実はお仙と妙な縁があって──。
父と暮らせば・井上ひさし(新潮文庫)
井上ひさしによる戯曲(お芝居の台本)。登場人物は父と娘、舞台は昭和23年の広島。娘の美津江が雷に怯えて家に駆け込んでくるシーンから始まる。昔は雷なんか怖くもなんともなかったのに、原爆以来、あの「ぴかっ」と光るのが苦手になった美津江。父親・竹造は、娘に好きな人ができたことに気づき、「恋の応援団長」を買って出る。しかし美津江は、あの原爆でたくさんの親しい人を亡くしており、「自分だけ幸せになるわけにはいかない」と、自分の恋ごころから目を背けようとする──。
江戸職人綺譚・佐江衆一(新潮文庫)
江戸の職人をモチーフにした、「職人魂」が主人公の短編集。それぞれ異なる職を選び、それがどのような仕事なのかが分かるのが楽しい。物語としては人情話が多いけれど、もっと職人のテクニカルな面が強くても面白かったかもな。
「江戸職人綺譚」に続く、様々な職人を主人公に据えたシリーズ第2弾。こっちの方が好きな話が多いかもっ。
女性小説家が失踪した。残されていたのは一編の小説。そこには、自分が子供の頃に誘拐され、1年にも及ぶ監禁を強いられていたことが綴られていた。失踪のきっかけは、その当時の犯人が22年ぶりに釈放され彼女に手紙を出してきたことらしい。稽古事の帰りに拉致された小学校4年生の少女に、いったい何が起こったのか──。
そして、警官は奔る・日明恩(講談社)
うわぁ、やっぱこのシリーズは面白いなあ。初手から「いまどき」の事件で読者をしっかり捕まえる。そこから派生する、より大きな問題──困っている子供に手を貸し助けることが現行の法律では犯罪になってしまうというジレンマが、ディーテイルも充分に描かれていく。息をもつかせぬ展開に、ページをめくる手が止まりません。分厚い本だけれど「一気読み」させる力が充分。つか、途中で休めないよ、これ。それほどまでに吸引力がある。
それはひとえに、描かれる事件の魅力(<犯罪行為なんだから魅力という表現もどうかと思うが)・キャラクタの魅力・ストーリーテリングの魅力という3つの魅力の相乗効果によるものだろう。描かれる事件はとても切ないし、辛いし、できることなら目を背けたい現実だ。こんな事件を微に入り細を穿って描かれると、それだけで気分がよどんでしまう。けれどそこに、武本や潮崎のくすっと笑えるようなシーンを入れたり、意外な法律の穴を示唆して読者を驚かせたりなどによって、辛い事件の息抜きをさせてくれる。結果、読者は事件の表面的な辛さのみではなくその向こうに何があるのか彼らと一緒になって考え、悩むことができる。事件をどう解決するかではなく、なぜこんな事件が「起こらなくちゃならなかったか」を考えさせられる。
登場人物ひとりひとりにバックグラウンドをきちんと与え、肉付き豊かに(ともすれば多分にドラマチックに)描き込んでいくのがこの著者の手法だが、今回はそれが巧く機能しているんだよなあ。武本、潮崎はいうに及ばず、「冷血」とあだ名される和田も、「温情」で名高い小菅も、そして子供たちを助けようとする人々も、それぞれのバックグラウンドが姿を変え異なるルートをとりながらも物語のテーマへと収斂されていくのである。まあ、だからこそ、この結末は辛いんだけどさ。これは文句無しにオススメだ。
そうそう、前作でも潮崎のミステリマニアぶりが楽しかったが、今回は「F県警の朽木、楠見、村瀬」が出てきたよ! 笑った笑った。なんかもう、すっげえ嬉しいっ。潮崎の読書の好みって、あたしとモロ同じなんだよなあ。次は彼、何を読むのかしら(わくわく)。
(05.7.7)《この本の詳細情報&注文画面へ》
てなふうに書くと野球ミステリに見えるけどもさ、これっていわゆる「ユーモア小説」なわけですよ。ドタバタっていうか、ギャグ漫画っぽいっていうか。だから謎解きももちろん「論理」とか「リアリティ」とか「実効性」なんかはカケラも無い。ただひたすら、おもしろおかしく「ユーモア小説」が展開されるってタイプの話。
んだけどさあ……まあ、ここからは100%あたしの好みの話なので、決して一般化はできないんですけどね。どうしても苦手なんだよね、この手の「ユーモア小説」ってやつが。たとえば主人公のピッチャー・三野田。彼は自分勝手で、勝てば自分の手柄、負ければキャッチャーのリードが悪いせい。自分のコントロールが悪くてど真ん中に入っても、キャッチャーがど真ん中を要求したんだと嘘をつく。キャッチャーが否定しようとすると殴る。こういう手合いを「面白いキャラクタ」として描くのが「ユーモア小説」なんだよね。でもさ、面白くも何ともないと思うのよ。こういうやつ、実際にいたら腹立つだけじゃん。それなのに、どうしてこういうキャラが「ユーモア小説」ではまかり通るのかなあ。そこからして受け入れられない。その主人公キャラが受け入れられないんだから、物語そのものも受け入れられないのであった。
でも、これって例えば漫画で言えばパタリロなんてこういうキャラだよね。漫画ならまだ許容できるのよ。絵によって「ジョークなんだよ!」と主張してるから、こっちもそのつもりで読める。ところが小説の場合、その境目がない。「ジョークなんだよ!」と言われてるのは分かってるけど、文字だけという体裁は真面目な物語と同じわけで、ついついこっちもマジに読んでしまうのよね。うーん、これはもう相性というしかない。あたしは「こういうやつが実際にいたら腹が立つ」という観点で読んでしまうので、「あくまでもフィクション」と割り切ってメチャクチャなキャラでも愛して読める人なら大丈夫なのでしょう。
(05.7.7)《この本の詳細情報&注文画面へ》
【菱あられ】は二人の顔見せのようなエピソードだけど、駕籠かきっていう仕事が具体的にどういうものなのかよく分かる。ついで【ありの足音】では遠出をさせて二人の脚力を更にアピール。
前半の山場は【今戸のお軽】だ。酔っぱらいのお嬢さんを拾って届けたら、ヤクザの大親分の娘だった。ここで二人はヤクザと繋がりができるのみならず、おゆきという女性にも出逢って、後半に大きく関わってくる一編。感心したのは、ある客が二人の駕籠に乗るシーン。駕籠というのはかき手二人だけで走るのではなく、客も駕籠に合わせて身体を動かすことにより、ぐんと走りやすくなるのだという。「たいした走りだ、感心したよ」「お客さんもてえしたもんだ。久々に気持ちよく担がせてもれえやした」っていう会話は、なんともイキでカッコイイなあ。
【開かずの壺】では早速親分とおゆきが活躍するし、【うらじろ】では因業だと思っていた差配さんの真の顔が浮かび上がる。ここいら、短編ごとに趣向が違って、面白いんだけどちょっと統一感がないんだよなあ。
そして【紅白(めおと)餅】、これがこの本の白眉でしょう。ひょんなことから町飛脚と駆け比べをすることになった新太郎。その話が次第に大きくなり、ライバルの千住の駕籠かき・寅や、火消しの辰を巻き込んで、4人での駆け比べとなった。それを賭けの対象にしようっていうイベントまで起こってさぁタイヘン。さらにはそれを邪魔しようという同心もいて──。この「走るのが仕事」の4人で駆け比べをして、江戸庶民がそれに賭けるっていうのがなんともエキサイティング! 走る4人のまたカッコイイことと言ったら! 応援する尚平がまた健気でさあ。
【みやこ颪】は新太郎が罠にかけられ大ピンチ。でもけっこうあっけなく解決しちゃって、ちょっと肩すかしな気分。
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風流冷飯伝・米村圭伍(新潮文庫)
うわはははは、これ楽しいっ! 読んでてすごく楽しいよ! そして時々ちょっとシンミリさせられたりして、ラストは爽快で、なんとも暖かい時代小説。
この作品のキーワードである「冷や飯食い」ってのは、武家の次男三男以下のこと。武士の家に生まれれば皆武士だと思われがちだけど、その家の禄を継げるのは長男だけなんだよね。武士の子だからって皆が武士としての働き口があるわけじゃないのだ。じゃあ次男以下はどうするか。息子のいない武家に婿に入って、その家の禄を継ぐしかない。でなければ、一生「兄上の禄で養ってもらう扶養家族」でいるしかないのだ。早い話が居候で、当然肩身も狭くって、つまりは「冷や飯食い」なわけ。
この藩の冷や飯食いたちの描写がいいのよ。自分たちが穀潰しだってのは分かってるけど、婿の口を待つ以外にすることがないから、何もできないのね。だから日がな一日、他人の邪魔にならずに無難に過ごすことを考える。切ないんだけど、でも飄々としてて呑気。でもやっぱりちょっと辛くて、いたたまれなくて。数馬には実は秘密があって、それなりに楽しくやってるんだけど、数馬の友人である冷や飯食いたちは皆、ちょっと切ない。
そんな藩で起こった、ある騒動。なんと新たな役職が増えるってんだから、冷や飯食いたちは大張り切り。ところがその役職には将棋の腕が要るってんで慌てて城下では将棋が大ブームとなるんだが、なぜ将棋? そこに大きな陰謀──というより、トボけた陰謀があったのだ。いやもう、トボけてるようで、実は練りに練られた構成に舌を巻くよ。
ですます調の語り口調が、そのまんま落語を聞いてるような心地よさ。各章のタイトルがちょっと笑える川柳になってるってのも気が利いてるし、小粋でコジャレた文体は実にするすると目に入っていく。文章も台詞も物語もテンポが良くて、読んでてホントに楽しい。これはオススメ。時代物が苦手な人でも大丈夫じゃないかしら。
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退屈姫君伝・米村圭伍(新潮文庫)
きゃーん、めだか姫、可愛いっ! 風見藩といえば「風流冷飯伝」の舞台であり、これももちろんそのシリーズなのだけれど、共通するキャラクタはごくわずか。それもちらっと名前が出てくるに過ぎない。ただ舞台背景は同じなので、「風流冷飯伝」で語られた風見藩と江戸城の確執なんかはこの物語でも生きてるわけだ。
この風見藩江戸上屋敷に伝えられる6つの謎を、めだか姫が順に解いていくという趣向なんだけど、藩の謎を解いてるつもりがいつの間にか藩お取り潰しのピンチに巻き込まれてしまう。少ない味方で知恵を絞って、その陰謀に立ち向かうめだか姫! やんややんや(拍手)。
シリーズだけあって、章タイトルが川柳だとか、語り口が落語みたいだとか、そういうベースは前作を踏襲している。これがまず読みやすい。楽しい。そして今回は、内容が更にアクティブになっている。秘技を持つ手練れのくのいち少女・お仙や、気が弱い幕府隠密のお庭番・倉地、殿様の弟(つまり冷や飯食い──大名家にだって婿入り先を探す冷や飯食いはいるのよ)時羽直光、それに侍女の諏訪や将棋の師匠・天童などなど、個々のキャラも秀逸。輪を掛けて、めだか姫が秀逸なのよ。けれど魅力はキャラだけじゃない。むしろこの構成にある。
いっそ漫画ちっくなまでの時代コメディで、でもそこには政治の実権を握る田沼意次のイカニモな策略があったり、それを更にひっくり返そうとする藩主たちの駆け引きがあったり、おまけに藩の謎解きはなかなか凝ってるして、この構成の巧みさには舌を巻く。ほわほわしたコメディ漫画部分5:硬派な時代サスペンス部分2:膝を打つ謎解き部分3って割合かな? いや、こんなふうには分けられないな、その3要素が渾然一体となってるのが魅力なんだから。硬派な時代サスペンスをほわほわした落語タッチでくるんだとでも言おうか。とにかく楽しくて痛快。前作と合わせてオススメだい。
(05.7.8)《この本の詳細情報&注文画面へ》
シリーズというのも気が引けるくらい、ゆる〜〜〜いリンクのこのシリーズ。お仙ってのは「退屈姫君伝」でめだか姫の片腕として活躍した少女忍者ですね。そうか、あのお仙が美人になったか。でもって春信という絵師に錦絵にされたか──って、ええええ?! それって、それって、実際にある鈴木春信作「お仙茶屋」のことじゃん! わぁ、谷中にある笠森神社の茶屋「鍵屋」の小町娘・お仙って、モロにこれじゃん。ってことは「退屈姫君伝」でお仙を出したときからこの構想があったってことかあ。わぁ。脱帽。
でもって美人へと成長したお仙が、顔が売れることで厄介事に巻き込まれるってのが今回の趣向。気弱な幕府隠密・倉地さまも大活躍だ。めだか姫は最後の最後でちょこっと出てくる程度。シリーズの縛りはホントにゆるいなあ。
だがしかし。今回はちょっと趣向が違うよ。落語みたいな語り口はなりを潜め、けっこうストレートな文体になってる。そして物語の中身としても……え、これって、山田風太郎?と問い返したくなるような、「えええ、そんな方向にいっちゃうの?」と確認したくなるよな……つまりは、やや伝奇風味なのね。怪しい忍術とかも出てくるしさ。前2作とははっきり毛色が違います。
物語の構成自体はとても凝っていて、一連の事件の背後にあるあっと驚く真相なんて(ホントにあっと驚いた)ミステリ好きならけっこう感心しちゃうくらいだと思うし、めちゃくちゃドラマチック。読んでる最中はもう、ハラハラドキドキですよ。前2作の呑気なテイストはどこへやら。最後の措置なんてイキだけど切なくて、良いんだよなあ。
ただ、後半、お仙を見舞ったある出来事については……う〜〜〜ん、それを是とするか否かで評価は大きく割れそうな作品だなあ。あたしは、こういうの嫌いではないけれど、でもこのシリーズでやるのなら、もちょっと身近なところで「現実的な」展開であって欲しかった気がする。お仙自身の問題より、そのきっかけが超常現象っぽいものだったのがヤなのよね。ま、好みの問題でしょうか。スペクタクルって面ではシリーズ随一だし。
(05.7.9)《この本の詳細情報&注文画面へ》
読み始めてすぐ、ところどころで「あれ?」とひっかかる台詞がある。「何のことを言ってるんだろう」と首を傾げるところがある。それが読み進むうちに、ある一文(というか一言)で「ああ、そういうことなのか!」と腑に落ちる。日本語として、すごくヘンな箇所があるのだ。でも、ある前提にたってみれば、それは極めて正しい日本語になる。その前提が腑に落ちたときに、この物語の設定が分かるのである。
……っていうかさ、これ、舞台では最初から明らかにしてたのかしらね。あたしは戯曲で読んでるから途中で明かされた感じで「あっ」と思ったけど、舞台ではひょっとして自明の演出がされてるのかしら。
それはともかく。その「あっ」が何かというのを書かないまま、この物語の魅力を紹介するのはすごく難しいんだよなあ。「あの人が好き」「みんな死んじゃったのに、あたしだけ幸せになんてなれない」という一人の女性の二律背反。彼女が背負ったものは、自分だけが生き延びたという罪悪感だった。彼女が原爆のあとで、親友のお母さんに会ったとき、そのお母さんが彼女に投げつけた言葉は胸に突き刺さった。
原爆という、自分には何の責任も咎もないことで、ただ生き残ったというそれだけで、抱えきれないほどの罪悪感に苦しめられる美津江。父親は、そんな娘をどのように救うのか。肝心な部分をあかせないために隔靴掻痒の紹介しかできないけれど、これは魂の再生の物語である。
──あっ! せっかく書かないように苦労したのに、文庫の裏表紙にも楽天の内容紹介にも、あたしが隠そうとしたことが思い切り書かれてるじゃん! きいっ。
(05.7.12)《この本の詳細情報&注文画面へ》
【解錠綺譚 錠前師・三五郎】いろんな趣向を凝らした錠前を作る三五郎は、ある日用向きも告げられないままとあるお屋敷に案内され──。おお、今で言う「鍵師」だねっ。暗号鍵なんてなんとも見てみたいなあ。
【笑い凧 凧師・定吉】自分を捨てて、他の凧師のもとへ走った妻を取り戻すため、定吉は喧嘩凧の勝負を挑むが──。どうしてこの時代の物語では、「当の妻の気持ち」が斟酌されないんだろうなあ。
【一会の雪 葛籠師・伊助】行き倒れの女が遺した古い葛籠。これも縁だと、助けた女はその葛籠を届けに行ったが──。ああこれもだっ。職人は自分の技のためなら女は道具みたいに捨てていいのかっ!
【雛の罪 人形師・舟月】ひな人形が持っていた太刀で喉を突いて子供が死んだ。そこにあった事情とは──。このお奉行様のお裁きがなんとも粋で喝采。
【対の鉋 大工・常吉】茶室の普請を任された常吉は、一世一代の仕事と心を込めて打ち込むが──。これもラストがいいよお。嬉しくも照れてるおじいさんが目に浮かぶようだ。
【江戸の化粧師 化粧師・代之吉】化粧師の代之吉がたまたま見かけた貧乏な女。化粧映えのする顔だと思った代之吉は──。うわぁ、切ないなあ。双方の気持ちがどちらも手にとるようにわかるよ。このラストの救いのなさといったら!
【水明り 桶師・浅吉】舟で客を取る夜鷹は、望みを訊かれて「据風呂に入りたい」と呟いた──。ちょっと趣の違う、ポエティックで滋味溢れる掌編。
【昇天の刺青 女刺青師・おたえ】寿命が残りわずかな老刺青師は、娘にその技の全てを教え込んだ──。ラストシーンはまるで映像を見ているかのような迫力。
【思案橋の二人 引札師・半兵衛】隠居した武家が第2の人生に選んだ仕事とは──。夫の変化を妻が鋭く指摘するシーンなど、実に巧い。うなぎのくだりは、実際は平賀源内だよね?
(05.7.24)《この本の詳細情報&注文画面へ》
続・江戸職人綺譚・佐江衆一(新潮文庫)
【一椀の汁 庖丁人・梅吉】同じ店で働くライバルとしのぎを削る梅吉。その競争の果てにあったものは──。ああああ、切ない。でも再会した彼女は男ほど過去を引きずってはないんだよな、ってのがよく分かる。
【江戸鍛冶注文帳 道具鍛冶・定吉】渡り大工から注文を受けた定吉は心を込めて仕上げるが──。「年ばっかりとっちまったが、火と鉄と玉鋼、それに泥と水と木のほかは、なんにも知らねえよ」ってのがカッコいいなあ。
【自鳴琴からくり人形 からくり師・庄助】南蛮渡りのからくり自鳴琴を作って世間を惑わしたとし、手鎖五十日の刑を受けた庄助。しかし同心の黒田は次第に彼と親しくなり──。最後に庄助が作った作品が、なんとも深い皮肉が効いてて印象的。
【風の匂い 団扇師・安吉】団扇職人の店に奉公にあがった安吉。藪入りには母親に自作の団扇を届けようと頑張るが──。不思議とこの母親を責める気にはならないなあ。
【急須の源七 銀師・源七】源七のところに、銀を使った凝った意匠の急須を作るよう依頼が来た。それは源七の主義に反することだったが──。これ、はっきりとは書かれてないけど、「座禅する蛙」の急須を作ったのってもしかして……と思わせるところが良いにゃあ。
【闇溜りの花 花火師・新吉】盲目の按摩が語る、ある花火師と女掏摸の恋物語。この語り口がなんとも素敵。
【亀に乗る 張型師・文次】文次の妻は、ある日物入れの中からヘンな鼈甲細工を見つける。それは男性の身体の一部を象ったもので、大奥のお女中衆が慰みに使う代物だった──。うわあ、こんな仕事があったのか! や、まあ、そりゃモノがあるんだから職人だっていたはずだよなあ。
【装腰綺譚 根付師・月虫】武士の身分を捨て、根付を作ろうとする一人の男。最初は店主からもあしらわれていたが、次第に──。わああ、このあとどうなったのか知りたいっ。ここここんなところで終わるとはっ。お仙の気持ちが切ないなあ。
(05.7.25)《この本の詳細情報&注文画面へ》
残虐記・桐野夏生(新潮社)
「残虐記」というタイトルを見て、そして「幼女監禁の被害者だった」という設定を知れば、残虐なのはその犯人のことであり犯罪のことであろうと誰もが想像するだろう。しかし、違った。ここで著者が「残虐」と称したのは、被害者と加害者を除くすべての人のことだった。当事者以外のすべての人が、仕事であれ好奇心であれ何があったのかを「想像する」ことだった。それこそがここで描かれる「残虐」だ。
そしてもうひとつの「残虐」がある。彼女自身の「想像」である。誰よりも強く激しく「想像」したのは、救出されたあとの彼女本人であり、その想像は部外者のそれを超えて残虐だった。「こちら側」から彼女を眺めるしかできない読者たるあたしは「不健康だよ、やめようよ、忘れようよ」と言いたくて仕方なかった。けれど彼女は「想像」することによって、闘っていたのだ。周囲とも、そして自分とも。それは克服というような美談めいたものではなく、怒りの発露だ。静かで、冷ややかで、けれども激しい怒りの発露だ。そしてその怒りの矛先は四方八方に向いていた。他人にも、そして自分にも。
主人公である作家が、なぜ今の生活を捨てて突如失踪したのか。それは「想像されること・想像すること」からの逃亡ではなかったか。加害者と被害者なら、そこにあるのは共通の経験だけだ。想像の入り込む余地はない。もしかしたら彼女は、事件から20年以上が経ってようやく、自分を解放するすべを見つけたのではないだろうか。彼女が犯人のもとへ行ったという記述はないが、会わずとも、その様子を伺える場所にいるのではないかと勝手に夢想する。
しかしこの検事のキャラはいいなあ。主人公ももちろんいいし。こういう鋭さと歪みを併せ持つ人物を描いたら、桐野夏生ってのはピカイチだね。
(05.7.28)《この本の詳細情報&注文画面へ》
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