じゃじゃ本ならし


泣きの銀次・宇江佐真理(講談社文庫)

 銀次は大店の長男だったが、妹が何者かに惨殺されたのをきっかけに「下手人は自分の手で捕まえたい」と思い、商家の若旦那という呑気な生活を捨てて岡っ引きになった。死体を見ると妹の最期を思い出して、その場で周囲が驚くほど泣き崩れてしまう銀次に、ついたあだ名が「泣きの銀次」。果たして銀次は妹の敵が討てるのか──。
 くうううう、切ない。やるせない。これは確かに捕物帖の体裁ではあるけれど、それよりは銀次とお芳のラブストーリーの側面が実に秀逸。岡っ引きの娘であるお芳は、母の死に目に父が仕事で帰って来なかったことを恨みに思い、「岡っ引きなんて大嫌い」という。けれど銀次と愛し合うようになり、長屋の一角で所帯を持とうとしていたその矢先、ある事件が起きるのだ。
 この事件、読者には先に真相が明かされているようなもので、だもんだからお芳に対して読者は(聞こえないと分かっていても)「お芳ーーーーっ、罠だぁ! やめろ、やめとけえええええ」と叫んでしまう。つか、教えておけよ銀次。一番大事なことじゃん。なんでそれをちゃんと家人に言い含めておかないかなあ。泣いてる場合じゃないだろーが。
 その事件のあとで、二人を襲う運命ったら。銀次の煮え切らねえことったら。思うに、銀次はお芳のことを気に掛けなさすぎっていうか、ものを言わなさ過ぎなんだよなあ。お芳も、自分だけで決めてしまいがちなんだよなあ。ものを言わない男と、自分ひとりで決める女。考えてみればコミュニケーション成り立つわけがねえ。妻になる女が出奔したのに3日も気付かない男ってどーよっ。
 ──てな感じで焦れったさに身悶えしつつ、物語の奔流である「下手人探し」もどんどん展開する。こっちの展開はまた、サスペンス&ミステリとしてもなかなか読ませますよ。欲を言えば、サスペンス仕立ての下手人探しと、銀次&お芳を襲った重大事件と、銀次&お芳のラブストーリーという3つの要素に、もちょっとリンクがあれば良かったかなあと思わないでもない。だけどこれは「伏線・命」のミステリ読みの発想かもな。
 そうそう、細かい江戸弁がなんともステキ。ありがちなべらんめえだけじゃなく、「いっつくらぁ」みたいな音便が出てくるのが、なんとも風情。市井の江戸弁ってやっぱカッコイイねえ。 (05.8.2)
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月ノ浦惣庄公事置書・岩井三四二(文藝春秋)

 時は15世紀半ば。長年、月ノ浦の村の土地だったはずの地所を巡って、隣村がケンカをしかけてきた。もともとは相手方の領地だったというのだ。争いはけが人を出す始末で、ついに月ノ浦の住民は公事(裁判)に訴える。しかしそこには、ある策略が──。2003年度の松本清張賞受賞作。
 最初、ちょっと時代背景が見えずに戸惑った。序章の冒頭には正長元年(1428年)とあるんだけど、「えーっと、それっていつ頃?」としばし悩む。とりあえず頭の中の年表をくって、「1467年、応仁の乱」というのを思い出す。ってことは応仁の乱より前で、ってことは室町幕府の足利政権時代か。意味もなく一休さんが脳裏を過ぎったり。時代ドラマ的にはエアポケットの時代なので、ベースとなる知識が何も出てこないよ! 土地争いに絡んで、村のことを「惣荘」と表現してることに気付き、「あ、荘園制度の時代か」と思い至る。それでようやく何が問題なのかがわかった次第。
 うーん、確かに物語を読んでいけば次第に背景やシステムは分かってくるんだけど、早い段階で、もちょっと解説して欲しかったなあ。確かに時代背景の解説ってのはともすれば物語の流れを削いじゃう危険がって、腕が試されるところではあるけど、でも宗教界が持ってる影響力とか、公家の力とかもさ、やっぱ時代がわかってるのとそうじゃないのとでは、理解度が違ってくるってもんじゃん?
 しかしいざ事が動き出すと、そこからは一気呵成。絵に描いたような悪代官と、その側女のたきが実に良いのさ。特にこの悪代官の憎々しいことったら。頭が良くて凶暴。たまらんキャラだなあ。村人たちも対抗はするんだけど、この時代の農民ってのが如何に弱いものか、ひしひしと伝わる。
 で、読者はずっと不思議に思い続けるのだ。「この悪代官、なんでここまでやるの?」と。その謎は最後に明かされ、それはかなりドラマチックではあるんだけど、もちょっと「なるほど!」と思える伏線が欲しかったかな。 (05.8.7)
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夢の畑でポチがなく・玉木正之(扶桑社文庫)

 1990年から91年にかけて著者が連載した野球エッセイをまとめたもの。内容は主としてスポーツジャーナリズム、プロ野球の親会社、応援団、それらを含めた日本のプロ野球のあり方などなどへの苦言なのだが──あのね、驚くよ。初出はもう今から15年も前なわけですよこのエッセイは。ところが、ここに書かれてる問題点や苦言は、1カ所を除いて(若者が日本プロ野球チームに入ることを最終目標にし、それより高レベルの世界に出ていかない、という話)すべて今でも当てはまるものばかりなのだ。例えば、2004年のプロ野球再編問題で噴き出した「巨人にぶらさがる他球団とマスコミ」論について、本書では15年も前に手を変え品を変え論じられている。換言すれば、その指摘は15年間黙殺され続けていたわけで。その他、特に一部の球団におもねるスポーツマスコミには辛辣だ。
 あとがきの冒頭にこうある。「プロ野球のあり方について考えると憂鬱になる。が、野球というスポーツについて考えると楽しくなる」──これは至言だ。そして実際、本書を読むと著者はマスコミや親会社やシステムに対しては怒っているけれど、野球そのものはホントに好きなんだなあということが分かる。同時に、高所から偉ぶって物を言うのではなく、一流アスリートへのリスペクトというものが全編に溢れている。だからこそ、辛口のコメントが多いにもかかわらず、読んでてすごく楽しいし気持ちが良いし頷ける。対象物への愛情とリスペクトは、ジャンルを問わず評論する上で必ず必要なものなのよ。
 中でもあたしが強く共感したのは、野球報道の場での女子アナの意義についてと、「つまんない試合、つまんないシーズンとは何か」について。その皮肉に感心したのは、夏の高校野球を「神事」に見立てた章(原爆忌を前夜祭とし、終戦の日に黙祷したあと行事がクライマックスに向かう。暴力や万引きなどの高校生らしい所行が連帯責任として忌避されるのは、彼らが鎮魂祭を司る稚児であるが故の純真さが求められるから)と、現在のプロ野球の問題を一気に解決できる素晴らしい私案(これには大笑いした。ぜひご自分で読んで笑って戴きたい)の箇所かな。なるほど、初出から15年経ってもいまだに同じ問題がはびこっているのは残念だけど、本書の内容が古びることなく楽しめるという点では良かった──のかな? (05.8.6)
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山桃寺まえみち・芦原すなお(河出文庫)

 山桃寺の前の道、つまり山桃寺まえみちにあるお祖母ちゃんの居酒屋を、現役女子大生の孫娘ミラちゃんが継いだ。そこに集まるのは、酒屋のムツロー、美人で不倫中の高梨と不倫相手の内海、高梨に片想い中の樽木、ミラの学友の由美子などなど。テキト〜に居酒屋を仕切るミラだったが、小さいながらも事件はけっこう次々と起こって──。
 なんということはない常連客のとの会話のゆったりしみじみなシーンと、ちょっとした事件のシーンの、そのメリハリが秀逸。そしてそれを構築してる、各人物のキャラクター造形がいいんだよねえ。例えば、こっちを見てもくれない高梨を一途に思ってる樽木の趣味が実は童話を書くことで、その童話がまた「感想を聞かれるくらいなら、まだ読んでないことにしたい」というような代物だったり。内海は優しいのと卑怯なののボーダーライン上にいるような不倫男だし。ミラの大学の財井講師に至っては、ひとりで盛り上がって甘い将来を妄想する、無害なストーカーってな感じだし。──こうして書くと欠点ばかりの人たちみたいに見えるけど、そういう人たちが集まって、時には笑ったり、時にはケンカしたりというそのバランスは、なんだかとても優しいものを感じる。ミラはそんな彼らを鬱陶しく思いつつも、けっこうキツくあしらいつつも、店に受け入れているわけで。
 彼らはいろいろ問題を抱えつつも、それを自分で受け入れ、自分の価値観に沿って自分の中に取り込んでいる。そういう意味では、事の善悪はさておき自分の中に価値観を求める「大人」だ。自足していると言っても良い。だから欠点があるように見えても、彼らの集まる居酒屋は楽しげなのだろう。そんな中で、ミラが本気でウンザリしたり腹を立てたりした母親とマサルの二人は、自分が望む反応を他人がしてくれることを期待する「子供」だ。
 それにしてもムツロー、いいなあ。和むなあ。いっそムツローとくっつくのが幸せってもんだよミラちゃん! あ、それと。グラナダポテト、美味しそぉ! (05.8.8)
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夏の約束・藤野千夜(講談社)

 マルオとヒカルはゲイのカップル。美容師のたま代は男から女になったトランスセクシャル。ヒカルの幼なじみで、売れない小説家で知的障害のある兄をもつ菊ちゃん。風当たりは無いわけじゃないけれど、それでも彼らは彼らの道を行く。肩肘張らず、ただ飄々と。芥川賞受賞作。
 これ、初出は1999年で、2000年1月の受賞なんだけど、今ならむしろ直木賞にエントリーされてても良いような作品だなあ。最近流行の、ふわふわ系というか飄々系というか本屋大賞系というか。何か大きな事件が起こるでもなく、上記のようなメンバーが、仕事したり食べたりデートしたりしつつ「夏になったらキャンプにいこうね」「えー、キャンプぅ?」「いいじゃん、楽しいよぉ」「そうだねえ」みたいな約束をする、という、言ってみればそれだけの作品。マイノリティを主人公にしてる割には、真正面からの問題提起も、分かりやすい葛藤も、ない。彼らは自分の嗜好やセクシュアリティを否定することなく、普通に暮らしている。好奇の目にさらされ、嫌な思いをすることもあるけれど、それでもとりたててドラマチックな展開になるわけでもなく、普通に仕事をし、デートをし、友達と会いながら、暮らしている。
 こういう登場人物を配した時点で、いくらでもドラマチックにはできたろう。でも著者は敢えて普通の生活を描く。まるで「何が違うの?」とでも言いたげな、ちょっと突き放した感じもあるかな。ヒカルが拗ねる様はよくある恋愛の一コマだし、マルオの下の階に住む岡野さんは不倫をしていた上に「予言ができる」なんて言い出す始末で、これだって普通じゃない。誰だって普通じゃないところはあるし、普通のところがある。
 途中、普段は性的な役割分担を憂うヒカルが、マルオと期限付きの同居をした際、炊事は全部自分がやると言い出す場面がある。それは性的役割では、というマルオにヒカルが「ポリシーとファンタジーは別」と返すシーンが印象に残った。うーん、これは深いなあ。ポリシーとファンタジーは別、かあ。
 尚、あたしは単行本で読んだけど、現在流通してるのは文庫版。でもって文庫版には、交番に婦人警官がいない謎を追う「主婦と交番」が併録されてるようです。しまった、文庫で読むべきだったな。 (05.8.11)
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網にかかった悪夢  影の探偵と根津愛四月・愛川晶(カッパノベルス)

 ぼくは十三歳。一昨年、母さんが死んでから、ぼくは祖父と一緒に暮らしながら小さな町の中学校に通っている。友達はいないけど、ウサギのナオがいるから淋しくない。そんなぼくが恋をした。相手は年上の女性。すごく綺麗な人なんだ。そして彼女の名探偵でもあった。ぼくの周りでは陰惨な事件が続いたとき、彼女はうちに来てくれて──。
 タイトルに「根津愛」って入ってるんだからもちろん愛ちゃんも出てくるワケですが、ここでは「ぼく」こと敦己クンが主人公。敦己クンのこともナオのことも、すごく優しくヒントを出してくれているので比較的早く見当がつく。だから、話運びは上手でぐんぐん読まされるんだけど、「でもネタはアレでしょう? それじゃあ《まんま》だし、インパクトないよなあ」てなふうに思っていたのだった。ところが! 物語終盤になって予想したネタが明かされて「ほら、やっぱり」と思った直後に、それまで全然気にしてなかったある「真相」が明かされたときにゃあ、「うわっ」とひっくり返ったね。きゃー、全然気付かなかった。そっかー。わぁ、言われてみればそうだよそこがおかしいよ。もしかして、あのあからさま過ぎるほどの伏線は、読者が真相っぽいものに到達した時点で満足して、それ以外を考えなくさせるためのミスディレクションだったのかしら。わぁ。まいりました。
 で、タイトルから考えるに、これはシリーズになるっぽいよね? ってことは、こいつが、この状態で探偵をやるってこと? それはまた……ちょっと楽しみ。
 ところで、これまで根津愛シリーズを幾つか読んできて、ミステリとしては相当にエキサイティングで好きなものも多々あったのだけれど、キャラ造形だけはどうにも好きになれなかったのだ。そのあたりは
「夜宴」の感想に書いてますが。が、こういうふうに視点が変わって、敦己クンの目を通して語られると、なるほど優しいし頼りになるし気が利くし、良い娘さんじゃん、と思えるから不思議。キリンさん視点で描かれるときみたいなワガママシーンがなかったからかな。 (05.8.14)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

金融探偵・池井戸潤(徳間書店)

 務めていた銀行が経営破綻したため、失業してしまった大原次郎。住んでいるアパートの大家が銀行から融資を断られた相談に乗っているうちに、いつしか「金融探偵」を開業することになってしまった。銀行や金融に絡むいろんなことが推理へ結びつく、業界ミステリにして一般にも馴染みやすいエンターテインメント。
 いやあ、これは面白い! 
「銀行狐」の時も思ったけど、この人はこういう短編が実に良いなあ。経済ミステリなんていうと小難しく見えるけど、このシリーズは普通のミステリに出てくるような事件や謎ばかりで、金融関連の情報をちょっとだけヒントになるという趣向なので馴染みやすい。ひとつひとつの短編のレベルも高くて、これはお勧め! このシリーズ、もっと出して欲しいな。
【銀行はやめたけど】銭湯の経営者が融資を断られた。事業内容には問題ないのに、なぜ? まずは状況紹介。
【プラスチック】運転中、和服の女性に衝突してしまった大原。慌てて病院に運んだものの、被害者は記憶混乱を起こし、どこの誰だかわからない──。これ、謎がどんどん深まる過程がすっごく魅力的。
【眼】角膜移植を受けたその日から、俺は幻覚を見るようになった。この幻覚は、もしやドナーの見た風景なのでは? わあ、ファンタジックでロマンチックでステキな話──だと思っていたら! これ、すげえっ。これ、イチオシ。
【誰のノート?】「持ち主に返して欲しい」という遺言付きで祖父が残した3冊のノート。書かれている内容から持ち主を捜す──。あ、これ、面白い。まさに安楽椅子探偵。わかった時には膝を打った。なのにこのオチはあんまりじゃないか──と思ってたら、そうかそうくるか。
【 】←タイトルがネタバレにつき秘す。もーっ、信じられない! このタイトル、これより前に収録されてる別の短編のネタバレになってるのよーー。最初から順に読んでいけば問題ないようなものだけど、本には目次ってものがあるんです! 目次を一度見て情報がインプットされたら、前の作品を読んでる最中で「あっ」と思うよこれ。このタイトル、文庫化の折りには絶対に改題して欲しいっ。せっかく中身は面白いのにぃ。
 その他、【人事を尽して】【常連客】の2編を収録。 (05.8.16)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

ICO 霧の城・宮部みゆき(講談社)

 角を持って生まれてきた少年・イコは、13歳になったとき「霧の城」にニエ(生贄)として送り込まれる運命を持っていた。イコは霧の城で出逢った少女ととにもなんとか逃げようとするが、彼らの前にはさまざまな魔物が現れて──。
 最初に謝ります。ごめんなさい。ホントごめんなさい。感想、書けません。何も書けません。あたしがこれを読もうとしたこと自体が間違ってたのよ。もともと「異世界ファンタジー」が大の苦手だというのに、「でも、宮部みゆきのなら読めるんじゃないかな」なんて甘いことを考えたあたしが間違ってたんです。鑑賞能力ゼロ・センスゼロのあたしは、たとえ誰が書いたものであってもやっぱりダメだったんです。宮部みゆきでダメなんだもんなー、ホントにあたしゃこのジャンルが苦手なんだなー。いやもう、まったく分かんなかったわよ、まったく着いて行けなかったわよ、あはははは。17年前に死んだ、明治生まれのお祖父ちゃんがサザンオールスターズの曲を聴いたとき「何を歌っちょるのか、さっぱりわからん」と言っていた、あの気持ちが今わかった。
 初っぱなから「いつだかわからない時代の、どこだかわからない場所でのお話」とあるのだ。それを見て「いつだよ! どこだよ! それくらい決めてくれよ!」と思ったあたしはやっぱりファンタジー音痴。そもそも、この世界のルールがまるでわからない。闇の女王とか、魔導師とか、いったい何のことなのかさっぱりわからないよぉ。「人間を石に変えてしまう女王」とか「宙を飛ぶ髑髏が噛みついてくる」とかってのも、それは解決されるべき事件なのか、最初からそーゆー物理の世界なのかがわからない。そーゆー物理の世界なんだとしたら、イコや村人の生活様式や価値観がまるきり「地球の中世ヨーロッパ」である理由がわからない。昼夜があるし日食があるってことは自転・公転してる天体なんだよな、ここは。ってことは、地球の物理で物語を読み進めて良いの? でも髑髏が飛ぶし人間は石になる。そんな突拍子もない世界なのに、たかが角があるだけで異端視されちゃうの? なんで?
 結論。あたしには異世界ファンタジーを鑑賞する能力がありません。「こっち側の人間が異世界に迷い込む」みたいな話ならここまでの抵抗はないのに、最初から異世界が舞台だとやっぱダメだ。なんでだろうなあ。 (05.8.17)
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夏の扉・周利重孝(水曜社)

 19歳の夏、バイト中のぼくのところに刑事がやってきた。親友の秀雄がコンビニ強盗の容疑者になっており、行方が分からないというのだ。その翌日、高校時代に付き合っていた前の彼女・遥香から連絡があった。ぼくは遥香と一緒に秀雄を捜すことにしたのだが、彼の失踪には様々な謎があって──。
 いかにも青春ミステリーという体裁。誰それのような、という言われ方は決して作家さんにとっては嬉しくないだろうけれど、読書の指針として例を上げるなら「樋口有介が書きそうな」モチーフと言えそう。モチーフだけですよ、文体が全然違うし、「似てる」というわけじゃないからね。海辺の気怠い雰囲気、セレブなホテルで出逢った飲んだくれの美しいマダム、はみだし者だけど親切で鋭い刑事、美人で気の強いモト彼女、心の傷を抱えたぼく。うーん、これでもかって感じの道具建てでしょ。
 ただ残念なことに、詰め込みすぎたのかな、どうにも散漫な印象になっちゃってるんだよね。謎めいたマダムや彫物師やヤクザ、そういった出てくる人たちがみなワクワクするほどクセがあるのに、もうちょっとつっこんで欲しいところで足踏みしちゃうもどかしさがあるの。ドラマを見てて大御所俳優が出てきたから期待したら、意外としょぼい役でびっくりみたいな感じ?<わかりにくっ。なんかね、すごくモッタイナイのよ。人物関係や人物造形をうまく掴めないまま「こんな繋がりが!」と言われるので、サプライズというより「そんないきなり言われても」という感想が先に立っちゃうのさ。巧く乗せてくれないっていうのかな、どうにもリズムが掴めない。読み終わっても「で、結局××はどうしたのかしら」みたいな不完全燃焼の部分が残っちゃう。ストーリーのコアになるものが何なのか、それがグラついてる印象。
 ただ、それは決して物語自体に瑕疵があるわけじゃない。文章と構成がやや荒いだけのような気がする。小道具の使い方なんかすごく上手だしね。構成がもっと洗練されれば、すごく面白くなるような気がするあな。これは次作に期待、でしょう。
 それにしても、通読して最も気になったのは……シェフの特製料理って何なんだよおおお! (05.8.20)
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消えた春 特攻に散った投手 石丸進一・牛島秀彦(河出文庫)

 戦前、佐賀商業に石丸ありと名を轟かせた剛速球投手・石丸進一は、家計を助けるために職業野球の名古屋軍(現・中日ドラゴンズ)へ入団する。名古屋軍のエースとして活躍していた石丸だったが、学徒動員で戦地へ。昭和20年5月、特攻隊として鹿屋基地から飛び立った。出撃前、同じ隊にいた法政大学野球部の同士と最後のキャッチボールをやり、「われ人生24歳にして尽きる」と墨書した白鉢巻を残して──。石丸投手の従兄弟である著者が描く、渾身のノンフィクション。
 戦火に散った野球選手は数多いるが、特攻隊として戦死したのは石丸進一だけだという。戦争がどうとか特攻がどうとかってのは今更何をか言わんや、「悲しい、切ない、可哀想」としか言えないのだが、本編はのちに映画になったというのが極めて納得できるくらい、「若くして散った青春」を示す多くのエピソードが集結している。なんかね、ノンフィクションを読んでる感じがしないのよ。よくできた青春小説を読んでいる気分になるの。
 佐賀商時代、書店ですれ違うだけで胸をときめかせた初恋。その相手がいるというだけで、軍隊の配属先に東京を希望する主人公。再会、そしてプラトニックな恋愛。自分が特攻隊になったことを隠し、彼女の家族と楽しい団らんを過ごす。けれど彼らも薄々と石丸の特攻を察していて──。もちろん戦時下の職業野球の話も出てくるんだけど、読んでいると、もうこの純愛のくだりがまるで映画を観ているようで。彼女との手紙のやりとりなんか、微笑ましくも切ない。こりゃ映画になるよ。もっとばんばんドラマになってもいいような物語だよ。メカの出てこない福井晴敏だよ。
 戦時下の野球がどのようなものであったか、特攻隊とはどのように編成され決定されていったのか、そのあたりの描写も実にわかりやすく興味深い。けれど最も興味深いのは、石丸進一自身の変化である。自分は死なない、野球をやりたい、そう言っていたはずの石丸が、次第に「自分で鬼畜米英を倒す、自分は長男じゃないから後顧の憂いなくお国のお役に立てる」と言い始めるのだ。けれど、恋人の住む東京が空襲に遭ったと聞けば軍紀を犯してまで駆けつける。そして出撃前にはキャッチボールをし、何かに怒りをぶつけるように、鉢巻きとボールを地面に叩き付けて飛び立つのである。
 彼の気持ちの底にあったものは何だったのか。「俺から野球ば奪いとったのは、どこのどいつじゃいっ!」──巨人に沢村栄治がいたように、中日には石丸進一という投手がいたことは、もっと知られて良いことだ。 (05.8.22)
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