じゃじゃ本ならし


藩校早春賦・宮本昌孝(集英社文庫)

 東海の小藩に、藩校が建つことになった。まだ少年の太郎左、仙之助、新吾は、その話に心躍らせる。けれどその影には陰謀あり確執ありで──。
 時代小説を無理にジャンル分けするなら、市井人情モノとお家騒動モノの二つに分けられるだろう。そして本書がどっちかと問われれば、まあ、後半には次第にお家騒動がメインになるんだけど──。それよりこれ、ジュブナイルじゃないのか? なんかめちゃくちゃ明朗なんですけど。筋建てもすっごくシンプルで。主人公の新吾、力と剣が自慢で大食い、勉強はからっきしダメという太郎左、頭は良くて気働きも良いけれど、いかんせん力と意気地のない仙之助というキャラ分けもジュブナイルだよなあ。この3人が、毎回いろんな事件(【学びて時にこれを習う】ではライバル道場とのいざこざ、【巧笑倩たり、眉目盻たり】では藩校建築現場での事故、【剛毅木訥、仁に近し】では隣のお姉さんのピンチ、【幸いにして免るるなり】では勉強が出来ずに居残りした挙げ句の事件、【誰か学を好むとす】では不出来な兄の片想いなど)に巻き込まれ、大騒ぎしながらも一件落着。って、これって、これって……。
 「ズッコケ三人組」じゃん!──と思ってしまったわい。マジでそんな感じなの。エピソードとか場面転換のきっかけとか3人の絡みとかが。でもちょっと色っぽい部分もあったりして、対象年齢はどのあたりなのか悩みつつ読んだわよ。配役はハリ・ポタにも通じるかな。つまりは、「明朗青春小説」なんだなあ。爽快っちゃあ爽快だけど、ぜんぜん物足りないわよっ。
 ただ、上にも書いた通り、最初はシンプルでホントにジュブナイルみたいだったのが、次第にお家騒動がメインになってくるあたりからやや読み応えが増してきた。【知者は水を楽しむ】【君子は下流に居ることを悪む】あたりになると、ズッコケ三人組の要素は残しつつも、彼らが立ち向かうべき相手というものが次第にはっきり見えて来るのだ。そしてそれは小藩のお家騒動へと繋がり、ズッコケ三人組は──じゃなくて、太郎左、仙之助、新吾は事件に対峙し、考え、自らの正義と信じるものに従って行動する。何より、仙之助のお母さんが良いのよ!
 終盤になってやっと面白くなってきたのに、総体としては全然食い足りないわよ、というのが正直な気持ち。でもね、でもね、ここでやめないでホントに良かったの! なんとなれば、本書の続編
「夏雲あがれ」がすっごく面白かったんだもの! ということで、「夏雲あがれ」の感想をどうぞ。 (05.9.5)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

夏雲あがれ(上下巻)・宮本昌孝(集英社文庫)

 「藩校早春賦」の3人の少年剣士も、今や二十歳。太郎左は剣術大会の藩代表として、仙之助は藩のお役目で、それぞれ江戸に上ることになった。親友二人と離れる寂しさを感じつつ見送った新吾だったが、折りも折り、お家乗っ取り騒動が再勃発。そしてひょんなことから新吾も江戸に上ることになり、戦いの舞台は江戸へと移る──。
 わぁ、悩ましいなあ。これ、すっごく面白いのよ。ただ「藩校早春賦」でのエピソードが下敷きになっているので、本書だけ単独で読むとイマイチ繋がりの分からないところが出て来ると思う。かといって「藩校早春賦」から読むと、先の感想にも書いたように「物足りないなぁ」とばかりに続編を読む気にならない可能性が……。いや、そこは好き好きですけどもさ。でもホントに「藩校早春賦」でやめなくて良かった。それほどまでに面白かったわよ。
 今回はうってかわって長編。主人公のズッコケ三人組(だから違うって)も二十歳になって大人になったことと、前半は新吾のみの話だったことで、キャラよりも物語全体の構成に筆が割かれ、一気に「大人向け」の筋立てになってように見える。と言っても全然込み入ってなく(なんせ明朗時代小説ですから)、時代ものに慣れてない人でもするっと物語に入っていける間口の広さがあるのよ。
 藩主の暗殺を企てるというお家を揺るがす陰謀と、それに対峙する少年たちという構図は同じだけど、なんと言っても最大の読みどころは、「殿の暗殺計画とは、どのようなものなのか?」ってところ。殿様のスケジュールを吟味してみると、襲撃が可能なのはわずかな機会しかない。なので、そこはきっちり防御する。でも敵はけっこう呑気。こんな完璧な警護の中で、どうやって殿を襲うというのか──。それが分かった瞬間、「あっ!」と声を挙げたね。伏線、あったじゃん! 確かに伏線があったじゃん! わぁ、これはミステリとしても膝を打つよ。この方法がいきなり出てくれば「突拍子もない」と言われかねない手法だけど、読者がそれを納得できるようにちゃんと種が蒔かれてる。その上で、新吾たちが果たして刃傷の瞬間に間に合うかというサスペンス。ひとつひとつの事象が絡み合って終幕へ向かうカタルシス。後半はもう、ページをめくる手がとまりません。うん、これはお勧め! (05.9.6)《上巻の詳細情報&注文画面へ》《下巻の詳細情報&注文画面へ》  

本牧亭の鳶・吉川潮(新潮社)

 「色物」と呼ばれるお笑い芸人たちを主人公にした短編集。著者はもともとお笑いの世界に造詣が深く(というか、専門なのか)、芸事をテーマにしたノンフィクションや評論、ガイド本も出されている作家さん。どれも切ない話ばかりで、お笑いという明るい世界の裏側にある、哀しみや苦悩を描いている。タイトルにどれも鳥が入っているあたりも凝ってるな。尚、物語はフィクションだが、1作を除くすべての短編に「モデル」が存在する由。
【九官鳥】声帯模写の芸人がテーマ。モデルは丸山おさむ。わーーー、こういう芸人さんて、素人が想像する「古いタイプの芸人」そのまんまだなあ。奥さんが可哀想だよぉ。古いタイプの芸人さんの辛い日々が、すごく伝わって来る。
【借金鳥】コンビコントの芸人がテーマ。モデルはコント・レオナルド。コンビを解散し、相方に死なれた男が、別の男と新たにコンビを組む話なんだけど、コント・レオナルドをモデルにしたと聞いて「え、熊さんってこんな男だったのかあ?」とのけぞってしまった。でもモデルが誰であっても関係なく、この一編は佳作。特にラストの味わいがいい。
【カラスの死に場】百面相の芸人がテーマ。モデルは波多野栄一。老齢の百面相芸人が、どうせ死ぬなら舞台でホントに死んでやると画策する物語。
【梟の男】トリオ・コントの芸人たちがテーマ。これは誰がモデルというよりも、ホントに戦後のコント史をそのまま書いたノンフクションらしい。知ってる名前がいっぱい出てくるよ! 昭和の色と温度に満ちた演芸史。
【老鴬】お囃子さんがテーマ。これだけモデルがいないんだそうだ。昔、寄席でお囃子の三味線を弾いていたお囃子さんが、急にいなくなった。年月が経って、当時のプロデューサーがその女性と再会する物語。
【本牧亭の鳶】講釈師と下足番がテーマ。ここに登場する本牧亭と下足番の中村勝太郎は実在するのだそうだ(主人公の講釈師はフィクション)。閉館が決まった本牧亭と、ずっと本牧亭の下足番をしてきた老人が、若い講釈師の視点で描かれる。勝太郎の一生がしみじみと胸に迫って来る。なんかね、川谷拓三氏が存命なら是非演じて欲しいような、不器用で木訥だけど心に感謝を秘めた、そういう老人の物語。
(05.9.5)
《この本の詳細情報&注文画面へ》(絶版) 

42.195  すべては始めから不可能だった・倉阪鬼一郎(カッパノベルス)

 「三流に近い二流」のマラソンランナー、田村の息子が誘拐された。犯人からの要求は金ではなく「東京グローバル・マラソンで2時間12分を切れ」というもの。田村にとっては自己ベストを4分も縮めなくてはならない過酷な要求だが、マラソン上位には2時間8分台から9分台の強者が多くいるため、田村が12分を切っても大会の結果にはなんら影響はない。いったい犯人の狙いは何なのか──?
 とにかく謎が魅力的で、章建てもマラソンと同じ42章(と0.195)に分かれれて、給水ポイントでは著者から読者へのヒントが出されて──という、「本格ゴコロ」をこちょこちょとくすぐられる演出に、一気にのめり込んだ。最初の謎(事件)だけでフルに引っ張るのかと思っていたら、物語は早々に転換するあたり、もちょっとじっくり伸ばしてくれても良いのになあ。でも2つめの事件の展開もなかなか。
 こういう「誘拐もの」に関しては、往年の岡島二人に傑作が多いんだけど、岡島作品に通じるサスペンスがありそう……とわくわくしながら読んでたわけですよ。
 ラスト間際までは。
 そしてラストまで読んで。……ええええええええええ、こんなの、ありぃ? 思わずよろけたね、あたしゃ。いや、そりゃ倉阪鬼一郎ですからね。こういう方向である可能性も考えないではなかったわよ。途中に挿入される、ちょっと意味不明っぽい章も、なんかイヤな予感はしたのよ。でも、でもさ、帯には「本格推理」と書かれてるわけで、こういうオチはどうよどうなのよ。
 いや、こういうオチそれ自体が悪いってんじゃないの。ただ、「なるほど、そうだったのか!」と膝を打つだけの「ヒント」がどれだけあったか、っていうのが問題なのよ。「ああ、確かにここにこう書いてあるよ!」という伏線の妙味、「どうして気付かなかったかなあ」という「してやられた」快感、そういうものが無いでしょうこれには。確かに著者自身は嘘は言ってない。そういう意味ではフェアだ。でもさ、根元的な部分でアンフェアのような気がするんだがなあ。
 この気持ち、どこかで最近味わった気がすると思って気がついた。魅力的な謎が呈示されるミステリ映画だと思ってたら似たようなオチだったっていう映画があったよ。 (05.9.8)
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アルペジオ 彼女の拳銃、彼のクラリネット・新津きよみ(講談社文庫)

 夫の暴力に悩み、けれど実家の母に相談もできずにいた由布子は、新幹線で隣り合わせた男性の忘れ物を拾う。それは拳銃だった。警察に届けなければ──と思いながら、由布子は拳銃をコインロッカーに隠す。そして翌日、彼女は夫から殴られ、ついに家を飛び出してしまう。一方、由布子の昔の恋人だった垂木は、警察官となり、警視庁の音楽隊に所属していた。垂木の専門はクラリネットで──。
 サイコホラーの人、というイメージがあった。あたしは「人のイヤな部分が大写しになるサイコホラー」ってのがどうも苦手で、今回もDVに悩む女性が主人公だから「あぁ、この人が段々壊れていく話なのかなぁ」とちょっと警戒した。が。良い意味で予想が裏切られたよ! これはまったくサイコな部分のない、寧ろ現状を認識した上で戦おうとする女性の物語だったのさ。
 この由布子がね、強いのよ。とても辛い思いをしているのに、(拳銃という気持ちの後ろ盾があったとはいえ)彼女は夫にはっきりとものを言おうとする。自分の結婚は「不幸」でも「可哀想」でもなく「失敗」だったと認識し、悪いのは暴力をふるわれる自分ではなく、暴力をふるう夫の方だとちゃんと分かっている。何より、「拳銃を手にした妻が暴力夫への復讐にそれを使う」という方向に行かなかったのが良いのよ。だからこそ、とてつもなくハードな方向に物語が展開しても、読者は由布子を応援できるのだ。
 一方、警察の音楽隊に勤務する垂木によって語られる章もあるんだけど──これはね、話がどうこうという以前に、音楽隊という仕事が実に興味深いよ! 読み終わってみれば「音楽隊っていう設定がもっと事件に絡んでくれば良いのに」って思うんだけど、でも読んでる最中は物語の勢いで一気読みさせられてしまう。
 実際の処、垂木パートは(少なくとも物理的には)由布子の事件に関係ないのだ。極端な話、音楽隊部分はまったくなくても物語の構成に影響はないのだ。でも、この垂木パートで綴られる物語は、「テーマ」という深いところで由布子パートとアルペジオを奏でてるんだよなあ。巧い。実に巧い。巧いんだけど──これ、次は垂木をメインの主人公にして音楽隊が前面に出た話が読みたいぞ。 (05.9.14)
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車掌さんの恋・有吉玉青(講談社)

 電車とその周辺をモチーフにした恋愛小説集。電車って、生活の一部であり日常の象徴であると同時に、どこか遠くへ連れていってくれるロマンティックなものでもあり、けれど決して軌道からはずれることのない固いものでもあったりする。そういうところが、うまくテーマとリンクしてて、しっとり読ませる。
【車掌さんの恋】地下鉄の車掌さんは、ぎりぎりにホームに駆け下りてくる客が見えても、容赦なくドアを閉める。そんなある日、いつものように確認してドアを閉め、車掌室に戻ってみると、そこには一人の少女が隠れていた──。地下鉄の車掌室ってどういうものか、ちゃんと見たことなかったので最初は今イチ情景が掴めなかった。けど、本書を読んだあとで地下鉄に乗ったときに「あ、これかぁ!」と膝を打ったね。
【中吊り泥棒】中学生になったばかりの僕は、ある日、電車でよろけたはずみに中吊り広告を破りとってしまう。その広告には人気アイドルの写真がついていて──。熱していく過程と、冷めるときのあっけなさが、おかしみを残しつつもちょっとだけ寂しくて、いいなあ。
【ボックス・シート】不倫中の二人が、示し合わせて出かけた電車での旅。その行きしなの車中での様子や会話が描かれる。いきなり電車が逆行し「事故かな、こんなところで事故に合ったら、不倫旅行がバレる」とちょっと焦る男。これは鉄道に詳しい人ならすぐにピンと来るので、逆にその慌てぶりが可愛い。
【きせる姫】優等生だった湊。けれどある日、突然過家庭が壊れた──。これ、駅員のやり口に腹が立って腹が立って。もちろん湊が悪いんだけど、でもこんな言い方することないじゃん! もう、こういうキャラを放置しないで、なんとかぎゃふんと言わせてやりたくなっちゃうよ。
【あみだなの上】気分が悪いのをおして出かけたものの、電車の中で意識を無くしてしまった男。彼の夢と回想が交互に語られる。彼には、昔、不貞を働いた妻をひどく罰した過去があった──。うわぁぁぁ、たまんないな、これ。妻の不貞を知った男の怒りと意地と、けれどそのことをあとで悔いる。悔いたからといって何をするでもなく、妻も何も言わず──。これ、イチオシ。あまりに切なく、いろんな思いが錯綜し、最後は胸が潰れそうになる。
(05.9.17)
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バカ日本地図 全国のバカが考えた脳内列島map・一刀(技術評論社社)

 私事だが、実家の母に誕生日プレゼントを贈ろうと、店員さんに地方発送をお願いしたことがある。そのとき店員さんは送料を確認するため、「どちらへ送られますか?」と訊いてきた。「大分県です」と答えたたあしに、店員さんはちょっと考え込んだあとで、こう言った。「大分県って、高知でしたっけ?」
 これ、あたしが体験した実話なんですよ。いやもう、店先でひっくり返ったね。アンタの脳内では日本地図はどうなってるんだ、とツッコミたくて仕方なかった。ところが意外と、「脳内日本地図がヘンな風になってる人」は数多くいるらしい。「鳥取と取鳥、どっちが正しいかわからない」「名古屋は県名だと思っていた」「富山は山だと思っていた」「岐阜と滋賀の区別がつかない」「四国って、十文字に割れていた気がする」──そんな人が集まって日本地図を作ったら、いったいどうなるのか。この本は、そういう本だ。
 これはもともと参加型の人気ウェブサイト
「借力」の一コーナーである「バカ日本地図」を本にまとめたもの。2005年9月現在、このサイトでは「完成したバカ日本地図」しか見られないが、本書には、どのようにこんな日本地図が出来ていったのか、その過程が記されてます。なるほど、あのお姉さんは、こういうふうに大分と高知を混同していたのだな……。だいたいこのバカ日本地図、最初から最後まで、大分が存在してないもんな……ぐすん。
 また、このバカ日本地図は大勢の参加者の合作なんだけど、本書には別コーナーとして、一人で描いた「俺の考えた日本地図」がたくさん収録されている。これがもう、死ぬほど面白いのよ! 正直言って、本編の合作よりこっちの方が面白い(<これもサイトの中の「投稿地図」のコーナーで見られますが、めちゃ重です)。日本海側が全部鳥取だったり、自分の住んでる香川県あたりはすごく詳しいのに中部より東は「よくわかりません」で斬り捨てたり。放射能漏れで有名になった東海村が東海地方に描かれてるし、不思議なことに、バカの描く日本地図は、どれも長野県が異様にデカい。なぜ?
 まぁちょっと残念なのは、少々ネタに走ってる度合いが強いことかな。こういうのって、真面目にやってるのに素で間違うのが面白いんだけど、ネタだってことが分かると途端に冷めちゃうと思いません? そういう観点でも、uniさんの真面目なのに大きく間違ってる地図と、よつばさんの芸能情報満載・でもところどころで「は?」となる可愛い地図、この二つがお気に入りさ。 (05.9.18)《この本の詳細情報&注文画面へ》 

川の深さは・福井晴敏(講談社文庫)

 元マル暴の刑事、桃山は刑事を辞めてから警備員として働いていた。ある夜、警備中のビルの中で、ケガをした男女に出逢う。成りゆきから彼らを匿うことになった桃山は、政治の暗部にまで食い込む大きな事件へと巻き込まれる──。
 クライマックスからラストへ至る素晴らしさったら無いね! もう興奮興奮。特に毎日張り合いもなく暮らしていた中年男の前に現れた、若い男女。この若い男、保が「彼女を守るのが俺の使命だ」な〜んてことを真顔で言っちゃう時点で、こっぱずかしさの中にもちょっとうっとりしたりして。出番を間違えたら陳腐にしかならないそういうセリフが、『矜持』という強くて大きなテーマに姿を変えて、物語の全編を貫く。だからこそ桃山も、そして桃山視点で物語を見ている読者も、次第に保の境遇と理念に引っ張られていくのだ。日常離れしたドンパチですらも、とても身近なこととして受け入れてしまう。自分の生活とはまったく乖離した世界での話のはずなのに、自分と同じ目線で保や葵や涼子を見て感情移入してしまう。
 この著者の作品はどれも多分に映像的で、ともすれば劇画的或いはアニメ的で、それは人によっては子供っぽさに映りかねない特徴ではあるのだけれど、この作品に関して言えばその劇画的部分がとてつもない効果を上げている。上述した「自分の生活とはまったく乖離した世界での話のはずなのに、自分と同じ目線で」事件や登場人物を見てしまうというのは、まさに劇画やアニメを見ている子供目線だ。馴染みのない世界──例えば宇宙戦争とかね──のはずなのに、自分もその世界の一員になってしまってわーきゃー叫んでる、そんな思い。
 クライマックスの超ドンパチ。とてつもない組織に「個人」が向かっていくその様子は、それこそ劇画。けれどそういうシチュエイションに於いて、ふっと微笑んでしまうような和みがあったり、けれどその次の瞬間には息が止まるような死闘があったりする、その状況がとてもリアルに奥行きを持って目の前で「映像」として浮かび上がる。その迫力といったら! そしてシーンの迫力だけでなく、ふとした時に出てくるセリフのかっこよさ。それも上っ面だけのカッコじゃなく、社会のあり方や問題を踏まえ著者なりのメッセージに裏打ちされたカッコよさ。まるで作者が「なめたことしてんじゃねえ、ホントにカッコイイってのはこういうことを言うんだ!」と啖呵を切ってるような格好良さ。
 そしてラストは一転、暖かでのどかで。もう、ほれぼれするよ。なるほど、この著者の作品が次々と映像化されるのが良くわかるわ。 (05.9.19)
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やむにやまれず・関川夏央(講談社文庫)

 何か本でも読もう、と思って手にとった。2編読んで、やめた。それは「この本は時と場所を選んで読みたい」と思ったから。部屋で腰を落ち着けてじっくり読むより、例えば散歩の途中に公園のベンチで一編、バスを待つ間に風に吹かれながら一編、買い物の途中に喫茶店に入って珈琲を飲みながら一編……そんなふうに、折に触れて一編ずつ読んでいきたい、一気読みせずちょっとずつ楽しみたいと思わせたのだ。
 文章巧者ってのはこういう人のことを言うんだろうなあ。50歳になる男性「私」を主人公にした18の物語。それぞれ独立した話で、物語のタイプも違う。滋味溢れる短編あり、ノスタルジーあり、論考あり、ユーモアあり、ペーソスあり、実話風エッセイ風味あり。小説という体裁ではあるけれど、読者は「私」を著者に重ねて読む。だって年齢も職業も著者と同じで、中には、これ全部著者の体験でしょそうでしょと言いたくなるくらい、小説なのかエッセイなのか分からないボーダーライン上のものもあるんだもの。固有名詞が出てくるのなんか、特にね。
 50歳という壮年のひととき、積み重ねてきたものの重みはちゃんと分かってるけど、ちょっと立ち止まることもある。そんな寂寥感とおかしみのある物語は【通俗だけど泣けちゃう】【エイジング】。若かった日々に思いを馳せ、それがちょっとだけセンチメンタルに、ちょっとだけ自嘲的に語られる【ネコにだって過去はある】【をみなごに花びらながれ】【夏のにおい】【やむにやまれず嘘をつく】、楽しい大学の講義を聴いてる気分で「セキカワセンセーの雑学」に触れる【仁侠映画講義】【夜のカフェテラス】【「統一」と「結婚」】【講演「“おフランス”について」】、在りし日の山田風太郎との交流を振り返る【山田先生】【三月十五日の出来事】などなど……。
 派手な話があるわけではない。何か大きな事件が起こったり、瞠目するような展開があったりするわけでもない。似たような体験をしたわけでもない。一言でいえば、とても地味な物語たち。だけど、共感できる何かがある。ちょっと自分の来し方を振り返ってしまう。あたしと著者は10歳くらい違うんだが、それでも「ああ、ここまで来ちゃったな」という思いは同じなのかもしれない。
 尚、それぞれの短編の扉に、いしいひさいちの漫画付き。 (05.9.20)
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犯人に告ぐ・雫井脩介(双葉社)

 神奈川県警の警視、巻島史彦は、担当した誘拐事件での失策が原因で、所轄の閑職へと追いやられた。それから6年後、神奈川県では世間を震撼させる連続幼児無差別殺人事件が起こる。捜査本部の責任者は、6年前の誘拐事件で巻島の上司だった男だ。彼はこの事件の捜査本部に巻島を招く。巻島の復帰のためではなく、テレビに出演して公開捜査をさせる「劇場型捜査」の顔にするために──。
 物語はその6年前の誘拐事件から始まるのだが、全体の中ではプロローグ的な位置づけに過ぎないこの一件で、読者の心はいきなり鷲掴みにされる。心臓に欠陥のある娘が出産しようとしている、そんな時に誘拐捜査に借り出される刑事。その娘が死にかかっている、そんな時につるし上げのような記者会見に臨み、記者から罵倒される刑事。もう、読んでいてたまらない。ここに出てくる新聞記者ひとりひとりの家をまわって、玄関の前にウンコしてやりたくなるくらい、初っぱなから腹が立つ。
 だからこそ、次の章でいきなり時間が飛び、巻島自身がリスクを背負う形で捜査本部に復帰したとき、読者は全身全霊で「頑張れっ」と思う。巻島の捜査が功を奏したときには「わぁ、良かったぁ」と思うし、裏切り者の行為を目の当たりにすると「きーーっ、地獄におちろっ!」と思う。そんな気持ちで読み続けるもんだから、その「裏切り者」の決着がつくシーンでは、近年ないくらいの爽快感を味わいましたわいな。読んでて心が痛くなる箇所が多々あっても、こうして溜飲の下がるエピソード(側近の津田さんやチョンボの小川さんが素敵なの!)もちゃんと入ってるので、楽しみの方が勝っちゃうのさ。
 本書のもうひとつの面白さは、警察の──というか巻島の「テレビでの公開捜査」の妙味だ。彼が最終的に何を考えてるかは、テレビ局員にも読者にも前もっては明かされない。テレビに出てこんなことを言った、そしたらこんな反応があった──そこまで読んで読者は「ああ、それを狙ってたのか!」と膝を打つ。犯人をいぶり出す手法、そして裏切り者をいぶり出す手法、メディアを利用して少しずつ網を絞っていくその様は、もうサスペンス満点。
 そしてラスト。巻島が「功を上げた」とき、快哉を叫ぶ読者に、作者は最後のサプライズを用意する。それは予想だにしなかった、静かな、けれど激しい想いだ。今、ここで、このシーンで、それを持ってくるか! 作者が描きたかったのは、これか! 読み終わって、ただ、ただ、嘆息するばかりである。これはお勧め。 (05.9.24)
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