じゃじゃ本ならし


ママ、手紙を書く・ジェームズ・ヤッフェ(創元推理文庫)

 ニューヨークではやり手の刑事だったデイヴは、妻を亡くした傷心のため仕事を辞め、ロッキー山脈にほど近い西部の町で公選弁護人事務所の捜査官になった。今回起こった事件は、町の大学の助教授が殺された事件。なんとパーティ会場に電話をしてきた最中に殺されたのだ! 容疑者として逮捕されたのは被害者のライバルだった別の助教授。果たして彼は無罪なのか有罪なのか。そこへはるばるブロンクスからやってきたデイヴのママは、話を聞いただけで見事に真相を言い当てる──。安楽椅子探偵の代表選手ともいえる、「ブロンクスのママ」の長編第一弾。
 いやあ、いい! 10年ぶりに読んだけど、このシリーズはホントにいい! もしもあなたがまだ若い本格ミステリファンで、中でも安楽椅子探偵物が好きで、それでこのシリーズを知らないのならソッコーで読みなさいと勧めるぞ。トリックらしいトリックも出て来るし、思わせぶりな伏線もたっぷりだし、その上真相が──おおっと、それは言うまい。この「ママ、手紙を書く」というなんとなくドメスティックなイメージを喚起させるタイトルのせいで誤解されるかもしれないが、実にトリッキーでロジカルな本格ミステリなんだから。終盤はもうサプライズの連続よ。
 と、同時に。この「ママ、手紙を書く」というなんとなくドメスティックなイメージを喚起させるタイトルの通り、とても暖かで穏やかでユーモラスなテイストが全編に満ち満ちている。仰々しくなく、過剰でなく、余計なケレンもなく、アメリカの片田舎で楽しく元気に暮らす老婦人。息子から殺人事件の話を聞いてすらすら解いてしまうという名探偵の顔とは別に、息子の食生活を心配し、息子の大好物を作る母親の顔がある。と同時に、「一緒に住もう」という息子に対して、「何十年も夫と息子の世話にあけくれてきて、やっと一人暮らしを満喫出来るようになったのに!」と、敢然として一人暮らしをパワフルにエンジョイする女性の顔がある。殺人事件自体は陰惨だけれど、ママの魅力がそれを補って全編を暖かにする。
 もうひとつ、忘れてはならないのはデイヴもママもユダヤ教徒であるということ。これは次作の
「ママのクリスマス」でよりクローズアップされるが、ユダヤ教徒であるが故に、本作でも「少数民族」に向ける目がひとつのテーマになっている。そういう社会派なテーマも含んでいるのである。だからユーモラスで暖かではあるけれど、どこかにしんとした哀しみが漂う。とにもかくにも、これは極めて多くの顔を持った魅力的なミステリなのだ。 (06.1.17)《この本の詳細情報&注文画面へ》

ママのクリスマス・ジェームズ・ヤッフェ(創元推理文庫)

 クリスマスが近づいた。すると、いきなり教会が大音量でクリスマスソングを流し始め、静かに暮していた隣りの家族はビックリ。抗議に行ったが聞いてもらえないばかりか、逆に牧師は「脅された」と訴える始末。その牧師が殺され、容疑は抗議にいった隣家の息子にかけられた。「ブロンクスのママ」がこの西部の町に引っ越して来て、デイヴから話を聞き、ある推理を授ける──。「ブロンクスのママ」の長編第2弾。
 
「ママ、手紙を書く」の感想でも少し触れた、マイノリティの問題が事件の中枢になる。殺されてしまったキリスト教の牧師。容疑者はユダヤ教徒の若者。町の新聞は「異教徒による攻撃」と言わんばかりの論調を張る。舞台が地方都市だからか、「ママ、手紙を書く」ではスペイン系移民の青年が差別を受けるし、今回はユダヤ教徒だ。ホームレスに対する偏見も出て来る。これは著者のヤッフェ自身が、マイノリティの問題をかなり重く考えていたということだろうな。おそらくは自身の体験も踏まえて。詳細を書くとネタバレになってしまうので伏せるけれど、このマイノリティの問題は物語の最後まで残る大きなテーマだ。それが本書を、シリーズの中でも極めて社会派テイストの強い物語にしている。けれど、それを声高に真っ向から糾弾するのではなく、ユーモアと風刺をバランス良く混ぜて、決して読み心地の悪いものにはしないあたりがさすが。そのおかげで読者は、社会問題の深刻さと同じくらい、謎解きの知的興奮やママの暖かさを胸に残して読み終わることができるのだから。
 本格ファンがドキドキするのは、証人が何の気無しに喋ったことがママにかかるととてつもなく重要な伏線だったことがわかる瞬間。「うわ、確かに言ったよそう言ってたよ!」と仰け反ること数知れず。そして今回の白眉はなんと言ってもダイイング・メッセージでしょう。翻訳ミステリなのでもちろんダイイング・メッセージも英語だし、キリスト教に立脚した単語だから、ちょっと日本人読者は不利か。けれど終盤で明かされるダイイングメッセージの意味は、その真相もさることながら、周到なほどの著者の企みに思わず脱帽するよ。   (06.1.18)《この本の詳細情報&注文画面へ》

ママ、眠りを殺す・ジェームズ・ヤッフェ(創元推理文庫)

 町の劇団の今年の出し物は「マクベス」。ところが今年から劇団のスポンサーになった男が自ら演出を買って出た挙げ句、町の主演男優をおろしてニューヨークからプロの俳優を連れてきてしまった。人間関係がぎくしゃくしてくる劇団。そして本番当日、舞台の上で事件が起こる──。安楽椅子探偵「ブロンクスのママ」シリーズ長編第3弾。
 今回は謎解きという点ではちょっとアンフェアかな。だって重要な手がかりがそろって明かされるのは、もう終盤になってからなんだもの。そこまで手がかりが出なかったということ自体、この事件の特異性を物語っているとも言えるのだけれど、それにしてもクライマックスに入ってからこうも新事実が出てきたんじゃあ、膝を打つという訳にはいかない。もちろん全てのてがかりに、ママが見当をつけるだけの材料があるにはあったんだけど、それもロジックというよりは経験から来る当て推量だしさ。
 ただ、今回の注目は何と言ってもロジャーだ! 
「ママのクリスマス」事件をきっかけにデイヴの助手となったロジャーは、「デイヴさんの推理力ってすごい」と思ってたわけよ。それが、たまたまデイヴに連れられてママのところに食事に行く。ママと会話する。あれ?と思う。もしかして……と思う。デイヴはデイヴで、「しまった!」と思うわけさ。「これまでの俺の仕事は、実は全部ママにやってもらってたなんてことがバレたら、たいへんだ!」と。だもんだから「おやぁ?」と思ってるロジャーと、「やばいやばい」と思ってるデイヴの、この二人の視点が交互に来る章立てがもうおかしくておかしくて。
 その一件を、ロジャー、デイヴ、そしてママの3人がどう捉え、どう感じ、どう対応するか。そこが一番印象的だった。むしろ殺人事件の犯人が誰かなんてところより、この3人の思いやりの方が印象的だった。かてて加えて、ロジャーの恋心と、年輩者だからこそわかる若者の気持ちへの配慮。本作はもちろん秀逸な本格ミステリではあるけれど、と同時に、とても暖かな家族小説なんだよなと再認識。もちろんこの場合、ロジャーも家族なんですよ。そして「ロジャーも家族」と読者に思わせてしまうだけのママの魅力。これが第一だよな、やっぱり。 (06.1.19)《この本の詳細情報&注文画面へ》

ママ、嘘を見抜く・ジェームズ・ヤッフェ(創元推理文庫)

 三年に一度の地方検事選挙。立候補してるのは現職マクブライト検事とやり手の女性弁護士で、二人は一触即発。そんなときに起こった殺人事件の容疑者としてホームレスの男性が逮捕された。公選弁護人事務所で捜査員をしているデイヴはこのホームレスのことを調べ始めるが、事件は意外なことに──。長編第4弾。
 いやー、驚いた。これまではどっちかってえと「伏線が巧いなあ」「ママがいいなあ」というレベルで見ていたんだけど、今回はもう、素直に「ええええ、こいつが犯人なのおおおお!」と驚いたよ。反則じゃないかと思ったくらいビックリした。でも丹念に伏線を拾って行けば、確かにこうなるのよ。でもって、一段前でとある方向に振っておいてひっくり返すという技(曖昧な表現でごめんなさいね、具体的に書くと犯人わかっちゃうので)を見せているので、読者はさくっと騙されてしまうのだなあ。これぞフーダニットだ。
 気になったといえば、とある伏線。原書ではとても美しい伏線であるはずのところが、翻訳故に不格好になっちゃって、不格好どころかそのせいでけっこうあからさまになってしまってる。カンの良い人ならそこで犯人分かっちゃうくらいになってる。これは翻訳物にはつきもののジレンマだとは思うし、じゃあどう訳せば良かったのかと言われたら「こうするしかない」ってのも分かるんだけどね。なるほど英語圏ではこれは絶妙な伏線になるだろうってことがはっきり分かるだけに、ううう、もったいないもったいない。──でも、そんなのは瑣末だと敢えて言おう。事件の起こった背景が全て、まったく無駄なく、ひとつの真相に収斂されていく。くだんの翻訳が難しい伏線だって、なぜそれが伏線になり得るのかという舞台の設定が実に細かいところまで計算されている。ビューティフル。そしてサプライズ。
 ただ、このシリーズは総じてレベルが高いので、この程度なら当たり前と思ってしまう自分がいるよ。絶対評価ならお勧めマークなのに「この子はもっと出来る子なんです!」みたいな気分になって、100点をとれる子が90点をとっても褒めません、みたいな。お勧めマークがついてないのはそういう訳なので、面白いのは間違いないです。安心してお読み下さい。シリーズ全部お読み下さい。
 それにしても、本書を最後にシリーズは途絶えているのよねえ。ああ、もっと読みたいなあ。   (06.1.20)
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ママは何でも知っている・ジェームズ・ヤッフェ(ハヤカワポケットミステリ)

 ブロンクスのママ・シリーズの短編集。出版としてはこちらが先で、長編はこれから20年後の出版になるってんだからスゴい。
 舞台はニューヨーク。警官であるデイヴィッドは、妻のシャーリイを伴ってときどきママの家に御飯を食べに行く。そのときの話題は手がけている事件のことだ。デイヴィッドが事件の成り立ちを話すと、ママはいつも風変わりな質問を3つ4つ。すると驚き、ママは事件の真相をピタリと推理する。安楽椅子探偵の代表格とも言える「ブロンクスのママ」、本邦初登場。
 ものすごく久しぶりに再読したが、このパターンはそのまんま都筑道夫の「退職刑事」シリーズなのよね。なんでも本書を読んだ都筑道夫がこれに倣って「退職刑事」を書いた(本書のポケミスは77年、退職刑事シリーズは73年に始まってるので原書を当たったのかしら)ってえくらいで、そう言われると「なるほどそうだ!」と思えるほどパターンが似ている。
 本格ミステリ、それも安楽椅子探偵ものとしては、その謎解きのレベルの高さは今更言うまでもないほど。五十年代にこんな洗練された知的ミステリが発表されているのだなあアメリカは。そのパズラーとしての魅力に加え、ママのキャラクタが醸し出す暖かみが本書を彩っている。大学出のインテリ嫁・シャーリイとのバトルには笑っちゃうし(20年前に読んだときはさしたる印象もなかったが、今読むとこの嫁姑バトルは秀逸だ)、独身警部のミルナーへの世話の焼き方は微笑ましいし。名探偵として謎を解く一方で、母親としての「人生の教え」がしっかり入っていたりするのもいい。つまり、謎解きの妙味だけによりかからず、物語としての方向性と風味をきちんと持っているわけだ。
 収録されているのは表題作【ママは何でも知っている】の他、【ママは賭ける】【ママの春】【ママが泣いた】【ママは祈る】【ママ、アリアを唱う】【ママと呪いのミンク・コート】【ママは憶えている】の全8編。「長い人生を経て、人間心理とはこういうものだと学んだ」というのが推理の基準になっているところも多いので、すべて理詰めで解かれなければ気に入らないタイプの読者はもしかしたら不完全燃焼な部分があるかもしれない。でもそういう心理的洞察も頷けるものばかりだし、デイヴィッドが説明の中で何気なく喋ったことが本人も知らないうちに大きな伏線になっているというその手腕は、ただただ脱帽。安楽椅子探偵が好きな人は、絶対にはずせない一冊だぞ。   (06.1.21)
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フクロウは夜ふかしをする・コリン・ホルト・ソーヤー(創元推理文庫)

 高級老人ホーム「海の上のカムデン」を連続殺人鬼が襲う! 最初に殺されたのはカムデン内に自動販売機を設置している業者、二人目はカムデンの庭師。パワフル婆ちゃんズ、キャレドニア&アンジェラは今回も首を突っ込もうとするが、担当刑事がいつものお馴染みさんじゃないので勝手が違う。そうこうしているうちに第三の被害者が──。アメリカ版やっとかめ探偵団こと「老人たちの生活と推理」シリーズ第3弾。
 ああもう、ホントに楽しいなあこのシリーズは。特に高級老人ホーム、カムデン。べらぼうな入居費用と家賃をとってるという前提はあるにしろ、こういう老人ホームがあったら絶対に入りたいよ。関節痛に苦しむお爺さん、アル中のお爺さん、耳の遠いお婆さん、けっこうボケが進んでるお婆さんなどなどを出しながらも、お互い突っ込み合いながら楽しく暮している。医療体制はしっかりしてるし、料理はとても美味しそうな上にホテル並のサービスだし、コテージの作りもホームのスタッフも完璧。こんないい老人ホームがあれば、老後も安心。っていうか寧ろ楽しみ。そう、つまるところこのシリーズは「お婆ちゃんになるのが楽しみ!」と思わせてくれるという、とんでもない魅力があるのよ。
 今回は刑事がカムデン初体験の人なので要領が分からず、じじばばの扱いに苦慮する様子が楽しい。けれどコミカルな中にも、若い人は皆自分の世代が一番賢いと思い、年よりにも自分と同じくらいかそれ以上の見識があるなど考えもしないことについての皮肉がたっぷり。自分のことしか興味の無い若い女の子の話を聞いて「今の間に『私』って20回も言った」と突っ込んだかと思えば、コンピュータを専攻する学生が、キャレドニアやアンジェラの若い頃にはコンピュータがなかったと聞いて驚くのに対し、「私も電話は飛行機はずっと昔からあったと思ってたから」と理解を示すくだりも好き。キャレドニア&アンジェラは、まったくの興味本位で事件に首を突っ込むんだけど、そこで「人が年寄りをどう見ているか」というシビアな問題にぶつかるわけで、だけど彼女たちはとっても元気。年寄りがバカにされ舐められてると感じたら、真っ向から受けて立つパワー。いいなあ。元気が出るなあ。尊敬するなあ。長幼の序ってものをカリフォルニアの老人ホームに教わった気分さ。
 ミステリ的にも面白いぞ。連続殺人については、本格好きにはお馴染みの極めて定番の謎解きがされるんだけど、普通に使うと定番過ぎて返ってシラけるところなのね。だけど、なぜその定番を選んだかという理由づけが秀逸! その理由づけにも世代間の相克がある。クライマックスなんて、手に汗握るサスペンスだぞ。年寄りを危険な目に遭わすんじゃない!と著者に言いたいよ。   (06.1.28)
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クッキング・ママの名推理・ダイアン・デヴィッドソン(集英社文庫)

 息子アーチを名門私立学校に通わせだしたゴルディは、校長邸で行なわれた進学指導夕食会のケータリングを請け負う。ところがその会の帰り道、校内成績トップの少年が殺されているのを発見。ゴルディのもとで助手をしながらその学校に通っているジュリアンも無関係ではないらしいし、アーチは陰湿なイジメに遭うし──。シリーズ3作目。
 アメリカ版お受験戦争。日本のものと違うのは、父親も懸命になってるってところか。自分の子供を自慢しライバルの子を貶す親の姿に苦笑。ここまでストレートなのはアメリカだからなのかな。日本だと逆に嫌らしいほど謙遜して、その謙遜が実は自慢だっていう複雑な自慢になるところだけれど。親だけでなく子供もすごいぞ。目当ての大学にアピールするためには、成績だけじゃダメで、ボランティアだの特技だの実績だの、売れるものは何でも売る勢い。ゴルディのもとで手伝いをしながらも何一つ出来るようにならなかったダメな女子学生が、さもケータリング業に通じているかのように書類を作るなんて当然のこと。いやはや。このあたりの、日本とはかなり異なる大学進学事情を読んでるだけでも面白い。
 本書に限ったことではないんだけど、ある程度の地位にいる人ってのはゴルディがケータラーだってことで見下す傾向にあるのよね。彼女も大学教育を受けてる身なのに。つまり彼らは職業で人を判断してるわけだ。そんな彼らが自分の子供を大学に入れることに汲々とし、それもどこの大学かということに拘る。勝手な基準でランクづけし、他人と比較し、上にいなければ気が済まない人たち。それを俯瞰して読んでいると、趣味を生かした大好きな料理で生計を立て、子供と笑い合い、恋人とステキな時間を過ごしているゴルディの方がずっと成功してるように見えてくる。
 難点と言えば、そういうライバル間の相克(親の方ね)が面白くて、ミステリ部分の印象が殆ど残らないことかな。<そ、それはミステリとしては致命的では? 
 そうそう、今回もケータリング業のトリビアが楽しいぞ。「ソーセージと酢漬けキャベツ」ではなくフランス語で「シュクルート・ガルニ」と言った方が売れる、とかね。でも今回の(本編のテーマ以外の)白眉は、なんといってもトム・シュルツ刑事との仲に進展があったことでしょ。   (06.1.29)
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クッキング・ママの事件簿・ダイアン・デヴィッドソン(集英社文庫)

 ついにトム・シュルツ刑事との結婚式の日を迎えたゴルディ。準備は万端、あとは花婿の到着を待つばかり。ところがそこに、当のトムから「結婚式は中止だ」という電話が入った。死体を見つけてしまったという。そしてそれっきり、トムからの連絡が途絶えた──。シリーズ第4弾。
 うわああ、ヘビーな。「大丈夫、だってこのシリーズはまだ続刊がたくさん出てるんだから。ということはトムは無事なのよ」と変な理屈で自分を奮い立たせながら読んだよ。何が辛いってさ、新郎が行方不明という一大事に、周囲の人は「逃げたんじゃないか」なんて無責任な噂をするのみならず、平気でゴルディにケータリングの仕事を頼む人が何人もいるってこと。げえ、信じらんねえ。中止になってしまった披露宴用の料理を別のイベントに回して欲しいと頼む人とか、「こんなことになってしまって大変だけど、三日後のケータリングの予定は大丈夫だよね?」と念押ししてくる人とか。何なんだろう、このメンタリティは。普通は遠慮するだろ。もしかしてゴルディには、マーラとジュリアン以外に親身になってくれる友人はひとりもいないってことか? いや、友達じゃなくたって普通は気を遣うだろ普通。花婿が行方不明で心配で夜も眠れない女性に、「明日の夕食を十人分」なんて注文出せないだろ普通。うー、わからん。
 前回は受験がテーマだったけど、今回は教会。これも日本人には今ひとつピンと来ない文化ではあるのだけれど、教会の派閥の争いってのがキモのひとつ。教会で何を歌うかさえ議論の対象になるのか……。あたしはお寺が経営している幼稚園に通っていたけど、そこではクリスマス会があったぞ。こういうのって逆に欧米人には理解できないことなのかもね。
 もちろん最後にはハッピーエンドになるし、ミステリとしてはユルユルなんだけど傷心のゴルディが懸命に頑張る姿は二重丸。暴力を振るう前の夫が一切出てこなかったのは救いだなあ。この状況で前夫が出て来たら辛過ぎて読むのやめたかも。   (06.1.30)
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クッキング・ママの召喚状・ダイアン・デヴィッドソン(集英社文庫)

 今回ゴルディが引き受けたケータリングは、ミニョン化粧品の午餐会。ただし“低脂肪料理”の条件つき。なんとかレシピを工夫して会場へ乗りこんだが、駐車場で助手ジュリアンの恋人が何者かに轢き殺されてしまう──。シリーズ5作目。
 これまでの作品を読んでるときはさして気にもならなかったのだが、いざ低脂肪料理を作るにあたってゴルディが「あれもダメ、これも使えない」と呻吟している様子を見てると、逆に「ええええ、これまではそんなものをタップリ使ってたのか! そりゃ太るわアメリカ人!」とつっこみたくなってしまった。クリームだのバターだの、どれだけ使えば気が済むのか。想像しただけで太りそうだ。ジュリアンが企画するベジタリアン向けレシピの方が日本人の舌には合うかもな。
 今回はこのシリーズにしては珍しく(失礼な!)ミステリ的趣向が用意されてる。複数の事件が起きることにより、事件の焦点がぼやかされるのさ。だから謎解きのラインを見つけるのはなかなか楽しいぞ。まあ、そこはそれ、もともとミステリ度はあまり高くないシリーズなのでさほど凝ったものではないし、アンフェアなところもあるし、やや大風呂敷を広げ過ぎの観もあるのだけれど(こう並べてみると欠点多いな)、とある場所で行われていた「不正」については「ああ、そうか!」と膝を打った。ヒントはあったのに気付かなかったという点では、けっこう楽しめたよ。全体に詰め込み過ぎで煩雑さが先に立ってるので、もうちょっと巧く整理されてるといいんだけど、それは望み過ぎか。
 ジュリアンはすっかり家族の一員になったけれど、今回気になったのは新聞記者のフランシス。これまで彼女はゴルディとは敵対する位置にいて、ジョルトコーラに煙草を手放さないという「あと十年生きられない」とゴルディに言わしめるような生活習慣の女性。そのフランシスが絡んでくることで俄然面白くなった。これまではただ単にイヤな女だったんだけど、今回はけっこういい味出してるじゃないか。もしかしたらこの二人、気が合うんじゃないのかな、なんて。今後、フランシスもレギュラーメンバーになるのかな? (06.1.31)
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クッキング・ママの検屍書・ダイアン・デヴィッドソン(集英社文庫)

 親友マーラが投資する金鉱のパーティへケータリングを請け負ったゴルディ。だが、マーラが恋人トニーの会社の共同経営者アルバートと大喧嘩をしてしまう。どうやら金鉱への投資にマーラは疑問を持っているようだ。ところがそれ以降、アルバートが失踪してしまい……。シリーズ6作目。
 ゴルディ、やり過ぎ! コージーならコージーの限度ってもんがあるだろう。今回はぜんぜんコージーじゃない。もはやゴルディは「ママ」でも「ケータラー」でもない。無鉄砲にもほどがある。大立ち回りはあるし大脱走はあるし爆発はあるしゴルディまでもが(親友を助けるためとはいえ)はっきりと犯罪行為に手を染めるし、息子のアーチまで危険に曝すし、挙げ句の果てには「善意の第三者」の命まで……コージーがここまでやっちゃいかん、いかんだろー。タイトルは「クッキング・ママのダイハード」とでもすべきだ。
 おまけにこの真犯人は。うーん、この状況なら真っ先に疑うべき相手だと思うがなあ。めちゃくちゃ不自然な行動をとってる上に、動機もあるし機会もある唯一の人間じゃないか。なぜ気付かない? 読者には明白なのに登場人物が誰も気付かないってのは、読んでてイライラしちゃうよ。
 ただまあ、冒険ものとしてはエキサイティングではあるけれど。それは認めよう。大学へ行ってしまったジュリアンの代わりに新メンバーとなった落ちこぼれ警察犬ジェイクも大活躍だし、次から次へと悪くなる状況を自力で打破し、最後には悪者をぎゃふんと言わせ(あの二人組の警官の腹立つことと言ったら!)、溜飲が下がるのもカタルシスがあっていい。このシリーズにしては謎解きの伏線も密だったし。
 ところで、今回ゴルディが作るメニューの中に、謎の一品があった。「鮪と日本の麺の炒め物」ってやつ。これ何だ? 日本の麺って。それを炒めるって。ソーメンチャンプルーか焼うどん、焼きそばしか思い浮かばないぞ。鮪入れるか?   (06.2.1)
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