じゃじゃ本ならし


水滸伝 全19巻(内、1〜10巻)・北方謙三(集英社)

 以下、感想は一巻ごとに書いてるけれど、19巻揃って一作だし、巻ごとにいちいちお勧めマークをつけると見た目が鬱陶しいので、ここで一括してお勧めマークをつけておきます。このページには、1巻から10巻までの感想を載せました。11巻以降の感想はのちほど。尚、続き物の性質上、各巻の感想に於いて、その前巻までのストーリーに触れていることがあります。


水滸伝1 曙光の章・北方謙三(集英社)

 さあお立ち会い、北方水滸伝の始まりだ!
 「水滸伝」と言えば、言わずと知れた中国の有名古典。読んだことはなくても、そのタイトルや「梁山泊」ってな単語は聞いたことがあるはず。かくいうあたしも、大昔に吉川英治版をちょこっとつまみ読みした程度で、記憶は殆ど無い。「なんか、いろんな英雄が梁山泊に集まるんだよなー。つか、梁山泊って何? 地名? 組織?」という程度の認識。ほぼ初読と言っても良いほど。そんなまっさらな状態で、つまりは基礎知識ゼロに近い状態で読んでも大丈夫なのか? そう思って読み始めたわけだ。
 したらばさ。要らない、要らないよ基礎知識! 中国、北宗時代っていうから西暦で言えば1000年頃? 日本だと平安時代後期頃のお話。王進という禁軍(国王の軍隊)武術師範のエピソードから物語は始まる。真面目で真っ直ぐな王進は、彼を疎ましく思っている上司により無実の罪で捕縛されそうになる。それを事前に教えられた王進は老母を連れて城内を脱出。それに協力したのが、彼の部下である林冲と、謎の和尚・魯智深だった。
 実はこの魯智深は、混乱腐敗しきった世の中を糾そうとしているリーダー・宋江の腹心で、全国を巡って同志を募っている人物なのね。林冲もその同志のひとりなわけだ。王進は無事に逃げるものの、林冲は捉えられ、愛する妻も巻き込んだとてつもない拷問に遭わされることになる……。この林冲の物語がもう! 妻を死なせてしまった自責の念、牢の中での出会い、そこからの決死の脱走劇と、凄まじいまでの展開にいきなりのめりこんだ。
 一巻からいきなり登場人物が多いのに、まったく混乱せず、複数の筋がすっと染み込むように入って来る。本書では、王進が乱暴者の九紋竜史進を教育する話(この史進も良いぞ!)と、牢獄に入れられた林冲が医者の安道全と窃盗犯の白勝を連れて脱獄する話、宋江同様に世直しを目指す晁蓋が慮俊義らに闇塩の道の利権を確保させる話、そして梁山湖(これか!)のほとりで飯屋を営む朱貴の話などが描かれる。
 どうやらこの梁山湖の中にある天然の要害たる島に、宋江は同志を集めたいらしい。なるほどなるほど、これが梁山泊になるのかー。「仲間集め」の物語なのね。まだ物語は始まったばかりなのに、いきなり魅力的な英雄がたくさん出て来て、がっしりハートを掴まれてしまったぞい!   (07.6.11)
《文庫版の詳細情報&注文画面へ》


水滸伝2 替天の章・北方謙三(集英社)

 さて2巻。腐敗し切った政府を倒すため、宋江は梁山湖の中にある島に同志を集めようとしていた。その島は天然の要害で、宋江の考えにぴったりだったから。しかしそこには、すでに住着いている者たちがいる。実は、数年前に、王倫という男がやはり世直しを叫び、同志たちをそこに集めていたのだ。ところがこの王倫、世直しとは口ばかりで、商人や民家を狙う賊の親玉になっている始末。そこで、宋江の命を受けた林冲がこの島に入り込み、王倫を処断するとともに島を乗っ取ってしまう策略に出た!
 うおおお、林冲、かっこいー! 王倫の刺客に狙われながらも、ちょっとずつメンバーの気持ちを掌握して行く林冲。このプチ・クーデターが本書の最大の読みどころだ。デキる男達がそれぞれの持ち場で自分の出来る事に最善を尽くし、それが大きなうねりになっていく様はまさに圧巻。
 何より、彼らの純粋さがいい。林冲たちを島に送り込むためには朱貴の手助けが不可欠。その朱貴の妻は難病に苦しんでおり、林冲の仲間である医師の安道全が彼女を診る。それは朱貴を味方に取り込むには最高の手段なのだけれど、安道全はそんなことは考えない。ただ苦しんでいる病人がいるから医師として治療する。そして彼女が助からないということが分かったとき。安道全は朱貴に謝るのだ。自分には、できるだけ苦しみを取り除いてやることしかできない、医師なのに助けられない、と言って頭を下げるのだ。そこにあるのは、自分の使命を自覚し、その使命をまっとうできないことに苦しむ一人の真摯な男の姿である。
 この巻ではまた、1巻ではならず者だった武松の物語も描かれる。魯智深に出会って志を説かれた武松は、「難しいことはよくわかんねーけど、なんかやらなきゃなんないのかな、おれ」と悩みながら(いや、こんな文章じゃないけど、イメージはこうなの)故郷へ帰って来る(武松の義姉の潘金蓮って、金瓶梅だあ!)。そこで武松は取り返しのつかないことをしてしまうのよ。「もう俺、死ぬしかない」と思った武松は、野生の虎が出て人々が困っているという村に行き着き、その虎と闘って死のうと決心するわけ。自殺の手段として、虎と素手で闘うって! なんだそれは! でもってこの虎との対決がもう、圧巻なわけよ。
 林冲の活躍により、梁山泊がいよいよ始動した。そして魯智深の活躍により、新たなメンバーも増えたぞ。地下牢に二年閉じ込められていたのを助け出された公孫勝は、劉唐、楊雄、石秀とともに闇の精鋭部隊〈致死軍〉を作り上げた。どうやら建国の英雄の血を引く軍人の中の軍人・楊志にも魯智深の勧誘の手が伸びているらしい。さあ、次はどうなる?(わくわく)   (07.6.12)
《文庫版の詳細情報&注文画面へ》


水滸伝3 輪舞の章・北方謙三(集英社)

 2巻で、護衛を任された荷をまんまと奪われてしまった楊志。しかしその荷が賄賂であり、賄賂の運搬を自分が手伝っていることに忸怩たる思いを抱いていた楊志は、盗まれたことで仕事を全う出来なかった悔しさと同時に小気味よさも感じていた。いずれにせよ、もう軍には戻れない。そんな楊志を、魯智深は賊徒のアジトになっている二竜山へと誘った──。
 この巻では他に、次第に国家の体を成して行く梁山泊の様子や、梁山泊以外にも国のあちこちで同志たちが集まる〈山〉が増えて行く様子、九紋竜史進が率いる少華山のエピソード、致死軍が中心となった塩賊との闘い、国家側の闇の軍隊〈青蓮寺〉のこと、そして宋江の妾である閻婆惜の死などが描かれている。が、本巻のメインとなるのは、それらに共通する「事をなそうとする男達のジレンマ」にある。
 例えば、上記の楊志。軍での仕事は志とは違うものだったが、離れたとは言え、自分がかつて属していたところに弓を引くことに躊躇う。また、梁山泊で晁蓋の片腕になっている呉用は、もともと子供相手に塾で勉強を教えていたという人物なため、梁山泊という場所そのもので自分が何をできるのか思い悩んでいる。致死軍の石秀も同じだ。徹底してクールでなければならない致死軍に於いて、情を捨てられない石秀はリーダーの公孫勝から異動を命じられ、落ち込む。そして九紋竜史進は、二十二歳という若さで一党のリーダーになってしまった重責から、必要以上に力重視の価値観に固まってしまう──。
 この一人一人の悩み方はそれぞれ異なるのだけけれど、それぞれが「ああ、わかるわかるぅ」と身悶えしちゃうのよ。ひとつの大きな目標に向かって皆で進んでいるとき、ふと、自分の力というものに自信を失う。「自分はここにいていいんだろうか、自分に何ができるんだろうか」と不安になる。その結果、愚痴をこぼしたり虚勢を張ってみたり。そういう人間らしさの描写が、この北方水滸伝にある。なんかねえ、これはもう〈青春群像〉なのよ。また改めて書くけれど、この物語って、なんだか「里見八犬伝」と「真田十勇士」と「新選組」を混ぜたようなタイプの魅力を感じるの。
 あれっ、と思ったのは、閻婆惜の死のくだり。あたしは原典を殆ど覚えていないけれど、閻婆惜がどういうふうに死んだかってのは、なんとなく覚えてたのよ。それがぜんぜん違うよ! 原典では宋江が自分で手にかけるのだけれど、そこに至る経緯はなんていうか身も蓋もないものだったんだが、なるほどなー、こういうふうに変えますか。もちろん、あたしが知らないだけで、これまでも大きく原典を変えてきてはいるのだろうけど、ここまで読んで、なんだか原典と読み比べたくなってきたぞ。   (07.6.13)
《文庫版の詳細情報&注文画面へ》


水滸伝4 道蛇の章・北方謙三(集英社文庫)

 逃亡の身となった宋江は、武松とともにあちこちを巡る。行った先々での新たな出会い。一方、青蓮寺側は死んだ閻婆惜の母親・馬桂を取り込み、梁山泊の切り崩しを図る。そして宋江はついに官軍に追いつめられ──。
 なんつーか、宋江のロードムービー的一巻。逃亡の途中でいろんな男達と出会い、それぞれが宋江に感化されて仲間になっていくという、「仲間集め」物語の粋だね。穆弘・李俊・李逵・戴宗らが登場して来るんだけど、穆弘&李俊の人となりはこれまでの登場人物にかぶる部分が多く「ああ、きっとこのあと山をひとつ任されて、梁山泊のメンバーになっていくんだろうな」と思わせるのに対し、李逵にはちょっと驚いたぞ。なんだこのバカは。うわはははは。宋江が釣った魚を黙って持って行く。諭されるが、意味がわからない。銭が無いから買えない。だから貰うと言う。だったらせめて「くれ」と頼め、という宋江と、それに答える李逵の会話。
  「だから、貰っていくと断っている」
  「断るのではなく、頼めと言っているのだ」
  「おまえ、俺が頭を下げるのが嫌いなことを、知らないようだな」
  「知るわけあるまい。いま会ったばかりだ」
  「そうか」
 コント? これコント? ぶわははは。この李逵の天然キャラが後半になって効いてくるのだが、ちょっと今までにないパターンだぞ。また、戴宗という人物も興味深い。彼は国じゅうに飛脚網を張り巡らせ、梁山泊メンバーの連絡を引き受けている身。そうか、そういう仕事もいるよなあ。
 そんな新たな出会いの他に、梁山泊では医師の安道全が鍛冶職人に頼んで針を作ってもらい、鍼治療を始める。この鍛冶職人もいいぞ。梁山泊は単なる兵士の町ではなく、こういうテクノクラートや闇塩の道という経済基盤までしっかり描かれているのが良いんだよなあ。
 この4巻はエピソードの集成であって大きな動きはないのだが、次巻に続く「大きな動きの萌芽」が現れる。敵の精鋭部隊・青蓮寺がついに宋江を捉えるべく動き出すのよ。本巻を読み終わると同時に次の巻に手が伸びるぞ!    (07.6.14)
《文庫版の詳細情報&注文画面へ》


水滸伝5 玄武の章・北方謙三(集英社文庫)

 官軍に囲まれた宋江を救うため、ついに山は動いた! 近郊の山寨に潜みつつ、まだ梁山泊に与するところまで行ってなかった李俊や穆弘も「宋江のために」と兵を率いてかけつける。そしてもちろん梁山泊からも。公孫勝の致死軍、林冲の騎馬隊が一同に介し、ついに官軍と真っ向から向き合った。そして──。
 衝撃の展開!
 冒頭でついに梁山泊軍が官軍と真っ向勝負に出る。これだけでも胸躍る(だって5巻にして初めてなのよ)ってえのに、次の章では女真族に捉えられた魯智深を登飛(トウヒ・トウは登におおざと)が救い出す。この脱走のくだりは圧巻! 登飛は原作でも目が赤いという設定になってるらしいのだが、原作にはその理由はないらしいのね。そこに北方水滸伝は、こんなドラマチックな理由をでっちあげてくれたよ。すげー。
 ただ、問題はそのあとだ。単行本の帯にとんでもない事が書いてあって「ええっ、嘘っ! そんな展開なの? つか、そんなとんでもないこと帯でバラすか普通?!」とひっくり返ったわけさ。今は文庫で読む人が大半だろうから、単行本の帯に何が書いてあったかは書かないけど、いやアンタ、ひどいのよ。あ、この「ひどい」は悪口じゃなくてね、なんていうかその「してやられたあ!」って思い。叙述トリックか。ま、嬉しい裏切られた方ではあったけど。
 と・こ・ろ・が! そこで油断してたら後半、とんでもない展開が。嘘でしょー、と思わず本に向かって叫ぶ。なんとなく梁山泊の面々は不死身だと思い込んでたのよ。英雄は108人いるらしいって聞いてたから、その108人が揃うまでは誰も死んだりしないんだろう、と。でも、まさか、そんな……。なんて容赦のない展開。でも、でもさ、革命ってそういうもんだよね。〈正義の味方〉は絶対負けない、なんて昔の特撮ヒーローじゃあるまいし(いや、水滸伝の方が昔なんだけど、これは北方オリジナルってことで)、当然何かを成し遂げるには犠牲はついてくるでしょう。それを描いたってあたりが北方謙三。でもなあ、まさかなあ、この人がなあ……。この人はきっとラストまでかっこよくあり続けるだろうと思っていたのに。
 ショックで呆然としながら、これで第一部が終了。    (07.6.15)
《文庫版の詳細情報&注文画面へ》


水滸伝6 風塵の章・北方謙三(集英社文庫)

 前巻で大切なメンバーをひとり失ってしまった梁山泊、しかしその後継者候補が現れた。官軍を率いる秦明だ。説得に向かった魯智深には、とある秘策があった。一方、梁山泊へ警戒を強める青蓮寺にも強力な参謀、聞煥章が加わった。双方の読み合いはますます熾烈を極めるが、宋江はいまだ旅を続けていて──。
 今回は〈知略〉を楽しむ回。魯智深が秦明を取り込む手法もそうなんだけど、旅の空にある宋江一派が何とも読ませるぞ。早く梁山泊に入れば良いものを、「まだまだ見たいものがある」つって旅を続ける宋江。もちろん武松も李逵もついていく。さらに、もと農民の陶宗旺ともと官軍兵士にして今は盗人になってしまった欧鵬も行動をともにすることになったのだが、彼らは青蓮寺に追いつめられ、囲まれてしまった。まぁ、このくだりは次巻に続くので詳細は書かないが、彼らが追いつめられてしまった理由の一つに、聞煥章が飛脚の連絡網を断ってしまったことがある。うんうん、そうだよね、通信を断つってのは戦いの常道だよね。そういう常道をやっととってきた、ってことは青蓮寺が梁山泊を単なる賊徒ではなく、はっきり敵と認めた証し。
 飛脚が使えない梁山泊側はどうするか。これまで飛脚網を一手に担当して来た戴宗がとった方法──ある一人の若者に手紙を託したそのくだりは血がたぎるぞ! 読み終わったこっちがぐったりしちまったい。最近は佐藤多佳子や三浦しをんなど陸上小説が流行りだが、この巻の最終章はとてつもない陸上小説だ!
 ちょっと話は戻って。今回印象的だったあるセリフ。これまで梁山泊側は自分たちの思想を伝えるのに宋江の言葉を聞き書きした『替天行道』という冊子を使ってきた。でもって、それを読んで魂が震えただの「これだ」と思っただのと言ってどんどんメンバーが集まってきたわけだ。でも『替天行道』に書かれてある具体的な内容が紹介されたことはなかったのよ。ただ、それでメンバーが啓蒙され啓発されるんだから、さぞや熱い思いが綴られてるんだろうなあと思ってきたわけさ。ところが。
 魯智深に勧誘された秦明が『替天行道』を読んでの感想を、こんなふうに言ってるの。
 「腐敗を糾弾するようなことが書かれているかと思っていたら、腐敗と戦えぬ自分を責めている書だった」
 えええええっ! そ、そうだったのか。これにはちょっとビックリ。と同時に、なんだか深く納得。そうだよなあ、いつもぽや〜っとしてる宋江だものなあ。その方がずっと「らしい」や。そういう人だから、皆が体を張って守ろうとするのだなあ。    (07.6.16)
《文庫版の詳細情報&注文画面へ》


水滸伝7 烈火の章・北方謙三(集英社文庫)

 数万の軍隊に囲まれてしまった宋江たち5人。梁山泊からの応援がくるまで、なんとか持ちこたえねばならない。武松が、李逵が、陶宗旺が、宋江を守るために知恵で数万の軍勢に立ち向かう。その後ろで慌てず騒がず、にこにこと状況を眺める宋江。いったいこの状況をどう打破するのか──。
 いやあ、すげえなあ5人でどうにかしちゃったよ。つか、なんつー技だ陶宗旺。5人対数万で勝っちゃうなんて、こりゃもう漫画だろと思うんだけど、それでもそのとんでもない作戦に「おおおお!」と魂が燃えてしまうのだから仕方ない。途中、もうひとり加わるんだけども、その加わり方も笑えるぞ。
 それにしても宋江、いくら精神的支柱とは言え、なにもしなさすぎ! 武松や李逵が死を覚悟して戦っているというのに、寝てるし。笑ってるし。お腹減ったとかって言ってるし。「自分のせいで皆に迷惑をかけている気がする。多くの兵も死んだ」と悩んでいる宋江に武松は「戦ですから。二竜山では××が死にました。××も、××も」と告げるのよ。戦なんだから人の犠牲はつきものですよ、だからあまり悩まないで、という意味の言葉よね。したらばさ、宋江の返事は「そうだな」だけですよ! 「そうだな」って! それだけかよ宋江。おまけにその会話を聞いていた李逵曰く「宋江は、ちょっと言ってみただけなのだろう。口調は、それほど深刻には聞こえない」って、言ってみただけなのか宋江。大物過ぎてひっくり返るわ。まあ、文句も言わず偉そうにもせず、部下の言いなりにさくさく動いてくれるし我慢してるというそぶりも見せないのはすごいし、だからこそ守らなくちゃと思うのかもしれないけどさ。これだけの武装集団のリーダーが癒し系って。
 さて、いよいよ宋江が梁山泊入山。その一方で、青蓮寺が梁山泊を分断すべく、ある作戦を仕掛けて来る。偽の『替天行道』の旗を立てて悪事の限りを尽くし、本物の梁山泊側が怒って責めて来るのを待つっていう作戦。ターゲットにされた小華山の一派は、これが青蓮寺の仕掛けた罠だってことは重々承知なんだけど、それでも腹の虫が収まらない。さあどうする。この小華山の面々の相談シーンはワクワクすると同時に、史進の成長が顕著でおばちゃん感動しちまいましたよ。
 そしてまた、この巻にも辛い辛い別れがある。ええええ、この人が死んじゃうの? それにこの人も? それもこんな……。そしてラスト。こ、こんなところで終わるか! 止められないじゃないか次の巻に手を伸ばさずには居られないじゃないかっ!    (07.6.17)
《文庫版の詳細情報&注文画面へ》


水滸伝8 青龍の章・北方謙三(集英社文庫)

 官軍は祝家荘に軍を配備し、戦の準備は万全。梁山泊も攻めようとするが、大量の罠に囲まれてなかなか進軍できない。けれど梁山泊にはとある作戦があった。梁山泊vs.官軍、初の大規模戦争が始まる! その一方、戦の対応で俄然騒がしくなった二竜山で、幼い楊令が高熱を出し──。
 とんでもないシーンで前巻が終わってしまったものだから、ドキドキしながら本書を開く。したらばさ、シーンが変わってるよ! 前巻のあのラストの続きは? 続きはどうなったの? ──読み進めていったらば、どうもあのシーンはあれで終わりらしい。なぁんだ、と拍子抜けしたのもつかの間、「あのシーン」の反動がとんでもない形で出てきたよ! げえっ。事ここに至って、志だの国のありようだのとはまた違った、人間のどろどろねちゃねちゃした部分が一気にクローズアップされた。
 けれど逆の意味で、極めて人間的な繋がりを見せてくれるシーンもある。いまだ幼い楊令が高熱を出して寝込むくだり。子供を亡くして狂っていた公淑が、楊令を自分の子供のように懸命に看病する。その公淑に心を動かされる秦明。そして楊令になんとか薬草をとってきてやりたいと考える鄭天寿。もうね、この鄭天寿と楊令のくだりは、読んでて目頭が熱くなったよ。ある意味、この巻の主人公だと言ってもいいほどのシーンだよ鄭天寿。
 一方、戦いも新たな局面に入る。ついに本気になった官軍に対し、真っ向から勝負する梁山泊。しかしもちろん搦め手も使うのさ。主な手段は内部からの切り崩し。相手の中に味方を作っておいて、内と外から一気に攻めるという作戦。今回はすごいぞ、イノシシ作戦だあ。詳細は書かないが、イノシシ大活躍。
 何がすごいって、毎回いろんな戦いが繰り広げられるんだけども、ひとつとして同じ戦い方がないってことなのよね。もちろん、致死軍の仕事や騎馬隊の仕事ってのは決まってるんだけど、そのときどきの展開や作戦に、毎回毎回唸らされる。戦略の妙。展開の迫力。すごいなあ。アクションシーンにこれだけのバリエーションがあるなんて。
 さて、今回気になるのは、死んだと思っていた妻が生きていたという知らせを受けた林冲の今後。それから敵側で、その林冲に完膚なきまでにやられてしまったタカビーお嬢さんの扈三娘。女性兵士って初めてだよ(わくわく)。そして、とある黒い怨念を心の中に煮えたぎらせる李富(この人も敵側)。男女の問題に絡みそうないろんなドロドロを抱えたまま、物語は次巻へ!    (07.6.18)
《文庫版の詳細情報&注文画面へ》


水滸伝9 嵐翠の章・北方謙三(集英社文庫)

 死んだと思っていた妻が生きているという情報を聞き、居ても立っても居られず勝手に戦列を離れた林冲。宋江は軍規にてらして林冲を処断しようとする。一方、梁山泊の南西に砦として流花寨の建築を決めた呉用。しかしそこには数万の禁軍が押し寄せて──。
 これは極めて個人的な楽しみ方なんだけど、この水滸伝の群像劇を読み始めたとき「あ、なんか新選組みたい!」と思い(この著者には新選組モノの傑作もあるからね)、以来、脳内で「このキャラは新選組で言えば○○だな」なんて思いながら読んでいたのよ。で、当初からあたしの中では林冲は沖田総司だったわけ。最初からのメンバーだし、武力にも秀でてるし、でも戦い以外のことは不器用だし、あと冲と沖が似てるし(そんな理由か)。ところがところが! この巻の展開ってばアンタ、林冲は沖田じゃなくて山南さんだったのね! 妻を思って勝手に戦場を去ってしまった林冲。それは即ち職場放棄で「軍規に照らして処断」の対象になる。戻って来た林冲は会議の場に引っ張り出され、皆に庇われる中、リーダーである宋江からは「死罪」を命じられる──ぎゃあああ!
 宋江の「軍法にてらす。それしかあるまい」「心情をからませれば、軍法を乱すことになる」という言葉がもう、まんま新選組の山南敬助のエピソードを想起させるよ。ここに浮かぶのは、軍としての梁山泊とリーダーとしての宋江。特に宋江のキャラって、普段はのほほんとしてぼや〜っとしてるのに、いざとなるとこんな度を超えた決断を平気でしちゃうのかと、ちょっと度肝を抜かれた。初めて宋江の熾烈な部分を見たような気がする。果たして林冲の運命やいかに! あとは本書でどうぞ。ああ、このくだりを土方歳三に読ませたいよっ。
 今回は他にも今後に繋がるエピソードがてんこもりだ。幼い楊令に訪れた環境の変化(ずっと二竜山で育てられるのかと思っていたが、なるほどそう来たか!)にワクワクし、扈三娘が女性兵士として頭角を現し、彼女を巡るちょっとした恋の火種があっちとこっち(さて、どことどこでしょう)に燃え上がる気配があって。恋と言えば別のところでもチラホラと。こういう、ほっとするエピソードは楽しいなあ。
 だけどもちろん、ほっとしてばかりじゃない。捉えられた柴進たちを助けにいった二人の男の、熱い活躍が胸に迫る。「語り継がれる男になりたい」と願う登飛と、「名など人が憶えていなくてもいい。飛竜軍の兵としてとして死ぬのなら、それだけでいい」と言う楊林。柴進救出劇は、圧巻だ。    (07.6.20)
《文庫版の詳細情報&注文画面へ》


水滸伝10 濁流の章・北方謙三(集英社文庫)

 官軍は遂に、切り札とも言うべき代州地方軍の将軍・呼延灼を梁山泊にぶつけることを決めた。上層部に呼ばれた呼延灼は断言する。「一度だけなら、必ず勝てます」──凌振率いる大砲部隊も加え、梁山泊に「一度だけ勝つ」ため、着々と準備をする呼延灼。梁山泊側は晁蓋を中心に軍師・呉用、林冲率いる騎馬隊や史進率いる騎馬隊・歩兵隊らが万全の布陣で望む。広大な麦畑を挟んで、今、両軍が正面から向き合った──!
 おおおお、血沸き肉踊る正面対決だあ! これまで5人対数万人で勝ったとか、小手先の作戦で相手を籠絡して勝ったとか、そんなのばっかりだったからさあ、こうして真正面から数千単位でぶつかる「戦」が一巻の大半を使って描かれるってえのが、それだけでひと味違った迫力がある。どっちが勝ったか、は言うまい。うふふ。「一度だけなら、必ず勝てます」と断言しただけあって、呼延灼ってのは敵ながらスゴい男ですことよ奥さん! 彼が使った作戦ってのがアンタ、詳細は書かないけどもさ、もう文章を読んでるだけで地響きが聞こえてきそうなほど。
 そして今回の裏MVPは、何と言っても禁軍将軍の高求(ホントはニンベンに求)だ! 権力だけはあるが将軍としての能力はゼロ。っていうか、むしろマイナス。そしてめちゃくちゃ小狡い。この高求が、なんと呼延灼の軍に上官としてついて来ちゃったからたまんない。いやあ、こっから先は読んでくれ。なんかもう、すごくシビアな戦闘シーンなのにコメディ読んでるみたいでニヤニヤしちゃった。高求がこんな形でキーマンになってくるとは思わなかったなあ。
 今回いい味出してたのは、呼延灼の私的な軍師にして武松や李逵の友人でもある(つまりは極めてどっちつかずな立場にある)彭キ(王ヘンに己)。これまで梁山泊のメンバーを繋ぐキーワードは「志」だったんだが、彼は「志が戦う理由になる」と説く晁蓋に対してこう言うの。「そんなものは持っている方が珍しい。やむをえず闘う。それが人間なのだと、私は思います。志などと言うと、戦がきれい事にすぎるという気がします」
 ──ああ、これも正しい! 梁山泊はファシズムではなく、いろんな考えやいろんな性質の人がいる、それが魅力だと再認識。考えすぎるヤツもいれば、まったく考えないヤツもいる。豪放磊落なのがいる一方で、ケツの穴の小さいヤツもいる。だから集まると面白いのだなあ。更なる魅力を増しつつ、第二部が完。    (07.6.27)
《文庫版の詳細情報&注文画面へ》



書評リストに戻る