じゃじゃ本ならし

2008年2月に読んだ古本雑感文

#08-031 
酸漿は殺しの口笛 御宿かわせみ7・平岩弓枝
#08-032 白萩屋敷の月 御宿かわせみ8・平岩弓枝
#08-033 一両二分の女 御宿かわせみ9・平岩弓枝
#08-034 閻魔まいり 御宿かわせみ10・平岩弓枝
#08-035 二十六夜侍の殺人 御宿かわせみ11・平岩弓枝
#08-036 夜鴉おきん 御宿かわせみ12・平岩弓枝
#08-038 鬼の面 御宿かわせみ13・平岩弓枝
#08-038 神かくし 御宿かわせみ14・平岩弓枝
#08-039 晴れた日は巨大仏を見に・宮田珠己
#08-040 ウはウミウシのウ・宮田珠己

今月の新刊書評に飛ぶ

酸漿は殺しの口笛 御宿かわせみ7・平岩弓枝(文春文庫)

 江戸の大川端にある小さな旅籠「かわせみ」を舞台に、女主人るいと奉行所筆頭与力の弟・神林東吾の恋の行方を絡めた捕物帳のシリーズ第7弾。
 【冬の月】がいいっ! この一編でお勧めマークが決定ってくらい、いい。結城から出て来た初老の女・おふきがかわせみに投宿する。商家の内儀だが、なさぬ仲の息子が嫁を貰ったのをきっかけに暇をもらって江戸に出た。縁あってかわせみの離れで得意の機織りをするようになるわけ。そこで「この年になって、お恥ずかしいことでございますが、わたくしは江戸に出て参るまで、このように、のびのびと息をしたことがございませんでした」という心境になるのよ。女は三界に家無しと言われたこの時代、幼い頃からずっと周囲に気を遣って生きてきた女が、老境にさしかかってようやく手にした自由。大半の女性はおふきと同じようなストレスを抱えていたのだろう、そして「自由」という概念すらないままに一生を終えるのだろう。初めて手にしたこの思いを、おふきは「のびのびと息をした」と表現した。この言葉の、なんと神髄を突いていることか! 近所に住む癇癪持ちの爺さんとの触れ合いもあったりして、読んでいてとても幸せな気分になれた。──途中までは。
 こういうところが、平岩弓枝は侮れないと思うんだよなあ。おふきの身の上と、やっと手にした自由だけで充分一編の話になるではないか。けれどそこに、敢えて一波乱二波乱を加える。「いい話」にしておかない、いや、「いい話」にしておいては消えてなくなってしまう「現実」を、悲しい程に読者の前に出して来る。途中、とても幸せな気分だったが故に、その反動が大きい。このやるせなさと言ったら。けれどその分、おふきの「のびのびと息をした」日々の大切さが強烈に印象づけられるのだ。
 その他、今回はけっこう現代に通じるような事件が目立った観がある。商家で起きた連続殺人事件を描いた【春色大川端】での、犯人の動機。【雪の朝】で描かれた、向こう見ずな若者カップルや、腕はあるのに「やる気がなくなっちまった」と仕事を放り出す職人。【冬の月】の、刃物を持ち出す少年も然り。
 捕物帳という点では、【酸漿は殺しの口笛】がなかなかにトリッキー(なんか事件が尾を引きそうでドキドキ)。謡曲師を巡る【能役者、清太夫】なんて、描きようによってはバリバリの本格になりそう。その他、花魁と商家の内儀が取っ組み合いのケンカをする【玉菊灯籠の女】を収録。  (08.2.2)
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白萩屋敷の月 御宿かわせみ8・平岩弓枝(文春文庫)

 江戸の大川端にある小さな旅籠「かわせみ」を舞台に、女主人るいと奉行所筆頭与力の弟・神林東吾の恋の行方を絡めた捕物帳のシリーズ第8弾。
 いやあ、この巻は素晴らしいっ! 捕物帳という点では【藤屋の火事】が、そして人情ものという点では表題作の【白萩屋敷の月】が絶品だあ。それ以外の収録作も、ひとつひとつが滋味豊かで。願った通りに生きられない市井の人々のジレンマがじわじわと胸に沁みて来るような物語ばかり。一冊の総体的なレベルとしては、ここまでのベストじゃなかろうか。
 京から父親を訪ねて江戸に来ていた姉妹が火事に遭う。生き残った姉は「かわせみ」の人々の助けを借りて父親に会うのだが──という【藤屋の火事】。ごくごく普通の人情もののつもりで読んでいたのだけれど、途中で「あっ」と声を出してしまった。あの手か! あの手で来たか! うわあ、こういう本格ミステリさながらのことを時々やらかしてくれるから、このシリーズは侮れないんだよなあ。おまけに、それに気づけなかったのはひとえに人情ものとしても読みごたえがあるからで、つまるところ著者の筆運びそのものがミスディレクションになっていたという次第。
 兄・通之進の名代として白萩屋敷に使いに出かけた東吾が、そこで出会った未亡人の美しさに驚く【白萩屋敷の月】。とてもしっとりした、いつまでも余韻の残る名作。これまでは単なる脇役に過ぎなかった通之進が、俄然存在感を増した。ああ、どの登場人物にもその人の歴史というものがあるのだなあ、と当たり前のことに今更ながらしみじみ。秘するが花、とはこのことか。それにしてもここで東吾のとった行動は、人によっては首を傾げるかもしれないけど、でもこれできっと良かったんだよな、うん。
 その他、コンゲーム的趣向が楽しい【美男の医者】、父親を川に突き落とすワガママ娘を描いた【恋娘】(この親子の描写がそりゃもうリアルで、まんま現代に通じる)、「お父つぁんを助け下さい」という絵馬を書いた少年のその後を描いた【絵馬の文字】(これも一種、本格ミステリ的な工夫があって、あっと思わされる)、16年前に出奔した父親を子どもが探しに来る【水戸の梅】(道理よりも穏やかな幸せを選ぶ、という主人公の選択に静かな感動)、持参金付きの嫁が新婚早々亡くなってしまう【持参嫁】、幽霊が出ると評判の鰻屋で殺人が起きる【幽霊亭の女】(ラストシーンのお吉がサイコー!)を収録。   (08.2.4)
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一両二分の女 御宿かわせみ9・平岩弓枝(文春文庫)

 江戸の大川端にある小さな旅籠「かわせみ」を舞台に、女主人るいと奉行所筆頭与力の弟・神林東吾の恋の行方を絡めた捕物帳のシリーズ第9弾。
 人手不足の「かわせみ」に口入れ屋の紹介でやってきた新入りの女中、おきたがやって来る【美人の女中】が印象的。とにかく美人で、東吾に色目を使うし若い男の客ばかり親切にするしで、女中頭のお吉はぷんすか。いやあ、このあたりのベタな展開は読んでてすごく楽しいぞ。必要以上にるいの焼き餅がフィーチャーされないのも楽しく読める理由か。そして思っていた通りに事件が起きる。が、そこからの展開はぜんぜん思っていた通りじゃなくてビックリした。犯人が分かる瞬間なんて「へえ」と思ったと同時に、それに対してるいが抱いた感情がまた切なくて……ま、このへんは読んで下さい。ストーリーもさることながら、売り手市場になると女中がワガママを言い出すという経済原理が面白かったなあ。江戸時代だって、市場のありようは今と同じなんだという当たり前のことに今更ながらに驚く。人の社会のありようなんて変わらないということか、それとも読者に分かりやすいように著者がそういうふうに書いているのか。
 この巻は他にも人情ものがいい味を出している。お吉を訪ねて「かわせみ」にやってきた老人が、自分がどこの誰なのかを思い出せない【むかし昔の】では年をとるということの寂しさがしみじみ伝わってくるし、23年前に父親と別れた妾腹の子が「かわせみ」に現れる【愛染川】の結末は、身を切られる哀しさなのにどこか「これでよかった」と思ってしまう不思議な結末。真の幸せとは何なのか、サッドエンドなんだかハッピーエンドなんだか、なんとも判断に迷うような終り方なのよ。また、盲人の金貸し父娘を描いた【白藤検校の娘】は、真っ直ぐに清らかに生きる事が必ずしも報われるわけではないという哀しみと、そんな中でも真っ直ぐ生きようとする娘の凛々しさがいい。同時に嫌われ者の検校が見せる父としての心配りにも胸を打たれる。
 ミステリ的には、なんともおどろおどろしい犯罪を描いた【一両二分の女】がいい。金の意外な隠し場所に驚かされたのは【猫屋敷の怪】【川越から来た女】には
「白萩屋敷の月 御宿かわせみ8」所収の【美男の医者】で初登場した天野宗太郎が登場。どうやら準レギュラーになりそうな感じ。ただ、【黄菊白菊】はただ嫌悪感だけが募ってしまって、個人的にはイマイチ。   (08.2.6)《この本の詳細情報&注文画面へ》back


閻魔まいり 御宿かわせみ10・平岩弓枝(文春文庫)

 江戸の大川端にある小さな旅籠「かわせみ」を舞台に、女主人るいと奉行所筆頭与力の弟・神林東吾の恋の行方を絡めた捕物帳のシリーズ第10弾。
 わーっ、源三郎が祝言! いやもう、突然でビックリしたよ。目次で【源三郎祝言】の文字を見つけたときにはもう、ひっくり返ったね。とにかくそれを早く読みたくて、でもその話が「祝言」なら出会いや恋愛はもっと前から出て来るのかもと、はやる心を抑えて順に読んだのさ。そしたらばアンタ、なーーーーーーんの前振りもなかったわよ! ぷんすか。
 東吾の親友であり、常にクールで仕事のできる切れ者の同心・源三郎。袖の下を受け取ることもなく、いつも親切で、無骨だけど暖かい。そんなキャラが大好きだっただけに、どうせ祝言をあげるのなら「それまで」をじっくりしっとり書いて欲しかったという思いは拭えない。一話だけで全部片付けちゃうなんて、なんてもったいない……。
 もちろん、その一話はとてもドラマチックで、「えっ、祝言ってこういう形なの? こんな結婚しちゃうの?」とハラハラさせ、けれど土壇場でなんともステキな展開を見せ、そこだけとれば大満足。ただ、源三郎と彼の「新妻」が前から思い合っていたなんて、そしてそれを、通之進もるいも「見れば分かる」なんて言ってるけど、ぜんぜん分かんなかったわよっ。──とまあ、祝言に至る過程にはいろいろ文句もあるんだけど、次の【橋づくし】で二人がとってもいい夫婦になってるのを見ると、ま、いっか、と思ってしまうのであった。っていうか、のろけてるし>源三郎。新妻が待ってるんだから早く帰ってやれと言われ、「ご心配なく。遅く帰った分だけ、かわいがってやってます」なんてぬけぬけと言うのよあの源三郎が! いやーっ、源三郎がそんなこと言っちゃいやーっ(じたばた)。
 さて、気を取り直して。
 印象に残ってるのは表題作【閻魔まいり】で描かれた、なんとも切なくも激しい女心。女の敵は女とはよく言ったもんだ。同時にこれはミステリとしても秀逸。手法を人情捕物帳にしてるから地味なだけで、本格ミステリの様式に構成し直すと面白いと思うなあ。
 その他、蛍狩りで死体を見つける【螢沢の怨霊】、金魚を食べた息子が毒死する【金魚の怪】、蕎麦屋の亭主が殺される【露月町・白菊蕎麦】、ポルターガイスト事件が起きる【星の降る夜】、呉服屋の手代の嫁になるため上州から娘が出て来る【蜘蛛の糸】を収録。   (08.2.10)
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二十六夜侍の殺人 御宿かわせみ11・平岩弓枝(文春文庫)

 江戸の大川端にある小さな旅籠「かわせみ」を舞台に、女主人るいと奉行所筆頭与力の弟・神林東吾の恋の行方を絡めた捕物帳のシリーズ第11弾。
 いやあ、このシリーズも読み始めた頃は、るいの焼き餅の焼き方が鼻について鼻についてしょうがなかったんだが、さすがにここまで読んでくると慣れたなあ。東吾と源三郎が捕物の話をしているとき、女の話題が出て来ると何でも反応してひがんでみせるってのは相変わらず「けっ」と思うけれど、ここ数冊、るいは完全に「one of 脇役」として書かれているので(っていうか、るいが主役っていうイメージはドラマによるものだったのだと納得)初期ほど気にならないのかもしれない。
 今回はやはり源三郎夫婦に子どもができたことがわかる【源三郎子守歌】(どうでもいいが、2巻の
「江戸の子守唄」は〈唄〉なのに今回は〈歌〉だ。何が違うんだろう)がメイン。源三郎と夫婦になる予定だった(そして土壇場で逐電した)おいねが再登場。このくだりが、なんともドラマチックなのよ。とある事件に巻き込まれたおいねが、昔自分が裏切った男の家に駆けこんで来る。それだけ切羽詰まっていたとも言えるし、源三郎の仕事を考えるとせめてものお詫びに役に立ちたいと思ったのかもしれない。そうしたら、その家にはもうちゃんと妻がいて、その妻が自分を助けてくれようとするんだもん。ここでのおいねの心情はどうだったろう。安心したか、寂しかったか、皮肉を感じたか。かくまってくれるというのに、敢えてその家を出て危険に身を曝したおいねの行動が、彼女の思いを物語っているようで何とも切ない。
 それにしても、東吾&るいだけ見てると1巻から何の代わりもないんだが、こうして周囲に少しずつ変化が出て来ると、東吾&るいが如何に「変わる事ができないでいるか」が沁みてくるって寸法だ。よく考えられてるなあ。
 その他、よく当たると評判の生き神様が登場する【心霊師・於とね】(天野宗太郎もすっかりレギュラーだ)、俳諧が趣味の表具師が殺される【二十六夜待の殺人】、るいの幼なじみの息子がかどわかしに遭う【女同士】、目を病んだるいが眼病に効くという稲荷に出かけた際に知り合った娘の事件を描く【牡丹屋敷の人々】、犬を二十匹も飼って近所に迷惑をかけているご隠居の話【犬の話】(「かわせみ」に迷いこんで飼われることになったシロがめっちゃ可愛い!)、夜道で東吾が若い女に声をかけられる【虫の音】(子どもに過剰な期待をかける親と、その子どもの歪んだ関係は現代にそのまま通じる)、祝言前日に花嫁が漆にかぶれてしまう【錦秋中仙道】(ホワイダニットでミステリ的にはイチオシ、でも綱渡りだなあ)を収録。   (08.2.12)《この本の詳細情報&注文画面へ》back


夜鴉おきん 御宿かわせみ12・平岩弓枝(文春文庫)

 江戸の大川端にある小さな旅籠「かわせみ」を舞台に、女主人るいと奉行所筆頭与力の弟・神林東吾の恋の行方を絡めた捕物帳のシリーズ第12弾。
 今回は異色作【岸和田の姫】が目を引いた。何なんだろう、これって今までにないパターンなのよ。代々木野に隠棲している老師匠を見舞った東吾が、迷子の少女と出会う。その少女ってのが、物腰と言い言葉使いと言い、どうも身分のある武家の娘っぽい。体調の悪そうな娘をとりあえず老師匠の家に運び、医者・天野に診て貰っているとき、その子が五万七千石の泉州の姫君だってことが分かるって次第。姫君に気に入られてしまった東吾は話し相手として屋敷に呼ばれ、姫君は「東吾と一緒に捕物をしてみたい」と言い出す。ついには町娘のふりをしてお忍びで江戸見物に来ることになり──。
 つまりは「かわせみ」版「ローマの休日」だ。事件が起きるわけでなく、ただ深窓の姫君が江戸を見て回るってだけなんだけど、それがとても良いんだなあ。とにかく姫君の造形がいい。こういう話になるとワガママいっぱいに育てられたやんちゃ姫として描かれることが多いが、この花姫はとても賢くて毅然としていて、与えられたたった一日の休日を精一杯楽しんでいる。おそらくは東吾にほのかな憧れも抱いていたかもしれない姫君がるいに出会い、最後に東吾とるいの幸せを祈るところなど、じーんとしちゃったよ。いつかまた再登場して欲しいなあ、花姫。さすがにこれほど身分が違うと、るいも妬かないみたいだし。
 ミステリという点では【筆屋の女房】がいい。こういう〈物理トリック〉をさらりと使うあたりがニクいじゃないか。トリックのみならず、犯人の心情がもうたまらん。ラストで東吾が空を見ながら犯人の気持ちを考えるシーン、「愛されて育った(犯人)は、自分自身を愛することに夢中で、気がついたら一人ぽっちになっていた」というくだりが、もう悲しくて悲しくて。この犯人自身には何ら同情の余地はないのだけれど、なんとも切ない読後感。ミステリといえば表題作【夜鴉おきん】はミッシング・リンクものだが、これはもうちょっと早い段階でヒントが出ると良かったのにな、と、ついフェアプレイを望んでしまう本格読みのサガよ。
 けれどまあ、何はともあれ今回の白眉は源三郎夫婦に子どもが生まれる【源太郎誕生】でしょう。前巻でお千絵が懐妊した後、【春の摘み草】で彼女が流産していたことが「そういえば」みたいなノリで明かされたときにはアンタ、「こらこら、そんな大事なことをさらっと流すんじゃないっ!」と思ったものだが、無事に再懐妊・長男誕生の運び。ただねえ、産み月に実家に戻ったお千絵に対し、「夫のそばにいるべきでは」なんてことを自分を引き合いに出して考えるるいの〈るい&東吾のありようがベストに決まってる〉目線はどうにも腹立たしい。夫婦の数だけ形があるんだよっ。ぷんすか。
 その他、酉の市で出会った美人妻が殺される【酉の市の殺人】、妾と同衾中に旦那が急死する【江戸の田植え歌】(これ、結局見逃すのか?!)、大工親子の絆を描いた【息子】を収録。   (08.2.19)
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鬼の面 御宿かわせみ13・平岩弓枝(文春文庫)

 江戸の大川端にある小さな旅籠「かわせみ」を舞台に、女主人るいと奉行所筆頭与力の弟・神林東吾の恋の行方を絡めた捕物帳のシリーズ第13弾。
 今回のキモは何といっても、天野宗太郎&七重のカップル誕生でしょう。いやー、この二人を結びつけるかー。そっかー。源三郎のときのようなイキナリ感もなく、【大川の河童】(大川に河童が出て船を沈めるという事件)で出会い、【忠三郎転生】で思いのたけをほのめかしたと思ったら一気にプロポーズ、【雪の夜ばなし】で祝言をあげるってえ次第だ。七重を東吾に添わせるという麻生家の願いが東吾とるいの結婚を遮る一因であっただけに、その重しがとれたってことは東吾&るいも結婚に一歩前進。実際、【春の寺】では、東吾の兄が二人の結婚を年内にも考えているという話になるわけで。うーん、動いて来たねえ。
 そういう意味でも今回のメインは【忠三郎転生】だ。病人のいる家ばかりを襲う強盗事件が相次ぐんだが、そこで名前があがったのが希代の悪党・忠三郎。東吾と一緒に医者に聞き込みに行った藤吉がある人物を評して「江島屋の忠三郎に似ている」と言い出す。いやもう、最初は何のことだか分からなかったわよ。しばし考え、「あ、そうか」と思い出す。
「酸漿は殺しの口笛」に出てきたあいつかー。そんな、6巻も前の伏線なんか覚えてないわよっ! 言われてみれば確かに、あの話では逃げ仰せた忠三郎がまた舞い戻ってくるような予告はあったけどもさ。ちょっと間が空き過ぎではないのか。
 しかしまあ待たされただけのことはあって、この【忠三郎転生】は極めてドラマチック。どうやら宗太郎に思い人がいるらしいことを仄めかし、その直後に七重が拐かされる。それを助けに宗太郎が向かうわけで、ここらで読者には宗太郎の思い人が七重であることがわかってドキドキ。何より、ピンチになっても宗太郎が泰然自若(というか、のほほんというか)としているところが良いのよ。この話は捕物帳としてもエキサイティングで、恋の行方と捕物帳が実に巧く融合した一作と言えましょう。プロポーズと言うクライマックスで、宗太郎の申し出に答えるまえに麻生家の義父・源右衛門が東吾の兄に向かって「東吾を、麻生家にくれる気はないのか」と訊ね、断られると「なら、しょうがないな」と承諾してみせるくだりなんて、源右衛門が可愛くってニヤニヤしちゃう。心中では宗太郎を気に入ってたし、きっと嬉しくてしょうがないのに、今までずっと東吾の養子入りを熱望していた手前の照れ隠しなのよきっと。
 その他、幽霊騒ぎの起こる【夕涼みの女】、麻布という地名の由来に「へえ」と思った【麻布の秋】、節分に起こった殺人事件を描く【鬼の面】(これはミステリ度高し)を所収。あと、【雪の夜ばなし】では宗太郎と七重の祝言のあとで東吾が遭遇した色っぽくも不可思議な事件が描かれるぞ。    (08.2.20)《詳細情報&注文画面へ》 back


神かくし 御宿かわせみ14・平岩弓枝(文春文庫)

 江戸の大川端にある小さな旅籠「かわせみ」を舞台に、女主人るいと奉行所筆頭与力の弟・神林東吾の恋の行方を絡めた捕物帳のシリーズ第14弾。
 最後の一編【麻生家の正月】に注目したい。前の巻で麻生七重と結婚した医者・天野宗太郎。その後、七重は懐妊してこの話でめでたく女児を出産する。ここでの宗太郎の父親ぶりがいいのよー。おしめも替えるし、母乳がよく出るように七重の乳揉みはするし、洗濯したおしめを干すし。とってもいいパパ。ところがそんな宗太郎を見て、東吾は怒るわけですよ。そんなことは女中にやらせろ、赤ん坊の世話なんぞは女のすることだ、天下の名医が何だその格好は、実家の家族が嘆くぞと。ああ、東吾のなんとケツの穴の小さいことよ!
 もちろん、この時代の風習や価値観に照らし合わせれば、東吾の言ってることの方が「正しい」のである。が、しかし。平成の読者はどうしても今の価値観で読んでしまうので、宗太郎の方が数段に良い夫であり良い父であるというふうに見てしまうのさ。そして東吾の考え方を、何とも偏狭で古くさい(つっても150年前の話なんだから古くさいのが当然)と感じてしまう。それを平岩弓枝が分かっていない筈もなく、わざと宗太郎に、当時ではあり得ないようなパパ像を演じさせてるわけだ。育児をするパパというのは「情けない」と誹られるような時代だったんですよ、と。と同時に、いまだ独身の東吾と、妻を持ち子を持った宗太郎や源三郎との違いというものも描き出している。源三郎も、よい夫になったものねえ。自分も年内にはるいと一緒になるべく、兄の隠居先が決まったりと準備も進む中でこういう友人たちを見て、さて東吾はどんな夫・どんな父になるのかしらん?
 その他は、今回は捕物帳テイストより家族のしがらみやいざこざを描いたものが多い。火事で焼け出された子持ち夫婦をかわせみで預かる【梅若塚に雨が降る】(なんとも救いのないエンディングに心が冷える)、子が出来ず婚家を離縁されたお与里が昔なじみのるいを訪ねてくる【みずすまし】(このお与里のキャラがぞぞっとするぞ!)、かわせみの逗留客と出入りの商人が偶然昔の知り合いだった【天下祭りの夜】、目の悪い娘が願掛けに行った先で知り合った〈運命の人〉を待ち続ける【目黒川の蛍】、白木屋の大番頭が六阿弥陀詣でに出たまま行方不明になる【六阿弥陀道しるべ】、京から江戸の商家に嫁入りしたおきみが、かわせみの泊まり客に会いに来る【しぐれ降る夜】(逆転の妙味を堪能)、江戸の町で女性が神かくしに遭うという事件が相次ぐ【神かくし】を収録。
 ところで、ここまで読んで来て気づいた事。1巻からずっとるいの焼き餅には辟易していたんだけど、るいが嫉妬深いか否かというよりも、東吾&るいのベタベタぶりって単なる「江戸のバカップル」なんじゃないかって思えてきた……。 (08.2.24)
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晴れた日は巨大仏を見に・宮田珠己(白水社)

 日本の各地にある巨大仏。例えば奈良の大仏のような宗教的なものもあるけれど、その一方で、「な、なんでこんなところにいきなり、こんなでっかい仏像が?」と唖然とするものもある。例えばドライブの最中、いきなり眼前の山の中腹にそびえ立つ巨大仏。例えばローカル線に乗っているとき、窓の向こうにぬっと立つ巨大仏。「な、なんだあれ」と思った経験、あるでしょう? 本書はその後者を巡った紀行エッセイ。巡ったのは、牛久大仏(茨城)、世界平和大観音(淡路島)、北海道大観音(北海道)、加賀大観音(石川)、高崎白衣大観音(群馬)、会津慈母観音(福島)、東京湾観音(千葉)などなど、全13章で20柱近く(ついでに回ったのも含めて)紹介されている。
 ほら、ここに書かれたのって、殆ど知らないでしょう? あたしも本書に出て来る20柱近くの巨大仏のうち、知っているの実際に見た事のある淡路島の世界平和大観音、映画「下妻物語」で知った牛久大仏、そして大阪万博の太陽の塔(っていうか、これ仏か?)の3つだけだったもん。そして本書を読んで気がついた。こういう巨大仏って、個人で建ててるんだ! 寺の所有だとか国の文化財だとか、そういうんじゃないんだ。個人の趣味(というか何というか)なんだあ……。うわ、個人でこんなの建てるってどういう……と思ったものの、今回も
「ウはウミウシのウ」同様に「あらかじめ断っておくが、牛久大仏についてさらに何か調べようとか、なぜこんなものがつくられたのか考察しようというような気持ちは、私にはさらさらない」というステキなスタンス。その分、えも言われぬ巨大仏のマヌケな存在感の描写に満ちあふれ、もうくすくす笑いっ放し。
 巨大仏をいきなり目にしたときの、あのマヌケ感。誰もが抱いていた感覚を、本書ははっきりと言葉で説明してくれる。つまり、巨大仏についての考察ではなく、それを見る側を考察しているのだ。だから「なるほど」と思う。読みながらなるほどそうかと膝を打ったのは、これらは観音だったり大仏だったりと、つまるところ仏様なのだけれど、なんとなく宗教色が薄い、と。あまりにもでかすぎて荘厳さがなく、むしろ体内に入れたり展望室があったりと、「宗教のようだが本質はレジャー」なのだ、と。ああ、そう言われるとすごく腑に落ちる!
 紹介された中では辛うじて高崎白衣大観音が信仰の対象になっているようだが、それでも現地の人にとって観音様は「免許とって行くとこないときとか、とりあえず目指してしまう場所」という描写には笑った。な、なんか分かるよ、それ。    (08.2.25)《詳細情報&注文画面へ》 back


ウはウミウシのウ シュノーケル偏愛旅行記・宮田珠己(白水Uブックス)

 海に生息するヘンな生き物を見に、シュノーケルで世界各地の海を見て回った旅行記。ダイビングではなく、あくまでシュノーケルなんだそうだ。主として東南アジアのシュノーケルポイントを巡ったときの旅行記で、お馴染みのタマキング節が炸裂。何がおかしいって、その心構えがおかしい。例えば、たまたまカニの脱皮を見たというくだりがあり、そこにはこんなふうに書いている。
 「しかしこの経験で調子に乗って、カニについて何か語ろうとか、カニに関する知識を深めようなどとは、もちろん考えない。これはただ、カニが脱皮するところを見たという報告である。知識が深まる事には何の不都合もないが、何かに興味をもつとそれについて自分を高めていかなければならない、と思うから趣味が面倒くさくなるので、わたしはカニの脱皮を見た瞬間の驚きにとどまって、その感動だけを味わおうと思う。それがシュノーケル旅行の心構えである」
 うわはは、なんて潔い! でもそれがユルユルでノンビリで、とてもいいのよ。そうだよなあ、と思わされる。
 だから何かを見つけても、後に図鑑で調べてその生き物が何であったかを記す程度。そのかわり、見たときの感想や見た目の情報は微に要り細を穿って描写される。随所にあしらわれる、海の生き物のイラストもいいぞ。このイラストがあんた、シンプルな線で特徴を捉えており、実に分かりやすい──というものが6割、残りの4割はいったい何なのかさっぱりわからんぞ。どこまでテキトーか。うわはは。いや、本文があるから分かるのであって、何の説明もなしにそのイラストだけ見せて「これは何でしょう」と聞いたらまず答えられない。中には「こんなカタチの大きい魚も見た。名前はどっちも知らない」とあって、絵だけ書いてるんだけど、これじゃあ何の魚か永遠に分からないだろう、というようなシロモノなのだ。でもじっと見てるとしみじみオカシくて、なんだか笑えてくるのよ。そういや、
「ジェットコースターにもほどがある」でも、イラストで随分笑わせてもらったな。
 だがしかし。わははと笑って読んではいるものの、これはシュノーケルや海が好きな人にとっては、とてもいい旅行ガイドなんじゃないかしらん。あたし自身にその方面の趣味がないので分からないけれど、各ビーチの具体的な情報や周辺の様子、見どころなどが(実は)満載。もちろん実際に旅行なんかしなくても、そこに一緒に行った気分になれるスチャラカな紀行エッセイなのは間違いない。旅先で出会った人々との会話(ダイビングを進めて来るインストラクター、アツアツのカップル、デートができそうだった店員など)なんか、サイコーに面白いぞ。   (08.2.24)《詳細情報&注文画面へ》 back


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