ある日、留置場に入れられた一人の老人。その老人は、昔、その名を知られた大泥棒一味のひとりだった!警察からも一目おかれ、防犯の参考に話を聞きたいと相談を受けるほどの元泥棒の思い出話。おもしろくないわけがない!
昭和二十年八月。女子中学生がある軍事機密の作業に駆り出される。そしてそれから五十年。行きずりの老人から手に入れた手帳には、当時のとんでもない思い出が書かれていた……。昔と今が交互に訪れ、物語はひとつの方向へと流れて行きます。いい、実にいい。このおやじってばどーしてこんなに巧いかねぇ(感涙)。
アリスの国の殺人・辻真先(徳間文庫)
推理作家協会賞をゲットした作品ということで読んでみたのですが。あらら、チト旬を逃したかなという感じがしました。ファンタジーのアリスワールドで起こる事件と実際の社会で起こる事件の二本立て。実社会の方はけっこう面白く読めたんだけどなぁ。アリスワールドの方は何のためにあるのかよくわかんなかった。ふたつの物語があまり有機的に結びついていないような気がするんですが。(解説が「有機的結合」と絶賛してるのが納得いかないのです。あたしがバカなだけかもしれんが。だって、個々の話としてそれぞれが完成独立してるでそ?)アリスが元ネタということで、言葉遊びがふんだんに盛り込まれてるのもわかるんだけど……やっぱ今、この年になって読むとあまり面白くないというのが正直なところ。ナンセンスギャグにしてもちょっと古いよなぁ。文章のしりとりで話をつなぐ所もあったけど、子供には受けるかもしれないけど、なんだかなぁ、なのでありました。言葉遊びはあたしは大好きなんだけど、それが小説の中の息抜きやお遊びに終わらず、なにかのヒントであったり次への必要なステップであったり、はたまた暗号であってりすると嬉しいんだけど(だからってアナグラムのオンパレードは止めろ(笑)>某作)、これはそうじゃなくてただ作者が遊んでるだけという感じがしたのです。ま、流行すたりには気を付けないといけない、ということでしょうか。今更ニャロメが出てきてもなぁ……(笑)ま、この類のお遊びが好きなひとや好きな世代というのが厳然として存在すると思いますので、あたしの趣味に合わないというだけなんだけど。同じ言葉遊びなら、「夜の蝉」で北村薫氏の引いた「八万三千八三六九三三四七一八二四五十三二四六百四億四六」のようなものの方が圧倒的に好きだな。
(97.2.17)
今月の「じゃじゃ本ならし」はお勧めマークのラッシュになってしまった。決して見る目が甘くなったわけではないということは新刊の書評を読んでいただければ判ると思うのだけれど、つまりそれだけ質が高いということだ。まぁ、古本に関しては評判を聞いてから読んでるものが多いので当たり前なんですけどね。
キャッツアイころがった・黒川博行(文藝春秋)
連続殺人と、そこに転がる宝石。ああ、なんて魅力的な謎なの。謎は魅力的なんだけどなぁ……(笑)。あたしの最も苦手とするタイプの探偵だったので、ちょっとその分割り引いて読んでしまいました。どういうのかと言うと、「謎を解く必然性もないのに探偵を気取りたがって出てくる」というタイプの探偵。いわゆる推理マニアの女子学生なわけだ。ああああ、警察がちゃんと動いてるのに、なんであんたがそんな事しなくちゃいけないんだよぉ。第一、普通の女子大生がどーして警察より先に真相にたどり着けるんだよぉ。しくしく。証拠隠したり警察に嘘ついたり、あげくの果てに、推理のためにインドまで旅行して、その旅行費用は無理矢理男友達に出させて。こういう話で、自分でわざわざ謎を解こうとする理由は往々にして「自分が疑われるから」だったりするワケですが、今回はぬれぎぬどころか、ちゃんと警察に話せば充分酌量の余地はあるわけで。もう、最初っから最後まで「素人がよけいな事するなよーーー」と思いながら読んでしまった(笑)。ま、そんな事言ったら話が始まらないんですけどね。話自体も、うううむ、警察の調査の様子なんかとっても克明に書かれてるし、刑事たちの人間も面白いから、もっと警察の調査を中心に書いてもよかったんじゃないかしら。
(97.2.18)
白雪姫の殺人・辻真先(徳間書店)
「本格・結婚殺人事件」を読んだのがきっかけで、薩次とキリコシリーズの未読をまとめて読んでみようと思ったわけですが。あああ、この本てば、失礼ながらアニメマニアでもあまり興味を持たないような70年代アニメの登場人物の名前が使われてて、懐かしいやら恥ずかしいやら。秘密のアッコちゃんとか鮎原こずえなんて、今の10代の子は知ってるのかなぁ。009はファンが多そうだし、鬼太郎もリメイクされてるけど、うううう、オバQ。なんか恥ずかしい。なんでか判らないけど、妙に恥ずかしいぞ、こーゆーの。(;_;)(;_;) なんかコスプレして晴海に行く少女たちを見ているようだ。
定本 ゲーム殺人事件・竹本健治(ピンポイント)
囲碁、将棋、コントラクト・ブリッジが題材となった著者の初期の三部作が合本となり、それに書き下ろしの「チェス殺人事件」が収録された豪華版(?)です。囲碁がいちばん普通のミステリっぽくて、将棋・ブリッジとなるにつれて、あの「匣の中の失楽」を産んだ竹本チックになっていくわけで。メタミステリにはどうも馴染めない箱崎なので囲碁が一番面白かった(笑)。こんなこというのとその道のひと(どんな道だ?)に叱られるかもしれんけどね。
こういう作家が断筆なんて事態に追い込まれた事自体に怒りを覚えるのであります。ううう。これだって読みようによってはエイズ患者をかなり差別してるように見られる部分が多々あるけれど、それだって、風刺や皮肉として取り入れられているのであって、揶揄が目的ではないのだ。てんかん描写の問題の時に「誤解を招く」という意見が出たけれど、誤解するのは読解力がないせいで、読解力のなさを作者の表現力のせいにされては作者はたまらん、と思うのである。そりゃ10人読んだら10人が誤解するような表現力なら作者の責任だけど、筒井氏の場合は日本語さえ判れば誰も誤解なんかしねーって。誤解するのは小説を読んだ読者ではなく文章を読んだ読者なのだ。ましてや件のてんかんの描写は教科書に載せるんでしょ?それこそ誤解させないように持っていくのが教師の腕の見せ所ではないか。ぷんぷん。
取材の権化と言われる真保氏のデビュー2作目。なんか、このそっけない2文字タイトルがいいなぁ(笑)。デビュー作が「連鎖」、短編集が「盗聴」、昨年のイチ押しが「奪取」。真保氏の二文字ものにはハズレがないと言われる所以ですね。「取引」がタイトルになるのなら、是非「手形」とか「決算」とか「人事」なんてのを書いて欲しい。いやマジで。真保氏ならそういうタイトルで非常にスリリングな社会派を書いてくれそうな気がするんだけどな。彼ならいっそ「痔瘻」とかでも立派な社会派に見えるくらいだ(笑)
天切り松 闇がたり・浅田次郎(徳間書店)
その主人公・松の子供時代から話が始まる。そして「一家」にいる仲間ひとりずつが順番に主人公となる話の紹介。時は大正・所はモダニズム東京。山県有朋の金時計をスリ取る姉御や、実在した説教強盗の師匠が登場して、実に贅の限りを尽くした作品だ。すんげぇ面白いぞ、よめよめ。
まぁ、この作者全般に言えることではあるけれど、総じて話が「クサイ」という傾向がある。二昔前にはお茶の間に喜んで受け入れられた涙あり笑いありの物語。お茶の間がリビングと名を変えた頃から、「ダサイ」「古い」と見向きもされずトレンディドラマへ地位を明け渡した古き良き物語たち。そういったノスタルジーを感じさせる物語であります。小難しいことはさておき、娯楽小説・エンターティメントの粋と言ってもいいんじゃないかな。現代に蘇る講談だと思って頂ければ間違いありません。天下りばかりの公団が問題になってるけど(笑)、こういう講談ちっくな小説は忙しくて心を亡くしてるあなたに魂のリフレッシュをしてくれるぞ。
250ページの康ちゃんのセリフを読んで泣いてしまった大矢なのでありました(涙)
(97.2.16)
日輪の遺産 消えたマッカーサーの財宝・浅田次郎(青樹社)
歴史小説には違いないのだけれど、中身はじゅうぶんにミステリー。それにいつものことだけれど、このおじちゃんは本当に人物の描写がうまい。ドラマを見てるみたいだもんなぁ。これまでの浅田作品と評価の文章がかぶってるのは判ってるんだが、ホントにそうなんだから仕方がない。戦時下の女子中学生も、このおやじは昔は女子中学生だったんじゃないかと思うくらいリアルだし、現代の登場人物もみんな平凡で小悪党で大きなことはできないけど小さなこともできない、普通の、でも個性的ないい人物ばかりを描く。すごい。
戦争ってのは、確かに歴史的考察は不可欠だけれど、歴史とか政府とかの正体不明の化け物ばかりを論じるんではなく、そこに否応なしに巻き込まれながらも、歌をうたい、仕事をし、お風呂に入り、そんな人たち一人一人の事を思い出すことのほうが大切なような気がする。「報国女学生」ではなく「久恵」という名前を持つ一人の女の子であるということ、「近衛隊少佐」ではなく「真柴司郎」というひとりの青年であるということ、そっちの方がずっと大切だと、あたしは思うんだけどね。
毎年八月には各テレビ局で終戦特別ドラマみたいなのを制作するけど、今年はどっかの局で是非これを映像化してほしいな。戦時下の真柴にはキムタク、小泉には吾郎ちゃん、曹長には慎吾ちゃんでどーだ!(笑)
(97.2.16)
梟の拳・香納諒一(講談社)
で、梟の拳であります。目の見えなくなったボクサーが巻き込まれる陰謀がテーマで、けっこう面白い。主人公は普通もっとかっこいいヒーローなんじゃないかと思うのだけれど、この主人公の元ボクサー・桐山ははっきり言ってバカ。(笑)賢い奥さんや周りのひとに推理は任せて、力の部分だけ担当というのがもう、脳味噌も筋肉という感じがしていいですねー(笑) それで本人は(作者は、か?)ちゃんと主人公のつもりなんだもん。盲人特有の勘と鍛えた腕で危機をすりぬけるから何かかっこよく見えてしまうけれど、よく読むとホントにバカです>主人公。そのバカな主人公と一緒に動く脇役が、奥さんやら謎の人物やらを含めて実にリアル。途中明らかになる主人公の過去も切なくて、でも単なるお涙頂戴じゃなくて必然性があるのもステキ。かなり分厚い本だけれど、二段組ではないのでゆっくり読んでも3時間程度で読めます。展開が早いし文章が判りやすいからページがホイホイめくれるのね。その人物がどういう人間であるかというのが説明でなく、行動やエピソードからすんなり納得できるので物語世界に入っていきやすいんじゃないかな。同じ元ボクサーものということで黒川博行氏の「封印」とかと並べられるかもしれないけど、こっちは「社会派」なのでヤクザものより固い社会派が好きなひとにお勧めです。主人公は全然社会派じゃないんだけどね(笑)
(97.2.17)
しかし、内容は老人ホームを舞台に起こる不可能犯罪ということで立派な本格です。手がかりもフェア。一種の「館」モノで、本格ファンなら身を乗り出すようなトリックも満載だし、思いきり騙される。けっこうイイのです。背景にある「老人問題」絡みのテーマも読ませるし、一編の立派な本格推理なのに、それなのに、どうしてそういう雰囲気にならないのかなぁ、と考えると……やっぱ、オバQに飛雄馬のせいだと思うんだけどなぁ、あたし(笑)。
(97.2.21)
シリーズモノなので、4作に登場するキャラは同じ。IQ208の天才少年にミステリマニアの姉、大脳生理学を研究する学者、精神科の医者、とまぁ百花繚乱のラインナップ。それぞれの役所も固定されてて、今読んでも特に目新しさはないんだけれど当時は新鮮だった……のか……なぁ?謎解きはそれぞれ面白かった(特にブリッジの暗号とか)けれど、もっと根本的な部分「どうして彼らが事件に巻き込まれたのか」という部分が明快なのは囲碁だけなのです。(だーらあたしは「関係ないのにしゃしゃり出るミステリマニア」が大嫌いなんだってばっ!ぜぇぜぇ)どうもこの類のモノは、作者自体がミステリマニアで(そうでなくちゃこういう商売はしないだろうけど)自分の趣味の発露として小説を書いてるような(ま、たいていの商売はそうなんだけど)気がして、……要は多分に「ひとりよがり」の感が強くて今イチはまりませんでしたわ、という事です。自分が書きたくて書く、というのと、読者に読んで欲しくて書く、というのとは似ているようで雲泥の差があると思うのね。囲碁はまだ、囲碁を知らないひとにも小説として楽しめる部分はあるんだけど、将棋やブリッジはチトなぁ。小説というのも、読者という客を楽しませるのが第一のサービス業だと思うので、やっぱサービス精神がも少し欲しいところです。あー、でも、合間合間の中井英夫氏や山口雅也氏の解説は読むに値すると思いますよん。
(97.2.26)
文学部唯野教授・筒井康隆(岩波書店)
ま、あだしごとはさておき、この作品の醍醐味はふたつ。ひとつは象牙の塔にあっていろんな柵と奮闘する唯野教授も面白くも悲しい日常のお話。もうひとつは唯野教授が展開する文学批評論。両者は密接にリンクしているわけですが、批評論の部分は単独で読んでも実に面白いですね。T・S・エリオットや小林秀雄という印象批評に始まり、ド・マンのようなポスト構造主義にいたるまで、実際に大学で文学論の講義を聴いた十ン年前よりもくっきりと脳味噌に入ってくるから凄い。で、学術的見地はさておき、この批評論自体が痛烈な風刺になっているわけです。筒井作品に限らず、文学を、小説を批評するとはどういうことなのか。「何つっても小説ってのはやっぱ娯楽品なんだから、何はさておき面白くなくちゃね」というのは確かに真実のひとつであるとは思うんだけれど、言い換えれば「自分が面白いと思ったかどうかが至上」という極めて土台の無い無責任な批評なんだな。あたしみたいに書評(というより雑感だな)をホームページに載せているひとには是非読んで頂きたい一冊。
(97.2.27)
取引・真保裕一(講談社)
公正取引委員会に務めるオトコが巻き込まれた事件。なんかハードボイルドちっくな印象を受けるけれど、中身はカチカチの社会派です。ODAプロジェクトの利権がうずまくフィリピンにひょんな(笑)ことから行くことになった主人公井田っつーだけでも文句無しの社会派なんだけど、むしろあたしは、異文化の中でいろんな経験をしながらだんだん周囲の事に目覚めていく成長物語でもあるような気がしましたが。東南アジアの女性と愛し合い子供を作りながら家族の風当たりが強くて結婚できないオトコ、報奨金が出ないと捜査をしない警察、日本人を使ってるということが自慢になる企業。そういった小さなエピソードのひとつひとつがエンディングへと向かってひとつの潮流になる。誘拐事件が起こるわけですが、その真犯人は誰だと言うメインの謎の他に、どことなく切なさと、どこか深いところから沸いてくる罪悪感のような思いが前編を通じて漂ってるところが、なんともいい。登場したときにはいやな印象しか持てなかった登場人物(経済誌の女性記者とか現地の横暴な警察とか)が話が進むにつれて、だんだん人間味を増してくるのも、最初からイカニモという感じで登場するよりずっと引き込まれるのです。ううむ、上手だなあ、まったく。
(97.2.28)
書評リストに戻る