じゃじゃ本ならし


βの悲劇・夏樹静子・五十嵐均(角川書店)

 兄妹合作。うーむ。合作である必要がどこにあるんだろう。二人の個性がうまく集約されてるとは思えないんだけどもな。圧倒的な伝染力と100%の死亡率を持つウィルスが地球上に蔓延し始める。それから逃げるために人類は、ドームと呼ばれる本来は核シェルターだったものに未来をつなぐ。まぁ、それだけの話で、だんだん死が迫って来るという状況にいる人々を描いたパニック小説であり、平和に安穏としてしまった現代への警鐘を鳴らす……つもりだったんだろうなぁ、多分(笑)。
 設定は非常に面白いんだけれど、死が迫った人々の描写がなんか全般に薄っぺらいのよねぇ。とりあえず環境の違う何人かを紹介しましたって感じで。人間、そんな達観できるもんでもないと思うし。個々の人物、個々のエピソードが、物語全体のテーマに繋がっていかないのよね、なんだか。この二人にはも少し理に落ちたミステリを期待したいのでありました。 (97.5.27)  

ムーンリヴァーの向こう側・小林信彦(新潮社)

 小林氏のお馴染みの世界。東京の下町を舞台に繰り広げられる、冴えない中年男と謎の若い女性の純愛物語。この作者のお決まりのパターンなんだけども、やっぱ読ませるなぁ。同氏の「イーストサイド・ワルツ」が好きな方にはいいかもしれませんね。ま、登場人物の名前が違うだけで、あとは「イーストサイド・ワルツ」と殆ど一緒なんですけど(笑)。
 氏の下町に対する思いというのが、なんか切ないくらいに伝わってくる。里佳の下町に対する思いや山の手に対する感情というのは、きっとそのまま小林氏の思いなんだろう。下町文化の蘊蓄も面白い。彼の作品を読むと、その作品に出てきた場所を散策してみたくなるのよね。でも、好きなモノが廃れていくのを目の前で見るというのは、辛いんだろうなぁと思うのであった。 (97.6.2)  

みどりの光芒・小嵐九八郎(文芸春秋)

 この作者の作品の中では「癒しがたき」が花丸のお勧めなのですが、その「癒しがたき」の女性版のような作りになってます。「癒しがたき」が気に入った方には、お勧めですぞ。
 でもねー。おすすめマークをつけておいてこんな事を言うのはナンなんですけどもね、これが一般受けする小説だとは正直思っていないのですよあたしは。あたしがコレを気に入ったワケは極めて個人的なことで。これは大分県で焼酎作りに生涯をかけた女性の物語なのよね。3人の女性(姉妹と娘)が主役として登場し、それぞれが大分の焼酎を誇りに思い、一生を捧げる。えーっとね、あたしは実家がその大分でして、その上、酒屋なんだわ。その上女系家族なんだわ。おまけにこの話に出てくる妹の名前が「ひろこ」でして、ああもう、それだけなのよ。それだけであたしは、この物語が他人事じゃないのよ。うるうる(涙)この物語に出てくる姉・綾子は戦後のどさくさの中で酒造りを始めて、酒造業の許可を得るためにたいへんな苦労をするわけ。ウチの実家も酒造に手を染めたのは終戦からなのよねーー。しくしく。ばーちゃんとかーちゃんで、ずーっと酒屋を切り盛りしてたのよねーーー。実家に残ってる妹の顔が浮かんでくるのです。名古屋なんかに嫁入りしちゃってごめんね>妹よ。家を出た姉がこんなこというのもナンだけども、大分の麦焼酎は日本一だからねっ。いいちこも二階堂も吉四六も、他の酒には負けないからね。誇りを持って商売してくれ妹よ。でもって、たまには宅配便で送ってくれ。ああもう、絶対他人事じゃないわっ!そういう思いからのお勧めマークなのです。ああ、ごめんなさい。 (97.6.7)  

乱神・田中雅美(双葉社)

 いじめを扱った物語と言えば、これまでにも色々あったわけですが、この「乱神」は、また違った観点からの物語で実にいい。苛める側と苛められる側が均等に出てくる。だから、どっちか一方だけに思い入れを持たずに、俯瞰したような形で物語に関わることができるのね。苛める側の涼と、苛められる側の真也。そして、別のところで起こる殺人事件。これらが上手に絡まる。苛められても苛められても、優しかった昔の涼が大好きで涼の事を信じている真也。殺人事件の真相についてはちょっとご都合主義的なところも多分にあるんだけれども、これもまぁ、ドラマを作る上での必要が充分判るし。
 実際のイジメの実態は、こういうのではないと思うし、苛められる側に真也のような強さを求めるのも間違っていると思う。だからこそ、なんとなく救いになるような気がするわけです。苛める側にも事情があるということを、いわば、「悪の味方」を上手にこなした一作と言えるのではないかな。実際の世の中の「イジメ」をしてる子供達も、これくらい素直であってくれればいいのに。 (97.6.11)  

泥棒稼業・佐藤雅美(角川書店)

 時代は昭和30〜40年代なのかな。関西を舞台にしたプロの泥棒と、ひょんなことからその手伝いをするヤサグレ大学生。その大学生に惚れ込む女郎。大学生の幼なじみの刑事。非常に映像的で、映画を見てるような感じのする物語ですな。ただ、せっかくいい感じで流れてきたのに、最後の犯罪になって急に手記の形式をとったのが、なんとなく切れがないっすね。それまでの主人公の人物に合ってないのよ>手記の文体。あそこはそのまま普通に三人称で描写してもよかったんじゃないかしら。
 ところで、あの最後の事件ってホントにあった事件だよね。テレビで過去のすっとんきょーな三面記事を紹介する番組があって、それで紹介された実際の事件とまったく一緒だもの。実在の事件からヒントを得たのかしら>作者。それならそれで、参考文献(?)でも挙げておいた方がいいんじゃないかな。でないと、なんかパクリみたいに見えると思うんだけど。ま、些末なことですが。
 こういう事言うと作者に失礼な気がするんだけれども、この話、浅田次郎氏か小嵐九八郎氏に描いて欲しいような気がする。けっこう浅田氏とか小嵐氏の世界だと思うのです、コレ。 (97.6.12)  

リオ・今野敏(幻冬舎)

 ストーリーはすごく面白い。連続殺人事件と、それぞれの現場にいた少女。自分の娘と同じ世代の少女を容疑者とすることに戸惑う刑事。主役の刑事も、なんか刑事らしくなくてすごく人間ぽくって好感が持てる。ブルセラだ援助交際だとマスコミはかびすましいけれど、それは一部で、大部分は違う筈だと思いたい、そんな「社会」を代弁してくれる刑事がいいねー。彼の戸惑いも苦悩も、なんだかとってもよく判って同感できる。少女が何も考えてないバカ娘じゃなかったのもすごくいい。後味もいいし。実際の犯人の下りは少し弱いし、アンフェアな気もするけれど、小説として非常に優れたミステリだと思う。だから、お勧めマーク。
 この物語のテーマのひとつに、世代間の相違というものがある。今の女子高校生と父親世代の刑事の相違。それと、全共闘世代の先輩刑事と、その全共闘直後の世代の刑事。このあたりの微妙な世代ギャップと、「世代の違いを個人の違いにしてはいけない」というテーゼ。非常に興味深いテーマで、尚且つ、巧い。ストーリーの中に上手にテーマを織り込んで成功した例だと言えます。
 ただ。このひとの書いたものって、これの他は
「イコン」しか読んだことがないのだけれど、この2作に共通して言えることって「書きたいと思ってかく小説と、読んで欲しいと思って書く小説は違う」ということなのよね。世代間の話は確かに面白いんだけれども、それがどういう世代だったかというのを説明する部分が、当時の社会風俗に関する知識を並べ立てたような書き方になってしまってるのが残念。自分はこんな事を知っている、というのを書きたくて書いたような。うーむ、穿ちすぎかな。できれば知識の羅列ではなく、なんらかの人物描写やエピソードでそのあたりを判らせて欲しかったのです。(97.6.13)  

一億二千万の瞳・本岡類(講談社)

 年端もいかない子供だけを狙って行われる切り裂き魔。容疑者を追うウチに明らかになった意外な過去……というお話。3人の男が登場するプロローグがとてもよく効いてる。構成の妙、って感じかな。そのプロローグに登場するそれぞれの男性が、本編の誰にあたるかを考えながら読んでると、けっこう早めに犯人は割れそうな気がするけれど。それ以外のヒントは、警察の調査線上で浮かんでくるモノばかりだから、推理を楽しむにはちょっと遅い。むしろ、ジリジリと的が絞られていく過程を楽しむのにいい物語のような気がしましたですね。それにしても、ラッシュってイヤよねーー。あたしゃ降りなくてもいい駅で、何度人混みに押されて降りてしまったことか(笑)。降りる一団と乗る一団に挟まれて、クルクル回ったりして。さながらバレリーナか、さもなくば悪徳代官に帯を解かれる娘って感じで。  (97.6.16)  


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