刑務所ものがたり・小嵐九八郎(文藝春秋)
ここんとこハマってる小嵐氏の出世作。吉川英治文学賞を取った作品じゃなかったかな。だけど、これまでのに比べてちょっと、彼特有のドラマ性が薄かったような気がして不満なのです。新潟刑務所に移管された一人の懲役囚の、釈放までの物語。エピソードも人間模様も面白いんだけれども、とにかく自分には全く縁遠い世界のせいか、理解し共感するに足るベースが不足してる感じなのよね。なんとなく判るし、面白いんだけれど、でも、ちょっと醒めた感じで読むしかないような。主人公の性格ってのが、なんかはっきりしなくて感情移入しにくいってのもあるか。あ、でも、ラストシーンは感動したなぁ。うん。あのラストだけで充分この本を読んだ甲斐があるというものだわ。うるうる。(97.6.17)
桂枝雀の落語の速記が5本。落語論をテーマにした対談が4本。速記と言っても、そのミミズ文字が並んでるワケではなくて勿論活字に直してあるわけですが。収録されてる落語は、古典が4本に創作が1本。あたしは個人的には最近の創作落語よりも古典落語の方が圧倒的に好きで、特に上方落語の奔放さってのはいいよなぁ、と思ってたわけですが。ここに収録されてる創作落語の「雨降り源兵衛」っていうのは、いいですねー。いまや枝雀の代表作とも言われてますけど。内容がとってもシンプルで判りやすくて、それでいて面白い。それに何より枕がいい。本編より枕を褒めるのもどうかと思うが(笑)、枕が面白いことにかけては、西の枝雀・東の談志ってなもんで。この「雨降り源兵衛」の枕は、数ある枕の中であたしが最も好きな枕なのです。ちゃんと枕も速記が取られているので、ぜひご一読下さいな。
あああああ、重いなぁ。もう、この手の話に関しては何も言葉はないよなぁ。自分の知らない時代のコトだからって、見ない振り聞かない振りはできないし。何かを言いたい。何かを言いたいんだけど、でも、どんな言葉を尽くしても表現できない、そんな読後感なのです。
キメラ暗殺計画・小野博通(角川書店)
これってさぁ、タイトルが思いきりネタバレなんじゃないか?今日び、キメラのなんたるかってぇのはミステリやSFを読む人間なら大体知ってるか、知らなくても聞いたコトはあって見当つきそうな気がするぞ。あたしゃこのタイトル見て、で、冒頭部分を読んだ時点で、まだメインの事件も起こらないウチから「多分こうやって殺そうとするんだろうなぁ」って判ってしまったぞ。おまけにそれが正解だったし。
いい。これは面白い。面白いぞ。「蓬莱」というのはいわばシムシティのようなシュミレーションゲーム。ところが、その発売まぎわになってソフト会社の社長にヤクザから「発売するな」という脅しがかかる。なんでたかがゲームソフトに?で、そのゲームソフトに秘められた秘密……うわぁ、面白い。あたしは正直言ってこれまでコンピューターゲームにはまったコトはないし、スーファミだのセガなんとかだのたまごっちだの、そういうのには全く興味がないんだけれど、それでも充分に楽しめますな。
灰姫 鏡の国のスパイ・打海文三(角川書店)
疲れた。とにかく疲れた。特に前半。なんなんだこの文章は。作者のデビュー作なのよね?兇眼とか、されど修羅ゆく君はとかがとってもよかったので、結構期待してたんだけれども。文章にレトリックを多用しすぎ。読んでて疲れるよぉ。「小林は両手両膝を床につき、つまり四つん這いになり、つまり何とも情けない持病をかかえた人の姿勢で硬直していた。」……小林は四つん這いになって硬直していた、で済むでしょこーゆーのは。こういうもって回った表現が時々出てくるならカッコイイかもしんないけど、一時が万事、全部コレよ。疲れたのなんのって。一度読んだだけじゃ意味がとれずに同じ行を読み直した事も数知れず。内容以前の問題だぞこれは。
占星術殺人事件・島田荘司(講談社文庫)
再読です。久しぶりに読んだなぁ。トリックはもちろん覚えてるワケだけれども、トリック重視、テーマ二の次小説であるにも関わらず(笑)、トリックを覚えていても楽しめるという、意外に新本格には少ないタイプのものですねこれは。
日曜探偵・天藤真(大和書房)
中編2編と掌編1編。いずれも間に読者への挑戦状が入ります。ただ、もともとクイズのために作られたものではないようなので、犯人は見当がついても手段や動機を当てるにはちょっと無理があるけどね。では個別に。
らくごDE枝雀・桂枝雀(ちくま文庫)
対談集の方も一読の価値あり。主として、古典落語のサゲに関して分類・分析をしてるというモノです。サゲの分類と言っても、にわか落ちとか、仕込み落ちとか、考え落ちとかっていう往年のヤツじゃなくて、完全に新しいの。膝を打つぞ。
(97.6.18)
三たびの海峡・帚木蓬生(新潮社)
太平洋戦争中に、韓国から強制連行され、福岡の炭坑で労働に従事させられた男達。この物語はそんな男の半生を描いたモノなんだけれど、もう、何が正しいとか史実がどうだとか、そういうことはさておき、やっぱ日本はちゃんと謝ろうよ、という思いを強くする。政府としての云々というのもあるんだろうけど、やっぱ、人を殴っちゃいけない。騙しちゃいけない。日本は被害者か加害者かの論争はよくあるけれど、どっちか一方ってコトはないもんね。原爆の被害を受けて、後世にまで残る傷を負ったのだから、自分たちが他国に与えた傷も察してしかるべきなんだ。遺憾とか哀悼とか、そういう難しい言葉もいいけど、とりあえず、人を殴ったら「ごめんなさい」だよ。人を苛めたら「ごめんなさい」だよね。幼稚園で教わるコトだ。
戦争を知らない世代だからこそ、こういう本を読まなくちゃなのだ。そして、これから何年後か何十年後か、政治の舞台に戦争経験者がひとりも居なくなった時。そうなったら、もしかしたら日本は初めて素直に「ごめんね」と言うことが、そして言って貰えることができるんじゃなかろうか、と、ちょっと楽しみなのである。
(97.6.19)
ま、それでも内容はなかなかにサスペンスで迫力があって面白かったっす。日本訪問中のアメリカ大統領が暗殺されかかり、彼の命を救うために日本の外科医がスーパーマンさながらの活躍を見せるって話。命を助けるどころか犯人もつきとめちゃうし総理大臣ともタメ口きくし、要はナンでもできるのよね、彼は。すごいヒーロー。何もここまでヒーローにしなくてもってくらいで、返って漫画みたいで興が削がれちゃった感がありますです。腕は超一流の、その他は普通のお医者さんでよかったんじゃないのかなぁ。ま、つまりはスーパーマン医師による医療サスペンスです。手術のシーンは迫力があるぞぉ。アレだけでいいな、この話は。大統領の娘の下りはまったくの無意味のような気がするし。
ところで、あたしゃ中に出てくる「ブラックジャック」ってのが何なのか判らないのよね。「ブラックジャックのような物で後頭部を強打され」って表現が中にあるんだけどもさ、ブラックジャックってぇと、故・手塚治虫氏の漫画かトランプゲームの名前しか思いつかないんですけど。漫画やトランプで頭殴っても死なないだろうしなぁ。広辞苑にも新明解国語辞典にも載ってないのよね。何なのかご存知の方、メール下さい。
(97.6.20)
蓬莱・今野敏(講談社ノベルズ)
ストーリーがいいのは勿論のこと、あたしはこの作品に出てくる警察官に感銘を受けましたですね。推理小説に出てくる警察ってのはたいがい探偵役よりも能力的に劣って探偵の引き立て役になるか、そうでなけりゃ非人道的な捜査をする悪役に描かれがちだよね。警察官の個々を描かずに、「警察」というひとつのまとまりに何らかの役回りを与えるやり方。で、あたしゃそういうのを読むたびに、フィクションだと判っていながらも「地道に真面目に働いてる警察の人も居るだろうに、こういう風に書かれたら真面目な人が浮かばれないよなぁ」と感じていたのですわ。同様の理由で、例えば小説に登場するマスコミ関係者は皆無遠慮で失礼なヤツとして描かれたり、身体障害者は皆天使みたいに描かれたりという、個々を描かずにグループとして一定の印象を与えるやり方があまり好きじゃないのね。(ま、個々を描く必要のないほど些末なパートなら問題ないんだけど。)
で、この物語に登場する人々は、ゲーム会社の社員も警官もヤクザも政治家もバーテンも、自分の職務に忠実なの。そこがいい。忠実じゃないひともいるけど、そういう人たちはヤリコメられるようになってる。そこがいいんだな。だから読後感がいい。最後まで読んで「皆済を叫ぶ」ってことができる本なのです。
(97.6.21)
(97.6.26)
何がうまいって、昭和初期の事件を現代に解くっていう設定かな。科学捜査が出来ない時代だから、けっこう使えるトリックの幅が広くなる。探偵がアチコチ取材に出るにも関わらず、当時の人物がいないのでマニア好みの安楽椅子探偵モノの風味を損なわずにいられる。現代と昭和初期を交互に描写することで、昔の章をより幻想的に見せられる。時効が成立してる事件なので、不自然にならずに警察を出す必要がなくなる。うまいなぁ、このあたり。改めて読むと、なんかトリックやストーリーよりも、こういう所に感心するなぁ(笑)。
御手洗潔も、傍若無人な天才として描かれているけれど、メルカトル鮎ほどの不快感がないのは、結局のところで彼が人の理と情を解した探偵だという事が判るからで。細かいトリックには多少無理があるけど、メインのトリックはやっぱ見事だし、これが新本格ムーブメントの先駆けとなったというのも判りますわ。因みに、この小説の中であたしが一番好きなのは、御手洗がホームズの「まだらの紐」について語る部分だったりする。あれ、絶対正しいと思うぞ(笑)。
(97.6.28)
【塔の家の三人の女】これはもう、犯人よりも、どうやって被害者を塔から落としたかという手段が凄い。これってあんまり他に類を見ないんじゃないかしら。すっげー綱渡りだとは思うけど、ドキドキしちゃうぜ。それにしても、登場人物紹介を読むだけでどんな事件が起こるのかが判るってのもすごいな(笑)。めったにないぞ、ここまで親切な登場人物紹介は。これ読んで、すぐに解決編読んでも問題ないくらいだ。
【誰が為に鐘は鳴る】典型的な推理クイズ。推理小説をよく読むひとなら、すぐに犯人の見当がつきますですね。実に簡単。解けた!という壮快感や優越感を味わいたい人にはお勧めです(笑)。
【日曜日は殺しの日】これってわざわざ読者への挑戦にすることないと思うんだけどなぁ。充分サスペンスフルなのに、この「読者への挑戦」が盛り上がりを削いだような気がするのよね。
(97.6.29)
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