これは面白かったなあ。先日読んだ同じ作者の手による「一億二千万の闇」と非常に似たテーマ性と色を持つ作品なんですが、こっちの方がスンナリ入ってきますね。
朽ちた樹々の枝の下で・真保裕一(角川書店)
真保氏って、取材バリバリ専門知識びっしりの作品を書くひとかと思ってたら、先月の「奇跡の人」で、ちょっと印象が変わったところだったのです。したらば。その前にこんな話を出してたのね。これは取材モノ(というか、二文字タイトルものというか(笑))よりも「奇跡の人」に毛色が近いのではないかしら。寄って立つところが「情報」ではなく「心」だったりするあたりが。
日本語はきれいだ。日本語は美しく、微妙なニュアンスを表現し分ける手法を持った賢い言語だ。それなのに、その日本語が危ない。いまやまさにニホンゴキトク、スグカエレの状態であるーーーというのが主旨。オヤジが若者言葉を憂えてるというワケではなく、説教でもなく、ただ日本語という言葉の持っていた深さを思い出させてくれるエッセイ集だ。これは面白い。硬い話ばかりではなく、言葉遊びや昔の言葉の紹介のような章もあって、気軽に読めて感心できます。
すごい。何がすごいって、これがノンフィクションに立脚した小説であるというのがすごい。正直言って、小説としてどうかと言われると唸ってしまうのだけれど、こういうことが実際に起こったのだという事実の前では、なんかもう、ははーっとひれ伏してしまうのだな。いろんなメディアで作者本人が「大筋においては事実だ」って言っちゃってるもんだから、もう静子と作者がだぶってだぶって。事実だってことを知って読むと、小説としての技法がどうだの文章がどうだのっていうのはどーでもよくなっちゃうからズルいよなぁ。
ぼくのミステリな日常・若竹七海(東京創元社)
再読。最初に読んだ時はその構成の妙に唸った覚えがあって、けっこう評価が高かったのだけれど、こうして読み返すと……。つまりは、ネタを知らずに読んでると仕掛けや意外性に驚くけれど、知ってみれば再読には耐えないということですね。まぁ、パズルたる推理小説ならそれでいいのかもしれないけれど、推理小説だって「ネタが判ってても面白い、何回読んでも面白い」ってのが頑としてあるものねぇ。パズルとしては間違いなく上質だけれども、小説としてはちょっと……と言ったところでしょうか。人物が描けてないなんて事をよく言うけれども、これは人物を描く必要すらない話だもんな。パズルがいかんとは言わないけれど、願わくば再読の効くパズルを望みたいものです。はい。
(97.7.9)
蛇鏡・坂東眞砂子(マガジンハウス)
帯によると「現代の上田秋成」なんだそうです>作者。そう言われてみればそんな気がしないでもないけど、ホラーと言うにも伝奇と言うにも、ちょっと中途半端なんだよねぇ。
探偵事務所 鷺の舞殺人事件・鳥羽亮(角川ノベルズ)
刺・圧・撲・絞・斬・毒・焼・扼・轢という文字の入った殺人予告状が届き、その通りの方法で人が殺されていく。謎を解くのはお馴染みアイワ探偵事務所のイッキとヤンキー娘の麻衣だ。麻衣がいつもならイッキとやることしか(失礼)考えてないおポンチな娘の癖に、今回はキッチリ仕事をこなしているのがなかなか好感が持てて良いですわ。やれば出来るんじゃん>麻衣。
ノーベル賞を取った博士の過去に疑問を持って探る若き医者。その過程で、更に意外な事実が判明して……という、作者お得意の分野ですな。筆運びはさすがで、難解な専門用語が多々出てくるにも関わらず平易に読みすすめられる。主な舞台になってるのはヨーロッパなんだけども、そのヨーロッパの描写もいいですねー。昨今のトラベルミステリの作者に見せて差し上げたいくらいだわ。おほほ。
B29の行方・花木深(文藝春秋)
昔、成功した身代金誘拐の手口を真似た誘拐事件が勃発。世間の喝采を浴びるほどの鮮やかな成功を見せた。刑事と、ふたつの誘拐事件を追う記者が真相に迫る。
凍える牙・乃南アサ(新潮社)
とにもかくにも浅田次郎が直木賞を取ったので、含むところなしにこの話を読めるわけだ(笑)。ま、こうしてみると、やっぱ面白い話ではあるのよね。わっはっは。
水辺の悪魔・本岡類(角川書店)
ウオーターフロントと昔ながらの下町が同居する佃島〜月島界隈。その周辺で起こった連続通り魔事件。なぜか事件はまだ明け切らぬ早朝に起きる。それを刑事が追って行くわけだけども、その刑事さんもそれぞれに個性があって人間臭くてすごくいい。犯罪を起こす側も巻き込まれる側も追う側も、それぞれに人間であって役割を与えられた駒じゃないってことよね。それを痛感できる一冊。
形としては、まぁ半分倒叙モノなので犯人が誰ってのは読者には判るようになってる。ただ、その犯人がどういう境遇の人かって言うのが最後まで読まないと判らないのよね。それが判った時、ちょっとあたしは恐くなった。こういう部分って、あたし自分にもあると思うし、あたしの同僚にもいたし、こうしてこの書評を読んでるあなたにも、けっこう高い可能性であると思うのよね。いや、犯罪の動機ではなくて、彼の人間性という面において。あまり言うとネタバレになって面白味が欠けるので言えないけども、この犯人像って、もしかしたら、今の30代前半から下の世代に共通の部分なのかもしれない。
(97.7.2)
妻に死なれた男が仕事を辞めて北海道の山奥で森林伐採の仕事につく。ある朝、その森の中で女性に遭遇。彼女は何故か逃げ、彼はその女を追う。うーん、こう書くと単なるストーカーじゃないか(笑)。
で、どうかと言うと。決してつまらなくはないし、けっこうのめり込めるんだけども、なんかカタルシスがないのよね。主人公があれだけ頑張っておきながら最後はあっさりと気持ちを浄化させちゃうのもご都合主義だと思うし、事件自体は結局あちら側のいいように処理されちゃうし。真相も推理だけで、「実はこういうことだったんです」という証明もないし。まぁ、自衛隊だの自然保護だのという部分よりは、妻に死なれた男の心の立ち直りを描きたかったんだとすれば、これでいいのかも。
(97.7.3)
ニホンゴキトク・久世光彦(講談社)
氏の言う「言葉とか言い回しというものは、理屈さえ通って、内容が相手に伝わればそれでいいというものではない。言葉は感じるものなのだ。色気だとか、匂いだとか、肌触り、のどかさ、涼しさ……。いくらだってある。虚しさはかなさ、熱い思いに、誰かに伝えたい幸せ……。そのためだったら、言葉は多ければ多いほどいい。煩雑だとか、混乱だとか言って言葉の数を少なくしようとしているうちに日本語はだんだん記号になっていく。」という部分(長い引用にて失礼)に、非常に同感する。「面やつれ」「みれん」「薄なさけ」……なんか、いいでしょ?この言葉以外に置き換えられない独特の匂いがあるでしょ?「気落ちしちゃって…」は、決して「ガッカリしちゃって」と一緒ではないし、「頓と見当がつかぬ」は「まったく判らない」とは全然違うワケで。こういう、言葉の持つ色や空気というものを大事にしないと、この書評だってすっげーツマンナイものになってしまいかねないのよね。書き手なら尚更のことだな。うん。
(97.7.6)
ファザーファッカー・内田春菊(文藝春秋)
しかし、頭ではなく感覚として凄いなぁと思うのは、中絶して入院してる娘に母親がパールバックの「大地」を持ってくるところ。それから、養父に犯された娘が、その行為の最中の父親のセリフに文句を言うと、母親が「気分出ちゃったんでしょ」と
言うところ。彼女を妊娠させて親に怒鳴り込まれた高校生が、その彼女の前でクラブ日誌をつけながら、判らない漢字を当の彼女に尋ねるところ。もしかしたら、「小説」としてのテクニックもあるのかもしれないけれども、そういう細かい部分の小道具が非常に効いてるのです。なんかもう、主人公の名前は静子なんだけども、読みながら「頑張れ春菊」と言いたくなるような(笑)。
惜しむらくは、エンディング。すっげー気を持たせたエンディングなんですもの。続きを読ませろーーー。(97.7.8)
自殺した姉の法事で婚約者と一緒に里帰りした妹が、姉の形見の鏡を見つける。その鏡に宿る蛇神様の不思議な力によって……という話なんだけどもさ、確かに展開はスリリングで、けっこう雰囲気もあったりするんだけれど、そもそも、その鏡にそれだけの力があるなら、そんな回りくどい策を労さなくても催眠術みたいなモノで簡単に意が遂げられるんじゃないかしらね(笑)。そのあたり、いったいその蛇神様ってのが何でそんな中途半端な神通力しかないのがが不思議。詳細はバラせないけども、女を殺すために、その女の周囲の人間まで使って女が自殺したくなるような状態に持っていくわけよ。そこまで出来るなら、とっとと本人を殺した方が早いと思うんだけど。ま、それを言ってはいけないのが伝奇小説なのかもしれん。
(97.7.11)
肝心の謎の方は、いかにもこの人が犯人ぽいという人が犯人だったので拍子抜け。意外な犯人という点ではいいんだけども、本格モノを読み慣れた読者にしてみれば、「この人を犯人にすると一番意外だな」と見当がついてしまうのよね。ま、これは読み手側の問題でもあるんだけども。ただ、展開がスリリングで裏をかかれっぱなしで、けっこう楽しく読めましたのです。こういうのが2時間ドラマになると面白いと思うんだけどな。
(97.7.16)
賞の柩・帚木蓬生(新潮社)
登場人物も個性がはっきりしてて、ストーリーの中の駒としての役割を果たしているだけでなく、ちゃんと存在をアピールできるだけの要素をちゃんと持っている。これだけでも佳作であります。
ただねぇ。ノーベル医学賞なんつーテーマを扱ってる割には、なんか重々しさがないのよ。たまたまノーベル医学賞だったというだけで、これが例えば同人誌のマンガの盗作問題であったとしてもオッケー、みたいな。淡々と読み勧めちゃって、淡々と終わってしまうのよね。クライマックスが無いというか、ノーベル賞というテーマに添ったクライマックスになってないと言うか。テーマ設定には個性があるけど、人物にも個性があるけど、ストーリー展開にはそれほどの個性がなかったということなのかな。ただまぁ、それは玉に瑕で充分面白かったんだけどね。
(97.7.17)
犯罪小説版スタンド・バイ・ミーかな。過去と現在が上手に交差して、読者もさしたる抵抗無しに入っていける。ただちょっと人物関係が煩雑だあね。この人誰だっけてのが時々あったりして。そうそう簡単に名前変えないで欲しいわ(笑)。戦前と戦後ってんならまだしも、たった15年なんだからさ。同じ人物なんなら会った時に気づけよって感じがしないでもないんですが、まぁ、それを言い出すと話が進まないか。わっはっは。
作品全体に流れる雰囲気は、土着的且つリリカル(なんじゃそれは)でステキなんだけど、でも、最大の欠点は、そんな重大事件に巻き込まれた人の周囲や過去ってのは、徹底的に捜査される筈だってことなのよね。刑事や記者が必至で探り当てたことって、本来なら当然すでに捜査されてしかるべき事なんじゃないかって気がする。他の捜査員は何してたんだ?
(97.7.23)
テーマはふたつ。ひとつは殺人事件で、もうひとつは女刑事と相棒の男刑事(って言うのか?)のコンビの成長。の筈なんだけども、殺人事件の方がなんかもうメロメロじゃありません?これ。人間発火事件を追う最中で起こった、別の、あくまでも別の、犬だか狼だかによって噛み殺される事件。まぁ、それがリンクしてるわけだけれども、その2種類の事件がごっちゃになってるのよね。で、話の進み具合は、女刑事の奮闘ぶりだったりして、事件を追うことよりも「男社会であたしってば頑張っちゃってるのよぉ、でも頑張るのってかっこわるいから、頑張ってないように見せるのに頑張ってるのよぉ」ってのがメインになってるもんで、おいおい事件の方はそんな御都合主義に展開しちゃっていいのかよってな感じであります。
なんかさぁ、せっかく女刑事と男刑事(だからそういう言い方があるのかよ)の確執と成長ってのが面白く描けてるんだから、事件の方はもっとシンプルでもよかったんじゃないのかなぁ。人間発火事件って必要だったのかしらね。
(97.7.26)
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