じゃじゃ本ならし


ワイルド・スワン 上下巻・ユン・チアン著・土屋京子訳(講談社)

 すごい。、面白いとかハマったとか、そういうレベルじゃない。圧倒された。ただただ圧倒されましたです。およそ100年に渡る女の三代史イン中国だ。祖母、母、そして筆者である娘。祖母は「テン足」(辞書に字がないっ!)をする世代で、将軍の妾になり、母を産む。その将軍が死に、老医師を再婚する祖母。時代の趨勢に載って共産党に入党する母。そして、同じ共産党員と結婚し、筆者を産む。筆者も長じるにつれ、毛沢東に心酔し、文化大革命が始まるーーー。大躍進政策とその失敗、文化大革命の狂乱。同じ党内、同じ国民での奸計と迫害。昨日までの勇士が、今日は頭を剃られ、石を投げられる。何一つ自由にならない生活。自由にならないのはモノだけではなく、思想まで。
 何がショックだったって、ここに描かれてる圧倒的なまでの悲劇は、あたしが生まれてからのことなのだ。世界史にうとい大矢は、文化大革命が起こったのは、日本では昭和30年代の終わりから40年代前半にかけてに当たると言うのを知らなかった。あたしがのうのうと甘やかされて育ってる時に、お隣の国ではこんなことが起こってたという事実に、凍り付く。「歴史」は「歴史」であって、どこかで自分とは無関係なんだと思ってた。ヒトラーやナチスっていうのは、50年以上前の話で、もう終わったと思ってた。ところが、そうじゃなかったんだ。文化大革命っていうのは、あたしと同じ時代にあったことなのよ。幼稚園の頃のあたしの生活は、あたしにとってはまだ「歴史」ではなく、単なる事実、通ってきた道に過ぎない。関東大震災は歴史でも、阪神大震災がそうじゃないように。つまりは、文化大革命もそれほど近しい事だったのだ。同世代の中国の人にとっては、まだ全然「歴史」なんかじゃないんだ。
 ああ、なんかマジに自分の「浅さ」というのを痛感してしまったわあたし。この「ワイルドスワン」、お勧めだ。読んでみてくださいな。あたしの今年のベストワンかもしれない。  (97.8.29)  

13番目の人格(ペルソナ)〜ISOLA〜・貴志祐介(角川ホラー文庫)

 この作者は、今年「黒い家」でナンチャラ賞を取った方ですね。賞の名前は忘れたけど。ほら、「リング」とか、「パラサイト・イヴ」とかが取ったヤツ。判るでしょ?
 人の強い思念をキャッチすることのできる「エンパス」の女性が主人公。阪神大震災のボランティアをしている最中、彼女は多重人格の女の子に出会う。その女の子の持つ幾つかの人格の中に、何やら正体不明の人格があってーーというお話。けっこうのめり込みます。細かいところを見ると、なんか展開が早すぎて理解が追いつかなかったり、場面や時期の変化が唐突すぎたりする部分もあるんだけど、話の内容がスリリングなので、まぁあんまし気にならない。むしろ、どんどん先に進みたくなる話ですわ。個人的には、多重人格の女の子をもっと書き込んで欲しかったんだけど、まぁ、あんまりそれをやると散漫になってしまうだろうから、これでいいのかな。
 こういうホラー物に限らず、物語というのは緊張と緩和で構成されているわけで、緊張が続くと疲れるし、緩和が続くとだれる。緊張と緩和が交互に来る、そのペースがワンパターンだと飽きるし、複雑すぎると理解できなくなる。その微妙なところがとっても巧い。緊張緊張緊張と、緊張が続いた後にスコーンと来る緩和が絶妙だし、緩和で気を抜いたところに間髪入れずに緊張を差し込む。ホラーの構成としては「リング」に相当する一級品じゃないかしらね。  (97.9.1)  

スキップ・北村薫(新潮社)

 なんか今月はお勧めマークを乱発してるような気がするが、ま、いいでしょう。ホントに面白いのばかりなんだもの。どうせ後で釣り合いとれるだろうし(笑)。
 同氏の新作
「ターン」を読んだのを機に再読。「ターン」もすごく良かったけど、このスキップの方があたしは好きですわ(笑)。←何故(笑)なのか、「ターン」の感想を読めば判ります。わはは。で、この人の書く文章ってのは、実にいい。ストーリーとは別に、単語の選び方や、例えの持っていき方というものが抜群に巧い。個々の文章を読んでるだけで、なんだか、上質の詩やエッセイを読んでるような気がするほど。章や節の分け方もテクニシャンだ。2行で一節なんて、他に誰がやるかねまったく。
 昭和42年、17才の女子高校生が、ある日いきなり25年後の世界に来る。それも、25年後の自分の体の中に、17才のココロが飛んで来る。驚き、怒り、迷いながらも前向きにあろうとする主人公。沖縄が返還されてるのに驚いたり、テレビのカラーに驚いたり、あげくの果てに高校2年の心のまま高校三年担任の教師になってしまう。そこからは、一風変わった青春ドラマになるわけですが。視点を変えて若者を見させているわけだけど、これは読者に対しては、視点を変えて大人を見させているワケだ。確かに、現実的でないズルチンのような甘さは否定できないんだけども、この甘さが心地いいんだろうなぁ。毎日甘いモノばかりだとイヤになるけど、暑い夏の日にマラソンをやった帰りに食べる一口のアイスクリームってのは、甘いモノ嫌いの人でも美味しいと感じる、そんな甘さですわ。  (97.9.2)  

モダン東京3 悲しき偶然・藤田宜永(朝日新聞社)

 シリーズの3作目。って、タイトルにモダン東京3って入ってるんだから言わなくても判るっちゅーねん(笑)。で、このシリーズの中ではベストですね。主人公の探偵・的矢の人間くさい魅力が一番出てるし、脇をかためるメンバーも皆個性的でステキ。幸吉くんとか、平吉クンとか、スミちゃんとかね。なんか絵が浮かぶんだよなぁ。ドラマ化すると面白いかもしんない。
 肝心の事件の方はなんとなく尻すぼみで今一だったんだけど、まぁ今回は、そういうのよりも、登場人物達の味とか雰囲気とか、機微とか、そういったものが堪能できてよろしゅうございましたわ。小説としてはシリーズ中ベストではあるまいか。
 それにしても、シリーズ通して昭和初期ってイメージが薄い。別に平成の話にしたって良さそうだもんな。小道具がレトロってだけじゃぁ、作品世界自体がレトロにはならないのよね。そこが残念。  (97.9.3)  

パソコン通信殺人事件・乃南アサ(講談社ノベルズ)

 チャットでのネットオカマを巡って起きる殺人事件。というと、そうです、栗本薫さんの「仮面舞踏会」の世界ですねー。その他にも今野敏氏のイコンとか、けっこうここ2〜3年、パソ通ってのが一般化するにつれてこの手の物も当然多くなりましたですね。ところがこれは1990年初版だ。けっこう先駆けなのではあるまいか。(その分、パソ通自体の説明に苦慮してるけど(笑))ただ、もっと早いのもあるのよね。あたしの読んだ範囲では、久美沙織さんの「ありがちのラブ・ソング」(集英社コバルト文庫・絶版の可能性ありです)ってのが、実に1987年初版だ。コバルト文庫だからってバカにしてはいけない。これがけっこう傑作なのだ。謎を解くために、普段ハンドルでやりとりしてるメンバーを直接訊ねていくんだけどもね、オンラインでしか知らないひととオフラインで会う時の様子なんか、どうしてなかなか笑わせてくれますぜ。お勧めだ。
 って何の話でしたっけ?そうそう、パソコン通信殺人事件だ。乃南アサさんって言えば、どろどろ心理サスペンスってイメージなんだけど、これはしっかり本格推理。ただねー、どんなに設定が面白くても、やっぱ推理小説である以上、あたしとしては伏線が欲しいのであった。伏線なしにいきなり犯人と動機の説明されても、全然カタルシスないんですもの(;_;)。  (97.9.3)  

悪霊の館・二階堂黎人(立風書房)

 いかにも二階堂氏の蘭子シリーズらしい、よく練られた本格推理です。いわくありげな屋敷と、伝統ある一族。そこの大媼の遺言が血の惨劇を呼ぶ……ああ、なんて横溝正史なんでしょ(笑)。けっこう好きだったりして>こーゆーの。
 さすがに伏線もきっちり、定番の「顔の無い死体」とか、密室とか、そういうのもちりばめられたりして、それに「洋館に描かれた魔法陣の中の死体」とか、もう、これでもかこれでもかという感じの舞台設定。肝心の犯人やトリックはというと、本格読者にありがちな穿った見方をすると見当が付く、と言った程度で、充分満足の行くものだったと思うし。こういうのにのめり込めれば、すごく楽しめるだろうなぁと思えましたね。力作。他の蘭子シリーズと比べると、かなり上位に位置する作品なんじゃないかしらね。
 ただ、あたしどうしても、何人もの人が殺されて、家族が悲しんでいるというさなかに、密室の分類に関する講義を始める探偵ってのは、好きになれないのよねぇ……。謎解きを、自己顕示欲の発露にしてるような気がして。謎を解くことそれ自体が目的になってるのは、どうも共感できないのよ。謎を解いた、その後が問題だというのは、もう散々言われてる事だと思うのだけれど。 (97.9.4)  

裏声で歌へ君が代・丸谷才一(新潮社)

 昭和40年代の東京を舞台に、台湾の独立を目指す運動家たちと、日本人の画商、その恋人をめぐる「国家」をテーマにした佳作。丸谷氏と言えば、旧仮名遣ひの人として有名なんだけども、昭和40年代を舞台にして旧仮名遣ひといふのはいかがなものかと、正直思はないでもなかつた。でも、一旦読み出すと気にならない。小説の雰囲気と旧かなが合つてゐたのでせう。
 台湾の歴史、そして画商の戦争時代の思ひ出。さういつたものがあひまつて、国民にとつて国家とは何かを問ひかけてくる。学生運動華やかなりし時代が終わつてから成長したあたしにとつて、真剣に国家と自分とのかかはりなどを考へる機会は無いに等しかつたし。君が代や国旗の蘊蓄ひとつとつてみても、非常に考へさせられる。決して、政治的にだうといふのではなく。偏りとか右とか左とか、さういつたものを一度全部横にどけて、読んでみるのにお勧めの本。
 エンディングの手法には吃驚。かういふのつて、ありなのかしらねえ。でもこの作品には、とても合つてゐるやうに見えたのです。小説が終わつても人生は続くし、国家とは何かといふ問ひには、登場人物だけが答を出せばいいといふものでもないのでせう。尚、この仮名遣ひは勘で書いてゐるので、違つてゐるなどと指摘したりしないやうに(笑)。 (97.9.9)  

怪物がめざめる夜・小林信彦(角川文庫)

 ラジオの構成作家とその仲間達が作り上げた架空のコラムニスト「ミスターJ」。評判が出るにつれて、正体をあばかれる危険が出てきた。そのために彼らがとった窮余の一策が、のち、彼らに襲いかかるーーー。
 小林信彦といえば、オヨヨやフラナガン、唐獅子なんかのコメディと、夢の砦やイエスタデイ・ワンスモアのような、古き良きトーキョー・ノスタルジーのいずれかだと思っていたので、この作品はけっこう意外。設定はノスタルジック・トーキョーのものに近いんだけども、ストーリーはサイコ・ホラーに近い。ハードカバーの初版は93年9月だから、ちょうど4年前になるわけだけども、「ストーカー」という言葉が出てきたりして。さすがだね。
 昨今ありがちのサイコ・ホラーと一線を画すのは、恐怖というのがテーマになっていないトコ。怖がらせてなんぼのホラーにあって、恐怖以外の、友情だとか愛情だとか裏切りだとか仕事だとか、そういったものがバランスよく入っている。恐怖はあるんだけども、変質者に対する得体のしれない恐怖より、それに対応する主人公達の心の葛藤の方に主眼が置かれ、ちょっとほのかに純文の香りのするホラーって感じがよかったなあ。それに、恐怖の対象が「異質なもの」であることが多いホラーに対して、はっきりとした「悪意」を槍玉にあげてるのも、感情移入しやすくてグッド。
 これは、「ドリーム・ハウス」に続く東京三部作の2番目なんだそうだけども、「ドリーム・ハウス」も読まなくちゃいけませんわね。で、三部作の3番目の作品て何なんでしょ?誰か知ってたら教えてくださいな。キーワードはムーン・リヴァーだそうなんで、ズバリ、
ムーンリヴァーの向こう側かとも思うんですが。  (97.9.10)  

謎物語・北村薫(中央公論)

 発売と同時に買って、ずーーっと放り出してた一冊。エッセイ集なのね。筆者の好みのミステリとはどんなものという話から、なぜミステリが面白いのかという話。で、冒頭からちょっとはまってしまいました。というのも、『純然たるミステリとは、謎が主体であり、登場人物は駒である。登場人物は謎のために生き、謎のために死ぬ』という新本格の在り方について、彼の意見が述べられてるからなのよね。で、あれだけ『優しい』物語を描く北村氏が、よもやそういう考えの持ち主ではあるまいと思ったところーーさにあらず、氏もそう考えていた。これにはちょっとショック。で、それに対する反論として、『じゃぁ推理クイズでいいじゃん』というのがあるんだけども、それに対しての氏の反論が……。あたしはこれを待ってたんじゃないか、と思うくらい、膝を打つものだったのよ。
 あたしはずーっと、謎主体で『人間が描けていない』ミステリに賛同できなかった。ああいうのは、小説ではないと思ってた。その一方で、魅力的な謎が論理的に解かれるその過程が大好きで、どうしても新本格を『読まずに済ませる』コトができなかった。そういう自分の二律背反を、この本は(一部ではあるけれど)解消してくれたような気がするのよね。物語性を追求することと、謎解きに徹することは、決して両立できないものではない、ということ。ああ、読んでよかった。
 ただ、もちろん、筆力あってのことだというのは忘れちゃならないワケですが(笑)。  (97.9.15)  


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