黒猫遁走曲・服部まゆみ(角川文庫)
会社を辞めて翻訳家として第二の人生を歩みだした猫好きの老嬢と、その担当の辣腕女性編集者と、妻を殺してしまった男の話。この3人の思惑が妙にずれてリンクするのが楽しい。一旦狂い出すと、あとはもう破綻に向けてまっしぐらというのが、この手の物語の王道なワケだけども、これはその破綻の具合が鬼気迫るものがあってよかったなぁ。三者三様の破綻が楽しめます。って、楽しむモノなのか>破綻。黒猫の役どころもいい。ただ、女性編集者の背景と心理がちょっと理解しがたいかな。老嬢と男に比べて書き込み不足の感有り。もちょっとページを割いてもよかったかも。まぁ、後半のジェットコースター的展開にあっては、そのヘンの傷も気にはならないという程度ですが。
二百回忌・笙野頼子(新潮社)
三島由紀夫賞を受賞した作品で、表題作の他に3つの短編を収録。全体になんつーか、「めくるめく幻想的純文ワールド」というノリです。面白かったのは【アケボノノ帯】。これは、「一旦排泄の禁忌を破ったがために、排泄の精霊になってしまった少女」の話なんだけども、つまるところ、粗相がトラウマになって狂ってしまった少女なわけだ。これは良かったなぁ。少女の霊(?)が妙にリアルで、それに巻き込まれる「私」の葛藤もよく出てるし。表題作の【二百回忌】は筒井康隆ばりのスラップスティック。だけども、この短編集を通してのテーマである「家族」というのをシニカルに描写し、悲しみを内包させるあたりは巧緻。2作ともエンディングが中途半端で、「え?これで終わり?」という気がしたんだけども、これは普段オチのあるミステリばっかり読んでる弊害だな(笑)。
「2時間ドラマにしたい大賞」贈呈。いや、悪口じゃなくて。2時間ドラマみたいなミステリーというと、どうも悪口のように聞こえてしまってアレなんだけども、これは実に映像化したくなる作品なのですよ。テレビドラマにすると、すごく面白くなりそうな作品。つまりは、判りやすく、スリリングで、見せ場があり、花もあるということだ。これに目をつける局はないかね。すっげー面白くなると思うんだけどなぁ。いや、実にテレビドラマ向きの作品。キャスティングなんか考えても面白いかもしんないってくらいだ。
検察捜査・中嶋博行(講談社)
平成六年の江戸川乱歩賞受賞作。現役の弁護士が書いた、検事が主人公のリーガルサスペンス。法廷ミステリーが中心だったリーガルサスペンスの新風という点では、評価できるモノを感じましたですね。今後に期待。ただ、小説としてはどうかねこれは。説明が多いなぁ。確かに必要な知識なのかもしれないけど、なんか途中で新聞読んでる気になっちゃった。情報小説かこれは。主人公の女性検事の人物造形もなんか中途半端だし。独りよがりに頑張っちゃう女性ってのは、まぁいいんだけども、なんかツクリモノぽくて薄いのよねぇ。なんで女性にしたのかってのは、流行とかじゃなくてちゃんと意味があったってのは、最後に判ったけどもさ。
平成七年の横溝正史賞佳作。現役の弁護士が書いた、弁護士の卵が主人公のリーガルサスペンス。どうしても、検察捜査と比べちゃうよね。ま、それは許して下さい。検察捜査の方で意味の分からなかった法曹界の仕組みが、こっちを読んで判ったというのもあるし(笑)。
女優X〜伊沢蘭麝の生涯〜・夏樹静子(文芸春秋)
39才でこの世を去った実在の新劇女優、伊沢蘭麝の生涯を描いた伝記。津和野に生まれ育ったシズは薬屋に嫁ぎ、一男をもうける。しかし家族と折り合いが悪く、前々から好きだった芝居の道に進みたいとの希望も捨て難く、離婚して出奔。それからの人生を描いているわけだけども、実に多彩だ。徳川夢声なんかとも馴染みなのね。恋愛と芝居と。伊沢蘭麝の芸名で仕事をとれるようになってから、彼女は本名の三浦シズに子をつけただけの三浦しず子という名前で映画に出る。それは津和野に残してきた息子へのメッセージだった……
魔術的な急斜面・紀田順一郎(東京創元社)
古書店と、古書を巡って起きる事件。古書店と言っても、赤川次郎のワゴンセールなんぞをやってるレベルではなくて、いわゆる稀覯本ってヤツですね。死期を悟った古書店のオヤジが、後継者を決めるのに二人の娘婿に問題を出す。指定された10冊の稀覯本を、早く、適正価格で集めた方が勝ち、と。娘婿たちはそれぞれの手法で本集めに走るが……。けっこう楽しめましたね。マニアってのはどんな分野でもいるもんで、そのマニアぶりと、本を手に入れる駆け引きはけっこう秀逸。
蟲・坂東眞砂子(角川ホラー文庫)
夫が石の器を拾って帰ってきた日から、めぐみの周囲に超常現象が起こり始める。作者お得意の伝奇ホラー。いや、けっこう恐いぞこれは。当然、主人公のめぐみに感情移入して読むワケだけども、そうなるとめぐみの視点が自分の視点になるわけだ。ところが、途中、めぐみの感じ方自体が狂ってきてることを示唆する場面があるのよね。そこなんかマジに恐かったもんねぇ。
富士山の身代金・藤山健二(新潮社)
テロリストが富士山測候所を占拠。5億ドルの身代金を政府に要求するが、人質は測候所職員だけではなかった。「要求が通らなければ、富士山を噴火させる」……うわぁ、わくわく。この発想はすごいなぁ。この発想がなければ、真保裕一氏の「ホワイトアウト」とさして変わらない訳で。実に魅力的な設定であります。
うまい!久しぶりに出会った新本格の傑作だ。あくまでも新本格の、だからね。道具建てがしっかり本格してて、伏線もしっかりしてる。謎解きの妙もカタルシスも味もある。エンディングでまた膝を打つ。これはおもしろい。昨年の10月の出版になってるけど、これを新刊で読んでたらば、昨年の私家版ベストの順位は変わっていたであろうと思われますわ。
直木賞受賞作ですね。さすがだわ。長い物語だし、時代は古いし、土地の言葉で会話させてるしで、読みにくい要素満載なのにも関わらず、ぐいぐい読ませる。明確には記してないんだけど、時は明治初期、場所は長野の寒村。その村の祭りのために、東京から役者が二人呼ばれる。そのうちの一人は(これくらいは言ってもいいか。早い段階で出て来るし。)両性具有だった。そうとは知らず、彼(彼女)を男だと想って慕う娘たち。そして起こる事件。
しかし、勝手な思いこみで申し訳ないんだけど、瑠璃とか翠とかって名前を中年〜老年の女性につけられてもなぁ(笑)。なんかイメージが。もちろん、どっかのミステリのように意味もなく耽美系の名前をちりばめてるワケじゃなく、ちゃんと設定があるんだけどもさ。実際に年輩の瑠璃さんや翠さんがここを読んでたら、ごめんなさい。 (97.10.2)
一方、【大地の黴】【ふるえるふるさと】の2編は、これはもうあたしの苦手とする分野だったんだよなぁ。いじけた女性がどんどん自分の中に潜っていって勝手に自己完結する類の話。スペインの諺「祈るより稼げ」を標榜する大矢としては、この類の話ってのはイライラするだけで楽しめないのよね。「もっと楽しいこと考えたらどうなの。そんなふうだから、家族ともうまく行かないんだよっ」って言いたくなったりして(笑)。やっぱ、他者との関わりを描いた物語の方があたしはスキみたい。
(97.10.5)
さらわれたい女・歌野晶午(角川ノベルズ)
歌野氏の作品にしては、信濃譲二も出てこないし、いわゆる本格推理とはちょっと違う趣です。が、あたしは「家三部作」よりもこっちの方が楽しめた。便利屋の前に突然現れた、育ちのよさそうな美人が「私を誘拐して下さい」と言う。「誘拐して夫を脅して下さい」と。で、狂言誘拐に手を染める便利屋。ここから事件は二転三転だ。便利屋の心情もよく描けてるし、畳み掛ける謎も意外だし、結末はスッキリするし。ナカナカにトリッキーな作品でした。マル。
(97.10.7)
それにしても……ここ数年の乱歩賞受賞作の主人公ってさぁ、今年がテレビ局の女性ビデオ編集者、昨年が万引きを捕まえる女性保安士、で、その前がテロリストあがりのバーテン、順に、女性検事、女性私立探偵、医者、検疫の役人……。なんだか、「主人公がちょっと変わった職業についてて、その業界の情報をいかに取り込んで描くか」って感じになってきてません?珍しい職業を考えつけば、それで半分はオッケーみたいな。まぁいいんですけど。
(97.10.8)
盟約の砦・藤村耕造(角川書店)
物語性や、ストーリーテリング、サスペンスという点では、こっちの方が「買い」だと思います。たしかにプロットの上ではかなり脆弱というか、御都合主義というか、無理矢理というか(かなり貶してるか?)、そういう穴も目立つんだけども、読者をひっぱる筆力という点では、かなりのモノなんじゃないかなぁ。同じ法曹界の仕組みを描くんでも、検察捜査が、情報過多・説明過多になってる部分を、こっちは主人公を狂言回しにして上手に描写してくれるし。応募原稿にかなり手を入れて出版したようだけど、そのせいか、大きな破綻は見られなかった気がする。
主人公しのぶの心理描写が特に印象的。「女性の敵」である被疑者を前に、しのぶの気持ちがどう動くかというのが、実は一番の見せ場のような気がするな。
(97.10.8)
実際の話だけに、小説のようには話は進まない。それがまどろこしい。圧巻は、彼女と息子との再会。映画のスクリーンに母の名前をみつけて手紙を書く息子。まわりまわった手紙は年月を経て、やっと彼女のもとに届く。息子とのつかの間の再会。作り話では出せない、そこはかとない切なさと、淡々とした心情に何故か心動かされる。小説ならいくらでももっと感動的に作れるものを、事実ってのは、こうも淡々としてるものなのか。「お前は妻であり、母なんだ」「わたしは人間です」あの時代の日本に、このノラのセリフそのままの女性が居たという事に、悲哀すら感じた1冊なのだった。
(97.10.9)
惜しむらくは、なんか途中で問題がすり変わってしまった感があること。残りページを見ながら「おいおい、これでちゃんとカタがつくのか?」と心配になってきちゃうのよね。謎解きや物語自体よりも、稀覯本マニアの手練手管が一番面白かった、という変な感想になってしまうのであった。
(97.10.9)
ただ、結末がおおいに不満なのだな。怖がらせるだけ怖がらせておいて、なんかいきなりホンワカしてません?いや、冷静に考えれば恐い結末なんだけどもさ、この文章、この描写だと、なんかふんわりのんびりしてて、恐くないのよね。なーんだ、これならこれでいいじゃん、という気持ちにさせられてしまった。それまで気持ちが盛り上がってただけに、なんか消化不良。やっぱここは、ガツンと闘って、それなりの成果を見せて欲しかったのでした。「蟲」がまっこうから勝つよりも、負けたと見せておいて、こっそり生きてる方がゾッとすると思うんだけどな。
(97.10.16)
もう国家は上へ下への大騒ぎ。大蔵省は金を集めるし、警察庁は面子をかけて犯人逮捕にやっきになるし、防衛庁は突っ走るし、気象庁は分析に命を燃やすし。そんな中、防衛庁の傭兵・堂垣は、まったく無関係のように見えるひとつの事件を追いかけるハメになる。もちろん、無関係な筈はないんだけど、それを判ってるのは読者だけだったりするんだな(笑)。
というふうに、設定はすごく面白かったんだけど、真相に近づくにつれて、ちょっと別要素が入り込んで来るのよね。伝説というか、伝説めいた話と言おうか。それが違和感があって。バリバリのクライムノベルに神話(じゃないんだけど)がいきなり絡んで来たかのような違和感。ボンドの007を見てたら、石ノ森章太郎の009が出てきたみたいな(笑)。これを持ち出す必要があったのかな。なんか、過去と今の事件を繋ぐ要因は他にもあるわけで、伝説を持ち出したがために、なんかちょっと散漫になった感があるんですけど。そこがひっかかったんだけど、それを除けば、総じて面白い佳作でした。はい。
(97.10.20)
鬼女の都・菅浩江(祥伝社)
最初、読み始めた時は正直言ってイヤだったのよね。鼻についたというか。登場人物が、「小説やマンガの同人誌をやってる女の子たち」なんだもの(笑)。こ、これはもしや「コ●ケ殺人事件」のノリか?オタク小説か?と引いてしまったのよね。その上、その女の子たちが、これでもかというほどガキっぽい。嘘臭いくらいガキっぽい。なんか、一昔前の大映ドラマに出て来そうなガキっぽさなのよ。自然、話の展開も最初ガキっぽくて、あ〜あ、これは失敗だったかなぁと思ったのでした。
ところが、ところがよ。引き込まれてしまったんだよなぁ。デビューの決まっていた京都の作家が自殺した。同人誌仲間は、その死の謎を解こうと動き回るうちに「京都」という都に飲み込まれていく……。栗本薫氏の「絃の聖域」と「ぼくらの気持」を足して2で割った感じの物語。「京都」という独特な風土を非常にうまく使って、上手に騙してくれました。謎に翻弄され、謎解きに膝を打つと同時に、京都、ありは京女京男の持つ心情が迫ってくる。うーん、面白い。決してパズルだけではない新本格だ。実に面白い。
(97.10.22)
山妣・坂東眞砂子(新潮社)
第二章では、いきなり舞台が変わる。場所は鉱山町の遊廓。そこで働く女郎の話。こうなると、第三章では、一章と二章がリンクするんだろうというのは見当がつくんだけども、その予想を超えるような事実が読者を圧倒する。
読み終わって残るものは、興奮の中の悲しみだ。男女の情愛の中の悲しみ。親子の愛情の中の悲しみ。そして、自分にはどうにもできない運命を背負って生きる者の悲しみ。これまで坂東氏に対しては、伝奇ホラーというイメージを持っていたが、そしてこれもある意味、伝奇には相違ないんだが、それでもこれはあまりにも重厚な人間ドラマだと定義づけたい。
両性具有であるということ。目が見えないということ。貧乏だということ。体を売って生きているということ。……「ひとと違う」ということが、悲しみでなくなる時、それが真のやすらぎかもしれない。涼之介はもちろんだが、琴の悲しさが胸に残る。
(97.10.30)
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