スポーツクラブを舞台にしたミステリ。三章仕立てで、各章の語り手が変わる。と同時に物語が大きく展開する。この構成はうまいなぁ。二章の最初なんか、すっごくビックリしたもの、あたし。
帰去来殺人事件・山田風太郎(出版芸術社)
「帰去来の詩」を書いた中国の詩人って誰でしたっけ。最初に聞いた時、「帰去来」を訓読みで「帰りなん、いざ」と読ませるのを知り、いたく感動したものですが。そういう経験があったので、この表題作は実にいいタイトルだなぁ、と。
噴版 悪魔の辞典・別役実/安野光雄/なだいなだ/日高敏隆/横田順彌(平凡社)
悪魔の辞典と言えば、やっぱビアスなんだけども、それを日本でもやろう、どうせやるなら5人の共著(競著)にしちゃえ、というのがこの本である。けっこう錚々たるメンバーだよねぇ。特に別役実やヨコジュンってあたりが。
時は1970年。婚約者と親友にダブルで裏切られた主人公は、愛猫ピートと一緒に30年の冷凍睡眠につこうとする。しかし、その前夜……という、タイムトラベルもののSFですね。非常に判りやすくて面白かった。SFとしてどうなのかっつーのは、あんましSFを読まない大矢なので判らんのだけども、SFの設定を借りてる普通の物語、という感じがしましたわ。西澤保彦とか新井素子とかが、SF設定ではあるんだけど、書いてる内容は普通のミステリだったり普通の少女小説だったりするみたいな。あ、貶してるんじゃないのよ、これ。
寒窓・軒上泊(徳間書店)
阪神大震災から3週間。行方不明になっていた女性が、瓦礫の下から刺殺死体で発見される。謎を追う元恋人。そして同じ時期、刑務所から出所したばかりの女性は姉の自殺に疑問を抱く……という物語。出版が1995年の12月ということで、まだ震災の記憶が生々しい時期なのにも関わらず、センチメンタリズムに流されずに、震災後という設定をうまく利用してる感じがしてマル。
死者の輪舞・泡坂妻夫(出版芸術社)
人が殺され、犯人が特定される。ところが次にはその犯人が殺される。それが繰り返されるという妙な連続殺人に、一風変わった海亀刑事が挑む。淡坂らしい、トリッキーな仕掛けの一品。
江戸時代。天明・寛政・化政期を飾った相撲取り・雷電為右衛門。正直、相撲については殆ど知識の無い大矢であるが、これは見事にはまった。名前だけは聞いたことがあった。昔の有名な力士だという事も、なんとなく知っていた。それだけだった。雷電がどういう所で、どういう環境で生まれ育ち、何故相撲の道に入ったのか。どういう人間で、どういう相撲取りだったのか。そして晩年はどうだったのか。「強かったらしい」というだけの前情報で読み始めたが、そんな甘い情報はぶち壊しにされた。これは雷電こと太郎吉の一代記だ。
古本屋探偵の事件簿・紀田順一郎(創元推理文庫)
神保町で古本屋を構える須藤は、どんな本でも捜しますという本の探偵を標榜する。しかし、頼まれて捜す本はどれも「持ち主」との関わりが大きく、結局事件に巻き込まれることに……という、一風変わった探偵の連作短編集。
ノーペイン、ノーゲイン・山本甲士(角川書店)
第一章は窃盗犯の話。……これ以上言うと、一気にネタバレしそうで恐くて言えない(笑)。なぜスポーツクラブが関係してくるかっていうと、まぁそこに盗みに入るわけだけども、そのあとのスポーツクラブとの関わりが秀逸。なるほどねぇ、と思わせる。で、二章以降の急転直下。これは読まなくちゃ判りませんぜ、奥さん。
ただ惜しむらくは、語り手が変わってる筈なのに、あんまり文章に語り手の個性が出てないっつーか、キャラのかき分けが出来てないっつーか。ま、大きな問題ではないけどね。
しかしなぁ、うーん、そうかあ、そうだったのかぁ。そりゃ考えつかなかったなぁ、という驚きも与えてくれて、正統派謎解きと、ドキドキのクライムノベルが上手に融合した作品と言えましょう。
(97.11.27)
山田風太郎というのは、忍法モノのイメージが強く、まさかこういうミステリも書いてるなんて寡聞にして初耳。昭和20〜30年代の話なので全体に古いのは当たり前にしても、けっこう緻密な本格推理でした。
8作品収録されてるんだけども、シリーズキャラの探偵は「荊木歓喜」という得体のしれない医者。昼間から酒を飲み、街娼の堕胎が専門。彼が巻き込まれる事件の数々なんだけども、時代が時代だけに今では使えない差別用語(差別でもなんでもないのに、勝手に誰かが気をまわして差別用語にしちゃった言葉だな)がバンバン出てきて、それがまた雰囲気を上手に醸し出しててヨロシイ。
とても今じゃ通用しないトリックもあるし、なんか往年の二十面相のような少年向けモノもあるけど、総じてストーリーテリングが巧いなぁ。【西条家の通り魔】【帰去来殺人事件】の2作は特に秀逸。氏の他の作品も読んでみようかな。
(97.11.28)
内容は簡潔で、ひとつの単語の【悪魔版】定義を5人がそれぞれ書くというもの。中には大笑いするものや、うーん、と唸ってしまうものなど色々あり。比較も面白いよね。同じ語の解説で、まったく正反対のことを2人が書いてたり。気に入ったのは、
【写真】実物以上に美しく記録することを常に要求されているかわいそうな紙片
【狂気】自分の考え方に理解を示さない人間達の精神構造の総称
【ストライキ】ストライクの訛り。あまり繰り返すとアウトになる
など多数。もちろん各語とも5人が別々に書いてるわけですが。誰と感性が近いかってのも判っておもしろい。ただ、なだいなだ氏。長えよ(笑)。
(97.11.29)
夏への扉・ロバート・A・ハインライン著 福島正実訳(ハヤカワ文庫)
一番面白かったのはねぇ、(あたしゃやっぱりミステリ者だと自覚したんだけど)主人公が自分を裏切った2人とやりあってる最中に、ちょっと、それまでの記述と矛盾した部分が出てくるのよね。それに冷凍睡眠から甦った後も、なんだかおかしい記述がある。なんだろうなぁこれ、と思って読んでたらば、後半部分でなるほど!と膝を打ちましたわ。ああ、これって伏線だったのかあ、と。展開もけっこうスリリングざんす。書かれた時代を思うと、安直な流れってのも気にならないやね。これが書かれた当時の日本文学を考えてみても、現代と比べると非常に安直で判りやすいもんだし。
古い話のせいか、全体に漂うノスタルジックな雰囲気もマル。ただ、幸せに酔う主人公に一言言いたいんだけども、リッキィって純真なんじゃなくて、単に男にもてなかっただけか、保証されてる裕福な暮らしに惹かれたという可能性、ちょっとは考えてみた方がいいんじゃない?(笑)。彼女には「判ってた」筈なんだから。リッキィが何か書類を持ってきてサインさせようとしたら、要注意だぞ(笑)。
(97.12.1)
特に主人公の男性がいいねぇ。昔の恋人に対する微妙な気持ちが、よく描写できてます。特に昔バイトしてた焼鳥屋のオヤジに会うシーンがいいな。風情と人情があって。謎と謎解き自体は、ちょと冒険しすぎというか、普通はそううまく情報は入らないだろうと思われる部分もあるんだけど、総じてよく出来てると思いましたね。2つの事件もうまく融合してるし。犯人を追いつめるあたりも、震災後ならではの味があってよろしゅうございました。
ただ、あまりに全体的に淡々と進んでしまうのは何故かしらね。盛り上がりがないというか。後になって考えてみれば、前述のようないい部分がたくさんあるんだけども、読んでる最中のワクワクドキドキがないのよ。主人公以外の人物造形が、ちょっと上っ面だけっぽかったたせいかしらね。 (97.12.2)
上記のようなあらすじを腰巻きで見た時に、「こういう理屈なら、そんな連続殺人も可能だよな」という一つのアイディアに気付いた人は多いと思うのよね。あたしもある方法を考えついて、まさかその通りになっちゃつまんないなぁ、と思ってたんだけど。途中までは、「その通り」に進んで行くんでビックリ。おいおい、ホントにそんな素人が考えた通りになるのかよお、ってなもんで。
ところが、ちゃんとドンデン返しがありましたねぇ。なるほど、そう来たか。ちゃんと予想を裏切ってくれて、その上、後になって細かい伏線に気付かされる、そんなミステリの醍醐味を味わわせてくれました。テンポがいいしタッチが軽いので、泡坂長編の割には気軽に読める一冊。 (97.12.3)
雷電本紀・飯嶋和一(河出書房)
浅間山が噴火し、ろくに食べる物もなかった信濃・小諸。そこで相撲取りに召し抱えられた太郎吉は向かうところ敵ナシの力士へと成長する。それだけ体力もあり、農業を手伝える男手を、文句も言わず相撲取りとして藩へ差し出す父親。食糧難の中、打ち壊しに走る農民。若き日の雷電の章は、そのまま歴史ドキュメントだ。
さまざまな出会いと別れを繰り返した末、引退(?)後の雷電は仲間の供養を思いつく。それに協力する助五郎。ああもう、このあたりから涙無しでは読めなくなってくる。なんていいやつなんだ雷電(;_;)。決してハッピーエンドではなく、えも言われぬ怒りと切なさを残す終章。壮大な中に身近な思い入れのできる歴史物の佳作である。
(97.12.4)
古本、それも稀覯本を巡る人々というのは、決して「読書好き」と一緒ではないというのをしみじみと感じる。それが初版だろうが復刻版だろうが、要は本たるもの、中身が面白いかどうかが最大のポイントだと思っていたが、どうも違う考えの人々もいるらしい。そのあたりが、必ずしも感情移入はできないんだけども、一種鬼気迫る蒐集家たちの描写が興味深く面白い。3つの短編と1つの中編が収録されているが、設定が設定だけに、短編の方がミステリとしてスッキリ決まった感あり。特殊な世界を見せ、その世界ならではトリックで唸らせる、一種の業界物として読めば楽しめる本格ミステリと言えませう。
(97.12.5)
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