探偵の夏あるいは悪魔の子守歌・岩崎正吾(創元推理文庫)
タイトルからも推察できるように、横溝正史の「悪魔の手鞠歌」の本歌取り。本歌を読んでなくても楽しめるようには出来てるけど、こりゃ読んでた方が10倍は楽しめるね。細かい芸が嬉しい。「キチガイじゃが仕方がない」も出てくるし(笑)。ま、本歌取りの部分は、そういう設定部分が中心で、トリックは別物になってます。当たり前か。
探偵の秋あるいは猥の悲劇・岩崎正吾(東京創元社)
これはクイーンの「Yの悲劇」の本歌取り。ただ、探偵の夏あるいは悪魔の子守歌に比べると、ちょっとパワーダウンしてるよなあ。だって、人物造形だけなんだもの。Yの舞台になるハッター家に対して、今度の舞台は山梨の旧家・八田家(笑)。そこの当主・八田欲右衛門が死ぬところから物語は始まる。盲目の娘が出てきたり、元役者が出てきたり、子供が出てきたり、亡父の手記があったり……というあたりはキレイに本歌をとってるんだけどもさ。そこまでなのよ。本歌取りが些末な部分だけになってるというか。も少し根幹の部分でやってほしかったなあ。あたしゃどっかで三味線で殴られて死ぬってのが出るんじゃないかとワクワクしてたんだが(笑)。
オリンピック候補選手になっていたマラソンランナーが殺される。その事件を巡る複数の人々の物語なんだけども、氏のデビュー作ノーペイン、ノーゲインと同じ様な構成で、章毎に語り手が変わるという体裁をとってます。それが功を奏して、意外な観点から読者は「客観的」になれるのよね。神の視点ではなく、あくまでも登場人物レベルの視点で客観的になれるってのは、けっこう面白い。同じ時制を複数の視点で描いた小説は多いけども、その場合ややくどくなるのに対し、これは時間がきっちり流れてくれるので飽きもこないし。デビュー作では、語り手が変わっても文体が一緒っていう欠点があったんだけど、今回はそれもクリアされてます。
ゴルフの元プロ。アメリカで武者修行していたが夢破れ、日本に帰ってみると恋人が殺されていた。その謎を解こうとする物語。正統派のミステリで、けっこう好きかも。人物が類型的すぎるキライはあるけれど、類型的なせいで理解しやすいという、いい方に転んだ例だと想う。
見上げれば あ、雲・小嵐九八郎(毎日新聞社)
男と女の関係を描く短編集。それぞれが時代性を反映させている。1968年、学生運動の中での恋と友情。1978年、つい殺人を犯した会社員と結婚詐欺の娘の話。1987年、地上げにあえぐ都心の嫁き遅れの不器用な恋。1990年、別れた夫とその母との物語。1992年、スナックのマスターのところに転がり込んできた娘。1994年、農村の集団見合いの話。1996年、昔学生運動に明け暮れていた夫婦のその後。
ハードボイルドだのバイオレンスだのが苦手で、これまでどれだけ評判になろうが読まなかった新宿鮫なんだけども……くう、面白いぜ(笑)。悔しいけど面白いわ。所は新宿。キャリアでエリート驀進だった主人公鮫島は、警察内部の問題で左遷同様に新宿署に居る。常に一人で行動し、チームを組んでくれる同僚もいない。新宿のヤクザからは恐れられ、うとんじられている。ここまでだと、「あー、もうありがちのハードボイルドォ」って思うんだけど、この鮫島始め、登場人物がどれもいいのよ。鮫島の味方も敵も、非常に生き生きしてて。
GEN〜源氏物語秘録〜・伊沢元彦(角川書店)
時は昭和初期。源氏物語は複数の作家による合筆ではないか、という疑問から物語は始まる。作者お得意の「歴史分析モノ」である。でっちあげとは言わないけども(笑)、おお、そう考えると面白い、という例のヤツだ。今回もなかなかよく練れてて、やっぱこのひとのはこーゆータイプの話が一番面白い。
大正から昭和の初期にかけて、新潟で酒造りに取り組む旧家とその娘の物語。ああ、いい。なにがいいって、娘の烈(れつ)だ。彼女は生まれついての夜盲症で、だんだん目が見えなくなるのね。でもって、成長の過程でついに失明してしまうわけだが、目が見えないということに悲しみ、悩み、刃向かい……決して「障害にも負けずに明るく頑張りました」ではなく、障害に潰されそうになりながら踏ん張っている悲しさがある。目が見えないことで自分なりの価値観を得、判断していく烈。
妖鳥(ハルピツィア)・山田正紀(幻冬舎)
人が死ぬ時には妖鳥が出るという噂のある謎めいた病院が舞台。瀕死の患者が別の部屋で死んでたり、遺体安置室から死体が消えたり、話を聞いただけで真相を見抜くベッド・ディテクティヴまがいの少年がいたり、看護婦が消えたり……もうサービス満点百花繚乱だあ。
毒猿〜新宿鮫2・大沢在昌(カッパノベルズ)
1作目よりはちょっとパワーダウンしてるような気がしたけれど。だいたい裏表紙の宣伝文句がさあ、前作の「新宿鮫」を褒めてるのばっかりで本作については何もいってないあたりが……(笑)。それでもやっぱり新宿鮫シリーズで、やっぱレベルは高い。今回は毒猿と呼ばれている中国(台湾か)の殺し屋が登場。シンナー・トルエンの販売組織を探る鮫島の話と、アジア系風俗の店で起こった事件がリンクしてきます。
フリーライターが謎の死を遂げる。その恋人と友人が謎を追うウチに、彼の探っていたネタがあるマラソンランナーについてだったことを知る。その一方で、医大の解剖に献体された死体を巡り、女子医大生とその恋人が事件に巻き込まれていく……。物語の中程で、この二件の関係が明らかにされるんだけど、最大の見所はそこだね。もうビックリ。あとになって考えればよくある手なんだけども、読んでる最中は全然想像もしなかった。それだけ書き方がうまいってことかな。うわああ、そう来たかあ!と思わず叫んでしまいます。
うわあ、すごい。中国残留孤児の物語なんだけども、これは歴史物ではなく、現代の中国を舞台にしていると言ってもいい。「現代」の中国をここまで赤裸々に描くことができた、その取材力と度胸にまず感嘆する。どうしてこんなことができたのか、それは下巻の後書きを読んで初めて判った。ともかく、すごい。男だぜ故胡耀邦総書記!
龍の契り・服部真澄(祥伝社)
ということで中国づいてしまった1997年のトリを飾るのはこの一冊。これは香港を巡る物語で、「何故イギリスは、あれだけ返還を嫌がってた香港をアッサリ返す気になったのか?」という、誰でも一度は考えたことがあるんじゃないかという謎をメインに物語が進む。もちろん中味はフィクションなんだけども、おお、確かにこういうことがあってもおかしくはないよなぁ、もしかしたらこれが真実なんじゃないか、と思わせるような取材力と筆力だ。
とある村の有力者が、命を狙われているとボディガードをやとう。その本人の廻りで人が殺され、その殺され方が村に伝わる子守歌の見立てになってて……という話。本歌でも物語の中枢に据えられた「見立て」が、こちらも本歌に負けずとも劣らないくらいキレイに決めてくれました。特にカッパのあたりはいいなあ。ちょっと強引だけども、いや、キレイキレイ。
探偵役に難があるんだけども、まぁ、この話の主役は探偵ではなく、正史の「悪魔の手鞠歌」だと思えば納得もいくところかな。この物語を単体として読むと、さほど出来のいいミステリだとは思わないんだけども、本歌取りとしてみると非常によくできてるのではないかしら。
(97.12.9)
本歌はさておき単体として見ても、謎解きの部分に盛り上がりが欠ける。誰が探偵役なのかってのをはっきり打ち出してないせいかな。「名探偵 皆を集めて さてと言い」ってな必要はないけれど、それに準じるような道具建ては欲しいところなのよね。なんかダラダラと真相解説されて、尻切れ蜻蛉で終わってしまった感は否めませんわ。ふう。
(97.12.10)
バッド・ブラッド・山本甲士(角川書店)
1章の語り手は、オリンピックを狙うランナーの兄。2章は元女子プロレスラー(笑)。これは面白かったなあ。だいたい男性作家の描く女性ってのは、どっか類型的になりがちなんだけども、この元女子プロレスラーのさくらは非常に生き生きしててよかった。3章は1章の語り手だった人物の弟が主人公になる。真相はちょっとあっけないけども、充分盛り上げてくれたし。いやあ、人の見方は一つじゃないのねえ。うん。ただ、2作続けてこの手法ってのはチトどうかなと思わないでもないし、3作目以降は新たな手法を期待しちゃいますね。
(97.12.11)
夏色の軌跡・西浦一輝(角川書店)
主人公が個人的にゴルフを教えてる高校生が、高校生のゴルフ大会に出ることになって、その大会でも事件がおこる。本来の謎の方は社会派じみてたんだけど、こっちの方はけっこう本格。ヒントはたくさんばらまかれてるし、そのヒントを拾って正解に到達したような優越感も味わえるんだけど、おおお、まだそういうことが隠されてたのかあ!という部分もしっかり作られてて。
この物語の何がいいって、ラストシーンよ。最後の最後がいい。見事なラスト。なんか思わず微笑んで本を閉じられる、読後感が最高の一冊でした。 (97.12.16)
どれも派手なところはない。むしろ、人によっては退屈だと思うかもしれない。ただ、どこかにホンワリとさせるものがある短編集。個人的には1987年と1990年、1996年のが好きだな。どこが好きかって言われても困るんだけど、ちょっとした雰囲気と小道具が絶妙。全編にモチーフとして雲が扱われてるんだけど、最初はタイトルにするほど雲にカンケーないじゃん、と想ってたのね。ところが、よく読むと、実に巧く雲を選んでいる。そのあたりもご一読下さいませ。(97.12.17)
新宿鮫・大沢在昌(カッパノベルズ)
あたしがハードボイルドを嫌いなのは、「どーしてそんなにカッコつけなきゃなんないのか判らない」からだったんだけど、新宿鮫は、そこを納得させてくれる。第一、カッコつけてないのよね。仕方なくやってる、ってのがリアルでいいじゃん。危なくなって泣いてるとこを他人に助けられるってのも、嘘っぽいハードボイルドじゃなくていい(笑)。とにかく、物語を読ませてくれる。説得力のある物語なんだな、これは。ハードボイルド嫌い、ってひとが読んでも楽しめるよ、これ。 (97.12.18)
ただ、ミステリとしての醍醐味は正直薄いし、源氏物語の謎から波及したより大きな謎というのが源氏物語を食ってるのも残念。設定としては、確かに源氏物語の謎が全編を通して流れてるんだけども、その印象が薄くなっちゃってるのよね。時代性のせいかもしんないけど、大事な人物が次々と消えていくのも、なんか安易で。そういうふうにミステリとして読むのではなく、もうひとつの歴史フィクションとしてみると非常に面白い。真珠湾攻撃の裏なんかも、おお、こういうのってホントにあったかもしんないぞワクワクと思わせるだけのものはあるし。
しかし……主人公は別の人でもよかったんじゃないの?これってなんか、単なる太鼓持ちのように思えるんだけどなあ。 (97.12.19)
蔵(上下巻)・宮尾登美子(毎日新聞社)
その烈の物語と共に、彼女の家の事が描かれる。家の中を封建制度が脈々と息づいていた時代。昔からの地主であると同時に、酒蔵でもある家。「女は汚れがあるから酒蔵には入れない」という家に生まれた跡取りが女で、それも盲目。家は時として一致団結し、時としてバラバラになり、ぶつかりあう。決して善玉悪玉が分かれず、登場人物の誰に対しても共感と憤りの両方を感じる箇所がある。非常に人間らしい。烈、そして佐穂、賀穂、むら、せき。登場するそれぞれの女性の生き様をゆっくり考えてみたくなる一冊である。
(97.12.21)
かなり緻密に計算されてるし、伏線もバリバリに張ってあったりもするし、登場人物もナカナカに書き込まれてるし、総合的にはミステリとしてはかなりレベルが高いと思うのよね。細かい謎の解明なんかは、思わず膝を打つし。
ただ……最後の謎解きは頂けない。あの真犯人はイカン。謎解きはもっと舞台効果を狙って欲しいってのもあるんだけど、それだけじゃなくて、なんつーか「花」がないのよねぇ。カタルシスがないっつーか。それまでがすごく盛り上がってただけに、このエンディングはかなり残念なのだった。まあ、好みの問題だから、こういうのが好きという人にとっては、これはかなりポイントが高いのかもしれません。
(97.12.23)
話の構成はさすがに見事。ただ、今回メインの毒猿のキャラが今いち立ってないような気がしたのよねぇ。奈美が惹かれていく様がどうにも納得できなくて、犯人側に感情移入できないままだったのでした。だいたい、もっと早い段階で病院行けっつーの、という気がしてならなかったのよね(笑)。それができないほどせっぱつまってたんだ、というのが、理屈では判っても感情で判らなかったのが最大の難点のど飴。
(97.12.25)
夜の走者・軒上泊(中央公論社)
そこでの驚きに比べれば、その後、解決までの流れはちょっと冗漫になってしまったきらいがあって残念。ミステリ色も薄れるし。それでも、時間と人の心っていうのがなんだかとても切なく描かれてて、とてもシンミリしてしまった一作なのでした。他に解決策はなかったのよー、なんだか辛いよー、っていう読後感かな。体裁は社会派推理なんだけども、その実、けっこう心理描写で読ませる作品かもだ。
(97.12.26)
大地の子(全3巻)・山崎豊子(文藝春秋)
上巻は、関東軍に見捨てられて孤児となった松本勝男の話。勝男は中国人に拾われ、名前も隆一心と変えて、子供の頃の事は忘れて中国人として成長する。日本人ということで受ける差別。中巻では、その一心が成長して、日中合同のプロジェクトに参加することになった。おりしも中国では残留孤児捜しが本格化する。一心の記憶は甦るのか。そして下巻では、一心の日本での身元が判明。それが辛い。一心と、その親の葛藤と苦悩が描かれる。
祖国があるなら帰りたい、生みの親がいるなら会いたい、そう思うことが当然だと思ってきたあたしは、脳髄をガツンとやられたような気になった。ワイルド・スワンを読んだ時にうけたショックと似たような、しかし、それよりもより自分に近いところで何かが壊れたような、そんな思いを味わった。これが「今」の話だというのが辛い。「歴史」にしてしまえないのが辛い。中国ってのは、いったい……。そして日本ってのは……。なんか言葉にならないなあ。ともかく、読め。
(97.12.27)
イギリス、アメリカ、中国、香港、そして日本。これだけの国を舞台にしてるだけあって、ところどころで話が錯綜してしまう欠点はあるものの、物語に一本スジが通ってるだけに読みやすい。正直言って謀略モノってのは苦手だったんだけども、これはそういう人でも読めるんじゃないかな。スケールはでかいんだけど、書き込みは緻密で。この取材力と構成力には圧倒されたけれど、なんか余計な説明や余計な書き込みが多くて、辟易したのも事実。もすこしスッキリさせてもよかったと思うんだけどな。サスペンス溢れる(はずの)シーンでも、妙に淡々としてたりして。圧倒はされたし、感嘆もしたけれど、のめりこめなかったってのが残念。
でも、余計なネタの多い中でも、外交官沢木のライバルだった女性外交官の話は非常に面白かった。なにもああいうエピソードをいれる必要は全然ないんだけども、あの下りが一番面白く読めたのだった(笑)。
(97.12.30)
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