とむらい機関車・大阪圭吉(国書刊行会)
戦前、というか、昭和初期の本格推理。論理派推理小説の先駆者みたいな人なのねこのひとって。その割に、謎解きだけじゃなくて、人間関係やテーマみたいなものをキチンを描いてるところに好感を持ったのです。
E(エンバーミング)M・雨宮早希(幻冬舎ノベルズ)
遺体を修復し、きれいな体で葬儀に送るという仕事・エンバーミング。それを生業とする主人公のところに、男子高校生の自殺体が委ねられる。そこから起こる不可解な事件……ということなんだけども、まず、このエンバーミングに関しては実に緻密に取材されていて、情報小説としてはなかなか読ませるものがある。思いきり興味持たされたもんね>エンバーミング。たいへんな、そして大事な仕事だよなあ。大切な人であるほど、病気でやつれた顔のままや、事故でケガをした状態のままで葬儀を出したいとは思わないもんね。きれいな顔、きれいな体で、お気に入りの服や物を身につけさせて送り出したいと思うもんなあ。秀逸な職業設定だ。
刑務所から脱走した、悪事の天才ラマー、ラマーの従兄弟で知的障害を持つオーデル、ひよわな画家のリチャード。この3人の逃走劇を描いた作品。正直言って、最初は読むのが苦痛だったのよねぇ。ラマーの悪行ってのが、底なしで救いがなくてさあ。もう、冒頭から死体の山。こういうの苦手だなぁ、と思いながら読んでたワケだ。
誰もわたしを愛さない・樋口有介(講談社)
草平ちゃんである。いつもの草平ちゃんだ。お馴染みの皆さんも相変わらずで、草平ちゃんシリーズのファンには嬉しい1冊。今回の草平ちゃんは、ラブホテルで殺された女子高校生の謎に迫る。女子高校生の実態については、まぁけっこう昔からいろんな小説で扱われてて、特に新しさもなかったんだけど、やっぱ文章が巧いので手垢のついた展開でも、読ませるとこは読ませるよな。
ふたりのイーダに続く、直樹とゆう子の物語第2弾。前作では広島の原爆を知った直樹だが、今回は亡父の実家へ行き、そこでご先祖様に会うという話。その北陸の雪国で昔、何が起こったのか。そして今の日本で、何が起ころうとしているのかを、直樹は知る。
直樹とゆう子の物語第4弾。(ちなみに第3弾は、私のアンネ=フランクです。)ゆう子は従姉妹のエリコに誘われて、信州の山荘へとでかける。そこで、亡くなったエリコの祖父の残したものに触れ……。
直樹とゆう子の物語第5弾にして、(多分)最新作。といっても93年発行なんだけどね。前作屋根裏部屋の秘密にも登場した、山荘の管理人、みすずさんの物語。彼女は終戦直前、今の韓国に行き、そして北朝鮮へと渡る。そこで迎えた終戦。8月15日をはさんで、180度変わった生活。そして、想像も付かないような思いをした、日本への引き揚げ。
便利屋に「自分の双子の姉を捜して欲しい」と訊ねてくる女子高校生。それと関係してるのかしてないのか、殺人の罪を背負って逃亡する記憶喪失の女性。折原一ほど典型的ではないにしろ、あたしは敢えて叙述トリックに入れたいな、これは。それもけっこう品のいい叙述トリックだ。仕込みが大げさでなく、且つ、上手に読者をミスリードする。
お、面白えっ!1920年代後半の中国。と言えば、満州事変。中国史にはあまり詳しくない(他の歴史も詳しくないけど)大矢なのに、いや、詳しくないからこそ、すっげーノメリ込んでしまった。日本軍が鉄道事故を起こした現場を目撃してしまった中国人女性。日本軍も中国軍も彼女を追う。日本軍は殺すために、中国軍は取り込むために。そして、そんな彼女を守り、中国を脱出させようとする日本の領事館員。そんな中国版ボニー&クライドに、カーキチのアメリカ人が加わり、壮大なカーチェイスが始まる。
六枚のとんかつ・蘇部健一(講談社ノベルズ)
小説を書く上でのモティベイションとか狙いとか、そういうのは人それぞれだから、別にいいんですけどね。願わくば、同人誌とかの身内レベルでやって頂きたい。なんだか怒ったり貶したりするエネルギーすら、もったいないわ。
(98.3.27)
紫陽花の花のごとく・松木麗(角川書店)
夫殺しの罪で自首してきた女性陶芸家。しかし、検事はどうしても自供を信用できず、独自の調査を始める。敢えて独自調査を始めるという動機づけに、検事の過去の恋愛の話なんかも出てくるのかもしれないけど、その色恋沙汰はちょっと余計だったかなという気がしないでもない。また、犯人当てミステリーとして読むと、「おいおい、こんな真犯人の出し方ってありかいっ!」となってしまうので、要注意だ。
内容は短編集。デパートの屋上で殺された守衛の話や、無人の機関車にひき殺された駅員の話、理由もなく夫に離縁された妻の話、などなど。大きく分けて、「不可能興味」と「復讐」の2本建てのような感じかな。半世紀も前の作品なのに、そのアイディアやトリックは、全然古くない。これはすごいことですよ。トリックの雰囲気としては、泡坂妻夫氏の亜愛一郎物に通じる世界があるかも。
あたしのお気に入りは、表題策の【とむらい機関車】、【三狂人】、【動かぬ鯨群】といったあたり。時代が古いだけに、今ではいろんな自主規制なんかのお陰で使いづらくなった設定が、ビシバシ出てきます。それがまた効果的。総じて、気軽に読める短編集なので、気の向いたページから読むのもいいかも。
(98.3.2)
ただ、謎との兼ね合いの方がどうもしっくり来ない。謎は謎で、充分面白い展開を見せるんだけど、エンバーミングという仕事と、謎ときの方が、うまくシンクロしてない気がするのよね。確かに、死体の異常さに気付くという点ではバッチリの職業だし、主人公が事件に巻き込まれていく仮定にも無理がない。ただ、謎のオチの方が、かなり設定からかけ離れていたような気がするのよ。エンバーミングという設定上、どうしても社会派の方に印象付けられてしまったせいだと思うけど。別ジャンルの2作品を融合したようなアンバランスさが気になったのでした。と、いいつつも、けっこうノメリ込んで読まされちゃったけどね(笑)。
(98.3.4)
ダーティホワイトボーイズ・スティーブン・ハンター著・公手成幸訳(扶桑社ミステリ)
ところが。だんだん引き込まれていきましたねぇ。悪事に罪悪感を感じないラマーと、家庭生活に罪悪感を持つ警官が相対する。この二人のかかわり合いは見事。3人組の逃走に巻き込まれる老夫婦や、一人暮らしの娘、警官の家族、そういった脇役たちも、実にいい味出してる。いかにもオールド・アメリカンなパターンなんだよね。アメリカでテレビドラマにでもしたら大ヒットしそうな登場人物とストーリー。全ての配役と伏線が、ぴたっと決まってて、分厚い本なのにページをめくる手を休ませない。
最初はイヤで仕方なかったラマーだけど、彼の持つ、華々しいまでの悪の魅力ってのにもマイッタ。日本でよくある「悪の魅力」とはまた、ひと味違うのよね。日本の「悪の魅力」にありがちな暗さや影がない。かわりに……そう、やっぱ「華々しさ」なんだなぁ。勧めてくれたFさんに感謝だ。
(98.3.6)
真相も、ヒントばりばりでワザと判りやすくしてるんじゃないか、ってくらいなんだけど、確かに謎解きメインの話ではないからこれでいいのかも。草平ちゃんにカタルシスは求めないし(笑)。ただ、女性描写があいかわらずで、そこがちょっと残念。女子高校生、ラブホテルのフロントのおばちゃん、人気エッセイスト、新人編集者、と、新顔の女性たちがたくさん登場するけど、草平ちゃんを(というより樋口氏を)追いかけてる読者にとっては、あまり「新顔」って感じがしないのよね。どうしても、男性から見たドラマチックな女性像みたいな感が強い。
総じて「どれを読んでも草平ちゃん」と評されがちな作者ではあるけれど、ま、これはまごうことなき草平ちゃんの話なんだから、これでいいのだ(笑)。
(98.3.7)
死の国からのバトン・松谷みよ子(偕成社)
今回のテーマは公害病。工業廃水を流す川や海でとれた魚を食べた猫や、人がどうなったか。あたしは自分が九州出身なので、特に水俣病に関しては一時期(言葉は悪いが)興味を持って文献などを読んだことがある。また、物語の舞台になっている北陸の公害病と言えば、神通川のイタイイタイ病だ。だが、これを、このような手法で児童文学に仕上げてしまう、それも、テーマばっかり先走る頭でっかちの物語ではなく、キチンと、切ないまでのファンタジーになっている、その手腕に、ただただ脱帽。
直樹が出会った先祖は、まだ子供だった。子供のままで死んだということだ。それはどうしてなのか、そこに何があったのか。過去と現代を行き来しながら、直樹が感じたのを同じことを、今、これを読む子供達も感じてくれればいいのだが。
(98.3.11)
屋根裏部屋の秘密・松谷みよ子(偕成社)
今回のテーマは、太平洋戦争中の七三一部隊である。ふたりのイーダで原爆、私のアンネ=フランクでナチスのユダヤ人迫害と、「戦争の被害者」に焦点を当てて物語を綴ってきた作者が、一転、日本の加害者としての部分を前面に出す。森村誠一氏が「悪魔の飽食」と題して、この問題を世に問うたのは、あたしが高校生の時だったように記憶している。それほどの時を経ても尚、関係者や遺族は口を閉ざしている場合が多い。
どうすべきなのか、を、決めてしまうには、まだ生々しすぎるのかもしれない。事実を知った時にエリコは「知りたくなかった」と叫んだ。もしかしたら、それが日本人全ての思いなのかもしれない。だが、それでも、その記録を世に出した直樹に、心からの賛成できる民族にならねばならない、という事だけは確かだ。
何より素晴らしいのは、これが童話である、ということなのかもしれない。
(98.3.11)
あの世からの火・松谷みよ子(偕成社)
前作屋根裏部屋の秘密に引き続き、戦争の加害者としての日本を見つめる。それも、今回の加害者は民衆だ。被害者が解き放たれ、昨日までの加害者に牙を剥く。その思いが、今も変わってないのは、報道が伝える通りだ。
ソウルへ旅行した直樹が言う。
「景福宮の光化門と勤政殿のまんなかに、石づくりの、かつての朝鮮総督府がどーんと建っている。ショックだったなあ。民族にとって、どんなに屈辱的なことか、他の国を自分の国の統治下におくって、ああいうことなんですねえ。」
直樹は、かなり頭がいいと言わざるを得ないだろう。今、同じように感じる若者がどれくらいいることか。それでも、この物語を通じて、「それはショックなことなんだ」というのを学ぶことができるのだ。大人なら、帚木蓬生氏の三たびの海峡など、同様の題材を扱った小説を読むことができる。しかし、これを子供向けに書いたというのが、何より松谷氏のすばらしい業績ではないだろか。
(98.3.11)
鏡の奧の他人・愛川晶(幻冬舎)
全体に破綻もなく、一気読みさせるだけの力がある作品。途中、あまりに展開が早すぎるというか、「そんな都合よく簡単に調べがつくもんかいっ」と思ったんだけど、それもちゃんと納得させられたし。特に、最後の最後、エンディングで明かされる事実には「んげっ」と思わされちゃった。そ、そいつは気付かなかったぜいっ。って、気付くワケもないんだけどさ。対してヒントもないし。ただ、ヒントがなくても「そう考えれば納得できる」という点で、これは立派な「意外な真相」だわ。
てなわけで、プロットやトリックはかなりいい。ただ、女の子の描写が……どうもとってつけたような女子高校生にしか見えないのが惜しい。 (98.3.22)
虎口からの脱出・景山民夫(新潮文庫)
もう、カーチェイスの場面ははらはらドキドキだ。とんでもない所を走る。ただ、それが「小説だからできるのよ」と思わせないリアリティ。これは車の操作や機能をちゃんと書いてるからだな。逃避行をする3人、日本領事館員の西、カーキチのアメリカ人のオライリー、そして目撃者の麗華。それぞれの性格や言葉が、とても生き生きしてる。バックにある政治背景も分かりやすく、且つ興味深く綴られる。そしてラストは大団円!
エンターテイメント、娯楽小説の典型だ。これは面白い!
(98.3.23)
しかし、総じて「読ませる」作品。ミステリーとか犯罪小説とか、そういう部類じゃなくて、文芸作品として優れてる気がするなあ。女性陶芸家が、なぜ自分に不利になるような事まで喋るのか、そのあたりの心理的な襞と、それに迫る検事ってのが、非常にうまく追体験させられる。やっぱ、実際に検事の(あるいは弁護士の)書くリーガルサスペンスってのは、リアリティがあるっつーか、齟齬がなくて納得させられるんだよね。このあたりに何かあるんだろうなあ、ってのは想像できるんだけど、実際にその想像通りに展開したとしてもガッカリさせられないだけの、ドラマを作れてると思うな。女性陶芸家の家族や、前の夫の遺族や、そういう家族の描き方が実にうまい作品。小道具も効いてるぜ。
(98.3.28)
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