新宿ゴールデン街に居を構えるバー【オダケン】のマスター。副業で街の人々の頼み事を引き受けている。今回彼の元に寄せられた依頼は、「猫を捜して欲しい」「借家人の素性を調べて欲しい」「空きボトルが紛失する」あげくの果てには「公園が欲しい」……地元のナンでもない依頼の筈が、何故かバズーカ砲まで出てくるドンパチに変わる。これはもう、最高のB級エンターティメントと言ってしまおう。
幻の特装本・ジョン・ダニング著 宮脇孝雄訳(ハヤカワミステリ文庫)
死の蔵書の続編。このミス海外編でトップだったりしたもんで、ちょっと読んでみようと思ったんだけどさ、うーん、正直前作の方が面白かったなあ。
阿弥陀(パズル)・山田正紀(幻冬舎ノベルズ)
「忘れ物をした」と行ってエレベーターに乗った女性が、そのまま消えてしまった。その謎を解こうとするビルの警備員とお馴染み風水火那子。同じビルには新興宗教の本部や、バーや、探偵事務所などが入ってて、それだけでも怪しいのに、ビルのオーナーは超のつくケチで勝手にエレベーターの電源を落としたりするような人だから、さあたいへん、である。
妻たちの二・二六事件・澤地久枝(中公文庫)
あたしが読んだのは昭和50年初版の文庫だけど、元本が出たのは昭和48年らしい。今から25年前だ。二・二六事件で自決あるいは刑死した青年将校達。その妻たちは、25年前、まだ大半が存命だった。今はどうだろう。ご存命の方がいらっしゃったとしても、かなりのご高齢で、お話を伺うことさえ難しいだろう。この本は、書くべき時期に書かれた作品だ。
名古屋嫁入り物語・岩中祥史(河出書房新社)
うわははは。大笑いだ。生粋の名古屋娘と東京の男性が結婚する話。ドラマのノベライズだから、かなり誇張されてるしスジは単純なんだけども、中に描かれてることが「名古屋に嫁入りした身」としては爆笑できるくらい面白いぞ。
ファンタジーホラーとでも言うのかな。東北の田舎町を舞台にした、高校生タチの物語。光原百合氏の「時計を忘れて森へいこう」と女子高校生モノを2作続けて読んだワケだけど、「時計を……」の女子高生がリアルなまでに子供っぽくって気恥ずかしかったのに対し、こちらはリアリティないぞってくらいの大人の視点が返って安心できる。大人が「思い出して描いた高校生」なのよね。だからこそ、大人が読んで共感できるんでしょう。作者と読者が同じフィルターを持ってるワケだから。
青森県のとある町に赴任してきた新人新聞記者。その町では、まもなく市長選挙が行われる。しかし田舎の市長選挙とは、都会の記者には分かるべくもない要素をはらんだ一大イベントなのであった……。わはは、さすが小嵐節が冴え渡ってるねえ。地方モノを書かせたら右に出るひとはいないな(笑)。
人間失格・太宰治(新潮文庫)
いきなりこの手の本が出てくるあたりが……(笑)。んでも読んじまったモノは仕方ないんで、書きます。しかし今更だよなあ。太宰だもんなあ。人間失格だもんなぁ。うーん、何をどう書いても「今更」だよねえ。ま、我慢してください。
カーニバル・イヴ〜人類最大の事件・清涼院流水(講談社ノベルズ)
うーん、正直言って、かなり読むのが苦痛だった(;_;)。どうやらこれは、壮大な事件のプロローグらしい。その事件にあたって必要(なんだろうなあ、多分)な登場人物の人となりを詳しく描くために書かれた一冊……という以外に位置づけが見いだせないのよね。いや、続編を読めば、もしかしたらこれが伏線に満ち満ちていたのが分かるかもしれない。多分そうなんでしょう。だけど、独立した一冊の本として出す場合、これではちょっと……どうかなあ。ハートマークとか音符とか、そういうのが乱れ飛ぶのも好みじゃないけど、それはまぁ好みの問題だから置くとしても、延々JDCのメンバーたちのエピソードだけってのは、うーん、ツライっすよ。JDCっていう設定自体に惹かれてるファンには嬉しいのかもしれんが。あ、ただ、最後の引きの部分はキました。あれだけで、けっこう続編が読みたくなったぞ(笑)。長い長いプロローグってことで、続編を待ちましょう。
ビンゴ・西村健(講談社ノベルズ)
些細な市井の問題の筈が、とてつもない展開になるという構成も面白いのだけれど、何よりいいのは登場人物だ。元プロ野球選手で今はスナックのママだとか、やたら弱みの多い刑事・土器手警部補だとか、何よりも圧巻なのは孤高のハードボイルド犬・ケンペー(笑)。ここまでキッチリ脇役が描かれてる物語が面白くないワケがないのだ。
正直、冷静に読むと登場人物達のスーパーマンぶりが気にならないでもないが、そーゆー「リアリティのなさ」を払拭するパワーがある。一応敵役もいるんだけど、この敵役がまたバカで笑えたり、カッコ良くてステキだったりで、実にもう魅力溢れた人々なのだ。とにかく読め読め。ついでに続編の「脱出 GETAWAY」も読むべし。
(98.5.6)
元警官で今は古本屋のクリフ。幻の特装本と、それを持っているという女を追うんだけども、その内に過去の連続殺人事件との関連を知るという内容。相変わらず登場人物たちはうまく書き込まれてるし、細かい伏線もしっかりしてるし、面白いんだけども、今回はクリフの思考についていけなかった感あり。シリーズ物2作目ともなると、主人公の性格もだいたい分かってるつもりなんだけど、それでも「どうして彼はこんな行動に出たのか分からない」って部分が多すぎるんだよねえ。まあクリフ自身も、「どうして自分がこんなことをしてるのか分からない」って言ってるくらいだから当たり前かもしれんが(笑)。
エリノアといい感じだと思ったらトラッシュに靡いちゃうし、会話に出てくる人物がファーストネームだったりラストネームだったりでゴッチャになるし(笑)、エンディングはスッキリしないし、なんとなく読み疲れして終わってしまった(;_;)。ただ、翻訳物に慣れてるひとなら、このストーリーテリングと展開は結構面白いだろうなあってのは見当がつくのよね。それだけの力を持った作品だとは思うけど、ま、相性の問題だな。
(98.5.8)
最後まで謎は、この人間消失ひとつだけ。それなのに、いろんな展開が出てきてかなり引っ張られる。推理をしては試してみて、試してみては反証され、の繰り返し。怪しい伏線はたくさん出てくるのに、ことごとく潰される妙な快感。ぐふふ、面白いぞ、これは。
文字通り、パズルだ。何かのテーマがあるとか、起承転結がどうだとか、そーゆーのはどっか別世界の話のような気がしてくるくらい、パズル性オンリーの物語。それなのに物語世界に引き込まれるのは、登場人物達の妙な魅力と、パズル小説に不可欠の予定調和の美しさかもしれない。普通、この手のパズルオンリーの話にはあたし厳しいんですけどねー(笑)。それが楽しめたんだからタイしたもんだ。謎を解く過程が、物語として巧く描かれてるってことなんでしょうね。
真相はけっこうあっけない。というか、ありがちというか。それなのに気付かなかったよなあ。普通、気付いてもよさそうなネタなのに。それだけ「巧い」ってことなのかしらね、やっぱ。驚天動地のトリックなんて、物語を面白くするためにはそうそう必要じゃないのよきっと。シンプル・イズ・ベストってヤツだな。
(98.5.9)
昭和維新を信じた青年達。天皇のためにやったことが、天皇の逆鱗に触れる。こんな筈ではなかった、と思ったことだろう。そして、それから40年近い歳月が流れた昭和48年当時でも、まだ彼らの汚名は雪がれてはいないのだ。映画なんかも作られ、悲劇のヒーロー的な見方はされても、やはり「逆賊」のままであることに変わりはない。いつか、歴史の中で、彼らの思いが認められる日を待って待って待ち続けている妻たちの物語だ。
未亡人を通した者、再婚した者、亡くなった者、さまざまである。そして、それぞれの「その時」と「その後」が悲しい。ドラマティックな描き方をせず、淡々と聞き書きで描いているのが、一層辛さを呼ぶ。
ただ、二・二六事件そのものについての表記が浅いのが残念だ。知ってて当然、という部分は省かれている。その時の時代背景や、事件の流れなどが非常に簡単にしか、あるいは妻たちの話の中で触れられている部分しか出てこない。従って、二・二六事件そのものを別の文献などで予習してからでないと、分かりにくい部分がある。何か、対になるような本があるといいのだけれど。
(98.5.10)
まず、娘の親は「相手が東京モン」というだけで結婚に反対する。「東京モンは名古屋におれんようになったヤツら。どこにもおる所がないもんだで、東海道(とーきゃあどう)を東に下って、江戸に住んだんだにー」である。どうにか結婚を認めた条件が「結婚は名古屋流でやる」だ。それからがたいへん。仲人から新郎へのご祝儀が100万、御礼返しはその2倍、結納金は月給の5倍、結納返しはその10倍(つまり新郎の月給が30万なら、結納金は150万、結納返しは何と1500万!)、結納品は12品目、引き出物はかさばる物ばかり5品目……ぜぇぜぇ。
これって、「かなり大げさでしょー、嘘でしょー」と思うんだけど。ただ、今のあたしには「嘘」と言い切ってしまえないんだよな。いや、ウチは式も披露宴もやらなかったから分からないんだけどさ、この本には結婚以外の名古屋文化がたくさん出てくるのよね。食生活からタクシーから買い物する場所から……それが、おそらく結婚前なら「こんなん嘘に決まってるやんか」と思えたであろうことが、悉く今では「そうそう、そうなのよねえ名古屋って」なのである(;_;)。ということは、ここに描かれている名古屋流結婚式って、もしかしたら……。
式無し披露宴無しの結婚を許して下さった義父母に、心からの感謝を捧げる大矢なのであった。つるかめつるかめ。
(98.5.12)
球形の季節・恩田陸(新潮社)
田舎町にある2つの男子校と2つの女子校。それぞれに個性がある。そして、それぞれのメンバーから構築される地理歴史研究会。そのメンバーが出会った、妙な噂。研究会の面々は噂の真相を手繰ろうとするが、その前に噂は現実となる。うーん、巧い。話の運びが巧いねー。ファンタジーとかホラーとかって観点から見るとどうなのか、あたしには分からないけれど、「読んでて気持ちいい」ってのがいい。決して明るい話ではない、寧ろ暗いんだけどさ。妙に気持ちいいんだよなあ。なんでかな。各章のタイトルの付け方もかなり好きだし、視点がぽんぽん飛ぶ割には混乱しないし。心象風景と現風景、どちらも非常に描写に長けてる。
物語の方は、なんとなく尻切れ蜻蛉で終わってしまった感じでカタルシスが得られなかったのが残念なんだけど、それはそれでこの物語に合ってるのかもしれない。色々な登場人物がそれぞれ個性的で、ちょっと散漫になった気もするし、ちょっとした傷は多々あるんだけど、それを補うくらい非常に雰囲気のある一冊。
(98.5.13)
おらホの選挙・小嵐九八郎(講談社)
何がうまいって、雰囲気作りがうまい。青森弁が正しいのかどうかはあたしには分からないけれども、ものすごく雰囲気出てるよね。通訳があるワケでもないのに、音で聞いてる訳でもないのに、なんかリズムに乗って意味が伝わってくる。読者が戸惑う部分では、ちゃんと主人公も戸惑ってくれる。言葉だけじゃなくて、地元の人たちの描写が、現実の青森はさておき、読者のイメージにある青森にピッタリ沿ってくれれて、そのイメージの上でキャラクター達がいきいきと動き回ってくれる。いやぁ、巧いっす。
「小花風子」のキャラがちょっと作りすぎの感があるものの、この作者の物語ってのは、どれも舞台チックなのよね。テレビドラマや現実とは一線を画した「舞台劇」の要素がある。だから、必要以上に作られたキャラクターでもそれが浮かない。3人の市長候補はどれも個性的で、それをとりまく人々もドラマチックで、地方のドタバタを堪能させてくれます。エンディングも非常に気持ちがいい、お勧めの一冊。
(98.5.14)
ま、大半の人は読んでるか、そうでなくても内容は知ってるだろうから粗筋は割愛しますが(いつも粗筋なんか書いてねーじゃねーか、という意見は却下)、これってやっぱ「自伝」なんだよね。太宰の。遺書というべきか。ただ、そういう部分ばかりがクローズアップされがちなんだけども、「死ぬ間際に自己を綴った」という点のみで読まれてるんだとしたら、郷ひろみの「ダディ」と何等変わらないワケで。ここまで読みつがれて来てるのは、決してソレだけじゃない筈なのだ。
自己を見つめすぎることの罪、だと思うのね、要は。こんな短く要約されちゃ太宰も浮かばれないだろうけどさ。橋本治が「ぼく、ビョーキだったんです」っていうのと同じノリなのよね。もっと世俗的な事に目をむけて、生きることに疑問なんか持たないで、自分を好きになって、楽しく過ごせれば一番いいんだよね、って事を教える反面教師……今の(特に若者の)価値観から照らし合わせると、そういう見方が出てくるんじゃないかなあ。
ただ、どっちがいいのかは分からない。自分を好きになりすぎて他の人を人とも思わなくなるのと、自分を責めすぎて自殺にまで追い込まれるのと。この本は、キミはどっちの部類だ?と、問いかけてくるような気がして。おばさんぽい言い方だけど、この手の本を読むようになれば、「今の若者」の価値観も少しは変わるんだろうか?
(98.5.15)
あと、どうしても気になったんだけど、非常に些末な部分なんすけどもね、クリスマス・水野の出生の話。これが伏線ってこたあ無いと思うんだけど、どうもこの作者、妊娠日数の数え方に誤解があるんじゃないかしらね。2月14日に仕込んで、出産が12月25日だったり大晦日だったりした日にゃぁ、胎児が育ちすぎて母体が危ないか、でなけりゃ胎児が死んでると思うぞ(-_-;)。確かに「十月十日」って言うけどさ。まさかそのまま信じてるのか?>作者。これが何かの伏線だったら脱帽するんだけど(笑)。
(98.5.16)
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