短編集だ。収録作すべてがアメリカが舞台で、なんらかのスポーツが題材になっている。馴染みのないスポーツも多かったけど、さすがストーリーテラーの第一人者(と、あたしは思う)だけのことはある。シニカルで、かっこよくて、爽快で、でもどこか切なくて、心に残る珠玉の短編集。
お勧めマークはつけているが、もちろん短編集の場合は全作が文句無しっ!というワケではないことをお断りしておきます。いや、総じてレベルは高いんだけどね。中で一作品だけ、もう両手放しで推したいっ!てのがあるのよ。まぁ、まずは順番に。
亜愛一郎の狼狽・泡坂妻夫(創元推理文庫)
亜作品(なんか「作品に準ずるもの」というふうに読めるけど、亜愛一郎の作品の意味である)の中でも、けっこうベイシックなものが集められている。アンソロジーなんかに入っている物も多いから、初めて読んだ人でも一作品くらいは知ってるのがあるんじゃないかな。
せずには帰れない・島村洋子(双葉社)
家ではしたくないを先に読んじゃったけど、こっちの方が先なのね。確かにちょっと大人しい。それでもはじけてる事に変わりはないんだけどさ。男女間の話題を自分の経験則を中心に斬っていく。いやぁ、スッパリしてて気持ちがいいねえ。共感できる部分も多いし。
悦楽園・皆川博子(出版芸術社)
単行本未収録だったものも含めた、氏のミステリ(あるいはサイコ)中心の短編集である。さすがに独特の世界だなあ。なんか、描写が巧いんだよね。文章を読んでるだけなのに、何か、雰囲気や臭いと言ったものまで漂ってくるような気がする。10編収録されてるけれど、特に印象に残ったものを幾つか。
裏表忠臣蔵・小林信彦(新潮文庫)
忠臣蔵をちょっと別の視点から描いた歴史物。小林氏お得意のコメディかと思いきや、史書も踏まえてのキチンとした歴史小説でした。まぁ、和菓子屋の倅が出てきたりというご愛敬もあるんだけどね(笑)。
白鳥・村上龍(幻冬舎)
短編集。連作ものも中にはあって、続けて読むとけっこう面白いかも。もともとはあんまり食指の動く作家さんじゃないんだけど(失礼)、これは勧められたので手にしてみました。勧めてくれたひとは「日本語の使い方が巧い」って言ってたけど、その通り。どうしても村上龍って、【概念の表現が今一】って気がしてたんだけど、ハッキリいって「ああ、あたしは何て失礼なことを考えてたんだろう」と、村上さんに謝りたくなりましたね(笑)。9編収録されてますが、印象に残ったものをいくつか。
郵便配達は二度死ぬ・山田正紀(徳間書店)
ばりばりの本格。なんかもう、絵に描いたような本格。舞台から道具建てから伏線からミスディレクションから、これでもかあっ!というくらいの本格だ。うわあ。
文章の巧いひとだなぁ、というのが第一印象。凝った文を書くというワケじゃないんだけど、ストーリーテリングが巧いのかな。部屋の中、バーの様子、房総の臭い、女の顔、そういったものが無理なく浮かんでくる。五感に訴える文章、とでもいうんだろうか。
蝕みの果実・船戸与一(講談社)
【セレクション・ブルウ】大リーグのセレクションを受ける野球選手。日本で目が出ず、アメリカでようやく夢を手にしようとしている日本人プレイヤーと、スター選手と、落ち目の選手の物語。落ち目選手の行動があまりに悲しくて、切なくなる作品。
【からっ風の街】アメリカのプロレスで悪役を務める日本人レスラーのイエロー・ボア。その試合を見学に来ていた新米悪役レスラーの物語。もう、この新米レスラーが反吐が出るほどのイヤなやつで、嫌悪感が増せば増すほど他の登場人物に感情移入できる仕組みだ。それなのに、その悪役の妙な魅力が不思議な物語。
【黄金の目】うう、動物を持ってくるのは反則という気がしないでもない。素直に感動できる山岳屋と犬の友情の物語だ。特に動物が好きでもないあたしを感動させるんだから、たいしたもんだ(笑)
【コリア・タウン】ちょっとハードボイルド風味。こればっかりはよく判らなかったな。社会情勢に通じてないと判りにくいのかも。でも、「最近の若者は」ってのは日本ばかりじゃないってことか。時代遅れに突っ張ることの虚しさとかっこよさ。
【梟の流れ】昔、同じミッションで働いていた仲間が死んだ。ミッションはなかったことにされ、携わったメンバーは社会から黙殺されている。そんな生活を受け入れる者と、できない者の違い。
【斑らの蝶】カンボジア移民とベトナム移民の対立に巻き込まれたボクシングジムのマネージャー。オトナの世界でうまく立ち回っていたつもりの主人公が、だんだん歯車が噛み合わなくなるにつれて、自分は移民の子供達にも劣っていることを思い知らされる。我田引水の一作。
【ミセス・ジョーンズの死】陸上競技部の話だけど、スポーツがテーマというよりも青春ミステリーの色合いが強い。ラストシーンは非常に切ないなあ。なんだかとっても青い果実な物語で、けっこう好きかもだ。
(98.6.19)
毒を売る女・島田荘司(光文社文庫)
【毒を売る女】こわいよー。主婦二人の頭脳戦だけど、すごく怖い。島田氏の書く女って……(笑)
【渇いた都市】一見関係なさそうに見える二つのシーンが一致する時のカタルシスは極上。
【糸ノコとジグザグ】これよこれっ!これを推したいのです。島田作品の短編の中では、押しも押されもしないベストワンだ。一言で言えば暗号ものなんだけど、暗号をみんなで解いていく過程もいいし、暗号自体も素晴らしいし、何よりも解いてそれっきりじゃないのがいい。文句無しのお勧め短編だ。ちなみに、中に出てくる演説好きの先生が誰かってことは、島田作品のファンなら判ろうというもの(笑)。
【ガラスケース】ショートショート。
【バイクの舞姫】ちょっと幻想的な物語。本格物の色は薄い。
【ダイエット・コーラ】ショートショート。けっこうユーモラス。
【土の殺意】これは動機に脱帽。でも一番面白いのは、被害者の話した都市論だったりして。
【数字のある風景】ショートショート。つくづく発想を無駄にしない人だなあ。
(98.6.22)
【DL2号機事件】組立は非常に巧いんだけど、謎解きのベースとなる人間心理がちょっと眉唾。
【右腕山上空】スケールの大きさにごまかされるが、冷静に考えると無理がある(笑)
【曲がった部屋】これがベストかな。一番本格っぽいし、伏線が非常に巧い。謎解きも見事。
【掌上の黄金仮面】これも牽強付会の感があるなあ。も少しチマチマした謎の方が向いてるっぽい。
【G線上の鼬】これも人間心理が謎解きのベースになってるけど、チト弱い。結構無理矢理。
【掘り出された童話】暗号好きにはイチオシだ。よく練られてて、覚えちゃったわあたし(笑)。
【ホロボの神】これは破綻もなくて巧い。伏線がキッチリ収まるところに収まり、膝を打つ。
【黒い霧】ばかばかしくて笑えるけど、ばかばかしさが論理的帰結を見せるのは見事。
(98.6.23)
特に印象に残ったのは、竹内志麻子嬢からの葉書の文面である。いいなあ。あんな友だちが欲しいなあ。いや、自分がああいう葉書を友だちに書いてあげられるようになりたい、と言った方がこの場合正確か。
その他、思わず膝を叩いてしまったのが、p67【イルカ的な人々】の項だ。イルカさんご自身には何の恨みもないので念のため。歌は好きだしね。ただ、ここに書かれている内容にはもう100%同意するぞ。イルカさんに対してではない。【イルカ的な人々】に対して、である。
それからp74【指、そのたぐいのもの】にも100%共感である。なんかさあ、漠然と感じていて形になってなかったものを、思いきりズバリの言葉で代弁してくれたような気さえしてくるのよね。そういうエッセイは、誰でも書けそうで、しかしその実なかなか書けない。
しかし何より、この人のダンナさんてのがいいぞ(笑)。なかなかに懐の深いオトコのようだ。オトコたるもの、すべからくこうあって欲しいものよのお。
(98.6.25)
【疫病船】母親を殺そうとした娘が弁護士にも動機を喋らない。弁護士はその理由を調べていくウチに、戦争中の事件にまで遡る……。一番ミステリぽい。なんか切なさがヒシヒシと伝わってくる。心に残る作品。戦時中の悲惨なシーンをダイレクトに書くのとはまた別の、一種独特の辛さが出る。
【風狩人】男が死んだ時、本妻と愛人の間で奪い合いが始まる。しかし本妻の娘は愛人の息子を愛していた。設定は非常にメロドラマなのに、何故か空虚な寒さを感じる作品。
【獣舎のスキャット】かなりグロ(というかエロというか)だけど、この作者が書くとこれも一つの世界って感じがするのはどしてかなあ。ともあれ、ちょっと歪んでしまった姉の心情を見事に描いてると思った。
【蜜の犬】二人の相反する少年がいい。女に言われて放火してしまう少年、それをかくまう少年。救いのないラストがまた、妙に耽美なのは何故だろう。
その他、【まどろみの檻】【水底の祭り】【聖夜】【反聖域】【赤い弔旗】【悦楽園】を収録。
(98.6.25)
有名な忠臣蔵とどこが違うかというと、【吉良は本当に悪かったのか】と【大石は本当に仇討ちがしたかったのか】という2点。吉良の扱いに関しては「どーして浅野クンがあんなに怒ったか判らんのよワシ。」てな感じなのだな。けっこう好きだったりして。自分が名古屋に住むようになって知ったんだけど、愛知県に吉良町ってあって、そこが吉良の出生地なのね。でもって、「郷土のためになることをたくさんやってくれた、いいお殿さま」という評判なのだ>吉良さん。戦後、敢えて吉良を町の名に冠したほど。
大石に関しては、「できればこのまま農業でもやってたいのに、どーしてこんなことになっちまったのかなあトホホ」って調子で、これまたありそうで面白い。堀部親子などの血気盛んな連中に担がれちゃって、という筋書きなのだ。いやもう、この大石さんが情けないのなんの。
しかし、忠臣蔵ってのは芝居として面白オカシクしてるわけで、もちろんアレが何から何まで史実というワケじゃない。この物語のような真相だって、勿論あり得る。事実なんて、見る目によって変わっちゃうもんだしね。
(98.6.26)
【白鳥】これはいいなあ。これはいいよ。何ということのない話なんだけど。主人公の元恋人の言った「自由になること」という一連の台詞がけっこうズンと来た。
【或る恋の物語】いるんだよなー、こういう上司(笑)。主人公の青年がとてもいい。美枝子は何故最後になって裏切ったのか。(それが他の話で出てくるとは思わなかったので)そのあっけなさが、ちょっといい余韻を作ってる。
【彼女は行ってしまった】手に惚れる、っていうのがいい。目が似てるだの、口癖が似てるだの、そういう使い方はこれまでたくさん見てきたけど、手っていうのは一際官能的だよなあ。美枝子さん、いい感じだったのに、いきなり卑近になっちゃって、そこがちょっと残念。
【そしてめぐり逢い】昔、憧れてた同級生をAVの中で見つける。その過去を探ったりするのが従来の小説だったと思うんだけど、「そういうこともあるさ」というもっていき方が、巧くて悲しい。ノスタルジーってのは、往々にして悲しいもんだよなあ、って感じか。
【わたしのすべてを】美枝子さん、ますますバカな女に成り下がってしまいました(笑)。おまけに、けっこう格好良かったサクライさんまで、単なる変態になってしまったし。わはは。なんか蛇足っぽい1編だなあ。
その他、【ウナギとキウイパイと、死】【ムーン・リバー】【マナハウス】【ウォーク・オン・ザ・ワイルド・サイド】を収録。
(98.6.27)
小井思坂という地名を少女雑誌が面白オカシク「恋思う坂」などと取り上げたために、「恋思う坂の郵便屋さん」に手紙を出せば恋が叶うという噂が広まった。困ったのは郵便局。山のように送られてくる女子高生からの手紙……。
とにかく登場人物がやたらと多い。おまけに、冒頭にいくつかのシーンが並行に描かれてて、もちろん後でリンクしてくるんだけども、ぼーっと読んでると、アレこれ誰だっけ?ってなことになるのでご用心だ。
童話の方は確かに不自然さは感じたものの「んなもん、判るかーっ!」って感じだったんだけど(ただ、なんとなく辻真先氏の書くミステリを連想したのはあたしだけ?)、それ以外の幾つかのトリックはけっこう面白い。後で思えばキッチリ伏線が張られてるのに、どーして気付かなかったのアタシのバカバカバカっ、という本格推理を読む時の醍醐味が味わえます。
(98.6.28)
海へ、そして土曜日・斎藤純(講談社文庫)
ラジオのディレクターが、ある夫人から託されたビデオ。そのビデオをめぐって事件が起こるワケだけど、真犯人自体は「このひとです」と言わんばかりにネタを割っている。主人公が真っ先に疑わないのが不思議なくらいだ。ただ、真犯人は分かっても、動機はちょっと判らない。真犯人糾弾のシーンなんて、普通なら「ほーらやっぱりね」と興ざめするところが、判っているにも関わらずけっこうのめり込む。
要するに、動機だの何だのよりも、この物語の真骨頂はそのストーリーの展開にあると思うワケで。あたしってけっこう登場人物にマジでむかついたり共感したりするタイプなんだけど、これって損なのよ。嫌いな人物がいたら、それだけで作品の評価さげちゃうんだもん。ところが、「こいつムカツクっ」と思った登場人物2名が、後になって「おおっ、こいつけっこういいヤツじゃん」とひっくり返されてしまったのだ。人物の奥が深い。類型的な描き方じゃこうはいかない。
冷静に考えると、ストーリー自体はたいしたことないのになあ(失礼)。それが、ここまで物語世界を作り上げられると、判ってるネタでも気持ちよく酔えるってことなのかしらね。
(98.6.29)
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