『明治』という国家(上下巻)・司馬遼太郎(NHK出版)
これは司馬遼太郎の出演していたNHK教育テレビの番組「太郎の国の物語」を起こしたものなんだろうなあ。カンペキに話し言葉だし。で、先入観としては竜馬だ坂の上の雲だってのがあって、明治を作った男達の野望と青春!ってなもんかなと思ってたんですが(笑)、そうじゃなかった。明治を「国家」という概念で捉えた解説書ですね。
葬列の朝・斎藤純(講談社文庫)
ふとした事でテニス界を追われたテニスプレーヤーの主人公が、知り合いを頼ってある田舎町へ行く。しかし、その知り合いは行方不明。その上、その町は開発という名前の企業抗争に巻き込まれていた。
どこまでも清く、どこまでもまっすぐ。そういう人間は、得てして敬遠されるものだと思うけれど、その清さ純粋さが度を超えて徹底していたとしたら。やはり見る方は感動してしまうのではないだろうか。これは、そんな物語。
神々の山嶺(上下巻)・夢枕獏(集英社)
山に魅せられ、エベレストを目指す人々。山岳カメラマンの深町はネパールの町で羽生というアルピニストに出会う。彼は以前、エベレスト登頂に失敗したまま姿を消していたはずだった……流れとしては非常にシンプルな物語。男達のロマンの追求ってところか。長い物語なのに一気に読めるだけの面白さがある。羽生という男の一種エキセントリックな性格に(イヤな奴だけど)非常に引き込まれるし、基本的なストーリーがシンプルなだけに、素直に感動したりワクワクしたりできる。山岳小説と銘打たれてるけども、これは山岳エンターテイメントだな。いや、敢えて山岳とつける必要はないかも。舞台が山だったというだけで、男のロマン、男の友情、そういったテーマは全てに敷衍するものだし。
連城氏の、非常にトリッキーな作品。いきなり手記で始まる。この手記が、どう見ても普通じゃない。どっかおかしい。でも、サイコな物語ではないのだ。ちゃんと理に落ちる。そして、いかにも本格!という感じのワクワクする謎解きと意外な真相が用意されている。
鮮魚師(なまし)・永井義男(読売新聞社)
江戸時代の市井の風俗を題材にとった短編集。帯には「時代ミステリー」とあるけけれど、謎解きよりもその市井の人々が実によく描かれてて、時代小説が苦手なひとでもすんなり入っていけるような間口の広さがある。歴史、と大上段に構えるとたいそうだけど、こういう市井の風俗っていうところから入ると、歴史の勉強ももっと面白くなるだろうなあ。
いちげんさん・デビット・ゾペティ(集英社)
京都にある大学に通う留学生(国籍は明らかにされないが金髪だそうだ)が、盲目の女性に本を朗読してあげるというバイトを始める。いつしか二人は……という、青春小説。
あがってしまうと吃音が出て、何もしゃべれなくなってしまうテニスコーチ。会話がキライ、というOL。大阪弁をなおしてほしいという母親に連れられてきた小学生。この3人がヒョンなことから二つ目の落語家に落語を習うことになった。喋り下手なコワモテ野球解説者も加わって、落語家はおお弱り。とりあえず「まんじゅうこわい」を教えることにしたが……。
やわらかい鋼〜小説江青異聞・山崎厚子(スコラ)
毛沢東夫人、【四人組】の一人、江青女史の一代記……の筈なんだけど。どうにも解せないのは、巻末にある「本作品は、史料等にもとづくものですが、フィクションです。」という断り書きだ。これってどーゆーこと?確かにタイトルにも「小説」と銘打たれてるけどさあ、江青は実在の人物だし、書かれている中国史はけっこう歴史に忠実だよね。フィクションとは言え、折口信夫を主人公にした「猿丸幻視行」(伊沢元彦)だのベートーヴェンを主人公にした「モーツァルトは子守歌を歌わない」(森雅裕)だのの歴史ミステリほどのフィクションではないよな、多分。かといって、そのまんま江青女史の伝記かというと、「フィクションです」なワケで。うーむ。読み手としては、どう捉えればいいのか。
思い出トランプ・向田邦子(新潮文庫)
向田邦子氏の直木賞受賞作を含む短編集。ここ数年、景山民夫氏とか司馬遼太郎氏とか作家の訃報を耳にすることが多いけれど、向田邦子氏の飛行機事故のニュースというのは、あたしが生まれて初めて「……えっ……」と思った作家の訃報だった。ただ好みの赴くままに本を読んでた子供の時代から、ようやく、精神の栄養として文学を味わうことを覚え始めた頃に接した訃報だったからか。それとも、その直前に「父の詫び状」を読んで涙した記憶が新しかったからか。
勉強になる箇所は多々あった。一番「目から鱗」だったのは。維新の時の倒幕派は、幕府に反抗しているクセに何故攘夷を唱えたかという疑問をあたしは持っていたわけです。だって、攘夷=鎖国ってのは、彼らが倒そうとしている徳川幕府が作った政策じゃん?倒幕して新しい国を作るのなら、倒幕・開国という流れになるんじゃないかと思ってたのよ。それなのに、なぜ攘夷?と思ってたワケですが。この謎が氷解した。
つまり、今のように日本史を学校で教わる時代じゃなかった、と。大鏡、増鏡のような昔の史書はあっても、江戸に入ってからの近代史は水戸藩で何十年もかけて編纂してるだけで、口伝しかなかったワケだ。つまり当時の下級武士は、「鎖国が200年前に徳川の作った政策だなんて知らなかった。日本古来の伝統だと思っていた」というのだ。もう膝を叩いちゃったわよ。
ことほどさように勉強にはなったんだけど、何分、講演のような話し言葉なもんで、話があっちゃこっちゃしてる上に、「基本は皆さんご存知ですね?」って感じなので、ちょっと戸惑う箇所もある。「彼は田原坂の後で……」っていう文章が出てきても、田原坂の何たるかの解説はない。維新から明治にかけてのベースを勉強した後、一歩進む時に読む本という印象でしたことよ。
(98.7.1)
千春という女の子があたしのキライなタイプで(笑)、ちょっと読むのが苦痛だったシーンもあったんだけども、イヤな奴がちゃんとイヤな目にあってくれたので爽快。わはは。それに主人公があまりにスーパーヒーローなので、ちょっと現実味が薄れた部分もあったしな。最後はハッピーエンドながら、ちょっと冷静に考えるとけっこう悲惨なんだよな。しかしまあ、そういう瑕疵はあるにしても、全編通しての爽快なストーリーテリングと、脇役(特に歌手とカレー屋のママ)の魅力で、総合的に見るとけっこう面白い作品。人間じゃなくて、舞台や設定や、そして何より小道具で読ませる小説って感じなのよね。ジャズ小説、テニス小説……一時期片岡義男氏描く小説が捉えられていたような、個々の人物造形ではなく、その小説自体が持っている臭いや風といったもので表現する、そんな類の小説と言えましょう。
読み終わった後に残るものは、登場人物や台詞ではなくて、どこか乾いた海辺のリゾート地とヨット、そしてコートに訝するテニスボールの音だったりする。
(98.7.2)
銃口(上下巻)・三浦綾子(小学館文庫)
昭和初期の北海道が舞台。竜太という少年は、小学校後半を担任してくれた先生に影響され、自分も教師の道を選ぶ。そして始まる戦争。そんな時代の中で、教師を続ける難しさ。同僚の教師が国策に引きずられても、特高に冤罪で捕まり拷問を受けても、正しいモノは正しいと言える心。その時代を知らないあたしにとっては、これが果たして人間に可能なことなのか、その判断はできない。
見方を変えれば、極甘のドラマだ。さすが三浦氏だけあって、「愛することが何より大事。信じることは何より強い。」という理念がビシビシ伝わってきて、「そんなに甘くないだろ世間は。そうそう都合よく理解者も出てこねーよ。」とツッコミたくなる。が、ツッコミたくなるほどの純粋さに、現代が飢えていることもまた事実なのだ。
こういう物語を、何の先入観もなく読むのも、いい。それではからずも感動してしまう自分は、まだ捨てたもんじゃないのかもしれないという気になる。この手の、「崇高な愛」を市井を舞台に描いた作品っていうのは、もしかしたら一番、読まれなくてはいけない作品なのかもしれない。できれば、まだ脳味噌が柔らかいうちに。
(98.7.3)
それではどーしてお勧めマークが付いていないかというと、これは一重にコストパフォーマンスの問題なのだな。内容が面白くても、上下二巻組ともなるとそれなりに値が張るじゃないですか。で、中味はというと、この改行の多さ!いや、確かにこの改行の多さが大きな演出効果になってるのは確かだし、これがぎっちり詰まったら余韻も何もあったもんじゃないとは思うんだけどさ。ただ、改行が減って二段組になれば、上下巻に分かれることもなかったんじゃないかと思うと……いや、それでもこの厚さを考えればやっぱ二巻にはなるかな。ともあれ、ハードカバーの上下巻ってのは、けっこう買うのに勇気いると思うのよね。大好きな作家だとか、傑作が判ってる時ってのは迷わず財布を開くけど、あまり経験のない作家の場合は、ハードカバー2冊分のお金って考えると一般庶民には冒険だもんなあ。まあ、そういう点では、これは概ね満足できたので、よかったんだけど。ただちょっと、人には勧めにくいよねえ。
(98.7.5)
どこまでも殺されて・連城三紀彦(双葉社)
僕は殺される、と教師に助けを求める生徒がいる。が、それが誰なのか教師は判らない。この教師、ずいぶんと情けない役回りで可哀想なんだけど、探偵役の女子高校生よりもずっと存在感があっていい(笑)。まぁ、教師が狂言回しなんだから存在感があるのはあたりまえなんだけどさ。
最後まで読んで、ああ、アレは伏線だったのかと気付く面白さ。目に見えるところにヒントがあったのに気付かなかった快感。さんざんいろんなミステリを読んできて、だいぶミステリずれしてきてるにもかかわらず、おおっ、と膝を打ってしまうような真相。何より、真相が判る時の文章がいい。これは大事なことだ。「さて皆さん」という名探偵もいいけれど、どういう台詞で真犯人を名指しするか。いわば最大の山場の見せ方。これを心得ている。25章を、あたしは2度読み返した。おそらく、バカみたいに口をあけてたと思う。うーむ、とにかく「やられた」という感じの作品なのだ。本格好きには、これはもう花マルでお勧めである。
(98.7.5)
【鮮魚師】なまし、と読ませる。漁港にあがった魚を腐る前に市に届ける仕事だ。その道すがら、運送を邪魔する武士が現れた。これはミステリと銘打たれてるが、実際は江戸風俗小説。いやぁ、当時の鮮魚師が実に生き生き描かれてます。武士だ斬り合いだって部分よりも、魚を運ぶっていう仕事自体の面白味に一票。
【天保糞尿伝】このタイトルのインパクトと来た日にゃあ(笑)。ちょっとこれを超えるタイトルはないぞ。中味はミステリではあるんだけど、どうしても絵を想像するとドタバタになる。しかし、ドタバタに紛れてしまってはいるものの、汲み取り業者を装ってのトリックなんざあ立派なもんだ。
【蛍狩殺人事件】美人で色気たっぷりの常磐津の師匠と、その師匠に岡惚れしている弟子が4人、蛍狩りに出かける。そこで師匠とはぐれるワケだが、師匠は翌朝、死体で発見される……これは江戸風俗よりもミステリ色の濃い一編。ダイイングメッセージものっつーか暗号ものっつーか。まぁ、普通は判らない暗号だけどね。
(98.7.7)
作者の名前を見ると、これはどう考えても外国籍の方だろうとは思うんだけど、そのせいか留学生の心理描写は実にリアル。結局、ガイジンである自分と、盲目である彼女という題材を通して、「異端である者の悲しみ」を描いているわけで、それは実に巧くいってると言える。けっこう、切々と来るもんなあ。おまけに、「外国の人にこんな文章書かれちゃあ日本人どうすんだよ」と言いたくなるような、美しい日本語がたくさん出てきたりして。けっこう物語世界に浸れる、雰囲気と情感のある作品。
ただ、話が進むにつれて。特に後半あたりからかなあ。「異端である者の悲しみ」というテーマが、だんだん【私憤】めいてきちゃって、それが気になった。どうしても、作者の名前から考えるに「これって、この人が実際に体験したりしたんだろうなぁ」と考えてしまうわけで、実体験なのか想像なのかなんて読者には判らないんだけども、「実体験かも」と思ってしまった時点でダメなのよね。「自分の私憤の鬱憤晴らしをしてるだけじゃん」という気がしてしまうわけだ。
しかしなあ。作者の名前が日本人だったら「これは巧い!」と文句なく褒めたであろう作品を、作者が外国人だってだけで「経験談じゃねーの?」という評価になってしまうあたりが、自分でも非常に忸怩たるものがあるんですけどね……。「作者が誰だって文学的面白さにはカンケーないじゃないか」という気もするんだけど、どうも釈然としないんだよなあ。この気持ち、判ります? (98.7.9)
しゃべれどもしゃべれども・佐藤多佳子(新潮社)
主要な登場人物は上に書いた5人だが、この5人がすばらしくいい。個性も年齢も違うこれらの人々が実に生き生きと動き回っている。「喋れない」「喋り下手」のはずなのに、その行動や性格の描写がとてつもなく雄弁だ。喋らないんだから、判らないのは当たり前で、それがちょっとずつ判ってくるにつれて物語世界に引きずり込まれる。いったんは治ったと思っていたテニスコーチの吃音が再発した理由、OLの刺々しさの裏にあるもの、小学生のイジメの構図、野球解説者の本音。そういったものが、それぞれの物語を形作り、落語家がそれぞれの物語を1本の糸に紡いでいく。中心となる縦糸は落語家本人の物語だ。喋りのプロにも、喋る上での悩みと葛藤がある。
そして後半には、それぞれの人物が出口を見つける。その見つけ方がたまらず、いい。誰に感情移入してもいいけど、やっぱ小学生かな。最初はこまっしゃくれただけの生意気なガキだったのに、最後にはエールを送っている自分に気付く。じんわりと胸に滲みる人情物語を久しぶりに読んだ気がした。
(98.7.10)
確かに、江青の恋愛遍歴なんかは史料を捜したところでベッドの中の事までは判るまい。そこを描いてるあたりが「フィクション」なんだろか。それとも、そのお相手までフィクションなのかな。江青の少女時代のエピソードがフィクションなのかな。でもそうなると江青の寄って立つ主張が根底から変わるよな。そんなことを考えてしまうと、評価が難しくなってくるワケだ。
貧乏に生まれついた江青が女優をめざし、その美貌でのし上がっていき、毛沢東夫人という地位をきわめたときには、自分が最も嫌っていたブルジョワ的考えに汚染されていた……という皮肉にも悲しい女性の一代記なんだけども、それが史実かどうかってけっこう重要だよね。客観的史実を特定人物の主観で斬るってのがこの手の話の醍醐味なワケで。特に、まだ20年もたってない事件だし>四人組。江青の生い立ちや心理描写は非常に達者な文章で興味深く読めただけに、最後になって「嘘だよ〜ん」と言われた気がしたのよね。うーむ。どうなんでしょ。それとも、そういうことを気にしないで、作り話として楽しめばいいのかな。
(98.7.12)
【かわうそ】妻の奥に潜むものは冷たい悪意なのか、それとも度を超した無邪気さなのか。一種のリドルストーリーとも言える。妻の思惑を想像させる小さな言動の描写が巧い。ラストシーンは秀逸。
【だらだら坂】愛人を囲う男。鈍重で大人しいだけがとりえの筈だった愛人が、整形をし、変わろうとした時男は……直接的な説明がない分、味と含蓄がある。
【はめ殺し窓】この作品集に多く扱われている妻の裏切りというテーマ。今なら不倫という名前でいっしょくたに扱われてしまう不貞も、視点を変えることで上質の純文学になるいい例だ。
【マンハッタン】妻に逃げられた男が通いだしたスナック。男と女のかけひきがここまで悲しく描かれるものなんだなあと感心。リトグラフのくだりが秀逸。
【犬小屋】これも好きな一編。電車で偶然見かけた昔なじみの物語だが、それが過去のこととして描かれているのが巧い。日常の一齣から始まり、また一齣に戻ってくる手法の巧さだ。
その他、【三枚肉】【男眉】【大根の月】【りんごの皮】【酸っぱい家族】【花の名前】【耳】【ダウト】を収録。総じてこのひとの巧さは、ダイレクトな心理描写(悲しいだの嬉しいだの)を使わずに、それでいて小道具や仕草で実に雄弁に心理を表すところだ。これはもう技としかいいようがない。さすがに映像で表す術を知っている脚本家というべきか。
(98.7.12)
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