十字路に立つ女・逢坂剛(講談社文庫)
岡坂神策シリーズ。地上げに悩む古本屋と、そこの娘の腎臓移植問題がリンクする。古本屋の娘がメインかと思えば、岡坂氏、妙齢の女性にギターを習うわ才色兼備のスペイン文学研究者とも知り合うわで、ちょっと男性好みの設定かな?という感じなきにしもあらずだ。もちっと女がリアルでもいいのになあ。
死の枝・松本清張(新潮文庫)
昭和42年に世に出た、松本清張氏の短編集。今から30年以上前だよおい。それで古さを感じさせないってのは、凄いとしか言いようがない。もちろん風俗は違うんだけど、社会派、という時代性重視のテーマを描きながらも30年後でも通用する面白さってのは、何なんだ一体。
アイドル歌手がテレビ局から誘拐される。そのアイドルは近日発売のカメラのCMに出る予定だったため、スポンサーのカメラ会社宣伝部も事件に巻き込まれ……という、岡嶋二人お得意の誘拐モノだ。「99%の誘拐」に代表されるように、岡嶋の誘拐モノにハズレなし、と言われるけれど、これも非常に緻密に組み立てられた佳作である。
コンピュータの熱い罠・岡嶋二人(光文社文庫)
結婚産業……つまり、コンピュータ見合いの会社で働くOLが主人公。会員のデータを入力している最中に、主人公は妙なことに気付く。と同時に、「弟がここで紹介された相手と結婚して、殺された」と中年女が乗り込んできた。
開けっぱなしの密室・岡嶋二人(講談社文庫)
岡嶋二人は何作も短編集を出してるけど、中でもこれはかなりレベルが高いのではなかろうか。こ凝ったタイトルが多くて、それが下手をすれば軽く見られる要因にもなるんだけど、どうしてなかなか緻密な構成と意外なアイディアが光る佳作集だ。
実は岡嶋の短編集の中では、あたしが一番好きな一冊だったりする。あたしの持ってるのは新潮文庫だけど、その後で、どこか違う出版社からも文庫で出た筈。そっちの方が捜しやすいかもだ。
ミカドの国の記号論・猪瀬直樹(新潮文庫)
もはや通念となってしまっているものの起源や拠り所を捜そうと言うもの。松竹梅のランク付けの由来(なぜ梅より松が上?)や、なぜ五・十日に道が混むか、はたまた参議院の参とは何か(これは結局答は出ない)、盆が新盆と旧盆の所があるのは何故か……などなど、非常に興味深い。日本は突然現代が訪れたワケではなく、たゆまぬ歴史の上に今日が立脚してるんだということを実感する。ただ、結局何故なのか判らないものや、途中で論点が変わってしまうものも多く、ちょっと消化不良が残る部分もある。
記録された殺人・岡嶋二人(講談社文庫)
単行本未収録の短編を集めたもの。そのせいか作風がバラバラ(笑)。
お勧めマーク2ヶだ。とにかく、いい。お勧めだ。損はさせない。読め。講談社文芸文庫だ。960円だ。文庫で960円は高いが、その実全然高くない。それだけの価値はありすぎるほどある。
事件の方は、相変わらず巧い。一見無関係に見えた複数の事件がリンクするっていうのは、まぁこういう場合の黄金律(?)みたいなもんだけど、ちょっとそれにしても揃いすぎって感じかな。別個に始まった筈の事件が、全部岡坂の周りで集束しちゃうってのはチトな。そのあたりが気になるかならないかで、構成の密度が測られちゃうんだろうけど。物語自体はとてもサスペンスフルで、ぐんぐん引き込まれていっちゃうし、もちろんかなり面白いんだけど、一度「おいおい、そう都合よく知り合いばっかりで話終わりますかいな」と思うとチョット醒めちゃうのよね。残念。そこが気になるかどうかが評価の分かれ目だ。
(98.7.16)
【偽狂人の犯罪】精神鑑定で狂人と認められれば無罪になる。狂ったふりに余念のない主人公の鬼気迫る様子と、その仮面が剥がれる瞬間の妙なおかしさが秀逸。
【年下の男】犯罪のばれるキッカケが面白い。が、そこへいたる年増(失礼)の心情は……なんか虚しいよなあ。しかし男も気付けよ(笑)。
【古本】いわば、プロバビリティの犯罪だ。動機付けがこれでもかこれでもかという説得力を持って迫る。こりゃ、あたしでも殺すかもしれんて(笑)。
【ペルシアの測天儀】なんでもない一つの偶然から怒る破綻。最後の最後になって、一気にミステリ色が強まる。小道具遣いが巧い。
【不在宴会】正直に言ってれば、それで済んだのに……という哀れを催す物語。カラ出張が問題となってる現在に読むと、なお一層面白い。予知してたワケでもないだろうにねえ。
その他、【交通事故死亡一名】【家紋】【史疑】【不法建築】【入り江の記憶】【土偶】を収録。意識してのこととは思うが、収録作の大部分が倒叙モノで、犯人逮捕までは描かれていない。成功したかに見えた犯罪、ところが思わぬ時に思わぬ場所で、綻びが見える。それを犯人は知らない。そこで終わっている。このテクニックがまた憎いじゃないですか。みなまで言わずともミステリは楽しめるのだ。
(98.7.16)
どんなに上手に隠れても・岡嶋二人(講談社文庫)
最高の見せ場は身代金の受け渡しだ。このひとは誘拐モノを何本も書いてるけど、受け渡し方法に関してはまったく無尽蔵と言ってもいいくらい、すごいアイディアが出てくるよなあ。かなりスケールがでかい。そのスケールのでかい受け渡しが、非常に映像的で、まるで映画を見ているかのように場面が進む。
誘拐事件と同時に描かれるのが、スポンサーである会社の宣伝マンだ。考えようによっては最大のパブリシティになると踏んで、積極的に誘拐事件を宣伝に取り入れる宣伝マン。企業の論理と、仕事にプライドを売った男。サスペンスフルなんだけど、どこか悲しい。企業を巻き込んでの頭脳戦を描きながらも、どこかで男の悲しさが描かれている。読後感は、妙に寂寥としたものがある。
そして真犯人。これもよく考えられている。よーく読めば、ちゃんと伏線もあったのに。でも、岡嶋作品は推理するミステリじゃないのだ。ただ、口を開けて、すっげーっ、とのめり込むミステリなのである。
(98.7.21)
結婚相談所を舞台とした、その犯罪の【仕組み】には正直脱帽する。よくこんな方法論を考え出すもんだよなあ。主人公の身の回りだけで完結してしまうのが、ちょっと御都合主義的な気もするけれど、それも上手に設定してあるので気にならない。推理するというよりも、情報が多い割に展開がスピーディで、一気に読めてしまう。かなり小難しい設定なのに、主人公が考えるより行動する女性だってのが、理屈っぽさを緩和してる。その点も人物配置が巧い。
ミステリだけでなく小説でコンピュータを扱う難しさは、あっというまに情報が古くなる、ということだ。ここに描かれているテクニックも、今となっては笑い話にしかならないものがある。モデムは一般人には使えないから音響カプラーを使ったりだとか、企業内のイントラネットに自宅からアクセスしたりだとか、それがバレなかったりだとか……ちょっと苦笑してしまうが、それは仕方ない。当時としては最新テクだったわけだしなあ。しかし、コンピュータは小道具(大事な小道具だけどね)であって、主人公ではない。主人公の気持ちだとか、企業の論理だとか、殺人の方法だとか、そういうものは時代を選ばない。そういう点では、今読んでも充分楽しめるミステリだ。それに何しろ、コンピュータ・ネットワーク上での個人データのプライバシー保護の問題に、すでにこの時代に小説の中で警鐘を鳴らしているあたり、やはりタダモノではないのだ。情報は古くても、テーマは非常に旬な作品。
(98.7.21)
【罠の中の七面鳥】使い込みをしてしまった経理課員、夜はホステスになって二重生活をしているOL。この二人がおりなす騙し合い。両方の視点で描かれてるのがいい。
【サイドシートに赤いリボン】短編にしてはちょっと込み入ってる。もっと肉付けしたら、面白い長編になりそうなんだけどなあ。ラストで犯人を追いつめるシーンが秀逸。
【危険がレモンパイ】若者の描写がけっこう極端で類型的な気がするけども、もしかしたらかなりリアルなのかもなんて考えると、そっちの方が怖い。タイトルは出色の出来映え。
【がんじがらめ】主人公に感情移入して読んでると、息が詰まってくる(笑)。もーちょっと巧くやれよ、と応援したくなったりして。
【火をつけて、気をつけて】非常によく考えられた、練りに練った岡嶋らしい作品。最後まで読んで唸ること請け合い。実はこれがこの作品集の中でのあたしのイチオシだ。
【開けっぱなしの密室】犯人捜しの醍醐味を味わえる。容疑者をひとりづつ潰していく様は、読んでて一緒にワクワクできるぜ。
(98.7.22)
なんでも屋大蔵でございます・岡嶋二人(新潮文庫)
主人公の釘丸大蔵は、ドブ掃除から映画館の席取りまで、人様に迷惑にならないことなら何でも引き受けるなんでも屋だ。そこへ飛び込む変な依頼。まぁ、謎解きももちろん面白くて、けっこう本格推理の醍醐味を味わえるんだけど、そういう事よりもこの大蔵がいいっ!昔の大店の番頭さんみたいな喋り口で、ほんわか暖かい。声に出して読みたくなる文章ってのは昨今珍しいよお。
【浮気の合い間に殺人を】ダンナの浮気報告書が、その報告書を書いた興信所員に盗まれた!この奥さんが笑える。が、笑ってる内に伏線を見逃す。
【白雪姫がさらわれた】イチオシ。解決したと思ったあとのドンデン返しが見事。すっと腑に落ちる快感が味わえる。そして何より下町情緒!
【パンク・ロックで阿波踊り】いきなりの展開にちょっとビックリするけど、よく読むとチャンと練られてるのが判る。
【尾行されて、殺されて】読者の先入観を逆手にとった佳作。これはまず騙されるよなあ。巧い。しかしこのリスが加わったなんでも屋の事務所って、ますますアットホームでいいかも(笑)。
【そんなに急いでどこへ行く】なんでも屋のこれからが楽しみな作品。楽しみなのに……楽しみだったのに……岡嶋二人が解散しちゃうなんて、この本が出た時には考えもしなかったのにぃ(;_;)(;_;)。せめて大蔵シリーズだけども、井上さんに書いてもらえないかなあ。しくしく。
(98.7.22)
特に興味深かったのは、やはり天皇家の話だ。昭和天皇が一夫一婦制を導入したことや、秋篠宮殿下が兄の皇太子殿下より先にご結婚されたことや、そういったことの一切が、モダニズムの現れなのだという観点。儒教がベースにあった天皇家……万世一系を絶やさぬためにお局を置いたり、あくまでも年長者優先であったり、そういう儒教の精神をここに来て真っ向から否定した行動が多い。それは儒教自体の問題ではなく、天皇家が庶民より一歩先にモダニズムを体現したに他ならない、と。うーむ、確かに。昭和天皇が一夫一婦を守ったものの、誕生するのは内親王ばかりで男御子に恵まれなかった時、侍従がこっそりと若い女に昭和天皇を誘惑させようとしたくだりには笑ってしまった。が、確かに万世一系を絶やさないことが天皇家の定めなら、もしかして今も……なんて考えたりして。ああ、あたし天皇家に嫁にいかなくてよかったあ<向こうが断ってくるって(笑)。
(98.7.23)
【記録された殺人】これは騙されるよなあ。先入観をひっくり返される快感が味わえる。しかし目の痛くなりそうな捜査だし、あれだけの手がかりでよく該当者を探し出せるもんだ。
【バッド・チューニング】謎解きも巧いんだけど、それよりもラストシーンが悲しい。トリックだけじゃない物語性がある。ただ、3人の芸名は、もちっとどうにかならなかったのかね。わはは。
【遅れてきた年賀状】このトリックは秀逸だあ。いろんなアンソロジーに収録されてるので、読んだ人も多いかな?このあとで、似たようなトリックを幾つか見かけたぞ。
【迷い道】この主人公、あまりにも迂闊だ。方法を工夫しないと返ってヤバイってのが読者にも判るくらい、伏線がはっきりしてるってのがチトな(笑)。
【密室の抜け穴】本格推理への一種の皮肉かアンチテーゼか。けっこう主旨は好きだ。人によっては「バカにするな」と思うかもしれんが、現実はこんなもんなのよ。井上夢人になってからの連作短編集、「風が吹いたら桶屋がもうかる」へ通じるものがある。
【アウト・フォーカス】映画会社のカメラが殺人現場で見つかった。機材係の描写もリアルだし、手がかりが小出しに出てくるところが巧い。
(98.7.23)

厄除け詩集・井伏鱒二(講談社文芸文庫)
中味は井伏氏の詩編と、それから漢詩(五言絶句)の訳詩である。それぞれにいいのだが、まずは詩編。その闊達さ、奔放さ、磊落さ。しかし、その磊落の中にも緻密さと拘りが見えるあたりがまたいい。ただ思ったまま書いているように見える。思わず吹き出してしまうような、ウケ狙いのような文章。思わず日記かと見まごうような文章。しかし、それを詩として成立させるというのは、如何に難しいことか。修辞を排することによって、より洗練された修辞を獲得したかのようにすら思える。手慣れてくればくるほど、この手の詩は書けなくなるのではなかろうか。
漢詩の訳詩。これは訳詩というより作詩だ。設定だけ貰って、あとは好き勝手作っとるでこのおっさん、というようにすら見える。白文を書き下し文にすることが訳じゃないんだ、ということを痛切に感じる。他国の詩を訳すということは、その文化を訳すということだ。異なものを自らの中に取り入れ、咀嚼し、消化し、再構築するということだ。言葉の意味を通すのも大事だが、しかしそれだけが訳ではない。ああもう、ぐだぐだ言うより、百聞は一見にしかずだ。これを読んで何か感じた人は、絶対に損はしないから、この詩集を読んでくれ。あたしは、大げさでもなんでもなく、ものすごいショックを受けたんだから。
満酌不須辞 ドウゾナミナミツガシテオクレ
花発多風雨 ハナニアラシノタトヘモアルゾ
人生足別離 「サヨナラ」ダケガ人生ダ
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