Twelve.Y.O・福井晴敏(講談社)
今年の乱歩賞受賞作のひとつだ。諜報だなんだと、どうも苦手な分野らしかったので食指が動かなかったんだが、読み始めると一気読み。真面目に考えるとツッコむ部分は多々あるんだけど、マンガとして読むと面白い(笑)。なんかビジネス・ジャンプとかモーニングとかを読んでる気になったぜ。設定や展開も劇画チックなら、エンディング近くになって正面に現れたヒューマニズムもまさに劇画だ。でも、劇画として捉えると気にならないし、気にならないどころか、もう最後はドキドキしながら読んじまいましたわよ(笑)。結末はなかなかに見事なのではなかろうか。
果つる底なき・池井戸潤(講談社)
コレも今年の乱歩賞だけど、「twelve Y.O.」よりは最近の乱歩賞のカラーに合ってるな。今回は金融業界が舞台。真保裕一の「連鎖」と鳴海章の「ナイト・ダンサー」が受賞した年(平成2年だっけ3年だっけ?)からこっち、【特殊業界の内幕モノ】が受賞する傾向にあるのは否めない。社会派と言えば社会派だし、社会派は好きだからいいんだけどさ。でもやっぱ社会派だって推理小説である以上、謎解きの醍醐味は欲しいと思う大矢なのだ。
六番目の小夜子・恩田陸(新潮社)
「美人で神秘的な転校生がやってきて、ちょっとオカルトっぽくて名前がサヨコで、男にも女にもモテて、クラスメイトの庶民的な女の子と仲良くなって、でも鋭い一人の男の子は彼女のことをクールに見てて……」つったら、そりゃモロ吉田秋生のマンガ「吉祥天女」と一緒じゃねえか?読みながら、どうも「何かすごくよく似た話を知ってるぞ」と思ってたんだけど、今日いきなり思い出した。どっちが先なのかは知らんが、後から書いた方は相手のを知ってたのかね?それともこれって周知のことなのかな。
ナイフが町に降ってくる・西澤保彦(NONノベル)
もう、西澤作品ってのはどんな設定を作るかに全てがかかってると言っても過言ではなくなってきたな。今回は、謎にぶつかるとその謎が解けるまで時間を止めてしまうという男が主人公。なんじゃそれは、である(笑)。でも、その「なんじゃそれは」をそういうものとして受け入れてしまえば、思いきり楽しめるのが西澤ワールドなのだ。なんかすでにマンガの域に達してるぞ。
うわあ。泣かせる。いい加減このオヤジのあざとさには慣れてきたと思ってたんだけど、やられてしまった。1950年代から1960年代っていう、あたしのぎりぎり知らない時代、それゆえに妙なノスタルジーを持ってしまう時代を巧く描いたなぁって感じで。勿論、風俗がどうとか社会性がどうとかってのは、体験してないんだから正しいかどうかは判らない。だけど、体験してなくても「匂い」を感じさせてくれるのが、このオッチャンは巧いのよね。
有限と微小のパン・森博嗣(講談社ノベルズ)
シリーズの最終作なんだっけ?それはともかく、いつもはトリックよりも面白い(なんて言っていいのか?)理系小ネタがイマイチ冴えなかったので残念。RPGの最後に出てくるナゾナゾとか、五文字のアルファベットで出来る単語とかのくだりは、返って文系の人間には有名な、けっこう使い古されたネタだもんなあ。「あ、これ知ってる」って思った人も多かったのでは?勿論、理系バカのあたしには気付かないような緻密な理系小ネタがたくさんあったのかもしれないが、まぁ気付かなかったものはなかったと同じってことで(笑)。
殉教カテリナ車輪・飛鳥部勝則(東京創元社)
今年の鮎川哲也賞受賞作。絵の内容や手法から絵の主題を解いていくという学問を使った、非常に新しいアプローチのミステリ。その部分が評価されての受賞みたいだ。あたしはあまり興味のない分野だったせいで、そのあたりが退屈だったんだけども、そのスジの方にはきっとものすごく魅力的な設定なんだろうなあという気はする。それに、メインとなる謎の方は、その絵の学問がどうこうってんじゃなかったから、美術に疎くてもミステリとしては問題ないし。
クロスファイア(上下巻)・宮部みゆき(カッパノベルズ)
ストーリー自体よりも「周りに与える印象や影響を考えずに自分の感情を表に出してしまう」というタイプの登場人物に対する冷たい目線が気持ちよかったりする。宮部みゆきって人の文章は優しさ路線のように見えて、実はかなり「クールにバカを斬る」みたいなところがあるよなあ。いやらしくてキモチいいぞ(笑)。
しかしこれって……乱歩賞なのか?乱歩賞ってのは推理小説の賞じゃなかったのか?確かに応募規定には「広い意味での推理小説」と書いてはあるけど、これを推理小説の範疇にいれてしまうのは、なんぼなんでも広すぎるだろうがよ。
(98.10.17)
今回の「果つる底なき」は、ちょっと犯人に不満あり。融資とか手形とかの業界小道具が目新しく映るけど、よくよく考えれば物語の構成と展開は、一番ありふれたパターンで、セオリー通りのものなんだよねえ。無難にまとまってはいるけれど、どうして今更これが?という気がしないでもない。なんか【乱歩賞・最近の傾向と対策】の模範解答みたいな、そんな感じの話じゃない?
(98.10.17)
さて、内容はさすがに名作の誉れ高いだけのことはある。あの文化祭のシーンなんて、すっげー怖かったもんなぁ。映像や音楽の力を借りず、ただ文字だけでじわじわと恐怖感を増せるってのは凄い筆力だ。
物語としては、ちょっと尻切れトンボになったままのエピソードもあったりして不満がないと言えば嘘になる。球形の季節や不安な童話の方が、物語の着地は数段上のような気がしたっす。でもまぁ、これが処女作ってんだから、やっぱ凄いよなこの人は。
(98.11.6)
ただ今回は、非常に判りやすい伏線ばかりだった気がする。あたしは別に「へへーん、これは犯人が分かったもんねぇ」などとアホな自慢をする気は毛頭無いんだけど、これは、ある一つの事に気付けば、随分早い時点で犯人が簡単に絞れてしまうのよね。で、おそらく西澤氏もそこの弱さには気付いてて、あの手この手で読者の目論見のミスリードしようとしてるのが判るんだけど……でもやっぱ、弱いでしょ、これは。ただ、決してトリックだ何だのせいではなく、これはもう設定自体が持つ弱さだな。どう取り繕ってみても、前提条件としてかなり辛いものがあるもん。この設定で、ここまでの謎を作ったんだから、逆に凄いとも言えるか。
(98.11.12)
霞町物語・浅田次郎(講談社)
主人公をとりまく青春グラフィティもいいんだけど、やはり写真館の家族の描写が何を於いても素晴らしい。特に、おばあちゃんとおじいちゃん。おじいちゃんの最期なんて、涙で文字が見えなかったぜちくしょう。おばあちゃんは、同じ作者の「天切り松・闇語り」のおこん姉さんを思い出させるような、気っ風のいい女傑。おじいちゃんは、昔気質の職人肌で、ボケてきちゃってて、回りは振り回されるんだけども、振り回されてあげる優しさと悲しさが滲みてくる。これは家族に年寄りがいた人なら、間違いなく泣けるぞ。そして地味なお父さんが、密かに非常にいいキャラだったりして、主人公よりも脇を固めるバイプレーヤーの素晴らしさで成り立ってる物語だ。
(98.11.13)
でも小ネタが不発だった分、いつもは印象の薄いトリックの方が今回はよかった。大がかりな方のトリックは「よくある手」だったけど、でも、最後の最後に出てきた真相には驚かされた。(でも気付けよ>犀川(笑))バカ萌絵もいつもほどバカじゃなかったし、そのせいでイライラさせられる部分もなかったし。そういう意味では、このシリーズにしては読後感の非常にヨロシイ作品でございました。シリーズの終わり方としては、余韻も含めてナカナカにヨロシイのではないかしら。
(98.11.14)
それにしても文章がなぁ……なんか、あんまり上手な文章じゃないよね?って感じで読んでたんだけども、「だって作家の文章じゃないもん、登場人物の手記なんだもん、素人の手記なんだから、文章がうまくなくても当たり前だもん」と言われれば一言も返せず。そっかー、手記形式ってのはこういう利点があるのか(笑)。
ところで、内容はともかくあの袋とじの部分って、袋とじにする意味があるのか?
(98.11.15)
エンディングはもう、やっぱこうもってくるしかないんだろうなぁという感じ。決して読後感はいいとは言えないんだけどさ。切なさってのとも違う。仕方ない、っていうのが一番ピッタリする来る感じか。途中、話がずいぶん大きくなってきちゃって、そんなところまで大風呂敷を広げちゃって大丈夫かいって感じがしたけど、作品の本分として、そういう社会的な動きやら組織やらよりも超能力者の悲哀に重点を置いたのが成功のポイントかも。
しかし、超能力を持つことの悲しさや孤独、苦悩をここまで歌い上げた割には、主人公の女超能力者ってば、けっこう私憤で人を殺してないか?「だってあたしこいつら嫌いなんだもおん、だから、えいっ!」てな感じで。ぜんぜん苦悩してないような気がするんですけど(笑)。
(98.11.16)
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