書を捨てよ、町に出よう・寺山修司(角川文庫)
頭でっかちじゃつまんない、つまりそういうことだ。若いときにこれを読むと、そのニヒリズムとデカダンスがカッコヨク見えたりもしたわけだけど、ポイントはそこじゃないんだな。ただもう、この本についてはあまりに語られ過ぎてて、今更あたしが何を言ったって鼻毛ほどの意味もないわけで。とにかく、ニヒリズムとデカダンスに隠された優しさがいいじゃないか。脳味噌で考えてばかりじゃダメ、体で感じで心で理解しなきゃってこと。
昨年の大河ドラマにもなった徳川慶喜の物語。作家自身も後書きで書いてるけど、政治家の一代記ってのは難しい。政治事象の中でしか描けないから。司馬さん曰く、「政治的事象を数ページにわたってるると述べ、そのあげくに、ようやく数行だけその人物をえがくことがやっと可能である」と言っている。けだし名言だ。徳川慶喜を描くためには、黒船来航や安政の大獄や桜田門外の変や池田屋事件や新撰組や大政奉還や鳥羽伏見の戦いや何やらをキチンと描写することが必須である。でも、それだけのことをキチンと書いていたら、全30巻くらいの全集になってしまう。
高円寺純情商店街 本日開店・ねじめ正一(新潮文庫)
直木賞をとった「高円寺純情商店街」の続編である。どうやらこの「古きよき日本」っていうのは、あたしのツボらしい。1960年代から70年代ってあたりが特に。ここに描かれている商店街って、高円寺に特化されてるとはいうものの、当時の日本国内至るところにあった商店街と同じであり、そこに醸し出される空気は、日本国内至るところにあった商店街のそれなのだ。あたしんちも商売やってたせいか、実にリアルに、頭ではなく骨身に迫ってくるような、それでいてホンワカした懐かしさがある。
全く違ったタイプの4人の独身30女が同じマンションに引っ越した。同居、ではなく、「万が一、一生独身だったときの為の住の拠点」にするために、それぞれがマンションを購入したのだ。不倫ばかりしてるヤツ、奥手で一人の人を思い続けるヤツ、弟の教育が命というヤツ、仕事優先で夫と別れたバツイチ。それぞれのタイプの典型例を出してきたって感じ。トウの立った少女小説のような体裁と言えなくもない(笑)。
名探偵の饗宴・山口雅也 他(朝日新聞社)
名探偵をテーマにセレクトされた、アンソロジー。
ミステリークラブ・霞流一(角川書店)
一昨日読んだ「マニアックス」が蒐集狂の話だったし、昨日読んだ名探偵の饗宴にも「ある蒐集家の死」って話が入ってたし、そこでこれも蒐集家たちの話だと判った時には、思わず本を取り落としそうになったぜ(笑)。
頼子のために・法月綸太郎(講談社文庫)
遅読で有名な友人が読んでいるというので、鬼畜な大矢がネタをばらしてやろうと思ったのだが、内容をすっかり忘れていたのでバラすこともできずに再読である。うーん、もう読み終わっちゃっただろうなぁ>友人。あたしがキミに話したシーンは法月綸太郎の別の物語のシーンでしたわ(笑)。
謎解きが終わったら〜法月綸太郎ミステリー論集・法月綸太郎(講談社)
評論集である。出版時に書いた解説文も含まれている。収録されている国内ミステリ評論は【中上健次論】に始まり、野崎六助【夕焼け探偵貼】、倉知淳【過ぎ行く風はみどり色】、東野圭吾【ある閉ざされた雪の山荘で】、山口雅也【生ける屍の死】、綾辻行人【黒猫館の殺人】、山田正紀【女囮捜査官《1》触覚】、竹本健治【緑衣の牙】。一方外国モノはジューン・トムスン【シャーロック・ホームズの秘密ファイル】、ジャネット・ドーソン【古狐が死ぬまで】、コリン・デクスター【オックスフォード運河の殺人】、ドロシー・L・セイヤーズ【死体をどうぞ】、そしてニコラス・ブレイク【殺しにいたるメモ】である。
昔読んだ時には気付かなかったが、今回気になった点が一つ。中に引用されてた17才の女の子の詩「私が娼婦になったら」だ。これはかなり胸を打つ。ただ、寺山が彼女の詩を引用した時は「私が娼婦になったら/いちばん最初のお客はゆきぐにのたろうだ」となってるんだけど、第三章ハイティーン詩集に収録されてるオリジナルでは、「私が娼婦になったら/いちばん最初のお客はおかもとたろうだ」となってる。どうして変えたのかな。確かに詩としては「ゆきぐにのたろうだ」の方がいいとは思うけど。それにしても、おかもとたろう、って……。まさかあの岡本太郎じゃあるかいな?
しかしまぁ「きみもヤクザになれる」の章は、浅田次郎の勝負の極意と非常に近しいものを感じるのは、あたしだけではない筈だ(笑)。ある意味、浅田次郎は平成の寺山修司なのかもしれん。一部だけだけど。(99.1.4)
最後の将軍〜徳川慶喜〜・司馬遼太郎(文春文庫)
そういう意味では、この本は、かなり思い切って政治的事象を切って捨てたようだ。従って、維新(慶喜の目からみれば倒幕か)前後の歴史について予備知識がゼロでは全くワケの判らない読み物になってしまう。昨年の大河ドラマも見てないなら、この時代の歴史物語を何冊か読んでからこれを読まれることをお勧めする。司馬さんは、時として「ここまでの日本史は知ってて当然」というスタンスで書かれるから、門外漢には辛いものがあるのよね(笑)。
しかしそれを押してでも、読んで欲しい一冊だ。薩長土肥の側からしか語られてない維新物語しか読んだことのない人は、公平な目で歴史を見るためにも是非。ただ、これと白虎隊を読むと、逆に薩長土肥が鬼に見えてくるけど(笑)。
(99.1.5)
中味は短編〜中編3編。おばあちゃんの臨終を扱った、「大黒メロン」、商店街に巨人軍の選手がやってきた、「八月のキャッチボール」」、隣の魚屋が商売換えして越していく、「本日開店」」。特に胸にきたのは「大黒メロン」だ。乾物屋をいとなむ一家の祖母が倒れ、入院。それをとりまく家族の物語なんだけど、しっかりしたお母さんに子供っぽいお父さん。個々の描写が非常に判りやすくて、判りやすい分、中学生の主人公に感情移入してしまう。本気でお父さんに怒ったりして(笑)。
どこがいい、とハッキリとは言えないんだけど、でも、この雰囲気が味わえるのなら、「高円寺純情商店街」も読んでみようかなという気にさせてくれた。
(99.1.7)
きららの指輪たち・藤堂志津子(講談社文庫)
しかし、そこに繰り広げられる恋愛模様は決して少女小説ではなかった。篠田節子の女たちのジハードを、よりプライベートに、そしてよりほのぼのさせた、そんな感じの物語。でも個々のエピソードは決してほのぼのしたものではなく、その年齢の、そのタイプの女なら非常に高い確率で出会う「悲劇」を扱っている。ちょっと冷静に考えれば類型的な、よくある展開なんだけども、それを4人の友人を絡めることで類型的にせず、どんどん引き込んでいく。これは、巧い。
読後感も非常にいい。やや出来すぎの感もあるけど、独身30女4人それぞれを辛い目に逢わせてくれたんだから、これくらいのハッピーエンドじゃなきゃ釣り合わないってもんだ。とっても元気の出る話。女たちのジハードは仕事に元気のでる話だったけど、こっちはプライベートに、特に恋愛に元気の出る話だな。
ところで、これはテレビドラマ向きの話だ、というのが最初の感想なんだけど、すでに舞台化されたそうだ。さもありなん。でも、やっぱ連ドラの方が面白くなりそうな設定だな。どうですか?>テレビ関係者。
(99.1.7)
【鼠が耳をすます時】山口雅也 キッド・ピストルズ:盲目のバンドのライブ中に事件が起こる。謎解き自体よりも、音や耳に関する蘊蓄話の方が面白い。
【水難】麻耶雄嵩 メルカトル鮎:本格ミステリに幽霊を出すってのは思いきりタブーのような気がするが、それでも論理的着地になってるあたりがすごい。
【ウシュクダラのエンジェル】篠田真由美 桜井京介:これは、キレイな物語。ちょっと切なくて甘酸っぱい読後感がいい。
【ある蒐集家の死】二階堂黎人 二階堂蘭子:完全なるパズラー小説。普通なら、そんなことしないで適当に消したり汚したりするんじゃないかと思うんだけどなあ(笑)。
【禁じられた遊び】法月綸太郎 法月綸太郎:おいおい、これってあり?これが通用してしまう法月綸太郎っていったい……(笑)。ちょっと担当編集者に話を聞きたい気分だ。わはは。
【詩人の死】若竹七海 葉村晶:会話ばっかりで状況描写が進むのがちょっとしんどかった。でも謎の設定や真相はけっこう好み。
【神の目】今邑彩 大道時綸子:よくある本格短編だけど、こういうのけっこう好きだな。おどろおどろしさも強烈な個性もなしで淡々と進む新本格って、けっこう貴重かも。
【バルーン・タウンの裏窓】松尾由美 暮林美央:SFミステリ。なんか笑っちゃうような話なんだけど、「日常の謎SF版」ってとこか(笑)。このシリーズ、読んでみたくなっちゃった。
(99.1.11)
骨董街を中心として、様々なグッズを集める人々の内外で起こる連続殺人事件。そこに「巨大な蟹が街を歩いてる」だの「蟹に殺された」だのの噂が広まる。ミステリとしては、伏線もキッチリ出てるし、しっかりしたもんなんだけど、とにかく間に挿入される昭和の事象やグッズの名前の羅列がうざったくて仕方ない。その上、一人称主人公の探偵がまた「しょーもないこと言い」で、笑わせるつもりなのか軽妙なつもりなのか判らないけど、どれもハズしてて読んでてどうもイライラしてくるのよね。クスグリやユーモアのつもりなんだろうけど、それが返ってテンポを乱してる。
最終章で、事件が昭和という時代にダブる、という記述があって、ああそれがやりたかったのかと腑に落ちた。でも、グッズや事件や流行ものの名前や蘊蓄をただ列記すれば昭和が醸し出せるというものでもないだろう。「意外な真相」が結構魅力的だったがために、返って残念。
(99.1.12)
それはさておき。
クダクダと形而上のことを悩み続けるシーンがないので、非常に読みやすい(笑)。被害者の父親の手記で始まり、名探偵・法月綸太郎が事件究明に乗り出す。非常に論理的で無駄がなく、気持ちがいいね。人物配置がステロタイプな気はするけれど、多かれ少なかれ本格推理ってのはステロタイプなもんだし。個々の人物の描き方も、景色や時間の描き方も、実は新本格作家の中でもノリリンというのは非常に優れた描写力・文章力を持っていると、あたしはこっそり(別にこっそりすることもないけど)思っているのである。
デビュー作の「密閉教室」以来、次々と作風を変えているノリリンなんだけども、この「頼子のために」が、彼にとってはトリックの面でも小説としても、ひとつのアチーヴメントだったのではないかと思える。トリックでガチガチになってなくて、人の心の機微を描いてるあたりがいいんだよな。新本格ビギナーに勧めたい作品。ノリリンも、この場所へ戻って来てくれないかなぁ。
(99.1.23)
留意しておかなくてはならないのは、最初の【中上健次論】以外の評論はすべて、その作品が文庫化された際に書かれ、文庫本に収録された解説だということだ。つまり、悪口は書けないわけである。要は、宣伝をしなくてはならないワケだから。こうして読者が感想を言い合うのとは大前提からして違っているのだ。
それを踏まえた上で読む、というのは当然必要だが、たとえ宣伝のための褒め言葉であっても、個々がそれぞれ的を射ているという他はない。自分が読んで「今いち」と思った作品でも(どれかは言わない(笑))、この解説を読むと「おお、そういう捉え方があったか。そう考えてみれば、あながち悪くもないぞ。」という気になるから不思議だ(笑)。それだけ優れた論評力と知識、そして情報の取捨選択能力が優れているということだろう。東野圭吾ファンとしては【ある閉ざされた雪の山荘で】の解説には、ちょっと首肯できない部分もあったけどね(笑)。でも、ノリリンの意見に賛成したいファンもたくさんいるだろうな。
(99.1.25)
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