蚊帳・卓袱台・衣紋掛け・新聞少年など……「消えた言葉」を挙げ、それに纏わるエッセイを集めたアンソロジー(っていうのかな、こういうのも)。執筆陣は、橋本治を始めとして、南伸坊、山本コータロー、村松友視、荒川洋治、井田真木子、亀和田武、田沢竜次、松山猛、渡辺武信の面々である。
パスティーシュと透明人間・清水義範(新潮文庫)
エッセイ集。「エッセイは苦手だ、嫌いだ」といいつつも、いつもながらの文体で楽しく読ませてくれる。4章よりなり、第1章では《言葉》や《文章》について、第2章では《名古屋》と《旅》について、第3章は《メディア論》を中心として手当たり次第に、第4章は自分史を、それぞれ判りやすい文体で描いている。
司馬遼太郎が日本各地を訪れ、そこの歴史を紀行するという、「街道をゆく・番外編」のような企画である。文庫の初版が1976年というから、もう20年以上も前の企画になるわけだ。
H殺人事件・清水義範(光文社文庫)
いつも明るく大胆な不破と、何かと言えば自己嫌悪に陥る朱雀の、躁鬱コンビのユーモアミステリである。不破と同じアパートの女子大生が殺される。その事件を扱ったテレビ番組制作のために、テレビ局でバイトしている不破が調査を始めるのだが……
Aサイズ殺人事件・阿刀田高(文春文庫)
捜査に行き詰まった刑事が訪れるのは妙法寺の住職。碁を打ちながら、事件の話をする。すると住職は決まって妙な事を調べて欲しいと頼む。その答を持って訪れた時には、住職が事件を解決してくれるという典型的なアームチェア・ディテクティブ。都筑道夫氏の退職刑事シリーズの住職版みたいなものだ。ただ、その住職の「どこが事件に関係あるの?」というような質問こそが醍醐味なのだろうけど、全般に苦しい。そんな遠回りな質問せんでも、ダイレクトに聞けばええんちゃうの?と思うんだが、まぁそれを言うのは野暮か。
時代観察者の冒険・小林信彦(新潮文庫)
1977年から1987年にかけての著者のエッセイを集めたもの。ピアノ殺人、ピンクレディーの紅白辞退、ひょうきん族、松本伊代、とんねるず、オニャン子クラブ、岡田由希子の自殺、その頃の社会時評、そして当時の著者が執筆していた「夢の砦」「ぼくたちの好きな戦争」にまつわる話など。すでにして「懐かしい」話題ばかりである。22年前から12年前にかけての話なのに。たった10年20年でこうも「懐かしく」なってしまうものなのか?それも、生活習慣や都市景観に関して懐かしさを覚えるというならまだしも、文学や芸能に於いてたかだか15年前後で懐かしさを覚えるとは……ちょっと早すぎはしまいか。
こ、こんなのありなのか!が第一印象の、第6回日本ファンタジーノベル大賞受賞作だ。鉄塔が好きな小学生が二人、夏休みのある日に鉄塔に沿ってどこまでも行ってみる……言ってしまえば、それだけの話。ところが中には実際の写真が山のように掲載されてるし、おまけに巻末には《第9章の××の××は架空のものである。》という注意書きがある。ファンタジーにわざわざ《架空のものである》なんて注釈、普通つけるか?と思うんだけど、確かにそういう注釈が必要な気がするほどのファンタジーなのだ。何やそれ。
セカンドヴォイス・西浦一輝(角川書店)
デビュー目前の歌手リオ。そのデビューがいきなり中止になる。中止にしたのは担当ディレクターの上司・稲本。中止の理由が判らず、ディレクターが食い下がろうとする中、稲本は急死する……。
日本の歴史人物高座・桂文珍(PHP文庫)
桂文珍が歴史上の人物を解説するという、なかなかに興味をそそられるエッセイ集。……なのだけれど。《歴史街道》なる雑誌に連載されたものらしいんだが、《Big Tomorrow》か《エコノミスト》の間違いじゃないのか?って言いたくなるような内容だ。即ち、戦国武将に会社内での立ち回り方を学び、偉人に家庭内での父親像を仰ぐ、みたいなノリなのよね。
消えた言葉・橋本治(編)(アルク)
ややもすれば、必要以上にノスタルジックになったり、「最近の若い者は」的な内容になったりしかねないテーマなのだが、そこはさすがの執筆陣が上手に料理している。「なぜ《茶の間》は消えたのか」の章では懐かしい昭和グッズの数々を、「何故《長押》《鴨居》《欄間》は消えたのか」の章では日本家屋に殉死した「ご近所」を、「なぜ《割烹着》は消えたのか」の章では、「ママ」ではなく「母ちゃん」の姿を、「なぜ《BG》は消えたのか」の章では差別とされた職業表現の真偽を、それぞれ、決して押しつけがましくなく、思い出と共に語ってくれる。
畢竟、「昭和」というのは、いい時代だったのだ。
(99.2.11)
特に面白く読めたのは第1章と、第2章。第1章での、小説を書く上での文章と文体の違いや、テレビに見られる日本語の乱れなど、あちこちで似たようなことは何度も言われているんだけど、それでも新鮮な思いで読めるように筆者風の味付けがなされている。
また、第2章では、愛知から出た秀吉が、どうして愛知を捨てて大阪に居を構えたのか、とか、名古屋がいかに未来にむかって開かれた都市であるか(笑)とかが、これもまた清水氏一流の分析でもって、面白く描かれているのだ。
エッセイは苦手といいながらも、結局この人は、小説もエッセイも同じ手法でやっつけちまうんだなぁ、と思った次第である。
(99.2.11)
歴史を紀行する・司馬遼太郎(文春文庫)
この中で扱われているのは、高知、会津若松、滋賀、佐賀、金沢、京都、鹿児島、岡山、盛岡、三河、萩、大阪である。歴史上、強烈な役目と印象を持った場所もあれば、特にピンとこない場所もある。しかし、歴史がなにもない、という地方はないのだ。
中でも心打たれるのはやはり、昭和後期になっても維新の傷跡が生々しい会津若松である。明治百年だから過去の傷は水に流して姉妹都市になろうという山口からの申し出を、会津若松の青年会がにべもなく拒絶したという話。司馬遼太郎氏が松平容保を主人公にした「王城の護衛者」を連載した時に、その子孫で、会津松平家の当主から御礼の電話を貰ったという話。会津松平家がご実家の秩父宮節子妃殿下の興し入れの際には(昭和になっても)、朝敵を皇室に入れるのかといった反対があったり、これで三代の恩讐が解けたと会津で提灯行列が行われたりという話。歴史の重さの前に、言葉をなくす。
その他、体制の中の頑固なまでのピューリタン主義を貫いた佐賀、郷土閥を作らないことが最大の郷土色となっている盛岡など、非常に興味深く読めた一冊である。
(99.2.12)
やっとかめ探偵団のシリーズでは、本格のミステリ作家もかくやという練れたストーリーと社会的なテーマをコメディで包んだ奥の深さを見せてくれた筆者だが、これはまぁ、「いわゆるひとつのユーモアミステリ」である。物的証拠がどうの決め手がどうの伏線がどうのと言い出せばキリがない、というタイプの話かな(笑)。
しかし、人物の造形はさすがで、軽いミステリと言えども、脇役の一人にいたるまで思わず風貌が想像できるような魅力的な書き込みは筆者ならではのもの。こういう類のミステリにありがちな、男性読者を捕まえるためだけの女性登場人物や旅情シーンなんかもないし(笑)。連続殺人を扱ってる割には気持ちよく読める。電車の中などで、軽く読むにはいいかもしれない。
(99.2.13)
【Aサイズ殺人事件】揚げ足を取るようですが、Aサイズとは言わないのでは……(笑)
【2DK蟻地獄つき】謎が魅力的。よくある手だけどアプローチが巧い。
【靴と媚薬と三人の女】なんかちょっと強引だけど(笑)、確かに理には落ちてる。
【二重人格の死】これは無理があるぞ。そんな手間かけるならもっと簡単にできそうだもの。
【裸足へ天国へ】これ……仕掛けと撤去の時点で目撃者が出そうなもんだぞ(笑)。
【古物の好きな死体】ちょっとアンフェアかな?
【葉桜の迷路】これ、イチオシ。破綻もなくて、伏線も生きてて巧い。動機が秀逸。
【ハーフムーン殺人事件】これも手がかりが出るのが遅い気はするが、真相は鮮やか。
(99.2.14)
そういいながらも懐かしいのは懐かしいのであって、アイドル伊代ちゃんは秀逸である(笑)。まさか小林信彦も目をかけていた伊代ちゃんがヒロミの奥さんになるとは思わなかったろうなぁ。そんな風に、「わかるわかる」と笑いながらページをめくれるのは前半の芸能・風俗批評。後半の社会時評やご本人の日記になると、「現代」に対するシビアな意見が目に付く。そこに描かれ嘆かれているのは12〜22年前の「現代」である。それなのに、その嘆きや怒りがそのまま今(1999年)にも当てはまるとはどういうことだ。いや、さらに度合いを増してるようにすら思える。
懐かしいのは芸能界の話題や風俗だけだった。懐かしくない部分こそが、問題なのだ。
(99.2.16)
鉄塔 武蔵野線・銀林みのる(新潮社)
物語の大半は、ただひたすら鉄塔に沿って歩く少年の冒険談だ。身近なスタンド・バイ・ミーだと思ってくれればいい。最初は何じゃこりゃ、と思ったものの、だんだん冒険にのめり込んでいった。何てことはない、結構少年にはありがちの冒険にも思えるんだけども、それでも思わず頑張れ頑張れと声をかけたくなる。
ただちょっと、エンディングは中途半端かな。どうせ作り混むなら、もっともっとファンタジーにしてもよかったし、そうでないならぐっとリアルなエンディングも可能だったと思うけど。
(99.2.23)
なかなかワクワクする展開。稲本がリオのデビューを中止にする前に、リオの歌を聴いてディレクターに向かって言った「お前にはわからないのか」の一言がすっごくミステリアスで、うわああ、リオの歌にどんな秘密があるんだろうってもう、わくわくしちゃうのだ。
途中まではすごく面白くて、少しずつ手がかりが増えてくあたりなんかミステリの醍醐味。モンゴル(←こう書くと物知りな人は見当がつくかもなー。まぁいいか。)の蘊蓄がちょっと退屈だったけど、それはまぁいいとして。面白いじゃないか面白いぞ。おお、そう来たか。わくわく。……あれ?あれれ?おや?
えーっと、これって、SF?今はやりの理系ホラーってやつなの?「そういう力がありました」で終わっちゃうワケ?なんか解説なし?ミステリじゃなかったの?それとも、こういう設定でのミステリなの?それとも、こういうことってホントにあるの?
なんだかなぁ。そういう風に持っていくのなら、そういう話なんだってことを話の途中で納得させて欲しかったなあ。うーみゅ。
(99.2.24)
そのあたりの、若干こじつけめいた部分さえ(だって武田信玄をゴルバチョフに準えたり、伊達政宗を湾岸戦争時のフセインに例えたりして、無理矢理現代に結びつけるんだもの(笑))目をつぶれば、「名前は知ってるけど、いつ頃何をした人なのか、実はよく知らない」という人のことが、ざっとだけども理解できる。寧ろ、歴史が苦手な人に読んで欲しいかも。
文珍師匠の文章のいいところは、とにかく判りやすいところ。歴史の授業では敢えて無視する「歴史上の人物の欲と業」をベースに書いてくれるからかな。とりあえず、名前と業績が一致しないという人物が多い人は、ちょっとめくってみるといいかも。
(99.2.25)
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