じゃじゃ本ならし


クリヴィッキー症候群・逢坂剛(新潮文庫)

 逢坂氏の作品については、岡坂モノは好きだけどスペインものは苦手な大矢である。ところが、岡坂のスペインものってんだからちょっと困った(笑)。岡坂ものの長編は、けっこう構成の凝ったミステリが多いのだけれど、短編のせいか或いはスペインに題材をとっているせいか、総じて謎解き色は薄い。
【謀略のマジック】岡坂の事務所に現れた謎の美女。第二次大戦中のスペインのスパイの正体を探って欲しいという。しかし、どうしてこういう話だと決まって「謎の美女」なのかなあ(笑)。ブスだと引き受けないってことか?
【遠い国から来た男】部隊はスペイン。これもスパイの話。苦手な分野だけど、思い出話という作り方なので読みやすかった。ラストがきれい。
【オルロフの遺産】これは他に比べてミステリ色が強い。雑誌社から依頼された原稿を書くため、資料を捜しに古本屋へ。そこで入手できる筈だった大事な資料をめぐって事件が起きる。犯人もなかなか。
【幻影ブルネーテに消ゆ】冒険ファンタジーのような一作。エンディングは秀逸だけど、この人物名を知ってるか知らないかで、エンディングの印象が全然違ったものになりそう。そんな大事な箇所に配した人物にしては知名度がイマイチなのでは(笑)。
【クリヴィッキー症候群】殺人を犯した男が法廷で「自分はクリヴィッキー将軍である」と言い出し、精神鑑定を受けることに。その裏にある悲しい事実に岡坂が迫る。切ない動機がテーマとなったミステリ。
(99.3.1)     

下町探偵局〜PART1・半村良(角川文庫)

 下町探偵局PART2の方を先に読んだのは失敗だったかも。こっちを先に読んでれば、PART2は数倍楽しめただろうなあ。と思うくらい、登場人物がきちんと紹介されている。そのあたり、PART2はやっぱりPART1を下敷きにしてるんだなあ。って、当たり前か。
【お手伝い志願】ラーメン屋に住み込みで働く少女が、あるお屋敷を調べて欲しいとやってくる。ミステリとしては動機が突然すぎるのが難点だが、それを補って余りある切なさがある。
【秋の鴬】近所にいる寝たきりのお爺さんの身内を捜してやってくれ、という依頼が舞い込む。依頼してきたのも老人だ。その依頼を無料で受け、調査を始めるが……。かなり切ない。結末も決して気持ちいいものではない。いや、かなりひどい終わり方だと思う。しかしそれでも、それでも頑張って行こうよという下町探偵局からのメッセージが伝わってくる。佳作。
【裏口の客】ある大学の裏口入学の事実を探って欲しいという依頼が来た。しかし、その依頼をした本当の動機に探偵局のメンバーが気付く。うーん、これも切ないなあ。解決しないで終わるだけに、なおさら思いが残る。
【街の祈り】父親が、新興宗教に騙されて金をとられているという依頼が入る。それを調べるウチに意外なカラクリが判り……。これもやはり、真相は分かるものの事件自体は解決されないで終わる。こうしてみるとこのシリーズって、謎解きは全然主眼じゃない。が、ひとつの推理が帰結した時、そこに生まれる切なさやメッセージが伝わる、そんな作品ばかりだ。 (99.3.2)     

昭和天皇独白録・(寺崎英成)(文春文庫)

 筆者名になぜカッコがついているかというと、寺崎氏はあくまでも昭和天皇をお言葉を記録した立場であって、この本を著したという立場ではないからだ。中に寺崎氏の娘であるマリコ・テラサキ・ミラーの文章も掲載されているので、奥付の著者の項には、寺崎氏とマリコさんの名前が載っているが、本の表紙にも背表紙にも、著者の名前は見られない。つまりそれは、この本の著者は、昭和天皇御自らだと言いたいがための処置ではないだろうか。そこに文藝春秋社の意気を見た気がする。
 中は三部に分かれている。まず、実際の昭和天皇独白録。その記録を持っていた寺崎英成氏の娘、マリコさんのエッセイ。そして歴史学者による、この独白録を読んでの対談。
 もちろんマリコさんのエッセイや学者による対談にも読むべき点はいくつもあるのだが、ここはやはり、昭和天皇独白録に焦点を絞りたい。むしろ、その後のエッセイや対談は、読み手の判断や思考を一方にリードしかねない点があるので、独白録を読了した時点での自分なりの考えを煮詰めてから、次章に進んで欲しいと思う。
 歴史の中で、昭和天皇のご判断が正しかったのか否かについては、簡単に答の出る問題ではないだろう。しかし、この独白録が本当に昭和天皇の忌憚ないお言葉をそのまま記したものなら、その時々のお苦しみ、お悩みをこれほど伝えるものもないだろう。歴史学上も重大な発見だったであろうが、そういう学術的な事はさておき、あの動乱の時期に好むと好まざるとに関わらず現人神にされた天皇の、個人的な思いが綴られているのだ。予断なしで読んで欲しい。 (99.3.5)     

和宮様御留・有吉佐和子(講談社文庫)

 かずのみやさまおとめ、と読む。奇しくも皇室をテーマとした作品が続いたが、こちらは昭和天皇独白録とは違い、いわゆる歴史小説、壮大なロマネスクである。昭和天皇から見れば和宮様は、曾祖父の妹君となられるわけで(孝明天皇の妹君だよね、確か。違ったっけ?)そう考えると、わずか三代前。そう大昔の話ではないのだ。いつの世も、高貴な方々というのは庶民には考えの及ばぬ御苦労と犠牲を強いられるのだなぁ、と実感。
 幕末の、和宮様東下の話は有名だし、和宮様ご自身は決して喜んで江戸へ行かれたわけではないというのも有名な話。この物語はそこに題材をとり、嫌がる和宮を見かねて母親である勧行院と側近の一人が、和宮様の身代わりを立てるという話である。白羽の矢が立ったのは、水汲みの下働きをしていたフキという少女だった。
 フキは何も知らされないまま御所に召され、何の説明もないまま、自分が何をしているのかも判らないまま、運命の波に翻弄されていく。身代わりにしようとしてるんだと読者が気付いた時点から、これが史実かどうかなんてことはどうでもよくなり、ただひたすらフキの運命を思い、この陰謀が成功するのかを思い、手に汗してしまうのだ。
 物語は「和宮様」御一行が中山道を通り、板橋の本陣まで達したところで一旦終わる。その数カ月の間に繰り広げられる、女性達の悲しい心のやりとりが胸に迫る。一人一人の運命が、非常に切なく、胸が締めつけられるのだ。
 蛇足ながら、最大の読み物は後書きである。ある意味、本文以上に興奮してしまった。後書きを読んだあとで、思わず本文をもう一度拾い読みしてしまったくらい。 (99.3.5)     

解体諸因・西澤保彦(講談社文庫)

 匠千暁シリーズ1作目。といっても、レギュラーメンバー同士の絡みは殆どないので、あまりシリーズものとして読む必要はないかも。アチャラカ・パズラーではなく素直な本格推理。
 9編のバラバラ殺人事件を扱った連作短編。どれも一様に凝ったトリックになっている。なるほどと膝を打つモノもあれば、かなりリアリティのないものもあるし、ホントに真面目に本格してるんかいなと笑ってしまうものもあるし、おめぇそりゃなんぼなんでも気付くだろうがよとツッコミを入れたくなるものもある。ただ、共通しているのは、物的証拠よりもロジックで謎を解く姿勢。これって、本格好きなら賛同する人多いんじゃないかな。
 実際のリアリティを無視して、単に論理のゲームだけで考えるなら、【解体昇降】がけっこう好きかも。ホントに笑えるんだけどね(笑)、こういう論理の飛躍が本格推理の原点であることは間違いない。 (99.3.8)     

王城の護衛者・司馬遼太郎(講談社文庫)

 幕末から維新の頃の人物を題材にとった短編集。
【王城の護衛者】悲劇の会津藩主、松平容保の物語。あたしが拘る白虎隊・二本松少年隊などの会津での戦争の描写が2行しかなかったのが残念。でも、容保を主役に据えた話ってめったにないから貴重だよね。
【加茂の水】岩倉具視の参謀、玉松操の物語。旧五百円札の人は、こんなに酷い男だったのかと(笑)、本編よりも岩倉具視のあくどさが印象に残った。
【鬼謀の人】長州の軍略家、村田蔵六こと大村益次郎の物語。いつの世も天才ってのは権力者に利用されるものなんだなぁ。なんかだんだん長州に反感を持つようになってきたぞ(笑)。あ、いや、山口の人が読んでたらゴメン。
【英雄児】北越戦争の立役者、長岡藩の河井継之助の物語。かなり闊達な人物として描かれている。司馬遼太郎の得意な描写方法なのか、それとも本当に闊達だったのか。でもホントにこんな人が藩の執政だったら、周囲の人はたまらんだろうな。
【人斬り以蔵】幕末のテロリスト、土佐の岡田以蔵の物語。うううう、可哀想(;_;)(;_;)。これは幕末だ維新だではなく、いつの世にもあり得る悲劇。
(99.3.10)     

柚木野山荘の惨劇・柴田よしき(角川書店)

 タイトルからも判るように、けっこう軽めのユーモアミステリ。(だって、ゆきの山荘、だぜ(笑))狂言回しは主人公の飼い猫、正太郎である。人間以外のものを擬人化して語らせるってのも、時々見かける手だけど、これは「猫ならでは」の情報も与えてくれるので、なかなか優れたナレーターと言えよう。猫は飼った事がないので、どこまで本物の猫らしいのかは判断できないけどね。冷静に考えると、なんぼなんでもそりゃムチャやで、という部分はきっとあるような気がするぞ(笑)
 作家仲間の結婚式に呼ばれ、集まってきた作家や編集者。場所は山の中の別荘。ほら来た!(笑)当然起きる土砂崩れ、ってなもんだ。そして事件は起こる。
 ユーモアミステリってことになると、けっこう動機とかリアリティってあたりがおざなりにされたりするんだけど、これは流石に、キッチリ作り混まれている。文章を軽めにして、登場人物も大袈裟なくらい類型的に描いているけれど、ミステリとしての基本ははずさないってあたりがいいね。
 狂言回しが猫だってあたりが、実は非常に効いてくるんだけど、それは読んでのお楽しみ。軽めの話なので、さくさくっと読める。読後感もけっこういい。のんびりしたい時に読むといいかも。 (99.3.10)     

奇想天外殺人事件・横田順彌(講談社文庫)

 く、くだらない……\(^o^)/
 と、思わず文字を大きくしてしまうほど、くだらなくてバカバカしくて面白い。ミステリなんだけども、これが上梓された年、SRの会がその年のミステリ一覧にこれを入れなかったってのがすごくよく判る(笑)。まともなミステリを期待する方が間違ってるよな、だってヨコジュンだもの。
 早乙女主水之介とジェームス・ボントの血を引く主人公・早乙女ボンド之介は、しがない探偵事務所を経営。そこへ毎回毎回やってくるのが警視庁の真暮警部である。事件は雑多。SFあり(っていうか、SFがメインだよなぁこれって)ホラーあり本格ナシ(笑)。とにかく、ばかばかしくてくだらなくて力が抜けること請け合いだ。いや、決して貶しているのではなく。こういうのって下手な人が書くと、なんか「くだらないっ!」とムカッパラが立つが、ヨコジュンが書くと「く、くだらねぇ〜〜へらへら〜」と、顔の筋肉が緩んでしまうのである。ばかばかしくて笑えるってやつだ。
 ところで、あたしの非常に近い友人に一人、ミステリ作家志望のヤツがいて、そいつの書く掌編ミステリがモロ、この路線なんだよなあ。そういやヨコジュンのファンだって言ってたもんなぁ、あいつ。そうか、これがヤツのルーツだったのか(笑)。 (99.3.16)     

ハムレット狂詩曲・服部まゆみ(光文社)

 日本生まれで英国籍をとった気鋭の舞台演出家、ケン・ベニング。彼のところに、日本の劇団の舞台を演出して欲しいという申し出が入る。日本は、そしてその舞台に出演する一人の名優は、ケンにとって忘れることのできない相手だった……。
 物語はこのケン・ベニングの一人称と、劇団主宰女優の息子で舞台の主役を務める雪雄の一人称が交互に現れて進む。時制が重なる部分もあるけれど、総じて読みやすい。物語のタイプ、色合いとしては、「時のアラベスク」に近いのではないだろうか。
 劇場が舞台だが、ハムレットの練習風景は非常にリアリティを持って描かれている。芝居、あるいは歌舞伎という独特の世界は、例えば栗本薫が得意にしている分野だけれど、服部まゆみの描写は栗本のそれよりも淡泊にして客観的だ。しかし、芝居独特の匂いや艶、色、空気は充分感じられる。舞台の匂いだけでなく、職人としての裏方やスタッフまで丁寧に書き込んでいるせいか。一人称で描かれているため、普通ならケンや雪雄に感情移入してしまいがちなのだが、押さえた筆致が読者にも客観性を与えてくれるのだ。
 謎らしいものは途中、幾つか提示されては解かれていく。謎が中盤で解決されてしまってはミステリにならないじゃないか、と思ったんだけど、最後には驚かされた。シンプルにして説得力のある結末である。必要以上に凝ったトリックや道具建てなどは要らないのだ。人をだますというのは、こういうことなのだ、と、思わず膝を叩いた作品。読後感も爽快。 (99.3.22)     


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