じゃじゃ本ならし


魔性の子・小野不由美(新潮文庫)

 ファンタジーとホラーが上手に融合した作品。児童文学っぽい雰囲気もあるね。新潮文庫の表紙の絵がイカにもマンガちっくて気後れしたんだが、あの装丁に惹かれて買うタイプの読者には好まれそうな内容だ。
 教育実習生の広瀬は、担当するクラスの中に異質な子を見つける。彼を苛めると「祟られる」というのだ。そして実際に、彼に対して害を加えようとした者は謎のケガや事故に巻き込まれる。そして、だんだんエスカレートしていく《祟り》……。
 まず、設定が非常に魅力的だ。本人の意図に関わらず事件が起こるせいで、当の少年の困惑や悩みをスムーズに受け入れられる。おまけに担当教諭の後藤、科学準備室に溜まる少年達、それぞれが非常に個性的に(しかし、実際に必ずいるような人物像として)描かれている。つまるところ、人物配置にリアリティがあるのだ。物語自体が全くリアリティのないファンタジーなので、その分、現実世界に構築されたしっかりしたリアリティが、《祟り》の非日常性を浮き立たせる。
 シメはちょっと不満だけど(あっさり流しすぎじゃない?)、そこへ至る物語の盛り上がりに拍手。学園ホラーとしては恩田陸の
「六番目の小夜子」に通じる雰囲気がある。まぁ「六番目の小夜子」よりはファンタジー色が濃いが。  (99.6.10)   

 付記:この物語が「十二国記シリーズ」の外伝であることを後に知り、その一連の作品を読んだところ、上記の「シメは不満」という点が全て洗い流された。これ単独の物語として考えると確かに「弱い」のだけれど、そのバックグラウンドを知ったことで物語は数百倍深みを増し、数千倍楽しめる。この物語は「十二国記シリーズ」、中でも「風の海 迷宮の岸」と対で読まれることをお薦めする。(2001.3.24)

グリーン家殺人事件・ヴァン=ダイン著 井上勇訳(創元推理文庫)

「グリーン家殺人事件」と、ルース・レンデルの「ロウフィールド館の惨劇」のネタに触れます。
いずれかを未読の方は、以下の感想文を読まないようにご注意下さい。

 どこで勘違いをしたのかしらないが、どうやらあたしはずっと「グリーン家殺人事件」と「ロウフィールド館の惨劇」をごっちゃにして覚えていたようだ。つまりグリーン家殺人事件とは、「女の使用人が、自分が文盲であるということを隠すために、それを知った勤め先の家族を次々と殺していく話」だと信じ込んでいたのだ。
 有名な作品のネタや犯人だけ知っているというのは、よくあること。そういう本をキチンと読んでおこうと思ったわけだが、上記のように思いこんでいたために、登場人物表を見た時点で「うん、犯人はこの女中のどっちかか、あるいは料理女だな。」と決め打ち。料理女が親戚に手紙を書いてるというセリフを読めば「これは読み書きができないってことをごまかす為の演技なんだな」とか、電話の内線は台所にも通じているというのを読めば、ふむふむ台所で盗み聞きができるのねとか、探偵が「容疑からはずせるのは料理女だけだ」と言えば「そう思わせておいてひっくり返すのが《意外な犯人》なのよねぇ」などと、勝手に勘ぐっていたのだ。ああ、恥ずかしい(;_;)。
 しかし、読めども読めども、文盲を思わせるような伏線らしきものは出てこない。3分の2過ぎても、8割過ぎても、そしていよいよ犯人が(それも想定してたのと全然違う人が)現行犯で押さえられ、逮捕されても、まだ「料理女が文盲を隠すために殺した」とは出てこない。おや?あれ?うわお、話が終わってしまったああああ!
 ……ええ、ええ、あたしがバカなのよ。言われなくても判ってるわよ。しくしく。ああ、おかげで「グリーン家殺人事件」自体はまるで楽しめなかったような……。でも、ある意味、個人的には《最も意外な犯人》だったかもしれない。ふぅ。  (99.6.10)   

桃尻語訳 枕草子(上中下巻)・橋本治(河出文庫)

 四の五の言わずに、読め。
 とにかく、目から鱗がばんばん落ちる。最大の鱗は、これまでの古文の「現代語訳」が、いかに意訳であったかということ。その意訳のせいで、枕草子というエッセイ自体の内容を全然楽しめてなかったんだということ。
 どういうことかと言うと──有名な部分で言えば、「春はあけぼの」ってのがある。清少納言はこれだけしか書いてないのに、後世では「春はあけぼのがいい」なんぞと、勝手に「が、いい」という本来なかったセリフをくっつける。言いたい事は一緒でも、表現が変われば受け手の解釈も変わる。作者の出したかった雰囲気も損なわれる。清少納言は「春はあけぼのこそよかれ」と書いてるのはではなく、「春はあけぼの」と書いてるのである。だったら現代語訳も「春ってあけぼのよねぇ」が最も正確なのだ。そんな当たり前の事が、「古文現代語訳」ではないがしろにされている、ということである。
 その点、橋本治は実に正確な訳を心がけている。完了の助動詞「ぬ」は、「しちゃう」と訳している。「をかし」は「素敵」である。「あはれ」は「ジーンと来る」である。余分な説明は一切抜き。その結果、分かりにくくなっても、それは当然。清少納言が書いてないことは訳さない。そして必要な知識は【註】として、橋本治扮する清少納言が自ら(笑)解説してくれるのだ。
 とにかく、読んで欲しい。古文が好きな人はもちろん、嫌いな人にとっても何かが変わるきっかけになり得る本である。
 もう一枚落ちた大きな鱗──「枕草子」って平安宮中のいろんな事象が判って面白いけど、半分以上はエッセイとしてはつまんないこと書いてるのね(笑)。  (99.6.16)   

こちら本の探偵です・赤木かん子(径書房)

 14年前の本なのでナンだが、これをもしリアルタイムで読んでたら、あたし絶対に作者に手紙を出したろうなぁ……と思える本である。
 赤木氏は児童文学好きが高じて、年賀状代わりに児童文学ネタの個人雑誌を作って送るようになる。その中で、埋め草記事に書いた「本の探偵します」が評判を呼ぶ。つまり、「小さい頃読んだ本、書名や作者名が判らなくても、覚えているシーンがあればそれを元に何の本なのか捜します。」というもの。これが新聞に取り上げられたのをきっかえに、反響を呼ぶのだ。
 読者からの手紙が面白い。書名や作者名が判っているのだがどこに行っても入手できない、という相談には、図書館の使い方を教えたり、自らが古本屋で捜してあげたりする。面白いのは「1シーンを手がかりに何の本か捜す」というものだ。「タンスの扉が別の世界の入り口になってる話」なんてのはあたしにも判るが(笑)、「米袋を布団代わりにして寝ている貧乏な親子の話」だの「風車が目にささって失明する話」だの──それだけのヒントで何の本か探し当てるのだ。これは、すごい。児童文学好きな人なら、「あ、あたしそれ知ってるのに!」という本もあるんじゃないかな。
 この本をリアルタイムで目にしていたなら、是非捜してもらいたい本があったんだけどなぁ。日本の児童文学で、戦前が舞台みたい。主人公の少年が幼い内から給仕をやったり豆腐屋へ奉公したりと、いろんな仕事を転々としながら、母と暮らしていく話。それだけしか覚えてないのよ、これが。もう一度読みたいんだけどなぁ。  (99.6.17)   

空白の研究・逢坂剛(集英社文庫)

 逢坂剛の精神分析シリーズ。親本が昭和56年発刊ということなので、けっこう初期のものらしい。では、個別に。
【真実の証明】調書だの報告書だのが延々と続いて、それで事件のあらましを説明する形をとっているため、けっこう読むのが苦痛だった(笑)。そんなにのめり込んで読めるもんでもないと思うんだけどな>調書。
【美醜の探求】これ、イチオシ。精神分析ネタとしてよりも、叙述ミステリとして秀逸なのでは。書かれてる通りにはいかないだろうとは思ったものの、まさかこう来るとは……ちゃんと伏線があるのが悔しい(笑)。
【嫌悪の条件】ネタ自体はいいんだけど……お多福のお面って……絵を想像するとかなり笑えるんですけど。わっはっは。
【不安の分析】不安症とか恐怖症っていうのは、程度が違うだけで誰もが何かに対して抱いているだけに、非常に感情移入しやすい。そういう意味では、すんなりと入れる作品。
【空白の研究】これもいきなり調書が続くが、喋り言葉メインなのでなんとかなった。精神的なものってのは扱いによっては「何でもありじゃん」というアンフェアの謗りを免れない部分があると思うんだけど、そのあたりは上手に説得力をもたせている。
 (99.6.16)   

フロスト日和・R.D.ウィングフィールド著 芹澤恵訳(創元推理文庫)

 シリーズ2作目。わっはっはっは。面白いっ。一作目の「クリスマスのフロスト」も面白かったけど、個人的にはこっちの方が好き。(「このミス」の海外部門1位になったのって、こっちだっけ?「クリスマスのフロスト」だっけ?まぁいいんだけど。)いや、最初は不安だったのよね。何度も書いてるけど、カタカナ名前が苦手な大矢としては、翻訳物は登場人物の少ないものしか受けつけなかったのよ。人数が多くなると人名を覚えられないもんで。ところが、この本は──冒頭の【登場人物紹介】が3ページもあるのよおっ!ちょっと信じられる?冗談じゃないって(笑)。
 おかげで何度か【登場人物表】を見ながらの読書になったんだけど、それでもメチャクチャ楽しめた。本格推理ではないから、論理的な謎解きなんかはありません。ずーっとひっぱった事件を、最後に聞き込みに行った場所でいきなり犯人見つけちゃったりするし(笑)。
 だって、「クリスマスのフロスト」もそうだったけど、ホンの数日間の話なんだよね。その間に、連続強姦事件があり、浮浪者の死体が見つかり、ひき逃げが起こり、女児の失踪事件があり、カジノの強盗事件があり、こそ泥が頻発し、質屋に押し込み強盗が入り──きわめつけは、警官殺しが起こる。いくら何でも、これらすべてがリンクして巧妙な伏線の元にあっと驚く驚天動地のトリックと意外な真相が──あるわけないじゃん(笑)。それでも何故か物事が微妙にリンクするから面白い。そしてそれより面白いのは、フロスト警部の人柄と、彼に翻弄される署長や同僚である。フロストの魅力で引っ張ってるって部分が大だ。
 あ、さっき「きわめつけは警官殺し」って書いたけど、それは間違いだ。きわめつけは──残業計算の書類と、犯罪統計の書類の提出(笑)。  (99.6.19)   

今夜は眠れない・宮部みゆき(中公文庫)

 母の知り合いが亡くなり、いきなり5億円が寄贈された!一級品のタナボタは、近所づきあいを壊し、夫婦関係を壊し、平和な家庭を壊した。なぜ、母にこんな大金が残されたのか?サッカー少年の《僕》と、親友の俊彦が立ち上がる。
 この人はどうしてこうも《少年文体》が巧いのかなぁ。感心しちゃうぜ。実際のところはかなり良く練られた構成で、バリバリの本格推理にもなるところを、敢えてジュブナイルに仕上げたって感じだ。だもんだから、大人が読むとプロット自体は物足りなく見えるかもしれない。しかし、中高生あたりに読んで貰えれば──かなり評価が高いのではないだろうか?
 中学生の男の子が何かを感じ、それを表現するときにどんな語彙を使うか。彼女の文章が実際のところはどこまでリアルなのかは、判らない。ホントはこんなの全然中学生っぽくないのかもしれない。いや、その公算の方が高い。かなりデフォルメされてるしね。しかし、「うわあ、可愛いじゃん、生意気だけど健気じゃん」と思わせてしまうあたりが、宮部氏の真骨頂なのだろう。とにかく、おばちゃん俊彦君に惚れましたわっ(笑)  (99.6.25)   

黒い家・貴志祐介(角川ホラー文庫)

 やたらと評価の高かった作品である。なるほど、素晴らしい筆力だ。保険業界という、ちょっと縁遠い(内幕は縁遠いよな?)業界内部の話を巧みな筆致で描き、ぐいぐい引き込まれていく。まず、保険金詐欺の色々な手管を紹介し、なるほどねぇ、と読者に思わせたところで、いよいよ真打ち登場だ。
 確かに怖いんだけど、ホラーという感じではなかったな。もっとキチンとしたミステリ(本格じゃないよ)に思える。いや、ホラーはキチンとしてないってんじゃないので念のため。ページをめくる手が震えて、うなじがチリチリしてくるような、後ろに誰か立ってるんないかって気がする──そんな恐さじゃないのよね。怖いというより、ハラハラ、ドキドキ、かな。でも、実際にありそうな話の分だけ、確実に怖い。
 この、主犯のような人物というのは決して珍しいタイプではないのではないか。自分の思い通りにならないと、キレる。邪魔をしたものを、排除しようとする。つまるところ、それに尽きるのだ。それが普通の感覚と違うからこそ怖いはずなのに、今の社会を考えると、衝動犯罪の大部分が、こういうタイプなんだよねぇ。普通になりつつあるわけだ。こーゆーのが。一番怖いのは、もしかしたらそこかもしれない。  (99.6.27)   


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