じゃじゃ本ならし

99年8月前半に読んだ古本雑感文

月光ゲーム〜Yの悲劇'88・有栖川有栖(創元推理文庫)

 著者のデビュー作である。デビュー作だけあって、そこかしこに若さが見えるのが微笑ましくていい。こんなこというと失礼かな(笑)。でも、登場人物が皆大学生だから、文章の若さが不自然じゃなのだ。
 山のキャンプ場で知り合った大学生のグループ。意気投合し、恋愛めいたなりゆきも期待される。そこへ、山の噴火。下界への道は断たれ、その中で人が死んだ──。
 クローズドサークルでの殺人である。こうなれば容疑者は絞られてくる。いや、絞られる筈だったのだが……登場人物が多すぎるって!それもみ〜んな大学生だし。いや、著者はイロイロと個性を出そうとしてかき分けてるのは判るんだけどさぁ、もう、誰と誰が同じグループで、誰と誰が誰なんだか(笑)。会話だけというような不親切な描写はなかったのでどうにか理解しながら読んだが、もうタイヘンなんすから(笑)。
 提示される《謎》は、ダイイングメッセージに代表されるような、いかにもっ!の本格モノ御用達グッズばかりである。クィーンの作品タイトルを冠しただけのことはある論理的パズラー。純然たるパズラーに挑戦したい時にはお勧めだ。  (99.7.30)   

孤島パズル・有栖川有栖(創元推理文庫)

 学生アリス第二弾。今回はアリスと江神さんが、推理小説研究会のメンバー、マリアの親戚の島に招待される。その島には、亡くなった祖父が宝を隠しているという。宝の在処はパズルを解かねば分からない──。
 島とくれば、もうお約束のように嵐である。ま、嵐は逸れたんだけど(笑)、似たような状況で外界と隔絶される。そこで起こる殺人。少ない容疑者。暗号、アリバイ。
 これはかなり、パズルとして緻密に構成されてる。
「月光ゲーム」より、細部に渡ってよく出来てる。あたしは元来、パズル性だけで物語のないミステリは嫌いなんだけど、ここまで徹底してれば別だ。おまけに胸が悪くなるような《他人の死より自分の趣味の方が大事なのよ》のミステリマニアが謎を解くのではなく、心優しい探偵役がその任にあたる。本格パズラーなのに、読んでて切なくなったり熱中したりできるのは、その登場人物の性格設定による面が大きいのだ。
 数少ない手がかりから犯人を指摘する手腕はさすがである。それも、ちゃんと理に落ちてる。膝を打つ。そして何より──「犯人は、この中にいます。それはあなたです!」と指さすような無神経な真似は決してしない。犯人の、心の逃げ場を作ってあげる。そういう思いやりが、無味乾燥なパズラーを《推理小説》へと昇華させているように思えるのだ。  (99.7.30)   

キリオン・スレイの敗北と逆襲・都筑道夫(角川文庫)

 キリオン・スレイのシリーズで、初の長編である。以前、目白の青山さんちに居候していたアメリカ人の詩人・キリオン・スレイ。彼はニューヨークに戻ってTシャツ売りのバイトをしていた。そこにツアーでやってきた青山氏御一行と再会。ツアーメンバーの一人が、旅立つ前に妙な手紙を友人から貰ったとキリオンに見せる。そして日本に帰ると、その手紙通りの事件が起こっていた。キリオンは一路、東京へ向かう。
 テーマは《見立て》である。謎の手紙に残された、暗号とも言えるような妙な表現が何を意味しているのか、その《見立て》を解くことが物語の主眼となっている。だから、というわけではないんだろうが、その他の謎──密室だの動機だの方法論だの、引いては真犯人まで──が、どうもおざなりになってる気がしてならない。まぁ、いいんだけどね。言葉の遊びだと思えば、《見立て》がスッキリ解けるだけで充分なのかも。(スッキリとはいかなかったけどさ(笑))
 しかし、このシリーズの面白さは、個人的にはキリオンの日本語である。ガイジンなんだから日本語を間違うのは当たり前だが、完全に遊んでる。その遊び方が、ホントはかなり日本語に詳しくなけりゃできない遊び方なのだ。
 「ワカヤマ作戦ネ」「和歌山作戦?」「ア、違ウ、キシュウ作戦ネ」
 ……こういうしょーもない腰の砕けるようなキリオンのギャグが、どうも好きなんだなぁ、あたしは。こんなのが満載である。それだけで面白い。うん、謎解きなんかどうだっていいや(笑)。  (99.7.31)   

ピカソ君の探偵ノート2〜マカロニグラタン殺人事件・舟崎克彦(パロル舎)

 ジュブナイル小説である。児童文学ってやつね。ピカソ君こと杉本光素クンは23才。しかし小学校5年の時の事故がもとで、体の成長は小学校5年のまま止まってしまったのだ。13年間の転地療養を経て、現在は小学校6年2組に在籍し、放課後は探偵事務所を営んでいる。
 なぁんだ、名探偵コナンのパクリじゃないか──と思った人は多いと思う。いや、あたしもそうなんだけどさ(笑)。この本は1995年初版。当然シリーズ第一作はそれより前で、「名探偵コナン」の雑誌連載と同じ頃か、それより早い時期に上梓されてるようだ。
 こちらのコナン、いや、ピカソ君は「成長の止まる病気」なので、両親も事情は承知である。したがって、ナイターを見ながら枝豆でビールを飲むピカソ君に向かって「夏休みの宿題は済んだの?」と母が叱るという、妙に不条理で面白いシーンがあったりもする。
 さて、ピカソ君の同級生で、子役タレントの小麦ちゃんのお父さんが亡くなった。殺人事件だと主張する小麦ちゃんに雇われ、調査を開始するピカソ君。そこへ、《青ざめた薔薇》と名乗る人物から脅迫状が届いた──。
 いや実際、話の展開はさすがに児童向けではあるんだけど、お父さんを死に至らしめた原因については、子供向けと思ってバカにしてたら《あっ》と言わされた。これ、充分本格モノとして使えるトリックだよなあ。そして動機──唸ってしまった。なかなかどうして、切ない話である。まいった。  (99.7.31)   

空飛ぶ馬・北村薫(創元推理文庫)

 大学生の《私》と落語家の円紫師匠が織りなす《日常の謎》連作推理。この《日常の謎》ってのがここまで市民権を得たのは、やはりこの人の功績と言わざるを得ない。このシリーズはワトソン役の《私》の成長物語の側面もあって、謎解きだけに重きが於かれず、読み終わった後に「パズルではなく小説を読んだ」と思わせてくれるミステリだ。
 正直なところ、主人公の《私》はどうしても好きになれない。妙に頭でっかちなんだよねえ。「私は死んでも口紅を引きはしない」と声高に宣言する二十歳の女って、ロクなやつじゃないぞ(笑)。《私》には実に苛々させられるんだけど、それでも何度も再読してしまうのは、その文章の巧みさだ。実に、巧い。比喩も、文章構成も、昨今の作家の中では抽んでている。文章に味と色とリズムと──そして、趣と技がある。惚れた!と言える文章だ。そこに注意して個別に感想を。
【織部の霊】文庫版23頁。「かっとばかりに、日差しが机の上に流れ込んできた。/雲が切れたのである。」この、続いている二文を章で分けている。それだけのことが、情景描写にものすごい効果を生んでいる。どうして考えつくんだこんなこと。
【砂糖合戦】文庫版119〜120頁。ピノキオさんの表情を説明するだけなのに、列車事故の例を引く。それが的確で生々しく想像できるだけに、ピノキオさんの思惑と表情が手に取るように判る。
【胡桃の中の鳥】文庫版172頁。「《つ》の字を下からたどるようにして、遊仙館に戻った」──これだけで宿の立地が判る。情景が目に浮かぶ。
【赤頭巾】文庫版216頁。第一章が一文だけ!うわぁ……。言葉をなくすぜ、この技には。
【空飛ぶ馬】文庫版347頁。「今夜は丁寧に髪を洗おう」この一文だけで、彼女が自分の誕生日に何を得、何を感じたかが判る。締めに相応しい、象徴的な決意の現れだ。  (99.8.2)   

夜の蝉・北村薫(創元推理文庫)

 「空飛ぶ馬」が父と娘の話なら(あたしは勝手にそう思ってる)、これは姉と妹の物語だ。お姉さんの気持ち、判るんだよなぁ。あたしも妹がいるし、ここに登場するお姉さんのように派手なロングヘアーの美人だし。こら、そこ、笑わないように。
 謎解きという点では、やや弱いか。それでも巧みな文章技法は冴え渡る。もう、頭を下げて「すみませんでした」というしかないほどの、見事な比喩や文章や言葉の使い方だ。では、個別に。「空飛ぶ馬」同様、あたしの気に入ってる文章技法も一緒に。
【朧夜の底】文庫版9頁。「第一、経済だ」経済、という言葉の使い方。正しい使い方だが、珍しい。これで《私》の語彙が判り、そこから《私》の言葉に対する考えも判り、ひいてはどういう女かも判るという仕組み。それと、38頁。読んでるだけで痛い。本当に、痛い。痛み自体の描写はないのに、「体験」で痛いのが判る。その体験を引き出すような文章の技だ。それにしても、正子ちゃんの誕生日を当てるのは強引だぞ。端午の節句という可能性もあるのでは(笑)。
【六月の花嫁】文庫版177頁。「水鳥の脚使いではありませんが──」から始まる台詞。人の個人差を語るのに、こんな説明の仕方があったろうか。簡素にして的確。脱帽。しかし、ここに出てる話だけで真相を見抜くのは、ちょっと無理があるぞ。
【夜の蝉】文庫版269頁。最後になって初めて、姉に直接呼びかける。ここまで何度だって出ていていい言葉である。それを出さない。なんのことはない普通の言葉なのに、267頁ではわざとらしいほどに隠している。それが初めてカギカッコ付きの台詞で書かれた時、その重さが「奔流のように激しく」向かってくるのだ。
 (99.8.2)   

秋の花・北村薫(創元推理文庫)

 シリーズ初めての長編であり、人が死ぬ事件。真相は「なるほど!」と膝を打ったが、いかんせん和泉さんの行動に説得力がない。確かに大きな二律背反に押しつぶされそうになってるんだろうけど、それにしてはとった行動が回りくどく、手間がかかりすぎてる。もっと感情的に衝動的に動いてくれた方が納得しやすいんだけどなぁ。教科書のコピーの一件なんて、「なんとかミステリ色を出しました。長編だから途中でこれくらいやっとかないと中だるみになっちゃうもんでねぇ。」と言いながら考えたようにしか見えない。和泉さんの位置と心理状態というのがキーなのに、あの行動が理解できないから、全体の印象がしぼんじゃうんだよなぁ。惜しい。真相はホントにいいのに。やっぱ短編のほうがいいぞ>このシリーズ。
 尚、ハードカバー版では気象の注意報警報の描写に誤りがあって、元お天気お姉さんとしては(笑)非常に気になってたんだけど、文庫版ではなおってました。よかったよかった。それと、トコちゃんとの「あっぱい、いっぱい」の会話もオチを変えてたね。ここもハードカバー版で「変えた方がキレイに落ちるのになぁ」と思ってた部分だったので、思わずにやっとしてしまった(笑)。
 これはネタバレだが、二度目に読んだらいきなり冒頭で「あ、これ、こんなところに!これ伏線だったのか!」と叫んでしまった(笑)。やられたなぁ、チクショー。  (99.8.2)   

掌の中の小鳥・加納朋子(東京創元社)

 連作短編集。派手な事件や手に汗握るサスペンスはないけれど、著者お得意の、優しくてちょっと切ない作品集。
【掌の中の小鳥】2編のミステリからなる作品。主人公の男女が《出会うまで》の序曲といったところか。序曲なので、主人公二人ともにちょっとぼかした書き方をしてる部分もあり、そのせいで雰囲気優先になっちゃってちょっと人物の具体像が見えてこないのは惜しい。
【桜月夜】これはシンプルだけどキレイ。「泉さん」が話に乗った心理状態がちょっと解せないのと、子供の実行力という点でちょっと引っかかりはしたものの、謎を解く面白さは充分にある。
【自転車泥棒】うわわわ、ちょっと大時代的かも(笑)。最初の傘のくだりは好きだなぁ。こういうのがホントの「日常の謎」で、牽強付会でもなく勘でもない「合理的な解答」だ。
【できない相談】これは……気付けよ(^^;)、という気がしないでもない。いくら似てたからって、ディーテイルが違うと意外と気付きそうだけどなぁ。
【エッグスタンド】いろんな女性心理が渦を巻く話……は、いいんだけど、ちょっとキレイすぎるかなぁ。この物語の中に入ると、《見栄のための虚言》も《無邪気に名を借りた単なるバカ》も《計算と演技》も、ぜんぶひっくるめて《カワイイ》になってしまうのは何故なんだろう。それが狙いか?
 (99.8.11)   

チョコレート革命・俵万智(河出書房新社)

 山田かまち君の遺した詩を長歌に見立て、それに対する反歌という形をとっている章に感銘。なるほど、こういうやり方があるのか。
 ──それにしても大部分が不倫をテーマにした歌だ。いや、それが悪いわけではない。胸に刺さる歌も多くある。そんな中でも光るのは、俵万智氏特有の、意外な言葉を持ってくるセンスだ。
 葉月里緒菜になれぬ多数の側にいて繰り返し読むインタビュー記事
 妻という安易ねたまし春の日のたとえば墓参に連れ添うことの
《葉月里緒菜》だとか、《たとえば墓参》だとか、ってのはちょっと考えつかない。何だか強烈に納得させられるのだ。つまりは、リアルなのである。語彙が妙に具体的であるが故に、強固なほどのリアリティを感じるのだ。それと、「サラダ記念日」では数えるほどしかなかった「字余り」が、今回はかなり増えてる。そのあたりも変化か。
 それにしてもなぁ……幾らデビューから10年の歳月がたってるとは言え、
 「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの(サラダ記念日)
なんていう、思わず微笑んでしまうほどピュアで可愛らしい万智ちゃんの歌が
 泥棒猫!古典的なる比喩浴びてよくある話になってゆくのか(チョコレート革命)
に変わるとは。
 さかさまのあなたを愛す夜の淵に二人メビウスの輪となれるまで
 一枚の膜を隔てて愛しあう君の理性をときに寂しむ
に至っては、そこいらの下手な官能小説より数百倍色っぽいではないか。どうしたことだ何があった俵万智(笑)。後書きを読んで納得はしたものの、「恋の歌は、死ぬまで詠みつづけたい」のなら、何もここまで不倫ばっかりを扱わんでも。不倫の恋ばかりが恋じゃないぞ、と、思わず反論。  (99.8.11)   

水上音楽堂の冒険・若竹七海(東京創元社)

 高校を舞台にした学園推理。青春推理と言ってもいいか。このトシになって読むと、ちょっとこっぱずかしい部分もあったりするのだが(笑)。栗本薫の「優しい密室」とか、東野圭吾の「同級生」とかの路線を好きな人には、特にお勧め。
 頭を打って以来、記憶が混乱するようになった主人公、ラスカル。彼を心配する幼なじみの真魚としーちゃん。このドリカム関係の3人が中心ってのがまた《イカニモ青春物》なんだけども(笑)、彼らをとりまく高校生たちも生き生きしてて、実にいい。いたよなー、こんなヤツ。
 事件は、彼らの後輩が殺されたことに端を発する。その謎を解いていくうちに、隠されていた別の真相が浮かび上がってくるわけだが──このあたり、巧いねぇ。ラスカルの記憶の混乱も、殺人事件の方も、その後日談の方も、実に良く練られている。神経的(精神的)な側面は、ホントにそういうことが起こり得るのかは判らないけれど、説得力のある解説をしてくれてるので、さして不信に思わず納得してしまえるんだな。
 喫茶店のマスターの位置付けが中途半端で気になったのと、読後感が必ずしもいいとは言えないのが難点だが、どんでん返しや意外な真相など、いわゆる《本格推理》の醍醐味は充分だ。おどろおどろしい館だの猟奇的な犯罪だのを出さなくても、本格推理は成立するのである。  (99.8.12)   

ねむりねずみ・近藤史恵(東京創元社)

 梨園を舞台に描いたミステリ。この後著者は「ガーデン」とか「スタバトマーテル」とかの、ちょっとサイコがかった作風をものすようになるんだけど、ちょっとその片鱗が見える、かな。
 歌舞伎役者の妻になった一子。ある日突然、夫が失語症にかかる。ものの名前が出てこない。そのうち台詞も言えなくなり、声も出なくなる。心配した一子が助けを求めたのは、夫以外の男性だった。──それとは別章で起こる殺人事件。歌舞伎上演中に客席で女が刺される。その女は、人気歌舞伎役者の婚約者だった。
 歌舞伎自体に興味がない人も楽しめるように、充分親切な作りになってる。なんか途中は冗漫だなぁと思わないでもなかったし、謎が解かれた時には「そんな無茶な動機があるかいっ」とコブシを振り上げたが、最後の最後でキッチリ満足させてくれた。なるほどねぇ。精神的なものに関しては自信はないけど、でも確かにそう考えればスッキリするではないか。巧い巧い。
 それにしても、この著者の初期の作品はどれもそうなんだけど、どうして長音記号を使わないのかなぁ。スカァフとかテエブルとかって書くのよね。それがダメってんじゃないけど、どうも違和感が……。  (99.8.12)   


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