名コラムニストであり、(大矢が私淑する)久世光彦氏が師と仰ぐ、文章の大家である。いや、おおやじゃなくて。たいか。これは雑誌「室内」などに掲載された氏のコラムから、名作を選りすぐったもの。選りすぐってるんだから、ハズレがない。
家元の女弟子・戸板康二(文春文庫)
中村雅楽シリーズの短編集。ただ、「車引殺人事件」「團十郎切腹事件」「グリーン車の子供」のような、雅楽の推理が快刀乱麻!ってんじゃない。どっちかってえと、歌舞伎界を舞台にした、《雅楽版・ちょっといい話》である。
赤い額縁・倉阪鬼一郎(幻冬舎)
本格推理と本格ホラーの両立──というのが、眼目なんだそうだ。が。うーん、正直言って、何をやりたかったのかよく判らんぞ。とにかくまとめてみよう。まとまるかどうか自信ないけど。
舞台は19世紀末。明治政府の官費で解剖学を学ぶためにドイツに留学していた柏木薫。畸形の研究をしていた彼は、友人・鷹原惟光より、イギリスに過去類を見ない畸形患者がいると聞き、渡英する。イギリスでは鷹原と同居することになるが、スコットランドヤードに出入りしていた鷹原は、売春婦の連続刺殺事件を追っていた。
CURE[キュア]・黒沢清(徳間文庫)
東京で、神奈川で、千葉で、喉から胸に掛けてをX字型に切り裂くという殺人事件が連続して起こった。しかし、それぞれの犯人は皆別人で、すぐに逮捕され、犯行を認めている。犯人の間につながりはない。同じ殺し方というのは偶然なのか? 事件を追う刑事・高部と精神科医・佐久間は、調査の途中で催眠暗示の可能性に気付く。
なにわ忠臣蔵伝説・垂峯栄一(朝日新聞社)
第9回朝日新人文学賞受賞作。忠臣蔵専門の講談士一門は、皆クセのある人ばかり。何かというと日常を忠臣蔵に仮託し、忠臣蔵の登場人物になったつもりで台詞を紡ぐ。客は不入り、金はない、大師匠はボケてるし、直の師匠は学歴コンプレックスが甚だしい。SMクラブで相手の女性に討ち入りの装束をつけてもらったり、不倫の相手をカルと呼んだり──もう、全てがバカバカしくて笑える(笑)。
「キッド・ピストルズ」シリーズ、「生ける屍の死」、「日本殺人事件」など、謎解き以前にその舞台設定に凝る筆者にしては、フツーのミステリである。嫁き遅れの長女、奔放な次女、その二人に翻弄される弟。長女のお見合の度に、何か事件が起こる。それを長女が絵解きする、という、本当に本当に、フツーのミステリなのだ。ホントに山口雅也の本なの?と思ってしまうくらい、フツー。
冬のオペラ・北村薫(中央公論社)
名探偵・巫弓彦と、彼の事務所と同じビルにある不動産事務所に勤める姫宮あゆみ。巫は、「真実が見える」人だった──。
ぶわっはははははっ!大爆笑\(^o^)/。すごいなぁ。筒井節だなぁ。モデルがいるらしいけど(笑)、まぁそんなことはどうでもいい。作家志望者が同人誌に入り、直木賞、あ、いや、直廾賞(何て読むんだ?)候補になる。受賞するために金も貞操もかなぐりすてる主人公。しかし、選考会はあまりにバカバカしい展開で選に漏れてしまう。怒った主人公は──。
愚図の大いそがし・山本夏彦(文春文庫)
総じて氏のエッセイというのは、古い文化・古い言葉・古い生活を残そうとするものである。古いと言っては失礼か。戦前の、と言い換えよう。戦前をテーマにしたエッセイは多いけれど、その大半が「昔を偲ぶ」「古き良き昔」というスタンスで書かれているのに対して、これは「現代を斬る」というところに主眼があるため、妙なセンチメンタリズムがなくていい。しんみりと「昔を偲ぶ」のではなく、大声で「与えられたものに溺れるな」と叫んでいるのである。それに、年寄りにありがちな「新しいものは、新しいというだけでダメ」という視野狭窄もない。我々が知っておかなくてはならないこと、先人から今のウチに教えてもらっておかなくてはならないことなどが、てんこもりだ。大風呂敷を広げておいて、最後には「自分はやる気はないから、誰かやってくれ」といきなり無責任になるのも笑える。
氏の文章は特徴があって、あっちへ飛びこっちへ跳ね、何の話をしてるんだ?と思うことも屡々ある。しかし不思議なことに、通して読んでいるうちに、自ずと主題は明確になる。名コラムニストと言われる所以だ。
このエッセイ集の白眉は、《分からない》の項であろう。英語の字引の日本語を使うな。フィクションを虚構と訳すな。何故かは──本編をご覧あれ。
(99.11.17)
たいてい、何か困った問題が雅楽のところへ持ち込まれ、雅楽が機転と頓知で問題を解決するといった趣向。まぁ広義のミステリといえなくもないし、筆者らしい気の利いたオチも用意されてるんだけど、名探偵・雅楽を期待して読むのはやめた方がいいってことだ。
十二編の短編が収録されている。あたしが好きなのは【おとむじり】。いつもは雅楽に助けられてばかりの竹野さんが、柄に似合わない策略を巡らせる。オチが利いてるのは【かなしい御曹司】。ちょっと我が身を振り返ったのは【荒療治】。道具建てが一番ミステリっぽいのは【赤いネクタイ】だけど、推理らしい推理は出てこない。しかしこうしてみると、中村雅楽の白眉は「グリーン車の子供」ってことになるのかな、やっぱ。
(99.11.18)
……。
ダメだ、まとめられない(笑)。えーっと、何を書いてもネタバレになりそうなのよね。あらすじとして紹介しようにも、どこまで書いていいのか分からない。とにもかくにも、中心にあるのは一冊の洋書。これを最後まで読んだ者は生きてはいられないという言い伝えがある。実際、日本で翻訳していた人物は謎の失踪を遂げたし、それを引き継いだ女性翻訳家の身の回りでも、妙なことが起こり続ける。一方、稀少本として値上がりを期待してこの本を購入した吸血鬼(!)のコンビも、その言い伝えに翻弄されるハメになる。
ああ、ここまで書いても、どんな話なんだか見当つかんぞ(笑)。観測史上最も梗概を書きにくい小説だ。ともかく、ホラーとしては充分に怖かったし、吸血鬼のキャラなんかも結構書き込まれてて好きなんだけど、いかんせん本格推理の部分が──度の過ぎたアナグラムや暗号って、作品がいっぺんにマニアックな同人誌みたいになっちゃうのよね。第一、趣味ででもなきゃ、そんなもの作る道理もないんだし。物語のための仕掛けじゃなくて、仕掛けのための仕掛けになってる感じ。彼らが追ってるのが、本の謎なのか連続殺人事件なのかもゴッチャになるし、いっそ、ホラーだけに集中した方がよかったんじゃないのかな。
(99.11.20)
一八八八切り裂きジャック・服部まゆみ(東京創元社)
まず、歴史的事実と実在人物がこれでもかとばかりに出てくる。イギリスの畸形患者というのは、ジョン・メリック──もう、この名前を見たときには「ああ!」と叫んでしまった。だって、あたしのオールタイムベストの映画は「エレファントマン」なんだもの──薫が出会うおしゃまな女の子はヴァージニア・ウルフ、薫の同僚の医学生は北里柴三郎、そして共通の友人で踊り子に現を抜かしている森林太郎、ヴィスマルク宰相、エドワード王子……出てくる事件も片っ端から「事実」である。著者後書きによれば、架空の人物は7名だけ(!)で、あとは末端の警官に至るまで実在の人物であるという。ゴージャスだ。それに、主人公の二人の青年の名前──柏木薫・鷹原惟光──ってのが、思わずニヤリとしてしまう(笑)。分からない人は源氏物語を読みましょうね。
そして、そういう歴史的事実・人物を使うということで、この物語は劇的な効果を上げている。なんせ「過去の事件の再構築」が眼目だから、実在の人物を使わない方がおかしいし、外国・前世紀という馴染みのない世界に「知ってる人物がいる」という事がどれだけ親近感を持たせるか。無論、登場人物の全てに血肉があることは言うまでもない。
この探偵役とワトソン役も絶品である。正直、頭が切れすぎるがために傍若無人に見えてしまう探偵と、誠実だけど必要以上に鈍重なワトソンという組み合わせは、いい加減辟易していた。物語を無視したキャラ先行型の自己満足としか見えない二人組の、どれだけ多いことか。しかし、この二人はいい。二人の足場がしっかりしている。感情移入しやすいように設定され、なおかつ、彼らでなくては紡げない物語を編んでいる。単なる、推理のためのコマでは決してない。
とにかく、読まされる。読まされてしまう。19世紀末のロンドンの風俗・風物に心弾ませながらも、悲しい事実、切ない事実が要所要所をしめる。読者は、柏木薫の心の成長を目の当たりにし、彼の目を通してひとつの社会観を構築してゆく。薫がディケンズを読んだ時と同じように。
とにかく、ミステリとしてだけではなく、物語として秀逸だ。どうして出版年に評判にならなかったのか不思議である。東京創元社、もっと宣伝せんかいっ! こんな佳作を埋もれさせるのは罪悪だ。
(99.11.21)
まず面白いのは、地の文。これは三人称小説で、いわゆる「神の視点」から書かれたものなんだけども、普通はそれでも主人公の視点を中心に据えるものだと思う。それが、この物語はホントに「神の視点」なのだ。それが、妙な客観性とクールな雰囲気を演出している。話はけっこう怖くてドキドキさせられるのに、どこか醒めた状態でいられるのは、この地の文のせいだろう。
記憶喪失の青年・間宮と、高部・佐久間の静かな戦いは、とても静かに、でも独特の迫力を持って描かれている。自分は大丈夫と思っていても、いつの間にか暗示にかかっていることに二人が気付くシーンは白眉だ。うん、かなり書ける人だぞ。
しかし、どうもエンディングがスッキリしない。間宮との決着をつけた後、どうして高部はああいう行動に出たのか。そして、その後も刑事を続けてるのはどうしてなのか。あのエピローグは何を意味しているのか。なんだか最後の最後になって、ちょっと純文学みたいになってきたのよね。もっとドキドキはらはらのエンターティメントに徹してもよかったんじゃないのかな。
(99.11.22)
これは彼らにとって言い訳であり、逃避であり、最後の命綱なのだ──そう気付いた時点で、バカバカしさは切なさにとってかわる。冷静に読むと、辛くてやりきれないような状況である。学歴コンプレックスの師匠が有名大学の教授と知り合いになり、そこから物語は大きく動くわけであるが、笑いながらも切なさが滲む。もしかしたら、こんな読み方は間違ってるかもしれない。ただ、あははと笑って読んでいればいいのかもしれない。でも、とてもじゃないが笑うだけでは治まらない切なさがあるのだ。
雪の中、行軍する一門。みつけた仇に口上を述べる。──ここまでは、すごくよかったんだけどなぁ。うーん、最後の最後で、どうしてこういう結末にしちゃったんだろう。それよりは、「仇」の二人を、そのまま吉良にしておいて欲しかった。劇場を泉岳寺に見立ててもよかったのではないか。確かにそれではあまりに大衆的かもしれないが、笑いと切なさの同居する大衆小説としてかなりの佳作になったろうと思うのに。個人的な好みの問題だけれども、やはり、この中途半端な結末はかなり不満なのだ。
(99.11.24)
垂里冴子のお見合いと推理・山口雅也(集英社)
ところが、これがよかったりする。コミカルなタッチで一家が巻き込まれるお見合騒動を描くのだけれど、この家族が実にいいんだよなぁ。何だか「インパクトのある舞台設定で、キャラの書き込み不足をごまかしている」という非難(そういう非難があるかは知らないが)を、まっこうから斬って捨てるような作品だ。爽やか。うん、この一言に尽きるな。爽やかなのだ。これ、好きだぞ。
【十三回目の不吉なお見合い】まずは登場人物と状況を紹介といった位置づけかな。
【海に消ゆ】それはちょっとなんぼなんでも無理なのでは……という部分がなきにしもあらずだが、ちょっとした小道具の使い方が効いてる。
【空美の改心】被害者が苦しみ始めた理由が分かった時、あ、そうか!と膝を打った作品。なるほどねぇ。伏線のキッチリしたパズルだ。
【冴子の運命】これいい!イチオシである。ちょっと伏線が分かりにくいけれど、切なくていい話だなぁ。何とか篠山さんと添わせてやりたいと思うが、そうなるとシリーズが終わるのでそうもいかない。──続編、書いてくれないかなぁ。
(99.11.25)
「《名探偵》というのは、行為や結果ではないのですか」
「いや、存在であり意志です」
ナカナカにかっこいいやりとりでは、ある。が。どうも登場人物に感情移入できない。魅力がない、と言い換えてもいい。どういう人物なのか見えてこないのだ。もしかしたら北村氏は、人物像を描くことを拒絶してるのではないかと思ったくらい。
あたしは著者の作品は全部読んでるし、総じて好きな作品が多い。円紫シリーズなど、かなり好きである。「私」は大嫌いだが(笑)、その他の人々はとてもいい。覆面作家のシリーズも、好きなキャラ嫌いなキャラがいる。しかしこの作品においては、好きも嫌いも判断できないのである。もちろん悪役は憎々しげに描かれているが、それは「そう書いた」だけとしか思えないのだ。ワトソン役であるあゆみも、今ひとつどういう人間なのか見えてこない。うーむ、どうしたことだ。
収録されているのは三編。【三角の水】は、さして驚くような結末でもないし、【蘭と韋駄天】は地方在住者にはピンと来ない。【冬のオペラ】は、なぜ犯人が自らを告発するような行動に出たかが分からない。おそらく、各編ともに巫は、作者は、何かを伝えようとしているのだろう。しかし、あたしにはそれを読みとることが出来なかった。残念だ。
(99.11.25)
大いなる助走・筒井康隆(文春文庫)
ぶわはははははっ、ダメだ、笑いがとまらん(笑)。もちろん当事者や関係者にとっては笑い事ではないのだが、「小説は読むモノ」だと思ってる一読者には、こんな超弩級のスラップスティックは両手ばなしで笑えて仕方がない。
「作家志望者」「作家」をここまで揶揄しちゃって大丈夫なのかな、と思う反面、これは事実に近いのかもしれないという思いは拭い去れない。いや、もちろんスラップスティックだってことは分かってるのよ。ええ、分かってますとも。ただ、作家志望者の深層心理って、得てしてこんなものじゃないのかなぁと思ったわけで。なにも作家でなくても、例えばホームページを作ってる人々(あたしを含む)だって、表現欲という観点からは同じである。
はからずも刑事の言った「作家も作家志望者も、文学的精神障害者」という言葉は、存外的を射てるのかもしれない。あ、怒らないで>作家さん&作家志望の皆様。あなた方がどうこうというのではないのよ。文学に限らず、「日常生活を犠牲にしてまで一つのことに入れあげる情熱を持っている人」というのは、一歩間違えば恐ろしくバランスを欠いた人間なのではないか、ということなのだ。違うかな?とにかく、お勧めだ。小説好きは必読だぞ(笑)。
(99.11.27)
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