カッコウの卵は誰のもの東野圭吾/光文社


 おお、久しぶりのスポーツ物! というか「鳥人計画」以来のスキー物!(<「ちゃんれじ?」は含みませんことよ) これがバンクーバー五輪直前に出るあたり、商売人よのう。

 往年の名スキーヤーで現在は引退している緋田。今は娘の風美がスキーで頭角を現し、関係者の期待を集めている。そこに現れた一人の男。彼はスポーツ選手の遺伝子を研究しており、ぜひ父娘の遺伝子を調べさせて欲しいというのだ。けれど緋田には、それをどうしても認めるわけにはいかない理由──ある「秘密」があった。それは──。

 遺伝子を調べさせたくない理由ってのは、本書のタイトルをみれば一目瞭然だし、作中でもかなり早い段階で明らかにされるのだが、まあ具体的には触れないでおこう。ただ主人公は、その「秘密」を永遠に守りたいという気持ちの中に、このままでいいのかという気持ちもちょっとある。「秘密」をすべて明かしてしまった方が、もしかしたら娘のためになるのではないか、という気持ちも否定できない。けれどそれを他人に暴かれるとなると話は別なわけで。

 本書はその「秘密」が意外な方向に転がって行く過程をサスペンスにしたものなのだが、まあなんつーか、今更ではあるけどとても読みやすい。文章に変なケレンがなくてストレートで、けれどディテールの描写がしっかりしているので、読者は目の前で映像が展開されるような気持ちで読み進んでいける。と同時に、この読みやすさにはもうひとつ理由がある。ここには一面的な“悪者”がいないのだ。

 ここに出てくるのは、いわゆる普通の一般市民である。ミステリなら、自分の犯罪を隠すためにあれこれ策を弄したりだとか、殊更自己の利益を追求したりだとかってな人がよく出てくるが、ここに出て来る人物たちは皆、善くも悪くも真っ当な精神と真っ当なエゴを持っている。そこがリアルで、いい。ミステリの登場人物ならこんな行動はとらないんじゃないか、でも現実の自分ならまさにこう動くんじゃないか──そんな行動を彼らはとる。悪いことをすれば罪悪感にとらわれ、謝りたいと思う。人が災難に遭ったと聞けば心配し、被害者の家族を思いやる。そんな真っ当で健全な心の動きがベースにある。だから読んでいて共感できるし心地いいのだ。まあ、その分、真相がやや唐突な観は否めないが。

 驚いたことがひとつ。本書で重要なキーとなっているスポーツ選手の遺伝子(ここでは持久力を必要とするスポーツに向いた遺伝子ということになっている)ってのは、はじめは著者の創作だろうと思ってたのよ。あっても不思議はなさそうな、けっこうリアルな創作だとばかり。したらばさ! ちょうどバンクーバー五輪直前にNHKで、スポーツ遺伝子の特集番組をやっていたではないか。もちろん細かいところは違うんだけども、いやあ、あるんだなあ。ますますタイムリー度アップではないか。