タ行の作家

上手に人を殺すにはマーガレット・デュマス/創元推理文庫


 出ました、〈ぶっ飛びセレブ奥様探偵と愉快な仲間たち〉第2弾!

 登場人物の背景については
シリーズ第1作でいろいろ明らかになった部分もあるんだけど、そのへんは未読の方の興を削ぐので書かないでおこう。
 チャーリーの夫のジャックは、盟友マイクと一緒にコンピュータ・セキュリティの会社を経営している。そのクライアントである大手IT企業CEOモーガンの婚約者がスポーツジムで死んだ。モーガンは殺人だと主張し、その調査をジャックに依頼する。その亡くなった婚約者というのが、偶然チャーリーの友人ブレンダの古い知り合いだったことが分かり、チャーリーも自分で調査を始めるが……。

 今回もチャーリーは絶好調だ。おまけに愉快な仲間たちも輪をかけて絶好調だ。
 中でも読みどころは、チャーリー&仲間たちがくだんのIT企業の内情を探り怪しい人物をあぶり出すため、投資者から送り込まれた調査チームを装って企業内部に入り込むくだり。フィナンシャル・プランナーのアイリーンは別として、セレブのチャーリーも、劇団のサイモンも、学者のブレンダも、一般企業で働いたことなんかないわけで、なのにいかにも「専門の調査チームです」という雰囲気を出さねばならない。そのためにそれぞれ役割をふって仕込みをするあたりが楽しい楽しい。どこのゴリラか、と思うようなボディガードのフランクを秘書に見せかけるあたりなんか、無理があるにもホドがある。

 チャーリーって金持ちならではの甘えやわがままもあるけど、自分のことをちゃんとわきまえてるあたりが魅力なんだよね。でもって「それは許さないよ」と夫に言われたとき「私の行動をなぜあなたに許してもらう必要があるのか」と食ってかかるプライドと自立心もある。
 でもね、2作読んで感じたことがある。結局チャーリーって、いざってときはジャックに守られてるし、結局のところジャックの書いた筋書きに乗せられてるところも大きい。チャーリーよりジャックの方が、人間の器が大きいという描かれ方をされてる。
 好奇心旺盛で無鉄砲なヒロインが実が男性の手のひらの上にいて、いざというときに王子様が助けてくれるというパターンはあたしは大嫌いなはずなんだけど、ところがなぜかこのシリーズはそれが心地良くて安心感もあるんだよなあ。なぜだろう。そこらはちょっと時間をかけて考えたいところ。

 さて本編でもうひとつ楽しかったのは、チャーリーとジャックの新居の様子。ホテル住まいを終わらせて家を買ったはいいけど、インテリアが決まらない。あるのはベッドだけで、テーブルも椅子もない。こだわりが強過ぎて、というよりはただ面倒くさいだけみたいだチャーリーは。したらばさ、ジャックやハリーや友達が、なにかにつけて家具を持ち寄るようになる。それで家がだんだん変わって行く様がね、もう面白くて面白くて。
 家ってのは単なる箱じゃなくて、そこで過ごす人たちがいて初めて家になる。椅子一脚ずつ、ラグ1枚ずつ、ゆっくりゆっくり増えていくチャーリーの家は、そうやって家から家庭へと変わるのだな、とにこにこしながら読んだ。

何か文句があるかしらマーガレット・デュマス/創元推理文庫


 うきゃあ、面白い面白い! こういうシリーズを待っていた!

 ヒロインは三十代で、小さな国なら一国賄えるほどの財産を持つセレブのチャーリー。道楽の演劇修行でロンドンを訪れ、そこで出会った男性ジャックと恋に落ち、電撃結婚。ダンナ様連れで地元のサンフランシスコに帰ってきたのだが、新居が決まるまでと泊まった高級ホテルのバスルームに見知らぬ女性の死体があった。そして彼女が所属する劇団にも災難が相次ぎ、そんな中で夫の意外な面が出て来て──。

 本書を読んだときのワクワク感と興奮は、イヴァノヴィッチの
『私が愛したリボルバー』を初めて読んだときの興奮に似てる。それまでになかったヒロイン像、テンポがよくてしゃれた会話、個性的なキャラクタ、ぶっとんだ設定、けれどリアルな生活感と人間関係があって、ストーリーは疾走感に、読後は爽快感に満ちた物語。ご都合主義上等!
 
 等身大のヒロインが身近な場所で頑張る話も大好きだが、こういう桁外れの金持ちが金持ちならではの力を使って問題に取り組むというのもまた爽快で面白い。そして金持ちというのは、問題解決の手段に金銭的な制約を受けないというだけであって、彼女の価値観や考え方や感覚はとっても身近。そのバランスが絶妙だからこそ、読者は「わかるわかる」と頷く部分と「わはは、すげーな」とひっくり返る部分の両方を楽しめる。
 チャーリーは買い物好きで、料理が嫌い。好きなものを好きなレストランで好きなときに食べられる財力があるんだから、料理なんてする必要がなぜあるの、てなもんだ。金さえあればあたしもそう思うよ。
 その一方で、結婚したら次は子ども、と当たり前のように言う友人にカチンと来たり、夫が妻をコントロールしようとしたり命令したりすれば侮辱と受け取るという、現代女性として思わず納得の感覚を持っている。このあたりも読者の共感を呼ぶところ。

 まあ、その向こう見ずさで誘拐犯を追いかけたりしてちょっとピンチになったりもするんだが、そこはそれ、お約束だしね。それに決してバカではないので、状況を見て自分でコントロールする術も知っている。自分に非があることはちゃんと認め、改めるよう努力する。三十代の大人の女性だもの。それがまた心地良い。

 チャーリーを巡る登場人物たち──夫のジャックはもちろん、叔父のハリーや友人のアイリーン、ブレンダ、サイモン、ボディガードのフランク、家政夫(でいいのかな?)のゴードン、夫の同僚のマイク、ヤハタ警視など、それぞれも個性的なだけでなくプロフェッショナルなのがいい。仲良し友達でわいわいというだけじゃなく、皆自分の分野に一家言持っている。キャラ小説と言って言えないことはないが、そのキャラが自分の生活をきちんと持ってる大人なのがいいんだよね。

 そして肝心のミステリ部分も(本格ではないので推理は無理だが)サスペンスと意外な展開に満ちていて飽きさせない。これは楽しみなシリーズが登場した。これまで創元推理文庫のシリーズでは、ジル・チャーチルとコリン・ホルト・ソーヤーが不動のTOP2で第3位にエレイン・ヴィエッツがつけてたんだが、正直、ヴィエッツを抜いたね。追いかける。断固追いかけるぞこのシリーズ。

カオスの商人ジル・チャーチル/創元推理文庫


 奥さん、ジェーン・ジェフリイ・シリーズの新刊が出ましてよ!

 コージー好きなら知らない人はいないだろう、ジル・チャーチルのこのシリーズ。その魅力と、あたしの思い入れは過去にもウザいほど書いているので繰り返さないが、デフォルメされているようでいて実はかなりリアルな主婦像、「いろいろたいへんなことは多いけど、今日も元気にいきまっしょい!」という主婦像が読んでいて実に楽しく、元気が出るシリーズ。主婦業頑張ろう、と家事の虫が湧くシリーズ。主婦業、捨てたもんじゃないよね楽しよね、と思えるシリーズ。しっかり繰り返しとるがや。

 とまれ、そう感じる読者は多く、「次作の翻訳はまだか」と読者から出版社に催促が入るほどの人気シリーズなわけだが、今回はもうひとつ注目点がある。前作「飛ぶのがフライ」を遺作にして亡くなった浅羽莢子さんの後を継いで、新谷寿美香さんが翻訳を担当されているのだ。これほどの人気シリーズで、しかも浅羽さんの名調子が読者の心にしっかり根付いているんだもん。新谷さんのプレッシャー、察するに余りある。やりにくかったろうなあ。
 翻訳家が変わったことによる違和感は、正直「無かった」と言えば嘘になる。特に読み始めてまもなく気になったのが、ジェーンやシェリイの話し言葉。「~だよ」なんて語尾、使ってたっけ? あたしの脳内では(たとえ現代日本では既に話し言葉として廃れていようとも)「~なのよ」「~だわ」っていう喋り方だと思ったんだがなああの二人は。
 ──と思ってシリーズ前作をぱらぱらめくってみた。ら、おやおや、「なのよ」「だわ」もあるけれど、「だよ」もたくさん使われてたよ。ごめんなさい新谷さん、濡れ衣でした。好きなシリーズだけに、けっこう自分でイメージ作っちゃってた部分があったのかもな。翻訳家が変わったという事実を知っていたから、「何か変わったはずだ」という先入観で読んでしまっていたのかも。シリーズ読者ってのは厄介なもんだね。

 とまれ、誤解だったとは言え最初感じた違和感も読み進むうちにすぐに慣れたし、全体的なテイストはまったく問題無し! 翻訳家が変わることによるイメージの変化については、マクラウドのシャンディ教授シリーズで「田村正和と吉幾三が同じ役を演じている」と感じたくらいかけ離れた訳を読まされケツの穴からエノキが生えそうな気分になったことがあるので、あれを思えば浅羽訳との差などまったく無いと言っていい。これは嬉しいことよ。ありがとう新谷さん。

 ただミステリとしては、シリーズ内でも屈指のグダグダぶりだな今回は。つか、あらすじも何も書いてないことに今気付いた。書影をクリックして書誌データ見て下さい。<そんなテキト~な。

黒猫ルーイ、名探偵になるキャロル・N・ダグラス/ランダムハウス文庫

 
アメリカではすでに20作を数えるという人気コージーが日本初お目見えってんで、さっそく買って読んでみた。原題は「Catnap」……猫さらい、ですね。
 舞台はラスベガス。コンベンションセンターでブックフェアが行われており、広報のテンプルが主人公。彼女が行方不明のマスコット猫を捜索中に死体を発見してしまい、関係者と目される作家たちや編集者たちはいずれも一癖あるひとばかり──という、まぁ、この手のミステリとしてはお決まりのパターン。

 ただ今回気持ちよく読めたのには、理由がふたつある。ひとつは、(このレーベルにしては珍しく)ロマンス成分が薄いこと! もちろんまったく無いわけじゃなくて、むしろこれから徐々に増えて行きそうな気配は漂ってるんだけど、ごく普通のスパイス程度に留められそう。
 そしてもうひとつは、ヒロインがバカじゃないこと! エレイン・ヴィエッツが言うところの「殺人犯が潜んだ空家に丸腰でフラフラ入っていくような」脳味噌の足りない、自らの危険(しかも男性に助けてもらう)と引き換えにじゃないと犯人を突き止められないようなヒロインではなく、ちゃんと頭脳で推理するところがグゥ。
 ──え、探偵役なら当たり前じゃないかって? いやいや、ことコージーに於いては、特にここ10年くらいのコージーに於いては、「恋人候補の男性が白馬に乗って助けに来てくれるのを前提に危険を冒すヒロイン」が実に多いのよ! しかも作戦としてではなく、ただ単に好奇心だったり独善からだったりで。そういうのには辟易してたので、今回のように、「ちゃんと考えるヒロイン」は嬉しい。

 ミステリ的には、まぁ、可もなく不可もなくってあたりかな。真相解明に重要なあることについては、日本人にはちょっと見当もつかないし。ただ、だからといって面白くないわけではなく、その見当がつかないあたりの情報が実に興味深かった。これって舞台を日本に移して翻案したらどうなるだろうと考えるとかなり楽しかったぞい。日本に無理矢理当てはめるなら字面は同じでも読みが──おおっと、これ以上はやめておこう。いひひ。