秋季限定栗きんとん事件米澤穂信/創元推理文庫


 個人的には、本書がシリーズ作品の中でベスト。
 復讐好きな小山内さんと名探偵の小鳩君が、互いの性癖を隠して小市民として生きるべく結んでいた互恵関係が、前作「夏期限定トロピカルパフェ事件」で解消。別々の道を歩き始めた小鳩くんと小山内さんは、それぞれ別の異性から告白されるなんてえこともあったりして、別のパートナーを得て小市民の高校生らしい男女交際を始めたりしちゃってる。ビバ青春! ところが小山内さんの彼氏の瓜野君は新聞部員で、近頃市内を騒がせている放火事件に興味津々。どうやら次の放火ターゲットを推理で絞り込んだらしいのだが──てな感じで物語は始まる。

 核は放火事件にある、と見せかけて、実は高校という社会の中での駆け引きだとか自我だとかが描かれるのはこれまで通り。でも放火事件の真相はシンプルであるが故になるほど!と思わされたし(ミッシングリンク好きにとっては思い切り背負い投げを食らうタイプの真相ですよこれは)、ところどころで展開されるプチ日常の謎も相変わらず楽しくて、本格ミステリという観点でのみ見ても充分すぎるほどのお勧め品。でもそれだけじゃない。
 これまで、ミステリ部分のサプライズやカタルシスであるとか、軽妙洒脱な文体の中に隠された刺であるとか、そういった物語の魅力とは別のところで主人公二人の青さと自意識過剰ぶりがどうにも鼻について、鼻につきながらもそれはどこか身に覚えのある痛みで、いったい二人はどう変わるのか、あるいは変わらないのかというところに最も注目してこのシリーズを読んでいた。
 自意識のあり方には目を向けずに、ただ性癖を隠すことだけで解決しようとしていた二人が、その齟齬に気付いた前作。そしてその二人は本書で「再会」を果たす。やはり他の人ではダメなのだと。小鳩君には小山内さんが、小山内さんには小鳩君が必要なのだと。これは見ようによってはとてもステキなラブシーンの筈なんだが、そう見えないあたりが持ち味。おまけに「他の人ではダメ」という理由がまた、それぞれのBF、GFをバカにしてるととられても仕方ないような理由で、いやいや君たちぜんぜん成長してないし、とおばちゃん笑いそうになってしまいましたわよ。

 なのになぜ本作がシリーズベストかといえば。彼らの価値観のシフトに注目されたい。「こんな自分が嫌い、変えたい」という思いでいた二人が、「こんな自分が嫌いなのは変わらないけど、でも変えようとすると辛い」ことに気付き、「変わらないでいられる状況が心地いい」と認識したのが本書なのだ。「こんな自分は嫌だ→変わるよう頑張る→頑張ったら変われたよ、努力って大事だね」というのが青春小説の王道だとするなら、本シリーズの展開は特異に見えるが、実はかなりリアルである。高校生ごときにたった半年で気付かれては大人は立場ないってくらいの話である。俄然興味が増した。果たして彼らの小市民化計画がどう発展するのか、ああもう冬期限定が待ち遠しいよ!