窓の外は向日葵の畑樋口有介/文藝春秋

 東京の下町、佃島で父と二人暮らしの青葉樹(しげる)。高校2年生。父親は元警察官だが、今は自営業の傍ら、ミステリ小説を書いては新人賞に応募しているという暮らし。夏休みのある日、樹の所属する江戸文化研究会の部長・高原が失踪した。その捜索の手伝いを買って出た樹の父親だったが、その動機はどうも部活の美人顧問・若松先生にあるようで……。

 作中、作家志望の父親の作品について、樹がこんなふうに評価するくだりがある。

 
親父の作品はいつも中年の私立探偵が活躍するハードボイルド。それも被害者やら容疑者やらの登場人物がみんな嘘みたいな美人で、そういう美人たちに主人公の私立探偵が、なぜかモテてしまうのだ。ぼくはいつも「父さん、いくらなんでも、これじゃ話がうますぎるよ」と指摘するのだが、親父には「それこそが男のロマンなのだ」と一蹴される。

 
全国の樋口有介ファン、鼻から牛乳。

 もうひっくり返って笑ってしまった。なんという自虐ネタを仕込んでくるんだこのオッサンは! しかも開き直られちゃったよ一蹴されちゃったよ! これまで作品を出すごとに言われてきたであろう読者からの指摘に対し、作中人物に反論させるとは。ぶわっはっはっは。樋口さん、ここ書きながらニヤニヤしてたんだろうなあ。ああもう、この部分、全国の樋口ファンにメールで送りつけたい。

 そして今回もしっかり、主人公(高校生だけど)はモテまくるのである。幼なじみ(これがまたワケあり)しかり、部活の女子生徒しかり。それを本人は飄々とかわしていくのもいつもの通り。おまけに樹を憎からず思っているであろう二人の女子の、その気持ちの表し方──わざと憎まれ口を叩くとか不機嫌をアピールするとかまで例によって例のごとくで、でもやっぱりそれが男のロマンなんだと言われれば、そりゃもうアンタ、読む側はすべてのツッコミを封じられてしまった次第。

 そういう意味では本書はまさにザ・樋口有介という感じの青春ミステリ。父親と二人暮らしで夏休みの事件というのも、先生が美人というのも、おまけに××が××というのもデビュー作と同じで、原点回帰の一冊と言えましょう。ただこの父親の使い方には舌を巻いた。デビュー作でも父親はトボけた風味満載だったし、シビアな過去を感じさせない軽口は草平も同じなんだが、この父ちゃんはスットボケ具合がかっこいいなー。この父ちゃんの話を読んでみたいな。草平ちゃんほど美人にモテそうな感じでもないし、これまでとは違う軽ハードボイルドになるんじゃ? あ、それじゃロマンがないのか。

 フェアな謎解きができるようなタイプのミステリではないけれど、いつもの樋口テイストを存分に味わった上で、ちょこっと社会派的要素もまぶしつつ、胸キュンの淡い恋愛模様まで楽しめちゃう。デビュー当時からの樋口ファンには、タマラない一冊なのではないかしら。