さよならドビュッシー中山七里/宝島社
10/08/21 格納先:な行の作家

この著者の名前から「大菩薩峠」を連想しちゃうのは、あたしだけじゃないよなあ?
って、そんなこたあともかく。宝島社のこのミス大賞受賞作である。この賞の受賞作ってえのは、なんつーか、ある意味「一点突破!」てな感じの作品が多いように見受けられるのだが、これには驚いた。なんてオーソドックスな、なんて手堅い青春ミステリであることか。そしてこれがまた実に“読ませる”のだ。これは今年のミステリ系新人の中でもかなり印象が強いぞ。
音楽科のある高校への進学を控えたピアニスト志望の遥。遥の従姉妹で、両親を災害でなくし遥の家に引き取られたルシア。ところが祖父の離れに二人が泊まった日、離れが火災に遭う。祖父とルシアは死んだものの、遥は全身に大火傷を負いながらも皮膚移植で助かったことを喜ぶ両親。けれどもう一度ピアノを弾くには、辛いリハビリが必要だった。それでも前向きにピアノに取り組もうとする彼女の周りで、不穏な出来事が相次ぐ──。
あのね、ぶっちゃけて言えば本格ミステリとしてはツッコミどころ満載なのよ。「不穏な出来事の数々」については、正直なところフェアとは言えない。というか、読者に与えられるデータが少な過ぎるのね。おまけに容疑者が少ないが故に誰が犯人でもさほどの意外性はない。そして最もサプライズを生む筈のある真相が……うーん、これ、本格ビギナーはすごく驚くと思う。でも、ある程度読み込んでる読者は、ものすごく早い段階で(推理ではなく経験から)「これってあのパターンだったりして」と一度は考えると思うのよね。だって状況がホントにお手本のようなパターン分類にはまってるんだもん。
しかし、それでも、お勧めマークがついてる点に留意願いたい。相次ぐ災厄の中にあって、この少女の描写と音楽の描写が素晴らしいのだ。体が自由に動かない、声も体も以前とはまるで変わってしまった──十代の多感な少女がそんな目にあって、それでもいい指導者といい医者に出会い、足掻きながらも自分の存在をピアノにぶつける。圧倒された。特に、杖無しでは歩けない体になってしまった少女がリハビリに励む、そのディテールはすごい。正直なところ、これはあたしも似たようなリハビリや障碍の例を身近で見ているが故の個人的な感情移入が無いとは言えないが、実体験者の身内が読んでも違和感が無い、むしろ「そうそう、そうなのよ!」と感じてしまうほど描写が正確で、なおかつ迫力がある。
そしてその圧倒されるような少女の描写が、本格ミステリとしての弱さを覆い隠していると言っていい。伏線の仕込みは決して巧いとは言えないのに、物語の持つ吸引力のせいで読者は伏線探しをする暇がない。これもまた立派なミスディレクションだ。
じゃあ単なる音楽スポ根青春小説でも良かったかと言えば、そうじゃない。やはりこれはミステリでしか描けない、たとえパターンそのまんまであろうとこのミステリの形でしか描けないテーマがある。そこがいい。お勧め。