ウィズ・ユー 若槻調査事務所の事件ファイル保科昌彦/東京創元社


 若槻調査事務所を訪れた男。娘が誘拐された、身代金受け渡しの場から犯人を尾行し、金と娘を取り返して欲しいという依頼に驚く所員。しかしどうも話が噛み合ない。よくよく聞いてみると、オンラインゲーム“ウィズ・ユー”という仮想空間での出来事だった。個人情報は分からずアバターのルックスは自由に変えられる、そんな空間で果たして誘拐犯を捕まえることはできるのか──?

 あたし自身がゲームをやらないので、ここで描写される“ウィズ・ユー”という設定についてのコメントは何もできない。恣意的じゃないかとツッコむだけの知識も、すごくリアルだと感心するだけの知識もないんだもん。バーチャルがリアルってのも変な言い方だけどさ。あたしが知っている最新のゲーム事情がWii Fit Plusだけというせいもあり、“ウィズ・ユー”内に登場するアバターもWiiの似顔絵的なものを想像しながら読んでたくらいだ。どうももっとリアルな映像らしいぞと気付いたのは、物語も中盤になってからだってんだから推して知るべし。

 ということで“ウィズ・ユー”絡みのパートについては「ほうほう、そういうルールなのね」ただ素直に受け取るしかできなかったわけだが、現実世界とリンクしてからは俄然前のめりで読み始めた。リアルの方の誘拐事件については、あっと言わされたし。この誘拐事件のくだり、その手法といい背景といい、けっこう練られている。過去の一事件としてあっさり流しちゃもったいない。もっともっと前面に出してドラマチックに演出してくれても良かったのにぃ、と思ったくらい。

 これっておそらくはシリーズ物になるんだろうけど、そのせいなのかな、若槻調査事務所の面々についてはしっかり肉付けされていて、個性もあって、生活もあるって感じがはっきり出ていてとても良い。もっと読みたいと思わせる。でも残念なのはその一方で、事件関係者の方が軒並み薄いってこと。特に“ウィズ・ユー”を展開している会社の社長令嬢がなあ……こういう状況ではこう、ああいう状況ではこう、という“フィクションに於ける美女の類型”めいた言動しかとらないってのが気になった。実は、あまりに言動が類型的なので、彼女は実は、過去のハードボイルドに登場する女性キャラクタの言動をインプットされたアバターで、リアル社会の話と見せかけて実は仮想世界の話だったというオチなんじゃないかと本気で推理していたほどだ。後半はキーパーソンになってくるだけに、もっと人となりが浮かび上がるようなリアルな個性を見せて欲しかったな。