矢上教授の午後森谷明子/祥伝社


 大学の老朽校舎、通称オンボロ棟を舞台に、ちょっと浮世離れした教授たちと騒がしい学生達が殺人事件に巻き込まれる長編ミステリ。この著者にしては、こういうタイプの長編は珍しい。でもカバー裏に三橋暁さんによる「歴史と伝統を誇る英国ミステリでいうところの“お茶とケーキ派”を思わせる」などという紹介文があるからには、これは読まねばなりますまい!

 一読してなるほど、と膝を打った。“お茶とケーキ派”というのにも頷ける。  道具立てだけを見れば──突然の豪雨、轟く雷鳴、古い校舎の停電。エレベータは止まり、非常口はなぜか開かず、ネットもケータイも使えず、閉じ込められた人々。そこで見つかる血まみれの死体。うーん、めっちゃおどろおどろしい。血なまぐさい。なのに、それがぜんぜんおどろおどろしくないのよ。ユーモラスで、どこか暢気で。

 それは死体になっているのが既知の人物ではない、という理由がもちろん大きいのだけれど、それだけじゃない。閉じ込め&殺人事件に遭遇した人々の対応がどこかノホホンとしてるのね。パニックになる人がいない。過剰に騒がない。でもって「この場で自分にできることをやりましょう」という感じで協力し合って物事を進めていく。この様子がね、うーん、説明が難しいんだけど、「うるさくなくて、いい」んだよなあ。余計なトラブルがないというか、大人の対応というか。だから気持ちいいの。居心地いいの。つまりはコージーなの。

 おまけに閉じ込められた人たちは皆、殺人事件とは無関係なところで「自分にとって優先しなくてはならない問題」をそれぞれ抱えている。だから皆は自分の事情に対して対応してただけなのに、殺人事件なんつー突発事態のせいでそれが変な風に絡まってワケ分かんなくなっちゃって、でもそれって端から見てると滑稽で実に面白いのよ。一幕物の上質なシチュエーションコメディを見ているかのような面白さ。

 これはまさしく三橋さん言うところの、「古き良き英国ミステリの“お茶とケーキ派”」だ。ただ、登場人物が多くて、かかわり合う要素があまりに多くて、けれど過剰に説明することを避けてテンポ重視にしたが故に、前半はちょっと情報を掴み切れない部分があったあたりは残念だけど。でも死体が見つかってからは一気呵成。これまでの作品から、伏線の張り方が抜群に巧いってのは保証付きだし、そういう点でも堪能できます。何より皆それぞれにバタバタしてる(でもどこか暢気)絵を想像すると実に楽しいのよ。うん、まさに“お茶とケーキ”をお供に、のんびり読書を楽しみたいときにウッテツケだ。