蔵書まるごと消失事件イアン・サンソム/東京創元社


 アイルランドの片田舎タムドラム。図書館司書として採用され、この地を訪れた青年イスラエルを待っていたのは、なんと図書館入り口に張られた閉鎖のお知らせ。慌てて役場に行ってみると、代わりに移動図書館をやれと言う。バスはおんぼろ、住人は変人、役人は強引。「思ってたのと違う…」とぼやきつつしぶしぶ受けたイスラエル。しかし移動図書館に載せる予定の本を運ぶべく旧図書館に行ってみると、なんと1万5千冊の蔵書が一冊残らず消えている! 移動図書館巡回開始日は既に告知済み、刻々と迫るタイムリミット。果たして本は見つかるのか?

 わはははは、楽しい、楽しい! アイルランドが舞台の小説といえば石持浅海の「アイルランドの薔薇」が思い浮かぶが、同じ国の話とは思えない。アイルランド人がこの話に出て来るような人ばっかりだったら、「アイルランドの薔薇」はきっと永遠に解決しなかったであろう。それくらいヘンな人たち。おまけに主人公のイスラエル君がもう、ヘタレでヘタレで。うわははは。

 ただそのヘタレぶりが、けっしてただの笑わしではなく──なんかちょっと切なくなったりもするんだよね。彼は「こうありたい自分」と現実の自分の乖離に戸惑い、悲しみ、自分をごまかそうとし、でもごまかしきれず、足掻いている。見知らぬ街で見知らぬ風習の中に放り込まれようが、なじんだロンドンの街にいようが、きっと彼はどちらでも異邦人なのだろうなと読者には分かってしまうのだ。けれどそれがユーモラスに描かれているのが、いい。必要以上に重くなりすぎず、でも小さな刺を読者の胸に残す。
 そう思って読んでいくと、この真相も──決して目新しい謎解きではないんだけども、図書館が閉鎖されるような田舎町の、おそらくは開発からも取り残されているのであろう田舎町ならではの悲しさというのが浮かび上がってくる。特にその「犯行」の様子を想像するとね…。

 という「悲しみ」を底辺にたたえつつも、いや、でもやっぱ楽しいのよ。特に移動図書館と地域住民の関係にはいちいち笑った。返す本を木の下に置いとく習慣って何なのそれ。返却期限切れの本を当たり前のように家に置きっぱなしにするなよ! 延滞金という制度があってもやはり図書館ユーザーとは期限を守らないものなのか。司書の苦労がしのばれる。

 次の巻ではいよいよ図書館業務が開始されるんだろうか? おもしろおかしい住人たちとの関係はどうなるんだろう? また楽しみなシリーズの登場だ。