日本シリーズを振り返る

 ダンナのリハビリ通院の日。
 病院前の喫茶店(
拙著にも出てきたドラファンのマスターとママの店)でも病院内でも「負けちゃったのは残念だけど、でもなんか不思議と満足したよね」という意見が飛び交う。もちろんあたしも同意見。
 あれだけの試合を見せてくれたらもう、たとえ負けようが文句なんか言えない。言えるわけない。むしろ「ありがとう!」と。「めちゃくちゃ興奮したよ、いいもん見せてもらったよ!」と。
 そんな気持ち。

 というわけで負けた割には実に清々しい──いや、2日連続の寝不足なので決して清々しくはないか──戦後を迎えた今日、球史に残る今年の日本シリーズを振り返ってみる。

10月30日 第1戦:ナゴヤドーム D2ー5M

 中日の先発は吉見。09年は最多勝に輝いた吉見の、10年の目標は「
お立ち台で笑いをとる」ことだった。吉見は頑張った。1年間フルに頑張った。しかし彼が練りに練った面白コメントは、「ファンの皆さんにメッセージを」と言われ「おなか空いたんで、早く帰ってご飯食べたいんで、皆さんも気をつけて帰ってください」というような、なんというかその、えっと、彼の気持ちを分かっているファンですら「どうしたらいいんだ……」と戸惑うようなものであったことは残念ながら否定できない。
 この吉見の苦悩を野手も知っていた。もうこれ以上、吉見に無理はさせられない。彼がお立ち台に立つ度に、「今度も面白くなかったらどうしよう」とファンを悩ませるのも忍びない。そんな吉見への友情とファンへの愛情故に、お立ち台に吉見を立たせないよう、敢えて初戦を落としたドラゴンズなのであった。

10月31日 第2戦:ナゴヤドーム D12ー1M

 チェンはなかなか打てまチェン。チェン先発の試合は負けまチェン。おまけに台湾の人でありながら、ドラゴンズの平(ごほごほっ)……えっと、そこらの若手選手より日本語に堪能ということもあり、今日は安心してチェンをお立ち台に上げられるとばかり野手陣も打ちまくった。この友情に感じるところがあったのか、チェンは後にポスティングによるメジャー移籍を延期、来季もドラゴンズでプレイすると宣言することになる。チェンはどこにも行きまチェン。

11月2日 第3戦:マリンスタジアム M7ー1D

 ドラゴンズの先発は、あの07年の日本シリーズで8回まで完全試合をやり、今年の8月にも対巨人戦で8回までノーヒットノーランをやった山井である。もし野球が8回までのスポーツなら彼は間違いなく日本一、いや、世界一の投手として君臨するであろう。
 しかしここで注意を喚起したい。完全試合やノーヒットノーランというのは投手一人の力でできるものではない。捕手のリードや野手の好守備あってこその記録なのだ。山井はそれをちゃんと分かっていた。慣れぬ球場、慣れぬ人工芝、慣れぬ照明、そして風。山井は自らの記録を犠牲にし、各ポジションを守る野手に対し、できる限り多くの守備機会を作ることに専念した。フライありライナーありゴロあり、その様子はさながら守備練習のごとし。このコースに投げると打たれ、この方向への打球は風が押してホームランになる、そういった情報を山井は身を以て野手や後続の投手たちに示したのである。野球とはチームワークのスポーツである、ということを山井はファンの胸に刻みつけた。ありがとう山井。君の死はムダにしない。(死んでない死んでない)

11月3日 第4戦:マリンスタジアム M3ー4D

 山本昌、45歳。200勝投手。ラジコン大会での優勝数を加えればとっくにカネやんを抜いているであろう日本球界の至宝である。そんな彼にもまだひとつだけ手にしてない勲章があった。日本シリーズの勝利である。昌が日本シリーズで勝ち投手になる日、それが昌にとって投手生活の完成形となるのだ。
 しかしそれは言い換えれば、目標を達成したあとの燃え尽き症候群を招きかねない。昌さんにはまだやめてもらっては困る。球界には昌さんが必要なんだ。そんな思いをマリーンズのナインはバットに込め、涙をこらえて昌を追い上げた。そして「より長い選手生命」のために「目先の勝利」を捨てるよう、昌を促したのである。ありがとうマリーンズ。あなたがたのおかげで昌は来年も現役です。
 試合はその後延長戦に突入。ドラゴンズファンは平均3回吐きそうになり、平均4回胃がモゲそうになる。ツイッターのTLは「胃薬をくれ」というツイートで埋め尽くされた。いつも通りのドラゴンズ野球である。普段通りの野球ができた方が勝つのは当然の理。浅尾が作ったワンアウト満塁の場面、リリーフした聡文は三直ゲッツーという離れ業を見せ、昌が27年かけても手に入れられなかった日シリ初勝利をあっさり手にした。ちなみに聡文は今年27歳である。なお、あのゲッツーの瞬間、TLが「ちびった」で埋め尽くされたことは言うまでもない。

11月4日 第5戦:マリンスタジアム M10ー4D

 中田賢一。ドラゴンズの暴れ馬。その暴れぶりたるや、三者連続四球のあとで三者連続三振にとるという、サドっ気満載のピッチングが癖になるファンも多い。野手いらんがや。しかし暴れ馬には欠点がある。異様に試合時間が長くなるのだ。以前、同じタイプのパ・リーグの暴れ馬・新垣(ホークス)と交流戦で投げ合ったときなど、1回の表裏が終わるのに45分かかったことがある(事実)。
 ところでこの日、幕張は冷え込んだ。ドーム球場ならまだしもマリンスタジアムでの長時間野球はファンに風邪を引かせてしまう。本来100球を超えてから真骨頂を発揮する大器晩成肩の中田ではあるものの、ファンの健康を第一に考え、早々にマウンドを降りるという決意をしたのであった。これは同時に「名古屋で2試合できる」という名古屋のファンへのサービスであったことは論を俟たない。
 尚、ホームランや決勝打を打つ度に「神様のおかげです」とコメントするブランコだが、このマリン三連戦、彼の神様は東京駅で京葉線ホームの場所が分からず、球場にたどり着けなかったことが後に判明した。

11月6日 第6戦:ナゴヤドーム D2−2M(延長15回、規定により引き分け)

 もう先発が誰だったかなんて、大化の改新くらい遠い昔のことになってしまった5時間51分の死闘。試合終了は日付が変わる直前。そりゃ幕張に比べてナゴドなら、空調は完備されてるし風はないし客が風邪をひく心配はないだろう。しかし終電の時間くらいは考慮していただきたい。夜中過ぎに何時間も歩いて帰ったファンやマンガ喫茶で一晩明かしたファンにはただただ頭を垂れるのみ。
 あまりの長さにツイッターでは途中から試合の趨勢より「解説席の野茂、起きてる?」という声の方が大きくなったほどである。もはや中日対ロッテの試合ではなく、試合時間対野茂の闘いであったと言えよう。翌日、知り合いにその話をしたら3人に1人の割で「え、野茂、いたの?」という返事が返ってきた。
 それにしても本来なら、ナゴヤドームでこのような展開で延長戦に持ち込んだら、ドラゴンズの勝ちパターンの筈。セ・リーグ相手ならサヨナラ勝ちの確率は9割を超えていたところだ。なのに勝ちきれなかったというあたり、やはり日本シリーズならではの重圧だろうか。

11月7日 第7戦:ナゴヤドーム D7−8M(延長12回)

 6対2でリードしたとき、勝ったと思った。
 河原が打たれ、6対6になったとき、まずいと思った。
 ネルソンが力つき、6対7になったとき、負けたと思った。
 9回裏、和田が三塁打、ブランコの犠牲フライで追いついたとき、全尾張が震えた。

 そのあとは、勝ち負けなんかもうどうでもいい、という気持ちになった。
 試合が、野球が、最高にエキサイティングだった。

 試合後、落合監督が「誰も責めない。今日は褒めてやる」という談話を出した。けれどファンは、監督がそう言う前から、試合中から「誰も責めない」と思っていた。2試合連続でイニングイーターの役割を果たしてくれたネルソンや、4イニングをまたいで投げた浅尾。彼らが打たれても、いったい誰が責められる?

 追いつかれてしまった河原も、逆転打を許したネルソンも、そのあとを引き継ぎミラクルなゲッツーを2回とった聡文も、悲運の負け投手になった浅尾も、そして岩瀬も、結果がどうであれ、彼らがベンチに戻ってきたとき、スタンドからは「よう投げた!」「ありがとう!」という声が飛んだという。試合中なのに、である。こんな泣ける話、ちょっとない。

 だから今日、会う人会う人が皆「残念だったけど、満足したね。充分だね」と清々しく笑い合えたのだ。

 それと。
 第7戦の試合中、あたしのツイッターのTLを埋め尽くした
「浅尾って可愛いだけじゃなくてスゴい!」が嬉しゅうて嬉しゅうて。あの浅尾の魂のピッチングを見て「中日ファンになってしまった」という人が続出。
 特に、テレビの演出なんだろうが、ピッチャーの顔のアップとバッターの顔のアップを交互に映したりなんかした日にゃあ、緊迫すべき場面にも関わらず「いやあ、申し訳ありませんけど、顔じゃあうちの浅尾のコールド勝ちですな、へっへっへ」とニヤけてしまったものだった。いやあ、だってねえ、別にマリーンズの選手がどうこうではなくてさ、バッターが誰であっても、あのカメラワークは比べられる相手が可哀想でしょう。特に里(げふんげふんっ)。

さあ、立浪以来の全国区の選手がやっと出てきたよ!
全国の皆さん、あれがうちの浅尾拓也です!

 拙著イラストを描いて下さったmihoroさんが、こんな可愛いイラストを描いてくれました。拙著イラストの仕事のせいで、何の興味もなかったドアラを何も見ないでも描けるようになったという「今後、使い道のない能力」を身につけられたmihoroさんに、来年こそ、喜ぶドアラのイラストを描いてもらえますように。

 マリーンズファンの皆さん、おめでとうございます。
 そしてドラゴンズファンの皆さん、お疲れさまでした。今年も楽しかったね!