今週のワタクシ12/25

12月19日 日曜日
 正午及び深夜0時にパソコンの前にいられるときは「12時ドラゴンズ」という時報(?)をツイートすべく虎視眈々とスタンバッている。これはドラゴンズファンの間で有名なサイトオーナーヨウゾウさんが始めたもの。この崇高にして一分の隙もないダジャレ(反論却下)を先に思いつかれてしまったという事実に、あたしは今、ヨウゾウさんに激しく嫉妬している。鈍ったもんだな、あたしも。ふっ。

 ところが鈍ってるのはダジャレ脳だけではなかった。「12時丁度に12時ドラゴンズって書くんだ♪」と2分前までは覚えてたのに、その時刻丁度にはなぜか忘れてて、でもって2分後に「しまった忘れてた!」と我に返るという状況の繰り返しなのである。鈍ってるにもホドがある。この脳味噌の衰えはどうなんだと自問せずにいられない。それより46歳にもなってそんなことに懸命になっている状況を自問すべきではないのかという冷静な指摘をするような思いやりのない子はおばちゃん大嫌いです。
 
12月20日 月曜日
 
谷山浩子さんに「鳥籠姫」という歌があるという。

 今、「うーろん姫」と読んだひと、正直に手を挙げなさい。

12月21日 火曜日
 取り急ぎ必要な本が、講談社文庫O女史の尽力で届いた。封を切ると、本と一緒にクリスマスカードが出てきた。こういうのって嬉しいねえ。

12月22日 水曜日
 いよいよインソール作成開始。
 織田先生(仮名)もインソール作りは練習中で、あたしはその練習台。だからって作業中にマニュアル読まれるとちょっと不安なんですけど先生……。あと、テーピングしながら「めんどくせえなあ」って言うのはどうなの。ねえどうなの?

 今日は2時間で一旦終了。病院にiPodを忘れてしまい慌てていたら、織田先生が家まで届けてくれた。すみませんすみません。2時間裸足で冷たいリノリウムの床の上を何度も歩かされて、揉まれて巻かれて押されてひっくり返されて放り出されて、すっかり冷えちゃったことなんかもう恨んでませんええ恨んでませんとも!
 
12月22日 木曜日
 年賀状を書きながら
「十二支ドラゴンズ」というネタを思いつく。
 来年はウサギ年。野球界でウサギと言えばあそこだ。でもってその次が辰年なので、再来年の年賀状にはウサギを蹴り出す竜を描いて「十二支ドラゴンズ」という一言を入れることに決定。ふふふ。

 あ、その前にウサギは虎を蹴り出すのか。巧くできてるなあ。<何が。バファローズがセ・リーグにいれば、4球団繋がったのにな。
 
12月23日 金曜日
 冷蔵庫と食品庫の大掃除をしたら、空き瓶と空き缶が、ガンダムが作れそうなくらい出てきた。
 てか中国人ならホントに作りそうな気がする。

12月24日 土曜日
 この日の夜7時過ぎに仕事メールを出したら、ソッコーでリプライをくれた編集さんに幸あれ。

 そしてこのイブの最大の衝撃は、
良太と水田のトレード
 阪神ファンの皆さん、良太をよろしくお願いします。一生懸命な、いい子です。ホントに一生懸命なんです。一生懸命過ぎて空回りします。あと、ファーストを守らせると、ライトからの素晴らしいバックホームをわざわざカットし、しかも落球します。長所はバッティングです。飛びます。ただ飛ぶ方向が前とは限りません。足はあまり速い方ではありませんが、サヨナラゲームでの飛び出しは天下一品です。あと、ヤジが巧いです。それから、えっと、あ、そうだ、乱闘になったら屈強な外国人選手を押さえるのが仕事です。ホントにいい子なんです。あとは野球さえ巧ければ、言うことなしの子なんです。どうかよろしくお願いします。

12月25日 土曜日
 
昨日24日が土曜日だとばかり思い込んでいて、そこから遡って日記を書いたら途中から日付と曜日がひとつずつズレていたことに気付く。でも面倒くさいからこのまま行く。この日記の途中で時空が歪んでいることに気付いた人に、メリークリスマス!

 付記:友人からグリーティングメールが来た。「メリクリ! ことよろ!」と書いてあった。
    ……ことよろ? あと1週間ですが。

TBSラジオ「dig」を聞く

 昨夜、TBSラジオのdigという番組を初めて聞いた。
 毎日何かひとつニューストピックスを取り上げ、それについて深く掘り下げるという番組だそうだ。dig=掘る、ってことですね。

 大森望さんが出て
「KAGEROU」及び文学賞について話すというので、ポッドキャスト探したりネット見たりしてたんだが、CBCでやってるとツイッターで教えられ、がっくりと膝をつく。だって知らなかったんだもんっ。

 展開としては、番組パーソナリティの大西さん(男性)が貶し役に回り、大森さんがそれを否定したり肯定したりしながら、小説の読み方や新人賞のあり方にはいろんな基準があるのだよ、という方向に持って行くという感じ。
 大森さんの
「KAGEROU」評はツイッターでしか見てなかったけど、それでも「叩く」というスタンスではないことは分かっていたので、安心して聞けた。

 「よし!」と思ったのは、番組パーソナリティの水野さん(女性)が「ポプラ社小説大賞ってどんな賞なんですか」と訊いてくれたとき。そうよそれが大事なのよ、と。あれで大森さんが賞の特性をちゃんと紹介できた。これは大きい。
 叩く側も、「読んだけど面白くなかった」という言い分ならそれは正直な感想としてアリだけど、「賞をとるのはおかしい」と言うからには、どういう賞なのか、どういう作品が過去に受賞してるのか、そういうところをちゃんと踏まえてからじゃないと言えないはずだもの。

 あと「ダジャレが寒い」という見当ハズレの批判についても、ちゃんと触れてくれたのは溜飲が下がった。別に著者のダジャレセンスが悪いんじゃなくて、「寒いダジャレを言うキャラクタ」として造形されてるんだよ、だから当然なんだよ。当然のことなのに、あれを見て著者のダジャレセンスを云々するって、よほど普段、小説というものを読み慣れてないんだろうなあ。読み慣れてないのに批判するってのもわからん。

 それにしても、「挫折を味わってるから」「奥さん難病で」「帰国子女で中学まで日本語が巧く使えなかった」みたいな著者の情報を前提に作品が読まれるってのは、有名人の場合は仕方ないとは言え、小説にとっては不幸な話だよな。
 世に出てるほとんどの小説は、なんらかの形で著者の来し方が現れてるものでしょう。でも読者はそんなことは知らないし興味もないので、そこに描かれた物語を自分に引き寄せて読むことができる。感情移入し、自分だったらと想像し、ドラマに入ることができる。

 でも
「KAGEROU」の場合、おそらく読み手は病気の少女アカネちゃんに絢香さんを重ねるだろう。
 機械に繋がれ、それを離れることは死を意味すると知りながらも、そのくびきを解こうとする主人公に、読み手は事務所を離れた著者自身を重ねるだろう。

 水嶋ヒロが好きで、彼に興味があって本書を手にした人にとっては、だから格好の題材とも言える。けれど小説としては、これはちょっともったいない読まれ方。そして「物語が好きな読者」にとっても、これは残念なことではないかしら。

ファッションの別れ道

 メリクリっ!

 数年前、「あけおめ」という言葉が出たときには「何そのフザけた略し方は。日本語なめんな」などと憤慨していたものだが、今やすっかり平気。慣れるものだなあ。もちろん時と場合と相手を選ぶことは大事ですよお嬢さん。

 というわけでメリクリだし(←流行言葉を間違って使った例)、今日はダンナのリハビリ通院の送り迎えも、ちょっとオシャレして行きましょうかね、寒いしね、やっぱり今年流行のコレの出番でしょ。と、取り出したのは、ファーのベスト。ほら、こういうやつですよ。→
 あ、これは広告をそのまま引っ張って来た写真で、あたしじゃありません。わかってますかそうですか。

 今年流行ってるから買ったわけじゃないぞ。3年くらい前に、姑がよく利用しているブティックに付き合ったとき、姑とブティックのママの二重攻撃でなんか巧く丸め込まれて買ったやつだ。でもけっこう良い品なの。ウサギの毛皮なの。あ、動物愛護がどうとかは、話が小難しくなるのでここでは言わないように。ドラゴンズファンがウサギ着てどうするよ、というツッコミも無しでプリーズ。だって竜皮の服なんかないじゃん、ねえ?

 てなわけで、なかなか良いファーベストなのだが、なんとなくこれまでは着る機会がなかったのよね。でも今年、ようやくファッションがあたしに追いついたと言えましょう。買わされたときには、まさかこれが流行るとは思ってもなかったが、姑とブティックのママの先見の明かそれとも年の功(あわわ)か、こうして流行ってるんだもん。着ない手はない。

 着たよ。着てみたよ!

 
鏡の中に、マタギがいた。

 なななな、なんで? なんでなの?

 この広告のお姉ちゃんはかっこいい。こないだ道端ジェシカが着てるのを見たけど、あれもかっこよかった。なのになぜあたしが着るとマタギなの?! 何が違うの?!
 髪型か。いや、実はあたしの今の髪型は、この広告のお姉ちゃんとほぼ同じである。
 じゃあ顔か。顔はまあ、お姉ちゃんと同じとはさすがに言わないが、まあ、その、パーツの数とか機能とかにはさほど違いはないぞ。
 立ち方? そう思って広告のお姉ちゃんと同じ格好を鏡の前でしてみたが、
マタギが猟銃を肩に担ぐポーズにしか見えない……。

 この一件をツイッターで書くと「私もマタギになりました」というコメントが続々と。マタギ仲間が一気に集う。集いたくなかった……。いや集ってもいいが、その中に入りたくなかった……。
 おりしも今日はクリスマスイブ。
 皆の衆、トナカイ撃ちに行くだよ。鍋の支度して待っててけろや母ちゃん。

 【設問】同じファーベストを着て、マタギに見える場合と見えない場合の境界線は何なのか、50字以内でまとめなさい(10点)。提出はツイッターで @ohyeah1101 宛に。

年賀状の落とし穴

 わー、もう19日なのにまだ年賀状何もやってねええっ!
 と焦りまくっていたらダンナが「宛名のチェック、やるよ」と声をかけてくれた。ああ、それは助かる。

 ダンナの患っている失語症というのは、ただ単に言葉が不自由になるってだけじゃなくて、処理速度が遅くなったり、マルチタスクが苦手になったり、集中力が続かなくなったり、注意力が落ちたりという、複合的な障碍がついてくる。これを高次脳機能障碍と言います。
 ただ、気長なリハビリでかなりの分、回復する。パソコン使ったりってえのも脳への刺戟には良いので、時間かかってもいいからダンナに任せられれば、あたしも楽だしダンナのリハビリにもなるって寸法だ。てか、高次脳機能障碍のはずのダンナの方が五体満足のあたしよりパソコンには強いんですけどね。

 で、「このソフトを使えば、こうで、こうなって」と説明してくれるダンナ。昨年年賀状を出した一覧をリストにして我が家の共有フォルダに入れたから、削除や変更があったら指摘しろと言う。言われるがままに○×をつけてダンナに返す。

 永井するみさんの項を線で消すとき、ちょっと泣きそうになったりしつつ。

 で、ファイルを戻されたダンナがそれを宛名ソフトに取り込み、あーだこーだやって、「途中まで出来たよ」と言ってきた。おお、早い。あとは、今年の新規追加分を渡して、家族用と仕事用に分けて──枚数が出たらハガキ買ってこなくちゃね、と考えてたらダンナが言う。

 「大矢の親戚は、はずしたけど、大分(あたしの実家)は?」
 「え、何が? はずしたって、何で?」
 「喪中だから」
 「あれ? 喪中の家、あったっけ? でもあたしの実家は関係ないから出すよ?」
 「いや、だから、喪中だから」
 「大矢の親戚が喪中でも、あたしの実家は関係ないっしょ?」
 「だから、
喪中なんだってば! うちが!

 へ?

 
「今年、おばあちゃん、死んだじゃん!」

 
どっしぇえええええええええ!

 そそそそうだった、夏に父方のおばあちゃんが亡くなったんだったーーー! 忘れてた忘れてたよ、どうしよう。だってもう12月19日。今から喪中欠礼のハガキ出したって、受け取る方が困るだろう。いや、喪中の側が年賀状を出してはいけないってだけで、貰う分には構わないのだ。だからいいのだ。いいのだけれど、でも慣習として喪中欠礼のハガキを貰ったら、そこには出さないよねえ。年賀状書いちゃったあとで喪中ハガキが来るってのは、余計な混乱を引き起こすだけだろう。

 「どうしてもっと早く……せめて11月のうちに思い出してれば」
 「何度も言ったよ。でも、伝わってないなあ、って」

 嗚呼、これが失語症。そうか言ってたのか。伝えようとしてたのか。しくしく。
 そう言えば! 年賀状の話題になる度に、「もち、もち」と。餅は正月だ、てかアンタ嚥下障碍もあるんだから餅は危険だよやめとこうよと思ってたのだが、あれは喪中の意であったか! ごめんよわかってあげられなくて。あきらめずに、伝わるまで頑張って欲しかったよダーリン……。

 「まあ、仕事は、喪中とか、関係ないから、いいかって」

 ……そう、そうよね。うん。おばあちゃんは心の中に生きてることにしよう。

 このことをツイッターに書いたら、
太田忠司さんを「わあああ、たった今、大矢さん宛の年賀状の印刷をしてしまった。」と慌てさせてしまった。すみませんすみません。
 ということでおばあちゃんはまだ死んでないことにして、何食わぬ顔で年賀状書きますので、どうか皆様、お気になさらず。