年賀状の落とし穴

 わー、もう19日なのにまだ年賀状何もやってねええっ!
 と焦りまくっていたらダンナが「宛名のチェック、やるよ」と声をかけてくれた。ああ、それは助かる。

 ダンナの患っている失語症というのは、ただ単に言葉が不自由になるってだけじゃなくて、処理速度が遅くなったり、マルチタスクが苦手になったり、集中力が続かなくなったり、注意力が落ちたりという、複合的な障碍がついてくる。これを高次脳機能障碍と言います。
 ただ、気長なリハビリでかなりの分、回復する。パソコン使ったりってえのも脳への刺戟には良いので、時間かかってもいいからダンナに任せられれば、あたしも楽だしダンナのリハビリにもなるって寸法だ。てか、高次脳機能障碍のはずのダンナの方が五体満足のあたしよりパソコンには強いんですけどね。

 で、「このソフトを使えば、こうで、こうなって」と説明してくれるダンナ。昨年年賀状を出した一覧をリストにして我が家の共有フォルダに入れたから、削除や変更があったら指摘しろと言う。言われるがままに○×をつけてダンナに返す。

 永井するみさんの項を線で消すとき、ちょっと泣きそうになったりしつつ。

 で、ファイルを戻されたダンナがそれを宛名ソフトに取り込み、あーだこーだやって、「途中まで出来たよ」と言ってきた。おお、早い。あとは、今年の新規追加分を渡して、家族用と仕事用に分けて──枚数が出たらハガキ買ってこなくちゃね、と考えてたらダンナが言う。

 「大矢の親戚は、はずしたけど、大分(あたしの実家)は?」
 「え、何が? はずしたって、何で?」
 「喪中だから」
 「あれ? 喪中の家、あったっけ? でもあたしの実家は関係ないから出すよ?」
 「いや、だから、喪中だから」
 「大矢の親戚が喪中でも、あたしの実家は関係ないっしょ?」
 「だから、
喪中なんだってば! うちが!

 へ?

 
「今年、おばあちゃん、死んだじゃん!」

 
どっしぇえええええええええ!

 そそそそうだった、夏に父方のおばあちゃんが亡くなったんだったーーー! 忘れてた忘れてたよ、どうしよう。だってもう12月19日。今から喪中欠礼のハガキ出したって、受け取る方が困るだろう。いや、喪中の側が年賀状を出してはいけないってだけで、貰う分には構わないのだ。だからいいのだ。いいのだけれど、でも慣習として喪中欠礼のハガキを貰ったら、そこには出さないよねえ。年賀状書いちゃったあとで喪中ハガキが来るってのは、余計な混乱を引き起こすだけだろう。

 「どうしてもっと早く……せめて11月のうちに思い出してれば」
 「何度も言ったよ。でも、伝わってないなあ、って」

 嗚呼、これが失語症。そうか言ってたのか。伝えようとしてたのか。しくしく。
 そう言えば! 年賀状の話題になる度に、「もち、もち」と。餅は正月だ、てかアンタ嚥下障碍もあるんだから餅は危険だよやめとこうよと思ってたのだが、あれは喪中の意であったか! ごめんよわかってあげられなくて。あきらめずに、伝わるまで頑張って欲しかったよダーリン……。

 「まあ、仕事は、喪中とか、関係ないから、いいかって」

 ……そう、そうよね。うん。おばあちゃんは心の中に生きてることにしよう。

 このことをツイッターに書いたら、
太田忠司さんを「わあああ、たった今、大矢さん宛の年賀状の印刷をしてしまった。」と慌てさせてしまった。すみませんすみません。
 ということでおばあちゃんはまだ死んでないことにして、何食わぬ顔で年賀状書きますので、どうか皆様、お気になさらず。