足の裏・西洋医学編

 大御所推理作家の小説がドラマ化されるとき、その著者の名前が冠として使われることがある。
 よく見るところでは「西村京太郎サスペンス」「山村美紗サスペンス」などがそうで、別のパターンとして「松本清張の『黒革の手帳』」「東野圭吾の『白夜行』」なんてえのもある。
 ところで、同じようにドラマに名前を冠される大御所作家に夏樹静子さんがいる。でもって、彼女のとある短編がドラマ化されたときも、ご多分に漏れず「夏樹静子の」という枕詞がついたわけだが──。

 その短編タイトルが「足の裏」だったのは、不幸な巡り合わせというしかない。

 新聞のラテ欄にばばんと載った
「夏樹静子の足の裏」。何をやるんだ2時間も使って。見ていいのか。っていうか見たいのか。そもそも誰か局内で止める人はいなかったのか。この話はミステリファンの間では有名なものなんだが、おかげで夏樹静子さんと言えば足の裏、足の裏と言えば夏樹静子さんという、非常に間違った印象をずっと持ち続けるハメになった。いや、「足の裏」は名作短編ですよ「夏樹静子のゴールデン12」で読めますよ。<何をとってつけたように。

 てな話はさておき(さておくのか)、今朝、朝食を食べ終わって立ち上がり、数歩歩いたとき、いきなり左足の内側がズキっと痛んだ。歩く度に、内側のくるぶしの前後が痛くて、まともに歩けない。ぶつけたわけでもないのに、何だこれは。
 じっとしてれば痛みはないのだが、歩くといきなり痛い。底が厚いクッション仕様のスリッパを履くとだいぶ楽。これでは生活に困るので、整形外科に行ってみた(靴を履くとだいぶ楽になった)。

 この病院はダンナがリハビリでお世話になってるところで(
拙著に出て来たK病院です)、医療事務員さんも看護士さんも顔見知り。診察室に入って、左足の内側のラインから内くるぶしにかけてが歩くと痛いんです、ときどき足の甲や足首の方にも痛みが広がるんです、と訴える。
 すると先生はあたしの足の裏を見始めたではないか。先生に向けて足の裏を突き出した状態で、「ほう、内側のくるぶしの下んとこの骨が出てるねえ」「あ、それは昔からです」などと言いながら親指をぐっと反らし、足裏の筋を伸ばした状態であちこち抑え始める。
 いえ先生、足の裏ではなくて、土踏まずの脇のあ──
いでぇぇぇーーーーーーー!

「いだいいだいいだいいいいい!」
「うん、やっぱりここか。これね、ソクテイ──足の底って書くんだけど、足底の腱の炎症」
「えーでも歩く時は足の裏なんて痛くもなんともないですよ」
「でもこうすると痛いでしょ(ぐりぐり)」
「いだいいだいいだああああああ!」
「ね、ここの腱が炎症起こしてるんだよ。だからここと繋がってる上の方まで痛くなる」
「だって一番痛いのは内くるぶしのあたりなんですよう」
「でもこうすると痛いでしょ(ぐりぐり)」
「いだぁぁぁぁあああごめんなさいごめんなさいごめんなさい!
 っていうか
痛いのわかってんなら押さないでもいいでしょ先生!

 楽しんでるとしか思えない。

「最近、いっぱい歩いたとかスポーツしたとかぶつけたとかの心当たりは?」
「いえまったく。むしろ運動不足気味なほど」
「まあ、これは原因不明でいきなりなるからね」
「不明なんだ……。骨とか腫瘍とかの怖い病気ってことは」
「ないない。湿布出しとくから足の裏に貼っといて」
「はあ……怖い病気じゃなきゃ、まあ、いいんですけど」
「でもこれね、一度なるとクセになるよ。何度も再発するよ〜」
「げ」
「つま先に体重かけると痛いから、踵で歩くようになるよ〜」
「げ」
「そうすると今度は腰に来るんだよね、あははははは」

 
絶対楽しんでるだろジジィっ!

 つまるところ、足底腱鞘炎(だったか筋膜炎だったか)ってことで、湿布出されておしまい。でもエラいもんで、痛い内くるぶしではなく足の裏(押されて死ぬほど痛かったところ)に湿布貼ってたら、ちょっと痛みは和らいできたよ。足の裏、侮りがたし。

 ところで診察後、事務員さんから「大矢さん! 
昨日の中日新聞見ましたよ!」と声をかけられた。まえの会社では合コン部員さんだったという美人事務員さんで、ダンナのリハビリ予約の調整にいつもお世話になっている人だ。

「あ、ご覧になりました? あれ写真載ってたから恥ずかしいんですよね」
「大矢さん、
メガネはずしてお化粧したらキレイなんじゃないですかー!

 なんかはっきりとケンカ売られてる気がするんですが。ほぼ2年間、毎週のように会ってますよねずっと顔見てましたよねお姉さん? で、今更のセリフがそれ? それなの?
 〈一度決着をつけねばならない人リスト〉のトップに名前を刻み込み、足を引きずりつつ病院を後にしたのであった。