足の裏・衝撃のB

 盟友いつみと一緒に近郊のスポーツオーソリティへ。病院の理学療法士さんが教えてくれた、ニューバランスのフィッティングイベントに行くのだ。予約もとって、既に電話で足の状態と勧められた靴も伝えてあるのだ。

 イベント会場(というか売場)に行き、予約と名前をいうと既に電話取材の結果「このあたりかな」というのを準備してくれていた。が、もちろんちゃんと計測します見てもらいます。ミズノやアシックスでもらった計測データも見せます。そして今度こそはという期待もあっさり裏切られ「扁平ですね」とのご託宣。しくしく。わかったわよ認めるわよもう。

 「アーチが低い、というのもそうなんですが、そもそも足が薄いですよね」というシューフィッターのお兄ちゃん。「電話で伺ったお話では治療院で
ニューバランスのWW584を勧められたということですが……うーん、この足でインソール作るんだとむしろ……」とちょっと考えた後で、「これ、お電話でお話を聞いてご用意させて戴いたものなんですが、とりあえず履いてみてください」と一足出してきてくださった。タウンウォーキング用の、柔らかいベージュのシューズ。あ、これなら洋服も合わせ易い。そして履いてみると、あ、ピッタリ!

 でも「ピッタリです、すごくいいです」というあたしの言葉にお兄さんは納得しない。歩いてください、という。一回りしてみる。あれ?

 「これ、すごくいいんですけど、足が内側に倒れる症状は矯正されてないような」
 「やっぱり……。やっぱりこれじゃ柔らか過ぎるんだなあ。倒れてるもんなあ」

 そうなのだ、すごくいいんだが、足を痛めた最大の原因である「足が内側に傾く」というのがこの靴ではまったく治らず、履いて立っただけで上から見ると思い切り内重心になってるのがわかるのだ。履いた感じは良かったのに……。

 「病院の先生からは、踵のホールドや中敷以外で何か指定されましたか? 革靴にしろとはいわれてないんですね? だったら……実はお客様の足を拝見したとき、これをお勧めしたいという候補がひとつ浮かんだんですよ。それ持ってきますんで、ちょっと待っててください」

 そしてお兄ちゃんが持ってきた靴を見て、あたしはひっくり返った。いつみもひっくり返った。

    WR760

    
なんぼなんでも派手じゃね?!

 てか、ランニングシューズ? 運動靴? パンツスーツにも合わせ易い、こじゃれたブラウン系の革のタウンシューズという目論見はどこに? カジュアルなデニムやトレーニングウェアとしか合わせられなくね? てかスカート穿けなくね?

 とりあえずお兄ちゃんの言うがままに、これを履いてみる。お兄ちゃんが紐をきりきりしばりあげる。げ、なんか血ぃ止まりそうなんですけど。後ろでいつみが「それくらいきつく縛るもんなの!」とお兄ちゃんを支持する。「これで歩いてみてください」

 ……あ、何これ。柔らかいのにしっかりしてる。指が中で動くくらい余裕があるのにしっかりホールドされてる感じ。そして歩くと、ついぞ感じたことの無かった「足の指で地面を蹴ってる」という感覚がくっきりと!

 「うわ、なんかこれまでとぜんぜん違うんですけど。なんで?」

 お兄ちゃん、満足げににやりと微笑み、

 「サイズは長さと幅だけじゃなくて、甲の高さも大事なんです。お客様の場合、足の甲が低い──というより薄いので、他の靴だとどうしても隙間ができるんですよ。このWR760というシリーズは他に比べて甲の前の方が低く作られてまして、その割に指の部分はちゃんと反ってるので、お客様に合うんじゃないかと
一目見て思いました

 
プロフェッショナル!

 「でもちょっと問題があります。お客様の足の指──特に親指の爪はかなり上向きですよね」
 「ああ、これ、生まれつきなんです。手の指の爪も反り返ってますもんあたし。ほら」
 「ホントだ……。この靴、他はいいんですけど、ちょっと親指が当たってるんですよね」

 それは自分ではまったく気にならない程度。でもお兄ちゃんは靴の上から親指を押さえ「動かしてみてください」「上げてみてください」といろいろ試したあと「惜しいな……」と呟いた。

 「ちょっと待ってくださいね、他のを持ってきます」

 さあ、それからお兄ちゃんの熱意が炸裂だ。これはどうだ、踵のホールドが甘い。こっちはどうだ、内くるぶしが当たる。お兄ちゃんが頭をかきむしって叫ぶ。
「どれも合格点にちょっと足りない!」最早、あたしがどうこうより、お兄ちゃんのシューフィッターとしての矜持と職人魂が場を支配する。

 そして、迷ったときは原点に帰る。これはすべての基本だ。
 結局最初にお兄ちゃんが勧めてくれた、上の写真の靴。いろいろ履いた結果、あれを超えるものはなかった。お兄ちゃんも「インソールを作ってアーチができれば、指もちょっと押さえられるはずなので、これがベストだと思います」と納得(もしくは妥協)した様子。

 「このまま履いてくから」ということでタグを切ってもらいながら、ふとサイズを見てなかったことに気がついた。「これ、サイズいくつですか?」

 「23.5cmです」
 「え、24.0じゃないんだ。ぴったりだから24かと思ってた」
 「型番によって微妙に形が違うので、サイズは靴によって変わるんですよ」
 「へえ……で、幅は? やっぱり1Eですか?」

 
「いえ、です」

 B?! びびびびびびびびびびびいいいい〜? うしろでいつみも仰け反る。

 「Bって、え、えええ?」
 「1Eの下がD、その更に下がBです」
 「
それって最早、纏足なのでは……!
 「でも履いてみて、これが一番フィットしたでしょう?」
 「ええ。それは確かに」
 「幅も、靴によって微妙に違いますから。
  こっちの靴では2Eの人がこっちだとDなんてこともあります。
  実はうちでは1Eの靴ってあまり作ってないんですよ。
  その代わり、DやBはけっこうあるんです。
  お客様の場合は実寸だと1Eですが、幅より薄さの方が問題で、
  インソールを入れて土踏まずを上げてやると更に幅は小さくなります」
 「ひええええ、でも、でも、Bって! あたしずっと3E履いてたのに……」

 うしろからいつみが感に堪えたように一言。

 
「Cカップだと思ってたらAカップだったみたいなものよね」

 「違う」「違います」

 あたしとお兄ちゃん、ふたりしてソッコー否定。なんだその比喩は。長年のジム通い&フィットネスおたくのいつみには、的確なアドバイスを期待し付き添ってもらったというのに、そのキャリアに基づいて出た発言がそれか。それなのか。ジムで何を習ってるんだキミは。
 それでも「このシューズ、派手なのが嫌なんだったら紐を黒にしたら?」というかろうじて面目の立つアドバイスをもらい、且つ、紐遠しまでやってもらったので良しとしよう。

 さあ、明日はこの靴で病院に行き、織田先生(仮名)に見てもらうよ!
 実は買った直後に写メ撮って送ったんだけど、返事がないのよね。デート中だからなのか、やる気がないからなのか、そのあたりも明日じっくり問いつめる予定。