KAGEROU騒ぎ

 CBCラジオ「多田しげおの気分爽快!朝からPON」に出演、「KAGEROU」を紹介する。

 本来なら、前もって読んだ本の中からあたしが「勧めたい、広めたい」と思ったものを紹介するコーナーなんだが、やっぱこのタイミングならリスナーが知りたいのは
「KAGEROU」だろうと。だから今日、「KAGEROU」を紹介することは出版前から決まっていた。もちろん「出版されたものを読んで、つまんないと思ったら変えますよ」とは断っていたけども。

 で、読んだわけですよ。軽くドキドキしながらね。
 結論から言えば──悪くないじゃん。けっこうなもんじゃん、これ。
 正直、コアな読書好きには物足りないだろう。でも普段は読書の習慣がなくて「水嶋ヒロの本だから」という理由で買ったってな層には、まさにうってつけじゃないかと。あと、中学生高校生とか。

 とっつきやすい。わかりやすい。するする読める。メッセージはストレートだけど、展開にはちょっとした仕掛けもある。ついでに字がでかい(笑)。ストーリーもキャラクタも無理に背伸びせず奇を衒わず、力の届く範囲内で堅実に書いたことが功を奏してる感じ。
 それに、いくらでもスタイリッシュな舞台設定は作れるだろうに、敢えて著者のイメージからはかけ離れた「くたびれた中年サラリーマン、二言目には親父ギャグ」というキャラを持って来たってだけで、なんかね、「ほう」という気がしたのだった。
 文芸作品として絶賛とか激賞とかってレベルではない。でも「姪っ子のクリスマスプレゼントにいいかも」と思える。うん、これなら、ラジオで紹介してもいいんじゃね?

 ただ、発売になった日のワイドショーはすごかったね。午前0時と同時に売り出す書店、並ぶ客。ボジョレー・ヌーボーか。

 それにしても、テレビやネットを見てると、話題の持って行き方が変だ。
 「作家になりたいなんて夢みたいなこと言って、すったもんだの挙げ句に俳優を辞めた水嶋ヒロがホントに小説書いて、しかもそれが賞をとったよ。そんなうまい話ある?」ってんで騒いでるんだろうけどさ。
 あのね、ノーベル文学賞や直木賞をとったわけじゃないのよ。こう言っちゃなんだが、いち出版社が、素人向けに公募してるイベントなのよ。公募新人賞なんてそりゃもうたくさんあって、毎年たくさんの新人賞作家が出てるの。その中のひとりに過ぎないの。
 そしてたくさんいる新人賞受賞者の中から、2作目、3作目も評価されて、息の長い職業作家になれる人ってのは、ホントにホントに一握り。受賞作は素晴らしい評価を受けたけど後が続かなかった人もいれば、受賞作の扱いは地味だったけどその後大化けした人もいる(そういう光る前の原石を発掘するのも新人賞の目的)。
 齋藤智裕さんは、やっとそのスタートラインに立ったというだけなのだ。素人として書いた物語が存外評価されたが、今後はプロの仕事が要求される。勝負はこれから。今のこの段階で何を騒ぐことがあるかと。

 劇団ひとりの
「陰日向に咲く」はちょっと驚いたくらいよく出来た小説で、「劇団ひとり、才能あるなあ」と思わされた。しかしその才能をもってしても、2作目以降は最初ほど話題にならない。齋藤智裕にも、おそらくは同じ試練が待っている。彼が本物かどうか分かるのは、その後の話でしょう。

 それにしてもネガティブな意見を言ってる人(しかも出版業界以外の人)って、過去のポプラ社小説大賞受賞作を読んでるのかな?
「削除ボーイズ0326」「Rocker」と比較して、あまりにレベルが違うとなれば議論の余地もあるだろうが、だいたいこの賞は若い人向けの、ストレートにメッセージが伝わるような間口の広い作品が受賞してるんだから。そんな賞の主旨に合ってるんだよ、「KAGEROU」は。

 ありとあらゆる層の40万人が読んで、その40万人全員が等しく満足する小説なんかありませんわよ。村上春樹にだってアンチはいるし、東野圭吾や宮部みゆきを読んで「意味がよくわからなかった」という読者だっているんだから。
 だからあたしが書評家として出来ることは、
「KAGEROU」を否定することではなく、どういうタイプの読者に向いてるか、どういうふうに読めば面白さを味わえるか、それを知らせることだと思ってる。まあ、そのスタンスは今回に限らず、何を取り上げるときでも同じなんですが。

 今回、齋藤智裕ならぬ水嶋ヒロってのが前面に出るのは、著者本人としてはどう感じてるかはわからないけど、少なくともその効果で、書店に足を運ぶ人が激増した。ある書店員さんのツイートによると、
「KAGEROU」以外の本の売り上げも伸びたそうだ。つまり「本屋で本と出会う」という体験をした人が、それなりの数、いたということ。これはすごく嬉しいことじゃない?

 あと、蛇足ながら。
 普段、小説なんか読みもしないし興味もないくせに「水嶋ヒロの小説大賞って、どうなのあれ」と斜に構えたことを言う人を見たとき、なんか既視感があった。ちょっと考えて思い至った。あれだ。歌舞伎なんか見たこともないし興味もないくせに「海老蔵ってどうなの」と訳知り顔でコメントする人と似てるんだ。