初めての癲癇発作

 びびびびっくりしたー!

 早朝のラジオの仕事を済ませ、街でなんだかんだと所用を済ませて帰宅したのが午前11時。
 いつものようにダンナはひとりで起きてひとりで朝食を支度し、食べ、片付け、薬を飲んで、そのあとは自室でパソコンで遊んでいた。その間、何度かメールをやりとりしてたが、いつもとまったく変わりなかったのよ。

 帰宅して、あたしは昼までに送らねばならない原稿を仕上げ、編集さんへのメールを書いていた。そのとき。ダンナの部屋の方から「ああああああああああ」という声がした。
 バランスを崩してコケるときなど「わぁー!」という悲鳴をあげることはあったが、そのときの声は、まるで扇風機に向かって「あー」と声を出したときのような、妙に震えるような声。何が起きたかと、ダンナの部屋にダッシュした。

 眼に飛び込んできたのは、床に倒れたダンナ。「わあ、コケたかな」と思って助け起こそうとしたとき、全身が激しく痙攣しているのに気付いた。健康な左半身も妙に硬直してる。荒い呼吸はあるけど、呼びかけても反応がない。

 何が起きたかわからないのだが、とっさに考えたのは、嘔吐して喉につまらせるとまずい、ってこと。痙攣を続けるダンナの体を少し持ち上げ、体の下に膝を差し込み、どうにかこうにか横を向かせる。その姿勢のまま、手を伸ばして電話をとり救急車を呼んだ。
 いやあ、このあたり、我ながら慣れたもんだよなあ。3度目だしな、救急車呼ぶの。

 痙攣が激しくて家具に頭をぶつけそうだったので、とりあえずクッションをかませる。眉間の近くから血が出ていた。これは倒れるときにぶつけたんだろう。左目の下にもぶつけたような痕が出ている。
 そうしてるうちに次第に痙攣はおさまってきた。が、いまだに意識はなし。いびきのような呼吸。ときどき眼を開けるが呼びかけには反応せず。何なんだろうなあ、これ。とりあえず、救急車の到着に備えて玄関の鍵をあけ、通路を確保する。

 救急隊の人たちが来てくれたので(4人も!)、2年前に脳出血をやったこと、その後遺症で右麻痺と失語があることを伝え、お薬手帳と保険証と障碍者医療証を用意。ダンナのiPhoneと眼鏡も鞄に入れた。脳出血のときにかかった大学病院が受け入れてくれることになったので、その病院のカードも用意。火の元と戸締まりの確認。

 そしてこの間に、さっき書いた原稿を編集さんに送信。←これは自分を褒めていいと思う(笑)。
 今だから言えるが、実はこの原稿、お気楽介護についてのエッセイだったため、万一のときは全没を覚悟したのであった。そういう事態にならずに済んで良かったあ。

 救急車の中でモニタを確認すると、血圧は正常。まえに脳出血をやったときは救急車内で血圧200を超えたので、脳出血の再発ではないと考えられる。ちょっと安心。ダンナは救急車内で意識を取り戻した(ただあとで訊くとまったく覚えてないらしい)が、呼びかけへの反応は鈍い。
 このとき、救急隊の人に「失語症はどの程度ですか」と訊かれたことが印象深い。つまり、ダンナの失語症レベルを知らない人にしてみれば、今のこの反応の鈍さが「いつもどおり」という可能性もあるわけだ。正常なのか異常なのか、麻痺や失語がある場合は、いざというときのために第三者にも常態がわかるような手段が必要だなあ。

 病院につき、処置だの検査だの、お医者様から倒れたときの様子の聞き取りだの。
 CTの結果、少なくとも脳内に新たな出血は見られないってことで、再発の恐れはなくなった。良かったー、それが何よりだよー。でも、だったらこれは何?

 「癲癇(てんかん)の発作だと思われます」

 ああ、これが!
 その途端、思い出した。脳出血をやったとき読んだ本の中に書いてあったよ。脳卒中経験者は、脳細胞の死んだ部分が傷となってるので、後遺症として癲癇を起こすケースがある、と。お医者様も同じ説明をしてくださった。読んでたのに忘れてたよ! なんのための勉強か。
 それにしても、発症から2年も経ってから起きるものなんですか、と尋ねると、発症後すぐに起こす人もいるし何年も経ったあとで起こす人もいるとのこと。へえええ。

 痙攣を抑える薬を点滴してもらい、当座の薬の処方箋を貰った。この時にはダンナの意識もほぼ正常に戻っており、トイレに行きたいだのなんだの言っていた。そして倒れたときにぶつけたと思しき顔面の腫れと皮下出血がえらにことに(笑)。
 処方箋を貰って気付いた。普段飲んでる薬を、明日とりにいかねばならない。そのあたりの兼ね合いはどうなるのかと思い、「明日がリハビリ病院での主治医の診察の日で、薬を出してもらう予定なんですが」と伝えたところ、主治医宛への手紙を書いてくださったではないか。え? あれ?

 「あのー、ってことは、明日は普通に外出して、リハビリも出来るってことですか?」
 「ええ、大丈夫ですよ」
 「今日このまま入院するなんてことは」
 「点滴が終わったらお帰り戴いて結構です。すぐにまた発作が起きるようなら入院して
  一晩監視した方がいいですが、その心配はあまりいらないと思いますよ。
  明日、リハビリに行かれたときに主治医の先生と薬のことを相談してください」

 そんな程度のことなのかあ。なんか拍子抜け。
 お医者様のお話のポイントは、

 ▽癲癇の発作そのものは数分で治まるし、
命にかかわるものではない
 ▽15分以上続くようなら危険なので救急搬送の必要があるが、大抵はすぐ治まる。
 ▽ほとんどの人は
薬で予防できる
 ▽睡眠不足やアルコール、暗い部屋で点滅するテレビ画面が誘因になることもあるが、
  ぶっちゃけ何がきっかけになるかはまったく予測できないので、
  薬をちゃんと飲んで規則正しい生活をするくらいしか出来ることはない。

 そして気をつけるのは、「発作で死ぬってことはないけど、突然意識を失うので、倒れて頭を打つとか、入浴中で溺れるとか、車を運転中で交通事故を起こすとか、食事中で食べ物を詰まらせるとか、そういう
二次的な状況の方に危険がある」ということ。なるほどねえ。
 だからって風呂に入らないとか食事をしないなんてことはできないわけで。意識的に控えられるのは運転くらいのもんだ。だからできることは、
ちゃんと薬を飲んで予防に努めることと、万一発作が起きたときに適切に対処すること。それがすべてなんだな。あ、起きたときの対処ってのは、火や金属など危険なものを遠ざけるとか、状況によっては気道を確保するとか、ゆすらないとか、大声を出さないとか、そういうことね。

 というわけで、救急搬送されてから4時間後には自宅に帰ってきました。
 発作そのもので脳が疲れてるのに加え、転んだときの顔のケガ(そりゃもうお岩さんのように!)や、肋骨もちょっとやっちゃったらしく、頭も体も消耗していたためダンナはそのまま熟睡。
 ベッドで横になってくれてる分にはたとえ発作が起きても「倒れてぶつける」「溺れる」心配はないので、その隙にあたしは買い物だの家事だのを済ませる。全て世は事も無し。

 夜、食欲あるかなー、食べられるかなー、と思ってダンナに声をかけると、起きてきた。そして食事をしながらテレビをつける。

 「
ゴチの新メンバー、誰だろ」

 わ、こりゃ心配いらないわ(笑)